12/26/2009

神経科学の実験技術ガイド

The Guide to Research Techniques in Neuroscience presents the central experimental techniques in contemporary neuroscience in a highly readable form.
- William T. Newsome

MRIの画像処理をしている人でも「ゲルのバンド」を読めなければいけない。タンパク質の解析をしている人でも「スパイクのラスター」を読めなければいけない・・・

神経科学の研究をやっていくには、いろんな実験法を幅広く理解しておかないといけない。

そのためのガイドブックともいえる、Guide to Research Techniques in Neuroscienceという本が最近出版された。

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現代神経科学は、カハールがゴルジ法を使って、神経系の構造を記述することで始まった。それから100年以上の年月を経て、今では、一人ではとてもフォローしきれないくらい多くの実験法が脳研究で開発・応用されてきた。

では、
主に使われている実験法はどれくらいあるだろうか?
それを網羅した情報源はあるだろうか?
そんな情報がウェブにあったとして、それは、なじみのない人にもわかるよう噛み砕かれて説明されているだろうか?

その3つを満たしそうな本がGuide to Research Techniques in Neuroscienceという本。

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この本はスタンフォード大のコースをもとに書かれているようで、MRIや動物行動実験から、電気生理学、組織学、光学、分子生物学、生化学まで、現在主に使われている、あるいは使われつつある実験方法の原理と簡単な流れが網羅されている。

本は14章から成り、各章のトピックは以下の通り(自分なりに英語を意訳してます):
第1章:全脳イメージング(MRIなど)
第2章:動物行動(げっ歯類、ショウジョウバエ、線虫が中心)
第3章:脳定位手術(脳に手術を施す方法論全般)
第4章:電気生理(細胞内・外記録など)
第5章:顕微鏡(光顕、電顕)
第6章:解剖・組織学的方法論(各種染色法)
第7章:細胞・シナプスレベルのイメージング(含、オプトジェネティクス)
第8章:遺伝子スクリーニング(含、分子生物学の基礎)
第9章:DNAテクノロジー(PCR、シーケンスなど)
第10章:遺伝子導入法(ウィルスなど)
第11章:トランスジェニック法(Gal4やCreなども)
第12章:内在遺伝子操作法(ノックアウト、RNAiなど)
第13章:細胞培養技術(含むiPS)
第14章:生化学・細胞内シグナリング(ウェスタンからChIPまでタンパク関連)

各章のスタイルはこう:まず、この章を読めば何を学べるか、カバーしている方法が箇条書きされている。続いて、簡潔な概論から各論へ移り、最後に参考文献が紹介されている。

各章は独立しているので、興味のある章を読んでいく参考書的な使い方をすれば良い。また、さらに興味があれば、参考文献を調べて理解をより深めることが可能。

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4つの研究法

本のイントロとして、研究レベルを問わず一般的に当てはまるであろう4つの研究戦略が紹介されていた。

その4つとは、
1.ケーススタディー(examining case studies)
2.スクリーニング(screens)
3.記述(description)
4.操作(manipulation)

1は、実験というより、レアな臨床報告のように、脳の働きについて語ってくれる事例のことを指す。例えば、最近脳のスライス作りがウェブキャストされたことで話題になったH.M.ことHenry Molaisonさんや、Phineas Gageの話が典型例。

ラマチャンドランの「脳のなかの幽霊」オリバーサックスの本はそのケーススタディーのオンパレードといえば良いか。一般の人にはもっともなじみのあるトピックではある。

そして2以降が、多くの研究現場で普段行われている研究戦略になる。

2の「スクリーニング」は、特定の脳機能に関わる脳領域、ニューロン、遺伝子を発見する、といった類の研究。

3の「記述」は、遺伝子発現、ニューロンの活動、脳のつながりなどを単純に観察する、といった研究。

そして4の「操作」は、外部環境や脳のある特性を操作して、その効果を調べること。Xを操作したらYはどう変化するか、を調べること。分子生物学を応用した研究で最も成功している。

ちなみに、本文中には、この操作実験でのデータ解釈に関する注意書きもあって参考になる。実際、ここで書かれているミス(拡大解釈)をやるケースがある。


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この本はすばらしく良い本だけど、最大の問題は、いわゆる計算論について記述がなく、冒頭にその断りすらないこと。脳を理解するのに計算論は不要だという神経科学者はあまりいないはず。

なので、この本のタイトルは、Guide to Research Techniques in Neuroscienceというより、Guide to Experimental Research Techniques in Neuroscienceがより正確かもしれない。

また、プロの人にとっては、自身の専門技術が解説されている章を読むと、少し物足りなさを感じるかもしれない。

このような改善点はあるけれど、この本は多く方法を網羅している上に参考文献も充実している。なので、直接関わっていない方法論を知りたい時の参考書として最適で、神経科学を志す大学院生、あるいは神経科学へ参入を考えている研究者の壁を取り除いてくれる良書であるのは間違いない。

この本は、大学院生から最先端で活躍している研究者まで、幅広い人に強くお薦めできます。


11/15/2009

twitter

ここ数ヶ月、ブログの更新頻度が低下してます。
すみません。。。

セルフプロモーション的エントリーばかりで自分でもウンザリ気味です。
すみません。。。

一方で、右のガジェットコーナーでは宣伝していたので、気づいていた方も多いとは思いますが、数ヶ月前からtwitterを始めてます。

最近、自分なりの使い道が少し見えてきた気がするので頻繁にtweetするようにしています。

神経科学をまじめに考えたい・勉強していきたい人たちとネットワークを作れれば良いなぁ、なんて思ってます。

英語でtweetしてたりもしますが、twitterは日本語の強みを活かせるソーシャルメディアだと思っているので、このブログでもあえてエントリーを立ててみました(って、またセルフプロモーションしてるし。。。)。

twitterではセルフプロモーションは控え目ですので、ウザいと思わずぜひフォローしてやってください。

11/11/2009

自発活動と聴覚応答の層構造

大脳皮質で感覚の情報を処理する「感覚野」という場所があるけど、そこは感覚情報だけを処理しているだけでなく、感覚入力がない時でも活発に・自発的に活動(活性化?)している。

Neuronに掲載された論文によると、聴覚野で起こる自発的な活動と音に対する応答を神経細胞集団レベルで調べてみると、空間的な活動パターンには似た点があるけど、時間的な活動パターンは違うことがわかった。

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寝ている時や、ボーっとしている時でも脳は活発に活動している。

一般に、感覚入力や運動出力に直接起因しない脳活動を「自発活動」と呼び、それは脳が働く様々場面で重要な存在だとわかってきた。

例えば、少し前に出版された池谷さんの単純な脳、複雑な「私」の中でもこの自発活動のことが、非常にわかりやすく、いろいろな視点から語られている。

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さて、その自発活動の研究分野で注目されているトピックの一つは、自発活動と感覚応答の

例えば、自発活動を脳(視覚野)の表面から見ていると、視覚入力で起きる神経活動と区別できないことがある以前のエントリーでも紹介したように、視覚野だけでなく、聴覚野や体性感覚野でも似たことが起こっている。

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では、自発活動と感覚応答の違いは何か?

