8/15/2009

聴覚野と注意

以前、「脳状態と聴覚野」の中で少し扱ったトピック「注意」について再び。

ニューロンの活動を計測しながら聴覚系の注意を研究している2大グループがいて、2007年にその二つのグループが総説を書いている。今回は、Zadorグループ総説をまとめます。

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まず総説の大まかな構成は以下の通り:
1. Introduction
注意を研究するモチベーションを述べている。

2. A brief and idiosyncratic review of auditory attentional modulation
聴覚系での注意の研究史を簡単にまとめている。

3. Toward the mechanisms of attentional modulation
著者らの研究戦略と進捗状況について記述している。

4. Conclusions
彼らのヴィジョンがまとめられている。

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各パートをもう少しだけ掘り下げて:

1. Introduction
ポイントはこう:単純化したフィードフォワード型の回路として脳を考える昔ながらの研究は、行動状態(本文中ではbehavioral and/or cognitive stateという表現)によって情報処理が変わるという事実を考慮にいれてなくて、そういう神経活動に影響を及ぼすような行動・認知状態を調べるモデルとして聴覚系の注意を研究しますよ、ということ。

2. A brief and idiosyncratic review of auditory attentional modulation
キーとなる歴史的な背景が非常に簡潔にまとめられている(Fritzらの総説が断然に詳しい)。

大まかな歴史としては、1959年のHubelたちの研究がパイオニアで、その後、麻酔研究最盛期になったからか、しばらく停滞。そして、2000年に入って、Fritzたちの研究を中心に、聴覚研究者からまた脚光を浴びてきた。(ここで実際に紹介されている論文たちは後述)

3. Toward the mechanisms of attentional modulation
著者たちは注意を神経回路レベルで理解したいと思っていて、そのためのモデル生物としてげっ歯類を対象としている。そのメリットとして2つ挙げている。

第一に、コスト。
維持コストが安く、平行してたくさんの動物をシステマティックにトレーニングできると。

第二に、技術。
パッチクランプを含めた電気生理はもちろん、分子、イメージングを応用しやすいと。

さらに、著者らが現在どんな行動課題を開発して、どんな神経相関をとらえつつあるか、この時点での進捗状況を報告している。(彼らの最近の関連論文は後述)

4. Conclusions
聴覚野の聴覚応答は、感覚刺激だけでなく、刺激が呈示された時の行動文脈に影響を受ける。それをげっ歯類をモデルに、様々な方法論でアプローチしていくのが戦略。そして長期的ヴィジョンは、注意やモチベーションといった、非感覚的な要因が神経回路の活動をどう変えるのか理解して、最終的にはカクテルパーティー効果といった問題を皮質でどう解かれているか理解したいということ。

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参考・補足情報

Hear Res. 2007 Jul;229(1-2):180-5. Epub 2007 Jan 17.
Toward the mechanisms of auditory attention.
Hromádka T, Zador AM.
今回紹介した総説。
Hearing Researchという専門性の高い雑誌ということで、聴覚研究者をターゲットに書かれている。視覚でバリバリ注意を研究されている方には、聴覚研究はこんなものか、と思われるかもしれません。。。ただ、げっ歯類を対象にした研究という点で、回路・シナプスレベルの注意研究への期待を持てるかもしれません。あと、書き方は参考になります。

Zador研の最近の論文のうち、この総説で書かれていることと関係する論文を(他にも重要論文たくさんアリ)
Nat Neurosci. 2009 May;12(5):646-54. Epub 2009 Apr 12.
Engaging in an auditory task suppresses responses in auditory cortex.
Otazu GH, Tai LH, Yang Y, Zador AM.
新規性に関してはコメントは難しいけど、iPodならぬrPod(rはratのr)を開発して、いろんな観点から注意による活動減少を調べた点は評価して良いと思ってます。ただ、神経集団の計測規模をもっと上げたらどうなるかは注意が必要か。

PLoS One. 2009 Jul 7;4(7):e6099.
PINP: a new method of tagging neuronal populations for identification during in vivo electrophysiological recording.
Lima SQ, Hromádka T, Znamenskiy P, Zador AM.
オプトジェネティックス。アイデアが非常にすばらしい。論文はまだ読んでないけど、「同期(単シナプス性の遅延も含むくらいの時間)」の問題がやっかいと筆頭著者の人が以前言っていた。

Curr Opin Neurobiol. 2009 Aug 10. [Epub ahead of print]
Representations in auditory cortex.
Hromádka T, Zador AM.
今気づいた総説。

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総説中の2番目のセクションで引用されていた文献を備忘録的にリストアップ:

Science. 1956 Feb 24;123(3191):331-2.
Modification of electric activity in cochlear nucleus during attention in unanesthetized cats.
HERNANDEZ-PEON R, SCHERRER H, JOUVET M.
蝸牛核のレベルですでに神経活動が変化すると報告した模様。

Science. 1959 May 8;129(3358):1279-80.
Attention units in the auditory cortex.
HUBEL DH, HENSON CO, RUPERT A, GALAMBOS R.
Hubelらの研究。ネコが音源に注意を向けた時にだけ聴覚刺激に応答する”attention units”を聴覚野から報告していて、10%くらいこのカテゴリーに入るのではないかと見積もっている。さらに、注意という変量を定量することの困難さも指摘している。「聴覚野と注意」という点では最初の研究か。