今回の研究では、大脳新皮質が6層構造を持つことに注目して、ラットの聴覚野で神経集団活動を計測し、その「層構造」を解析している。そして、自発活動と聴覚応答の似ているところと違うところを調べた。(*自発活動の中でもup状態と呼ばれるイベントに注目している。)

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自発活動と感覚応答の違いは、活動伝播の仕方。

自発活動は、深い層から浅い層へ縦方向に活動が生じて、水平方向にはウェーブのように比較的ゆっくり伝播していく。

一方、感覚応答は、視床からの入力線維がたくさん集まっている層から始まって他の層へと縦方向に伝播。水平方向には、ウェーブというよりはフラッシュのように広い領域でほぼ同時に活動が現れる。

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けれども、自発活動と感覚応答はやっぱり似ているところもある。

どう似ているかというと、神経集団のうちどれくらいの細胞がイベントに参加するか、という「スパースさ」が似ている。

脳の表面から浅い層(2/3層)の錐体細胞は、抑制性細胞や深い層(5層)の錐体細胞よりも少ない数の細胞しか活動していない。この傾向が、自発活動と感覚応答で似ていた。

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まとめ:
聴覚野内での自発活動と感覚応答は、空間的な活動パターンは似ていても、時間的な活動パターンが違う。

今回報告された活動伝播の違いは、もしかしたら、脳が自分で作り出した自発活動と感覚入力とを区別する一つのメカニズムになっているかもしれない。

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文献情報+アルファ

Neuron. 2009 Nov 12;64(3):404-18.
Laminar structure of spontaneous and sensory-evoked population activity in auditory cortex.
Sakata S, Harris KD.
(*Neuronのサイトから期間限定で論文PDFダウンロード可。フリー。こちら。)

長い記述的な論文で、読むのは大変かもしれません。が、どうか読んでやってください。。。ポイントとなる図は、全部、です。メッセージは図9ですので、それだけでもぜひお願いします。

図9のメカニズムと機能については、Discussionのセクションで議論してます。
ありがたいことに、Petersenたちがレビューを書いてくれてます(重要な関連論文を引用しながら、おそろしいくらいにこちらの意図を簡潔にまとめてます)。

ちなみに今回の論文では、テクニカルには、シリコンプローブと呼ばれる多点電極と、juxtacellular記録という神経活動(スパイク)を記録した細胞を解剖学的に特定できる方法を組み合わせていて、麻酔実験で得たデータの傾向を確認するために無麻酔の状態でもマルチニューロン記録をしてます。解析に関しては、情報量計算以外はややこしいこと・真新しいことは特にやってません。

ウェブ上にあるSupplemental Dataには16個の図があります。

ちなみに、同時期にNature Neuroscienceに発表された理研BSIの磯村さんたちの研究では、運動野という出力部分の大脳皮質で、似た実験方法を、しかも実際に課題をこなしている動物に応用されていてます。

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On the Cover

幸運にもカバーストーリーとして選ばれました!
冒頭の図はその原稿画像。

モチーフとしたもとの五重塔の画像にはこちらの写真を利用させていただきました。羽黒山五重塔です。コラージュしているニューロンたちは、僕が実際に計測・再構成した細胞たち(のコピー)。
コンセプトは、五重塔(塔の屋根を1層とみなす)と6層構造の大脳新皮質とのアナロジーです。

最後に、自発活動を脳全体で見たらこんな感じ?



なので、今回の論文は、脳のごくごく一部の活動を測りながら、少しだけ細かいことを語ったという位置づけになると思います(一方、細かい局所回路レベルの話という点でも解像度は非常に粗い)。

なので、巨大な脳という森の中にある五重塔、を少しだけ調べてみました、というくらい。脳全体のこと・もっと精密な回路について議論するには、まだまだいろんな技術的問題を抱えていて、いろんな人たちが参入してブレークスルーを起こす必要があると思います。


10/25/2009

SfN2009

シカゴの学会に行ってきました。他の方のブログでもすでにいろいろ触れられているので、できるだけ短く。

今回印象に残ったのはやはりoptogenetics。欧米で完全にブレークしてる印象で、ツールの充実ぶりが増し、アイデア次第でいろんなことができる・実際にやってる印象。Natureクラスの発表がたくさんあった。

他にはKandelせんせいのトークも印象的だった。あのお歳(もうすぐ80歳)であのパワーはホントにすごいの一言。ライフワークを教科書的なイントロから最新のネタまで1時間にまとめてジョークもいれつつ話した。おそるべきご老人。。。せっかくなら、最終日にトークをセットして、あの大観衆を最後まで残す戦略を運営サイドが取ってくれたら、最終日の発表になってももっと実りあるものになる気がする。

他には今年初めて気づいたけど、いわゆるCareer Development系のセッションが毎日何かしら開催されていて、論文や教科書を読むだけでは身につかない、サイエンスのやり方・サイエンティストとして生きていくスベをタダで学ぶ機会もあった。

最後に僕の発表について。オーディエンスは、このブログを見ていただいている方や知り合い2割(いつもありがとうございます)、ボスの名前で来た人4~6割、残りは、通りすがり的あるいはキーワード検索的に来られた方、という印象で、結果的には予想より忙しい4時間でした。ブログ上でいつもお世話になってるvikingさんpotasiumchさんにも来ていただき、vikingさんとは少しだけ日本語で四方山話も。。。

ただ、ここ数年一貫している傾向は、日本人女性には来てもらえないこと。。。う~ん。。。

それはともかく、シカゴは、街も会場もナイトライフも良い感じで、これからも開催し続けて欲しい場所でした。

10/14/2009

聴覚野でのポピュレーションコーディング

うちのラボの論文がEuropean Journal of Neuroscienceに出たので速報として。

この論文では、長い純音の情報は聴覚野のニューロン集団によってどう表現されているか、という問題に様々な解析をしながら取り組んでます。


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文献情報(*追記的情報更新)

Eur J Neurosci. 2009 Oct 14. [Epub ahead of print]
Population coding of tone stimuli in auditory cortex: dynamic rate vector analysis.
Bartho P, Curto C, Luczak A, Marguet SL, Harris KD.

全体的にネガティブなトーンの論文になってはいますが、複数のニューロン活動を扱ったデータ解析に興味のある人には参考になるのではないかと思います。

10/04/2009

神経系の進化

新着のNature Review Neuroscienceは神経系の進化の特集号になっていてる。
以下、各総説と関連記事・書籍へのリンク集を。(リンクだけで内容はないです。。。)

掲載されている総説は次の通り:
The origin and evolution of synapses
Tomás J. Ryan & Seth G. N. Grant
Nature Reviews Neuroscience 10, 701-712 (2009)

Considering the evolution of regeneration in the central nervous system
Elly M. Tanaka & Patrizia Ferretti
Nature Reviews Neuroscience 10, 713-723 (2009)

Evolution of the neocortex: a perspective from developmental biology
Pasko Rakic
Nature Reviews Neuroscience 10, 724-735 (2009)

Chordate roots of the vertebrate nervous system: expanding the molecular toolkit
Linda Z. Holland
Nature Reviews Neuroscience 10, 736-746 (2009)

Sleep viewed as a state of adaptive inactivity
Jerome M. Siegel
Nature Reviews Neuroscience 10, 747-753 (2009)

MicroRNAs tell an evo–devo story
Kenneth S. Kosik
Nature Reviews Neuroscience 10, 754-759 (2009)


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Science. 2009 Jul 3;325(5936):24-6.
Origins. On the origin of the nervous system.
Miller G.

サイエンスのダーウィン特集の一貫として掲載されていた「神経系の起源」の研究分野の現状を紹介した記事。これは読みましたが面白かったです。ポドキャスト


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書籍

Principles Of Brain Evolutionという本では脊椎動物の脳の進化が比較解剖学的な観点からまとめまれている。少し前に出た本だけど、後半でネットワーク理論を絡めた議論もあったりと非常に洞察にあふれた本。ちょうどGilles Laurentの記事でも、彼がお薦めする一冊として紹介してます。


進化一般を学ぶための教科書としてはEvolutionは良い雰囲気(パート1だけ読んで挫折中。。。)。最後のパートなんかはすでに大きく書き足さないといけなくなった感じか。。。


10/03/2009

10月のイベント

SfNの学会まで2週間ということで、絡んでいる演題(ポスター)の宣伝を。。。

Mon, Oct 19, PM
452.19/X32 - Effect of brain state on laminar organization of population activity in auditory cortex

私のポスター。今年はラボメンバーで並んで発表しないので、人は来ないと予想されます。。。一人淋しくポスターの前に立っていたら(いても?)、どうか声をかけてやってください。。。

以下は名をいれてもらっているポスターです。

Mon, Oct 19, PM
425.24/G2 - Dynamics of spike count correlations in neuronal populations in the rat auditory cortex

同じラボのハイメがプレゼン。

Wed, Oct 21, PM
847.5/S3 - A critical role of the superior colliculus in enhancing spatial accuracy but not reaction time by audiovisual integration

基生研時代からコラボを続けさせてもらってるプロジェクトです。演者の廣川君がとても頑張っているので、良いポスターになると思います。

と今回は3つのポスターに大なり小なり絡んでます。

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学会後は、ラウンチミーティングのためベルギーへ行ってきます。


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関連文献

PLoS Comput Biol. 2007 May;3(5):e102.
Ten simple rules for a good poster presentation.
Erren TC, Bourne PE.

PLoS Comput Biol. 2007 Apr 27;3(4):e77.
Ten simple rules for making good oral presentations.
Bourne PE.