J Physiol. 1964 Jun;171:476-93.
CLASSIFICATION OF UNIT RESPONSES IN THE AUDITORY CORTEX OF THE UNANAESTHETIZED AND UNRESTRAINED CAT.
EVANS EF, WHITFIELD IC.
Hubelらの研究やKatsukiらの先駆的な研究などを受けて行われた包括的研究。たぶんmust-readで、聴覚野に特化した神経生理の研究ってこの時代から質的に進展してないのでは?とすら思えるくらいいろんな重要問題に取り組んでいる。

Science. 1971 Jul 23;173(994):351-3.
Human auditory attention: a central or peripheral process?
Picton TW, Hillyard SA, Galambos R, Schiff M.
クロスモーダルな注意(音と光が同時に呈示されて、どちらかの感覚モダリティーに注意を向けること)を調べる実験系をはじめて導入した先駆的な研究の一つ。論文の扱っているトピックとしては、上述の蝸牛核での注意による影響をヒトで調べたけど、再現できなかった、というネガティブデータで論争を巻き起こそうとしている様子。(そもそも計測法、計測対象が違うんだから、ネガティブデータを得たところで論争を巻き起こせるのか?という気もするけど、当時の研究文脈としては重要だったのだろう。)現在、この論争がどうなっているか気になるところ。

Science. 1972 Aug 4;177(47):449-51.
Single cell activity in the auditory cortex of Rhesus monkeys: behavioral dependency.
Miller JM, Sutton D, Pfingst B, Ryan A, Beaton R, Gourevitch G.
要旨を読む限り、学習とも関連が深そう。トレーニングの過程によって聴覚野の聴覚応答が違うことを報告している。

Brain Res. 1976 Nov 19;117(1):51-68.
Evoked unit activity in auditory cortex of monkeys performing a selective attention task.
Hocherman S, Benson DA, Goldstein MH Jr, Heffner HE, Hienz RD.
クロスモーダルな課題を行っている時の神経応答を調べている。聴覚刺激に注意を向けている時でも、活動が減少する聴覚野ニューロンが意外と多いことを報告している点はポイント。

Am J Otolaryngol. 1980 Feb;1(2):119-30.
Electrophysiologic studies of the auditory cortex in the awake monkey.
Miller JM, Dobie RA, Pfingst BE, Hienz RD.
総説。

Nat Neurosci. 2003 Nov;6(11):1216-23. Epub 2003 Oct 28.
Rapid task-related plasticity of spectrotemporal receptive fields in primary auditory cortex.
Fritz J, Shamma S, Elhilali M, Klein D.
注意によって聴覚野ニューロンの受容野特性が変化することをシステマティックに調べた研究。

J Neurosci. 2005 Aug 17;25(33):7623-35.
Differential dynamic plasticity of A1 receptive fields during multiple spectral tasks.
Fritz JB, Elhilali M, Shamma SA.
上の研究の続報。

Hear Res. 2005 Aug;206(1-2):159-76.
Active listening: task-dependent plasticity of spectrotemporal receptive fields in primary auditory cortex.
Fritz J, Elhilali M, Shamma S.
その時点までの彼らの研究をまとめた総説。

J Neurosci. 2005 Jul 20;25(29):6797-806.
Nonauditory events of a behavioral procedure activate auditory cortex of highly trained monkeys.
Brosch M, Selezneva E, Scheich H.
課題をトレーニングしたサルの聴覚野で体性感覚・視覚刺激で応答するニューロンがいることを報告している。注意研究の文脈として解釈すべきかやや不明。クロスモーダルな相互作用という文脈では少なくとも重要。

Cereb Cortex. 2005 Oct;15(10):1609-20. Epub 2005 Feb 16.
Attention to simultaneous unrelated auditory and visual events: behavioral and neural correlates.
Johnson JA, Zatorre RJ.
クロスモーダルな課題で注意に依存してBOLD信号が変化することを示した論文。ヒトのイメージング関連についてはFritzらの総説を。(*ヒトでの注意研究の最新情報はvikingさんのブログで常にアップデートされてますね)

という感じで、このセクションは、イントラモーダル、クロスモーダルな注意、さらには注意と学習どちらの効果かグレーな論文が入り乱れという感はぬぐえず。注意の定量の問題とも関連するか。個人的には脳活動ベースで定義なり定量していく方向に興味あり。

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関連書籍
The Auditory Cortex: A Synthesis Of Human And Animal Research

3年に一度開催される聴覚野のミーティング。この本は第一回2003年のミーティングをまとめた超マニアックな本。ただ、注意はほとんど扱われていないか。。。グーグルさんがかなりのページを公開してくれてます。

今年、3回目のミーティングが今年あって、ケン・ハリスさんも演者として招待されているようだ。有名どころはほとんど呼ばれているのではないかという気がする。(一方で、最近ミーティングの存在を知って、一般演題登録にすら間に合わなかった私。。。)


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