完全適応

「完全適応(perfect adaptation)」という言葉を最近学ぶ。

コンピューターの障害・損失に対して完全適応する研究者
を例にしてみる。

仮に、使っているコンピューターが壊れて、修理に1週間かかるとする。

半日、あるいは一日は生産性が仮に落ちたとしても、すぐに生産性をもとのレベルに戻せるだけの研究環境をすでに確立していたら、その研究者はコンピューター障害という外乱に対しロバストで完全適応できる研究者、と言っていいだろう。

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もう少し抽象度を上げてみる。

あるシステムがいて、それを取り巻く環境がAからBに変化したとする。

環境がBへ変化した瞬間、そのシステムの出力は一時的に変化したとしても、時間が少し経つと環境Aの時と全く同じ出力を出すように適応したとする。

このように、環境AとBで、定常状態の出力レベルが全く同じなら、出力は環境入力に依存しない、と言える。

この場合、システムとしては、環境入力に一々チューニングしてないから、いわゆる「ロバスト」な特徴を示していることになる。

こういう外部環境の変化に対して完璧に適応することを文字通りperfect adaptationとかexact adaptationと言うらしい。

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少し前のセルに、これに関連した論文が2つほど掲載されていた。

詳しいことまではフォローしてないけど、一つの論文では酵母の浸透圧変化のシグナリング経路にあるHog1というMAPカイネースの核内濃度変化がその完全適応を示すらしいことを報告している。

別の論文では、完全適応を示すネットワークトポロジーを網羅的に調べてやれ、というモチベーションから調べてみたら、ネガティブフィードバックを持つトポロジーと、フィードフォワードな入力成分がポジ・ネガで拮抗するトポロジーの二つしかなさそうだ、ということを理論的な研究から主張している。後者はmust-readな論文である。

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この完全適応の歴史を調べてみると面白い。

研究としては大腸菌の化学走性をモデルとして理論実験の研究が進み、エンジニアリングの言葉として知られていた「積分フィードバック(integral feedback)」を持つシステムと完全適応をするシステムは等価だとわかったらしい。このあたりが基礎になって、いわゆるロバストネスの議論では必ずのように見かけるコンセプトのようだ。

*Uri AlonのAn Introduction to Systems Biology: Design Principles ofBiological Circuitsという教科書の7章で基本的なことがわかりやすく、かつ詳しく説明されているので、興味のある方には超お薦め。

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では脳は?

おそらく言葉こそ違えど、等価なことがいろんな場面ですでに語られている気はする。脳だって適応しまくるわけだし。

例えば、神経細胞の活動、特に僕が研究している聴覚野で考えると、関連しそうな論争が昔からある。上で紹介した研究を踏まえて、脳はどうかと考えるのは一興かもしれない。雑感。


9/27/2009

人工網膜

ニューヨークタイムズに人工網膜記事が掲載されている。

最近、人工網膜を取り付ける手術をしたBarbara Campbellという女性への取材を中心に、人工網膜と視覚治療の最前線が紹介されている。

ウェブの記事に、Campbellさんの手術前後を取材したビデオがあって非常に印象的。人工網膜で、光を感じられるまでには回復しているとのこと。

記事では、人工網膜だけでなく、遺伝子治療や幹細胞の研究についても少し言及されていて、さらに最新医療関連の論文へのリンクもあったりと非常に充実してます。

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関連書籍
ブレイン・マシン・インタフェース―脳と機械をつなぐ

Shattered Nerves


9/26/2009

注意によって減る神経集団活動の遅い変動性

重要な論文が新着のNeuronに出てます。

Reynoldsたちの論文

その論文では、「注意タスク」をこなしているマカクザルの視覚野(V4)からニューロンたちの活動を計測している。そのタスクでは、視線を動かさずにターゲット刺激を(心の中で)トラックし続けないといけない。

研究からわかったことを一言でいうと、
遅い神経活動の「ゆらぎ」が注意によって減って、神経集団活動のSN比が改善する
ということ。

テクニカルには、個々のニューロン、ニューロンペアについて活動の変動性(ここでいう「ゆらぎ」)を定量しながら、エレガントにデータを示している。「神経集団活動のSN比」に関しては、Zoharyらの論文と同じ方法で解析している。つまりは、注意による影響を加味しながら、ノイズ相関と情報表現の問題に取り組んだ研究ということになる。

「遅い成分」という部分がホントかどうかは、別の計測法、解析などで検証しなおす必要がある気もするけど、主張はとにかくすばらしいと思った。

文脈としては、注意の研究としての文脈もあるだろうけど、ShadlenとNewsomeが中心として議論されてきた問題との絡みが本質と僕は理解した。ただ、Discussionはかなり混乱しているようにも思えた(CohenとNewsomeの研究との比較については、文量の割りに単に逃げてるようにしか見えない。。。もっと今回の論文の重要性を指摘すべきではないか)。

とにかく、この論文は重要な現象を報告しているので、Discussionで議論しているたくさんの問題がどうクリアになっていくのか個人的には注目したい。膜電位を計測しながらこの問題を考えたいところ。

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文献情報
Neuron. 2009 Sep 24;63(6):879-88.
Spatial attention decorrelates intrinsic activity fluctuations in macaque area V4.
Mitchell JF, Sundberg KA, Reynolds JH.

クリアな解析、クリアな結果の提示法、論文の書き方、いろんな点で学ぶことが多い論文。

追記:
最近出たKohnとSmithたちの総説はすばらしく良くまとまってます。

8/26/2009

聴覚野応答の非線形システム論的予測

共著論文がJournal of Neuroscienceに出た(PDF)。

この論文では、力学系モデルを応用して、聴覚野での感覚応答を予測している。

ポイントは、脳が「活性化状態」と呼ばれる状態の時、聴覚野の神経細胞たちは線形システムに近い振る舞いを、一方、「不活性化状態」の時は非線形な振る舞いをしていそう、ということ。

*「活性化状態」は英語ではactivated stateもしくはdesynchronized stateと呼ばれる脳の状態で、覚醒中やREM睡眠中に見られる。「不活性化状態」はinactivated stateもしくはsynchronized stateと呼ばれ、麻酔の効きが深い時や徐波睡眠中に見られる。

力学系モデルとして、ニューロンの活動電位発生を記述するのに使われるFitzHugh-Nagumoモデルを応用している。教科書によく出てくるホジキン・ハクスレーモデルに対し、このFitzHugh-Nagumoモデルは2個の変数だけでニューロン活動を記述できるシンプルさがポイント。

今回はそれを応用して、ニューロン集団の活動を記述しようとした。もちろん、予測精度はまだまだまだまだ・・・改善の余地はあるけれど、詳細を無視したシンプルなモデルの割に、神経集団活動の一側面はそれなりにとらえている気はする(しかも単一試行単位で)。

研究文脈としては、Arieliたちの研究から続いている脳状態と感覚応答の関係を調べる研究トピックの延長線上にあり、聴覚野の計測データに非線形物理の手法を応用した点が一つのポイント。もう一つのヴィジョンとしては、ブルー・ブレイン計画こちらも)に代表される超ボトムアップな計算論的方法と実験的なマルチニューロン計測の間を埋めるような研究方向、ということかと思われる。(BMIにも応用もできそうな、神経集団活動を「予測」する一解析法を提案したととらえても、もしかしたら良いかも?)

神経生理学と物理を融合する研究分野の一つとして、こういうのもアリということで、個人的にはこのプロジェクトに関われていろいろ勉強になった。

ちなみに、筆頭著者のカリーナさんは、もともと数学・物理出身で、うちのラボに来て初めて神経科学を一から勉強し、新学期からアメリカの中北部で独立する優秀な女性研究者かつ一児の母(旦那もいれて二児という意見もアリ。。。)。

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参考情報

J Neurosci. 2009 Aug 26;29(34):10600-12.
A simple model of cortical dynamics explains variability and state dependence of sensory responses in urethane-anesthetized auditory cortex.
Curto C, Sakata S, Marguet S, Itskov V, Harris KD.

わかりやすく書かれているので、数式アレルギーがあっても読めると思います。モデルはあくまで現象論的な抽象度の高いモデルですが、一応、生物学的な解釈も本文中で少し議論していて、そういう点でも計算論以外の人にも読みやすくなっていると思われます。

ちなみに、この分野の基礎を学びたい場合、
Dynamical Systems in Neuroscience: The Geometry of Excitability and Bursting
がとにかくお薦めの一冊。

今回の論文で登場するFitzHugh-Nagumoモデルもしっかり解説されています。
本の内容的には、単一ニューロンの挙動を非線形システム論的に説明した教科書ですが(最終章は除く)、今回の論文のように、アイデア次第で神経集団レベルの研究にも応用できたりするので、神経科学での非線形物理学に興味がある人は必読な一冊なのかも。

日本でも合原先生をはじめ、非線形物理の分野で世界的に有名な先生方がいらっしゃるので、そういうプロ中のプロの先生が書かれた本を読むのも良いかもしれません。

個人的に読んだことがある日本語の非線形物理関係の読み物としては、蔵本先生が書かれた非線形科学は一般向けの本で、薄いのに情報が濃縮されていて、非常にインプレッシブな一冊でした(その分、読むのに時間がかかります。。。)


8/15/2009

聴覚野と注意

以前、「脳状態と聴覚野」の中で少し扱ったトピック「注意」について再び。

ニューロンの活動を計測しながら聴覚系の注意を研究している2大グループがいて、2007年にその二つのグループが総説を書いている。今回は、Zadorグループ総説をまとめます。

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まず総説の大まかな構成は以下の通り:
1. Introduction
注意を研究するモチベーションを述べている。

2. A brief and idiosyncratic review of auditory attentional modulation
聴覚系での注意の研究史を簡単にまとめている。

3. Toward the mechanisms of attentional modulation
著者らの研究戦略と進捗状況について記述している。

4. Conclusions
彼らのヴィジョンがまとめられている。

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各パートをもう少しだけ掘り下げて:

1. Introduction
ポイントはこう:単純化したフィードフォワード型の回路として脳を考える昔ながらの研究は、行動状態(本文中ではbehavioral and/or cognitive stateという表現)によって情報処理が変わるという事実を考慮にいれてなくて、そういう神経活動に影響を及ぼすような行動・認知状態を調べるモデルとして聴覚系の注意を研究しますよ、ということ。

2. A brief and idiosyncratic review of auditory attentional modulation
キーとなる歴史的な背景が非常に簡潔にまとめられている(Fritzらの総説が断然に詳しい)。

大まかな歴史としては、1959年のHubelたちの研究がパイオニアで、その後、麻酔研究最盛期になったからか、しばらく停滞。そして、2000年に入って、Fritzたちの研究を中心に、聴覚研究者からまた脚光を浴びてきた。(ここで実際に紹介されている論文たちは後述)

3. Toward the mechanisms of attentional modulation
著者たちは注意を神経回路レベルで理解したいと思っていて、そのためのモデル生物としてげっ歯類を対象としている。そのメリットとして2つ挙げている。

第一に、コスト。
維持コストが安く、平行してたくさんの動物をシステマティックにトレーニングできると。

第二に、技術。
パッチクランプを含めた電気生理はもちろん、分子、イメージングを応用しやすいと。

さらに、著者らが現在どんな行動課題を開発して、どんな神経相関をとらえつつあるか、この時点での進捗状況を報告している。(彼らの最近の関連論文は後述)

4. Conclusions
聴覚野の聴覚応答は、感覚刺激だけでなく、刺激が呈示された時の行動文脈に影響を受ける。それをげっ歯類をモデルに、様々な方法論でアプローチしていくのが戦略。そして長期的ヴィジョンは、注意やモチベーションといった、非感覚的な要因が神経回路の活動をどう変えるのか理解して、最終的にはカクテルパーティー効果といった問題を皮質でどう解かれているか理解したいということ。

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参考・補足情報

Hear Res. 2007 Jul;229(1-2):180-5. Epub 2007 Jan 17.
Toward the mechanisms of auditory attention.
Hromádka T, Zador AM.
今回紹介した総説。
Hearing Researchという専門性の高い雑誌ということで、聴覚研究者をターゲットに書かれている。視覚でバリバリ注意を研究されている方には、聴覚研究はこんなものか、と思われるかもしれません。。。ただ、げっ歯類を対象にした研究という点で、回路・シナプスレベルの注意研究への期待を持てるかもしれません。あと、書き方は参考になります。

Zador研の最近の論文のうち、この総説で書かれていることと関係する論文を(他にも重要論文たくさんアリ)
Nat Neurosci. 2009 May;12(5):646-54. Epub 2009 Apr 12.
Engaging in an auditory task suppresses responses in auditory cortex.
Otazu GH, Tai LH, Yang Y, Zador AM.
新規性に関してはコメントは難しいけど、iPodならぬrPod(rはratのr)を開発して、いろんな観点から注意による活動減少を調べた点は評価して良いと思ってます。ただ、神経集団の計測規模をもっと上げたらどうなるかは注意が必要か。

PLoS One. 2009 Jul 7;4(7):e6099.
PINP: a new method of tagging neuronal populations for identification during in vivo electrophysiological recording.
Lima SQ, Hromádka T, Znamenskiy P, Zador AM.
オプトジェネティックス。アイデアが非常にすばらしい。論文はまだ読んでないけど、「同期(単シナプス性の遅延も含むくらいの時間)」の問題がやっかいと筆頭著者の人が以前言っていた。

Curr Opin Neurobiol. 2009 Aug 10. [Epub ahead of print]
Representations in auditory cortex.
Hromádka T, Zador AM.
今気づいた総説。

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総説中の2番目のセクションで引用されていた文献を備忘録的にリストアップ:

Science. 1956 Feb 24;123(3191):331-2.
Modification of electric activity in cochlear nucleus during attention in unanesthetized cats.
HERNANDEZ-PEON R, SCHERRER H, JOUVET M.
蝸牛核のレベルですでに神経活動が変化すると報告した模様。

Science. 1959 May 8;129(3358):1279-80.
Attention units in the auditory cortex.
HUBEL DH, HENSON CO, RUPERT A, GALAMBOS R.
Hubelらの研究。ネコが音源に注意を向けた時にだけ聴覚刺激に応答する”attention units”を聴覚野から報告していて、10%くらいこのカテゴリーに入るのではないかと見積もっている。さらに、注意という変量を定量することの困難さも指摘している。「聴覚野と注意」という点では最初の研究か。

J Physiol. 1964 Jun;171:476-93.
CLASSIFICATION OF UNIT RESPONSES IN THE AUDITORY CORTEX OF THE UNANAESTHETIZED AND UNRESTRAINED CAT.
EVANS EF, WHITFIELD IC.
Hubelらの研究やKatsukiらの先駆的な研究などを受けて行われた包括的研究。たぶんmust-readで、聴覚野に特化した神経生理の研究ってこの時代から質的に進展してないのでは?とすら思えるくらいいろんな重要問題に取り組んでいる。

Science. 1971 Jul 23;173(994):351-3.
Human auditory attention: a central or peripheral process?
Picton TW, Hillyard SA, Galambos R, Schiff M.
クロスモーダルな注意(音と光が同時に呈示されて、どちらかの感覚モダリティーに注意を向けること)を調べる実験系をはじめて導入した先駆的な研究の一つ。論文の扱っているトピックとしては、上述の蝸牛核での注意による影響をヒトで調べたけど、再現できなかった、というネガティブデータで論争を巻き起こそうとしている様子。(そもそも計測法、計測対象が違うんだから、ネガティブデータを得たところで論争を巻き起こせるのか?という気もするけど、当時の研究文脈としては重要だったのだろう。)現在、この論争がどうなっているか気になるところ。

Science. 1972 Aug 4;177(47):449-51.
Single cell activity in the auditory cortex of Rhesus monkeys: behavioral dependency.
Miller JM, Sutton D, Pfingst B, Ryan A, Beaton R, Gourevitch G.
要旨を読む限り、学習とも関連が深そう。トレーニングの過程によって聴覚野の聴覚応答が違うことを報告している。

Brain Res. 1976 Nov 19;117(1):51-68.
Evoked unit activity in auditory cortex of monkeys performing a selective attention task.
Hocherman S, Benson DA, Goldstein MH Jr, Heffner HE, Hienz RD.
クロスモーダルな課題を行っている時の神経応答を調べている。聴覚刺激に注意を向けている時でも、活動が減少する聴覚野ニューロンが意外と多いことを報告している点はポイント。

Am J Otolaryngol. 1980 Feb;1(2):119-30.
Electrophysiologic studies of the auditory cortex in the awake monkey.
Miller JM, Dobie RA, Pfingst BE, Hienz RD.
総説。

Nat Neurosci. 2003 Nov;6(11):1216-23. Epub 2003 Oct 28.
Rapid task-related plasticity of spectrotemporal receptive fields in primary auditory cortex.
Fritz J, Shamma S, Elhilali M, Klein D.
注意によって聴覚野ニューロンの受容野特性が変化することをシステマティックに調べた研究。

J Neurosci. 2005 Aug 17;25(33):7623-35.
Differential dynamic plasticity of A1 receptive fields during multiple spectral tasks.
Fritz JB, Elhilali M, Shamma SA.
上の研究の続報。

Hear Res. 2005 Aug;206(1-2):159-76.
Active listening: task-dependent plasticity of spectrotemporal receptive fields in primary auditory cortex.
Fritz J, Elhilali M, Shamma S.
その時点までの彼らの研究をまとめた総説。

J Neurosci. 2005 Jul 20;25(29):6797-806.
Nonauditory events of a behavioral procedure activate auditory cortex of highly trained monkeys.
Brosch M, Selezneva E, Scheich H.
課題をトレーニングしたサルの聴覚野で体性感覚・視覚刺激で応答するニューロンがいることを報告している。注意研究の文脈として解釈すべきかやや不明。クロスモーダルな相互作用という文脈では少なくとも重要。

Cereb Cortex. 2005 Oct;15(10):1609-20. Epub 2005 Feb 16.
Attention to simultaneous unrelated auditory and visual events: behavioral and neural correlates.
Johnson JA, Zatorre RJ.
クロスモーダルな課題で注意に依存してBOLD信号が変化することを示した論文。ヒトのイメージング関連についてはFritzらの総説を。(*ヒトでの注意研究の最新情報はvikingさんのブログで常にアップデートされてますね)

という感じで、このセクションは、イントラモーダル、クロスモーダルな注意、さらには注意と学習どちらの効果かグレーな論文が入り乱れという感はぬぐえず。注意の定量の問題とも関連するか。個人的には脳活動ベースで定義なり定量していく方向に興味あり。

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関連書籍
The Auditory Cortex: A Synthesis Of Human And Animal Research

3年に一度開催される聴覚野のミーティング。この本は第一回2003年のミーティングをまとめた超マニアックな本。ただ、注意はほとんど扱われていないか。。。グーグルさんがかなりのページを公開してくれてます。

今年、3回目のミーティングが今年あって、ケン・ハリスさんも演者として招待されているようだ。有名どころはほとんど呼ばれているのではないかという気がする。(一方で、最近ミーティングの存在を知って、一般演題登録にすら間に合わなかった私。。。)


8/01/2009

音節構造を柔軟に区別するバイリンガル幼児

子供の中にはいわゆるバイリンガルの環境で育って、二言語を同時に獲得していく子もいる。二言語を同時に獲得するというマルチタスクを柔軟にこなしているとも言える。
*このエントリーでの「バイリンガル環境」とは、親もバイリンガルで、子供は誕生直後から親を通して二言語に触れている環境、のことなので、一般的に使われる「バイリンガル環境」より定義は狭いのでご注意を。

では、そういうバイリンガル環境で育った子は、モノリンガル環境で育った子と比べ何がどう違うか?

約12ヶ月齢の幼児を対象にした研究によると、バイリンガル環境で育った子は、モノリンガル環境で育った子よりも、音節の構造をより柔軟に区別できることがわかった。バイリンガル環境で育つ子が二言語を効率良く獲得できることと、今回わかった違いは何か関係があるのかもしれない。

新着のサイエンスで報告されている。

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ここでいう「音節の構造」とは、例えば、「か」と「さ」という二つの音節を使って、それを「か・さ・か(ABA)」や「か・か・さ(AAB)」と組み合わせて作った音声のことをいう。(実際にはlo-lo-vuやlo-vu-loという音声をこの研究では使っている)

研究はイタリアで行われ、バイリンガルの幼児とは、母親もバイリンガルで生後から二言語の環境で育っている幼児のこと。

研究ではまず、幼児をスクリーンの前に座らせる(おそらく母親がスクリーンの前に座って幼児を抱える)。

そして、AABタイプの音声が流れたらスクリーンの左にオモチャの写真を、ABAタイプだったら右にオモチャを見せる。すると、幼児はオモチャにつられて視線がオモチャの方向に動く。AABなら左、ABAなら右、と。

この課題をしばらく繰り返す。

次に、音節構造はAABかABAの二種類で同じだけど、各音節として新しい音節を試す。さらに、音声の後に見せていたオモチャも出さないようにする。けど、幼児は条件反射的に右か左に視線を動かす。その視線の動きと聞かせた音声との関係を調べてみた。

つまりは、幼児がABA、AABという音節構造を区別し、
AAB-左、ABA-右
というルールを学習しているか確認してみたわけである。

すると、バイリンガル環境で育った子は、AABなら左、ABAなら右に視線を動かす傾向があった。一方、モノリンガル環境で育った子は、AABなら左に動かす傾向があったけど、ABAでのパフォーマンスが悪かった。

これだけだと、バイリンガルの子は、音節構造の区別そのものが良くできるのか、それとも、違う音と左右という空間を結びつけるのがうまいのか、少し曖昧。

そこで研究では、音声の高低も変えて、モノリンガルの子が違う音と左右の空間をしっかり結び付けられるか確認した。すると、この場合、モノリンガルの子はしっかり学習できた。

ということで、バイリンガル環境で育った12ヶ月齢の子は、音声構造の区別そのものがうまい、別の表現をすると、規則的な構造を持つ複数の対象物をより柔軟に学習できそう、ということがわかってきた。

この能力が、二言語に触れている環境でも、各言語を効率良く学習していくのに役立ち、結果的には、モノリンガルの子と近いペースで言語を獲得していくことにつながっているのかもしれない。

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参考情報

Science. 2009 Jul 31;325(5940):611-2. Epub 2009 Jul 9.
Flexible learning of multiple speech structures in bilingual infants.
Kovács AM, Mehler J.
今回紹介した論文。著者のMehlerという人はこの分野のキーパーソンか。

このグループは他にも以下の研究を立て続けに報告している:

Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 16;105(37):14222-7. Epub 2008 Sep 3.
The neonate brain detects speech structure.
Gervain J, Macagno F, Cogoi S, Peña M, Mehler J.
この研究では、新生児にAAB、ABC、ABAという音節構造を持つ音声を聞かせ、脳活動を近赤外線分光法NIRS)で計測している(生まれて数日以内に調べていて、バイリンガル、モノリンガルは区別していない)。すると、AABに対する応答はABCやABAより大きく、脳活動のレベルでAABという繰り返しが続く音節構造を新生児の段階ですでに区別できることがわかった。

これはもしかすると、これはモノリンガルの子がABAの学習が良くなかったことと関係しているかもしれない。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Apr 21;106(16):6556-60. Epub 2009 Apr 13.
Cognitive gains in 7-month-old bilingual infants.
Kovács AM, Mehler J.
こちらは7ヶ月齢のバイリンガルとモノリンガルの、いわゆるcognitive controlの能力を調べていて、バイリンガルの子達がモノリンガルの子達よりよくできる、というデータを出してきている。

こういうのを見て思うに、親という社会的にも生物学的に重要な存在から発せられる信号を、かなり早い時期から脳で詳しく分析していて(それは当然か)、バイリンガル環境の場合、その信号が時と場合によって全然違うから、こういう柔軟性なり、音声認識の能力が研ぎ澄まされていくのかもしれない。もちろん、この時点での能力の差を長い人生で如何にのばしていくかは、その後の環境などに大きく依存するのだろうけど。。。

それにしても、こういう研究はヒトを対象にしているだけに、いろんな意味でインパクトがありそう。(誤った方向にも行きやすいとも言えるか。。。)

ついでに、
Trends Cogn Sci. 2008 Apr;12(4):144-51. Epub 2008 Mar 17.
Bilingualism in infancy: first steps in perception and comprehension.
Werker JF, Byers-Heinlein K.
今回紹介した論文でも引用されていた総説。この分野に興味がある場合、必読か?
「バイリンガル幼児(bilingual infants)」は、生後からバイリンガル環境で育った2歳までの子供、とある。

とすると、Mehlerさんたちは同じ家族を追跡調査しているのだろうから、これから報告されるであろう研究も、この分野に大きく貢献しそう。

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最後に関連(するかもしれない)図書も調べてみた。

The Bilingual Child: Early Development and Language Contactという本は上の総説でも引用されていて、アカデミックなテイストで、ホントに関連しそうな図書。

以下の本は、二言語環境で育っている子を持つ親としてちょっと惹かれた二冊。
(科学者の端くれだという立場は忘れてますのでご注意を。。。)

バイリンガル教育の方法―12歳までに親と教師ができることという本はレビューも良い感じで、サンプルを見た限り、「バイリンガル」の定義からはじめられていたりと、非常にアカデミックなテイスト。

Raising a Bilingual Childという本はサンプルだけ読みました。どれくらい認められた学者さんが書いているのか評価できないけど、バイリンガル大賛成派のハウツー本、という感じで一般向けに非常にわかりやすく書かれている。

一方で、実体験として、間接的に聞く話として、バイリンガル環境で育つ子供の難しさもなくはないので、後者の本は、超楽観過ぎ、バイアスがかかっている、と思っても方が良いかも。。。(あくまで冒頭部分を読んだ限り、バイアスをやや感じた。サンプルの以下でメリット・デメリットがバランス良く書かれているなら、問題ナシ)


7/25/2009

スケール・フリー・ネットワーク報告から10年

ネットワークの中で、各ノードの持つエッジ数の確率分布がべき乗則に従うスケールフリーネットワーク(scale-free network)。

スケールフリーネットワークに関するBarabasiたちの論文が報告されて10年。
その論文では、異なると思われていたネットワークたちは、実はこのスケールフリーという共通性を持つことがわかり、このスケールフリーネットワークがどのように出来上がるかそのモデルも示された。

そんな論文の発表10年を記念(?)して、サイエンスでは特集が組まれている。

特集の概略に続いて、Barabasi自身が記事を寄せている。
非常に読みやすい記事で、スケールフリーネットワークの論文がどのような文脈で発表されたか、その後の発展、そして将来展望がまとめられている。

トポロジーだけでなく、やはりシステムとしての振る舞いが重要問題ということで、後半はそれについて触れられている。彼自身は、分野を超えた法則性があるのではないか、と信じているようだ。

そして、そのようなブレークスルーが次の10年くらいで訪れるか?ということに関しては、「おそらく(perhaps)」と見ていて、彼自身が最近取り組んでいる分野でそのブレークスルーが起こると思っているようだ。

いろんな流行的なことが起こったけども、ますますはっきりしてきたことは:

Interconnectivity is so fundamental to the behavior of complex systems that networks are here to stay.
と最後に結んでいる。

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つぶやき

途中、コネクトームという言葉が出てきたりはしているが、神経科学は何となく蚊帳の外という印象を受けた。。。(Bullmore とSpornsの総説の紹介はあるが)

そもそもデータを集めるという部分が他の分野に比べて大きな(狭い?)ボトルネックになってるのではないか。

将来、「脳も他の分野で10年前にわかったことと同じでした」というのはなんか癪に障るから別の問題で勝負(?)しないといけないのかも。。。といって、interconnectivityを調べないと先に進める気はしないわけで。。。研究ツールもあって、多くの優秀な人たちが取り組んできたのに、ネットワーク、という点では現状がこれということは、それだけ脳はひどく複雑ということなのか。。。

それだけ、やりがいのある分野でもある、ということで。

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参考情報

Science. 2009 Jul 24;325(5939):412-413.
Scale-Free Networks: A Decade and Beyond.
Barabási AL.
今回紹介した記事。

<関連書籍>
Barabasiが書いた啓蒙書
新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く
最新の研究をフォローするにはもはや古典になっているかもしれませんが、すばらしく良い本です。彼らがどういう経緯で10年前のサイエンス論文の発表に至ったかなども物語風に書かれていて、自然科学の読み物としても逸品。

Dynamical Processes on Complex Networks
バラバシではないですが、今回の特集から存在を知って、早速アマゾンで注文(なので激しく未読)。いくつかの特集記事で引用されているので、プロが推薦する本だと思われます。

<今回の特集>
ちなみに、今回の特集のButtsという人の記事では、ネットワーク解析での心構えとして、ネットワークとは、ノードとは、エッジとは、時間スケールは、という問題について例を挙げながら導入的なことを説明している。

神経生理学で考えると、解剖学のデータがないとエッジの定義がどうしても難しくなり、ボトルネックとなっている。その意味でもコネクトームは大事なステップだと思われるが、その後、コネクトームとネットワークの振舞いを結びつけるのにも、実際上たくさん壁がありそう。。。

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導入部分しか読んでませんが、Schweitzerという人たちは、いわばネットワーク経済学(そういう分野があるか知りませんが)について書いていて面白そう。

Vespignaiという人の記事は、上述したBarabasiたちが希望を見出している分野に関する記事。読みましたが、わかりやすく書かれていて、この分野の最新論文・トピックの情報源としては良いと思われる。

という感じで、この10年間でこの研究分野だけでない他の発展・発達・危機なども絡まって、とんでもなく広い分野になっている模様。

update:
この記事では、ネットワークというよりもっと広く複雑系研究に関する記事で、経済、渋滞、伝染などよりリアルワールドと直結する研究分野について紹介されていて面白い。この記事のライターへのインタビューがpodcastとしてあり。

7/11/2009

逆引き統計学

「逆」引き統計学―実践統計テスト100
Gopal K. Kanji (原著), 池谷 裕二 (翻訳), 久我 奈穂子 (翻訳), 田栗 正章 (翻訳)

この本は、100 Statistical Testsという100の統計検定法が収められた、とてもとても実践的な本の訳本である。

訳者の一人である池谷さんは訳者序文でこう書かれている:

「一般に、統計の本は難解な専門書か、あるいは逆に、初心者向けの教科書がほとんどで、大多数の人が期待するような実践的で“使える”解説書はほぼ皆無でした。」

「この本は教科書ではありません。専門書でもありません。」

「実践現場で統計学検定が必要になってから、それに相応しいテスト法を探すという、いわゆる「逆引き」としての活用法が、本書の最大の特徴です。」


例えば、
1.統計の基礎知識をある程度身につけてはいる。
2.普段、統計テストを行うことがある。
3.手持ちのデータでどの統計テストを行うべきかわからないことがある。
そういう人にはピッタリの本である。

また、
1.初心者向けの教科書すらまともに読んだことない。
2.いまさら、読んでる暇もない。
3.とにかく今あるデータから統計的な結論を引き出せ、と上司にプレッシャーをかけられている。
そういう人にもお薦めできるかもしれない(危険だが)。
なぜなら、この本の冒頭にある訳者序文と「統計的検定について」という導入部分をしっかり理解した上で、100のテストから適切な統計テストを探しだし、それを行えば良いから。

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この本ではまず、「統計的検定について」で統計テストの心得が説明され、「検定の分類」というすばらしい表が用意されている。

そのテーブルでは、いわば統計テスト早見表である。

手持ちのデータの性質と、テストしたい統計量をもとに、どの統計テストが候補になるか探し当てられる。(「手持ちのデータの性質」とは、正規分布に従うのか、標本はいくつかといったこと、「テストしたい統計量」とは、例えば平均値や分散などのことである。)

それ以降のページは、ひたすら100の統計テストが紹介されている。こんな方法もあるのか、と驚くくらいたくさんある。一生使わんぞ、というテストまで網羅されている。

各統計テストの説明では、テストの目的、制約、方法、そして用例と、非常にわかりやすい構成になっている。

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この本は全て読む必要はない。本棚か手元に置いておくだけで良い。

早見表の使い方さえ理解すれば、必要な時に本棚から取り出し、早見表で必要な統計テストを探し当て、テストの性質・方法を学び、必要によってはgooglebing両方にセカンドオピニオンを聞いて、統計テストを行えば良い。

とにかく、これ以上実践的な参考書はない。

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コンピューターの性能が向上して、新しい統計テストもよく使われるようになってきた。この本ではそのような新しい統計テストまでは網羅されていない。例えば、ブートストラップクロス・ヴァリデーションといったリサンプリングの統計技法を、ここでは意識して言っている。

しかし、この本に網羅されている統計テストで事足りることが実際の現場では多いわけで、この本はこれからも有用であるのは間違いないだろう。

訳は久我奈穂子さんが担当されたそうで、これだけの質と量の仕事をこなされたのはただただ驚きで、さらに修士課程の学生さんというのだから、世の中には池谷さん以外にもすごい人がたくさんいてるわけである。。。

ちなみに、僕はボスに教えてもらって100 statistical testsを数年前に買った。つまりは、物理系出身の人も推薦する本でもある。

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参考情報

池谷さんのホームページにさらに詳しい紹介があります。


7/01/2009

ミュージカル・マインド

火曜日の夜、Musical Mindsというテレビ番組がPBSというチャンネルで放映された。

オリバーサックスが少し前に出版したMusicophiliaをモチーフにした番組。生きていく上で、音楽と脳がとても特別な関係になっている4人のエピソードを紹介する内容。

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一人目は、盲目でサバンの青年。ピアノの演奏に天才的な才能を発揮している。

二人目は、トゥレットシンドローム(Tourette syndrome)に苦しむ青年。不随意的におこる運動のおかげで、コミュニケーションも途切れ途切れになるけど、その人はドラムを演奏しだすとその不随意運動を抑えられる。

三人目は、いわゆるアミュージア(amusia)で音楽の知覚に障害のある女性。

そして四人目は、落雷によって音楽の才能が突然目覚めた中年男性。

各エピソードの途中、オリバーサックス自身のエピソードを交えたインタビューや、彼が音楽を聴いた時の脳活動(fMRI画像)の話なども盛り込まれた1時間の番組だった。
(*オリバーサックスがベートーベンとバッハを聴いている時の脳活動の話もあって、それはちょっと胡散臭かったけど。。。)

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紹介された4人のエピソード、どれも興味深かった。

観た後の感想・疑問を少し:

まず一人目のエピソードでは、視覚野が他の感覚刺激でも強く応答するようになる、という説明はよくある説明としては良いとして、驚異的なワーキングメモリーやジャズ演奏に必要なアドリブ力との関係はもう一つスッキリしない。そもそもどう音楽やピアノの鍵盤を感じているのか、その本人以外誰も知りようがないようにも思えた。

二人目のエピソードは、正常な運動制御を考える上で、非常に重要な洞察を提供しているようにも思えた。途中出たAwakeningsレナードの朝)のエピソードとも少し関連付けるような番組構成だったと記憶しているが、非常に興味深かった。

三人目のエピソードは、やはりメカニズムというか、何が機能しないと音楽の知覚ができないのか(普通の会話は正常なのに)、音楽という入力をどう処理しているのか、素朴な疑問として抱いた。FOXP2みたいな遺伝子がアミュージアの原因の一部を説明したりするのだろうか?

四人目のエピソードは、オリバーサックスも言っていたように、わけがわからん。。。
落雷によって脳がしばらく異常なくらい過活動か何かおこって、新しい回路がたくさんできて(もしくはなくなって)、文字通り眠っていた「脳力」が明示的になったのか。それとも。。。
最近注目を浴びている脳刺激で可塑性を起こすような話ともリンクするような気もした。

とにかく、オリバーサックスのMusicophiliaを買いたいと思わせるには十分すぎるくらい興味深い番組でした。

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関連情報

ニューヨークタイムズでの番組プレビュー
The Frontal Cortexでのプレビュー記事

6/20/2009

BMI研究から学ぶ神経情報処理の8つの原則!?

Nicolelisが過去10年間のブレーンマシーンインターフェース(BMI)研究から学んだ神経集団による情報処理の原則をまとめている

その原則として以下の8つを挙げている(*日本語訳は私が勝手に考えたものです):
1.分散表現則(distributed coding)・・・一つの情報があちこち分散的に表現されていること。

2.単一細胞不十分則(single-neuron insufficiency)・・・1個のニューロンの活動は不安定過ぎて一つの処理をするには不十分なこと。

3.マルチタスク則(multitasking)・・・1個のニューロンで複数パラメータを同時に表現していること。

4.集団効果則(mass effect principle)・・・ある程度の数がないとそれなりの効果は期待できない一方、その閾値を超えると数が増える効果は低減すること。

5.変性則(degeneracy principle)・・・同じ情報処理をできる集団はいろんなところにいること。冗長な情報表現と等価。

6.可塑性則(plasticity)・・・神経集団の活動が可塑的に変化すること。

7.活動保存則(conservation of firing)・・・活動が可塑的に変化しても、集団全体の活動は一定に保たれる傾向があること。

8.文脈依存性則(context principle)・・・動物の置かれた環境・文脈によって神経活動が変化すること。

各トピックについて、主に自身たちの研究を例に挙げながらまとめている。一部、現在進行中の未発表プロジェクトの話も出ていたりと面白い。

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ボヤキ

非常に冗長な原則たちな気がした。。。
(「冗長さ」を強調する原則が多いから??)

BMIのような大げさなことをやって学べたのはこれか?と批判されると、返答に困るのではないか、という気もする。。。

「シリコンプローブ派」や他の「マルチ派」はこの総説を読むと怒る、たぶん。。。

それはともかく、
個人的な意見として、BMIはともかく、神経集団の活動を同時計測して脳を知ろうとする場合、少なくとも回路のことをしっかり考えないと何十年続けても、技術的な進展はあっても、またセクシーな論文を発表できても、「原則」についての進歩はないのでは?という気がする。

Nicolelisたちの研究のフォローアップとしては良い総説だけれども、情報処理のことを考えていく上では・・・という総説だった。(たぶん、たくさんやっきた自身の研究を総説としてまとめるための策として、8つの原則を打ち立ててやれ、といわゆる「スピン」を考えたのだろう。。。そのスピンがうまく機能したかどうか。。。)

ちと辛口。
Nicolelisは非常にリスペクトしてますが。。。

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参考情報

Nature Reviews Neuroscience 10, 530-540 (July 2009) | doi:10.1038/nrn2653
Principles of neural ensemble physiology underlying the operation of brain–machine interfaces
Miguel A. L. Nicolelis & Mikhail A. Lebede
今回扱った総説。
plasticityのところはしっかりフォローしてなかったので面白かったです。

<関連書籍>
ブレイン‐マシン・インタフェース最前線―脳と機械をむすぶ革新技術
日本語で読める最前線の日本人研究者たちがまとめたBMIの教科書。全部読みましたが、BMI研究の過去と現状を学ぶのに最適で非常に読みやすい一冊です。Nicolelisが如何にしてBMI研究の第一人者になったか、その具体的な研究も紹介されています。

関係ないといえばないですが、ついでに、、
Deep Brain Stimulation – A New Treatment Shows Promise in the Most Difficult Cases
2ヶ月ほど前に読んだ本で、深部脳刺激(DBS)の歴史と現状が非常にわかりやすくまとめられていて、英語でも一気に読めました。超お薦めです。ちなみにどういう内容かというと、パーキンソン病の治療として応用された歴史から、意識障害も含めた他の病気への応用の現状が非常に簡潔にまとめられてます。

自由意志を自由に感じる

2回目となるWorld Science Festivalが先週開催されていて、自由意志関連のイベントがあったので参加してみた。

ノーベル賞受賞者のPaul Nurseがモデレーターとなり、神経科学からはPatrick Haggard、哲学からAlfred Mele、心理学からDaniel Wegnerが招待されていた。

Paul Nurseさんが話題を振って、3人の思いをそれぞれ語っては議論してもらうという進行形式。

自由意志とは何?

という質問からスタートし(個々人の回答はこちらに詳しい)、途中、リベット実験や最近のScience論文の話をHaggardさんが非常にわかりやすく説明してくれたり、モラルの問題、病気との関係、そしてオーディエンスからの質問、と幅広い問題を議論してくれた。

最後に、「自由意志」のこれからの課題として、3人が非常に良い具合にまとめて終わった。(おそらく相当に準備されたイベントだったのだろう。)

コンセンサスとして、自由意志があるかないかという議論よりは、自由意志という感覚・フィーリングがあるのは良いとして、その先をどう生物学的な視点から考えていくか、という方向性はしっかり伝わってきて、良いブレーンストーミングになった。

Haggardさんをはじめて見たのだけれども、難しいことをわかりやすく伝えてくれ、非常にすばらしかった。一般向けのイベントだったけど、少なくとも僕には刺激的だったし、この問題を普段から考えているようなプロの方にとっても良いイベントだったのではないかという気はした。

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関連情報
<最近の自由意志関連の論文・記事>
*ほとんど読んでいないので、紹介だけ。。。

Science. 2009 May 8;324(5928):811-3.
Movement intention after parietal cortex stimulation in humans.
Desmurget M, Reilly KT, Richard N, Szathmari A, Mottolese C, Sirigu A.

頭頂連合野(後方)周辺を刺激すると意図(intention)が、運動前野(premotor cortex)周辺を刺激すると運動は生じるけど意図は生まれない、というすごい結果を報告している。

Science. 2009 May 8;324(5928):731-3.
Neuroscience. The sources of human volition.
Haggard P.
Haggardさんによる上の論文の解説。

Nat Rev Neurosci. 2008 Dec;9(12):934-46.
Human volition: towards a neuroscience of will.
Haggard P.
Haggardさんの総説。

Nature. 2009 May 14;459(7244):164-5.
Is free will an illusion?
Heisenberg M.
最近ネイチャーに掲載されたエッセーで、神経活動の決定論的な側面と確率的な側面も議論しながら行動は自発的に生まれるんだと、自由意志はイリュージョンではないと主張していると理解した。ちなみに著者は、不確定性原理で有名なハイゼンブルグの息子さんで、ハエの研究でも有名な人。ちなみにこのエッセーは読んだけど、もう一つ心には響かなかった記憶がある。。。少なくとも、今回参加したイベントでは、もう少し先の議論をしていたように思う。

Curr Biol. 2008 Jul 22;18(14):R584-5.
Free will.
Montague PR.
ついでに。自由意志を現在の神経科学、特に意思決定の分野の言葉を使って解説しているといったら良いか。結局は自由意志の議論は意思決定の研究分野と大いに重複するということなのだろう。(いわずもがな?)

New York TimesのコラムニストTierney氏も今回のイベントについて記事を書いていて、参加者3人の自由意志の定義なども紹介されている。


<過去の関連エントリー>
リベットと自由意志と2007年と
人はホントに自由か?~自由意志の問題~


<関連本>
*こちらも紹介だけ、、、

マインド・タイム 脳と意識の時間
下條先生が翻訳されたリベットの

Alfred Meleの本
Free Will and Luck
Effective Intentions: The Power of Conscious Will

Daniel Wegnerの本
Illusion of Conscious Will

あとはデネットの本も。
自由は進化する


6/06/2009

ニューロンたちが使う「限られたボキャブラリー」

脳では、多様なニューロンたちがネットワークとして働いている。そんなネットワークでは、どんな活動パターン、「ボキャブラリー」、が使われているか?

最近Neuronに報告された研究によると、音刺激によって聴覚野で生じる活動パターンは、音入力がなく自発的に活動が生じている時のパターンと似ていて、感覚刺激は「自発活動ボキャブラリー集」の中から表現されていそうだとわかった。

ラトガーズ大Luczakたちが報告している。(って、うちのラボの論文です、、、)

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研究では、ラット聴覚野(または体性感覚野)から50個前後のニューロン活動を同時に計測し、感覚応答と「自発活動」を神経集団レベルで詳しく調べている。神経活動の時間的なパターンと、各ニューロンが何回活動したかという「発火頻度」、その両方の観点から調べている。

ちなみに、自発活動として、麻酔下、睡眠中、そして休憩中に生じる「up状態」といわれるイベントに注目。

何がわかったかというと、感覚応答と自発活動は似ているだけでなく、そもそも自発活動は感覚応答の範囲を既定していること、そして自発活動の活動パターンそのものも可能な範囲のうちごく限られた組み合わせしか生じていない、ということがわかった。

別の言い方をすると、

個々の神経活動だけを見て予想される「活動パターンの可能な組み合わせ」があったとする。けれども、自発活動はその可能な範囲のごく一部のパターンしか生じていない。さらに、感覚入力によって生じた活動パターンは、その自発活動のさらに狭い範囲でしか起こっていない、ということがわかった。

さらに別の言い方をすると、、、(しつこいですが)

今5つの文字から成る文字列を考える。それぞれの文字には27種類のアルファベットを使える。なので、組み合わせは膨大。けど、実際の自然言語では、例えばAAAABといった単語はない。限られた範囲の組み合わせでしか使われていない。

今回の研究から、神経集団の活動パターンという点で見ても、それとアナロジーが成り立ちそうだとわかった。
さらに例えるなら、自発活動はいわば辞書みたいなもので、感覚応答は言ってみれば、その辞書の中のあるカテゴリーの単語で表現されている、そんな感じ。(ちと言い過ぎか?)

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個人的なコメント

はじめて原稿を投稿してから発表に至るまでえらく苦労してましたが、それでもNeuronという一流の雑誌に載せれたのはホントすばらしい。筆頭著者のアーターは現在カナダでMcNaughton率いる研究所で独立中。

アーターは解析に関してすばらしい才能の持ち主なので、それがいかんなく発揮されている良い論文だと思います。

従来の単一細胞記録の発想でいうと、刺激呈示で生じる活動は刺激呈示前のそれとは明らかに違うはず。

しかし、そこでは刺激呈示前にも生じていた活動を「ノイズ」として扱って、同一試行を何回も繰り返して、平均化という処理を経て「ノイズ」をキャンセルアウトしている。もしかしたら、その解析過程の結果からくる印象でしかないかもしれない。

そうではなく、刺激呈示とは関係ないタイミングで生じた活動を単一試行単位で積極的に扱って、さらに神経集団レベルで見てみると、もしかしたら、刺激呈示中の活動と自発的なイベントは区別つかないかも?と思えれば、この論文と近い見方になるのではないかという気がする。

論文で主張していることは、いわゆるprovocativeな感じがするけれど(例えば、今回使っていない感覚刺激を使って自発活動の範疇を超える活動が得られてしまったらたちまち主張が、、、それ以前に、他の観点から今回のデータを解析し直したら主張の変更を迫られる可能性だってあるやもしれない。一応フェアに書いときます)、実際の脳でどんなことが起こっているか?をさらに理解していくための議論として良い問題提起をしているのだと思われる。

Discussionの最後の段落、ケン節ここに極めれり、って感じです。。。

ちなみに、体性感覚野のデータ(図5)は必要か?と思わないでもないけれど、「論文を通すには必要」だったようです。。。(なので、このデータは深く考えないでください)

論文の主張を理解するための肝となる図は、図3、6、7か。
マニアックな人には図7は重要。
主張は、図8Fのマンガ。

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文献

Neuron. 2009 May 14;62(3):413-25.
Spontaneous events outline the realm of possible sensory responses in neocortical populations.
Luczak A, Barthó P, Harris KD.
今回紹介した論文。

これに先立って
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Jan 2;104(1):347-52. Epub 2006 Dec 21.
Sequential structure of neocortical spontaneous activity in vivo.
Luczak A, Barthó P, Marguet SL, Buzsáki G, Harris KD.
という論文も報告しているので、あわせてお読みください。

後者の論文では、自発活動中のシーケンスについて報告していて、今回紹介した論文の前半部分は、そのシーケンスが実は感覚応答でも似ている、という発見をしている。

5/09/2009

局所回路の活動を操作してガンマ波を出す

神経細胞たちはいろんなリズムを刻む。
その中でガンマ波(30Hz前後から80Hzまで)は、この20年くらい多くの神経科学者の注目を集めてきた。

ブザキの教科書「 Rhythms of the Brain」の9章では、騒がれ始めた当時の様子も紹介されていたりと、このリズムのことが詳しく説明されている。

そのリズムは、何かに集中した時に強く出たり、統合失調症の患者さんではこのリズムに異常があることもわかっている。一部の人は「意識」と絡めて議論したりもしている。

さらに、実験や理論的な研究から、そのリズムが発生する仕組みもよくわかってはいた。

しかし、まだ欠けたピースがあって、それをMITのMooreの研究グループがエレガントな実験で埋めた。

大脳新皮質の特定の神経細胞(fast-spiking細胞)の活動を光で操作して、その神経細胞の活動がガンマリズムを生み出すのに十分であることを実験的に証明した。

その論文は、ネイチャーのオンライン版に出ている。


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もう少し詳しく:

研究では何をやったかというと、まず、チャネルロドプシン2(ChR2)(藻由来の陽イオンチャネルで青色光が当たると開く)を、マウス脳の2種類の神経細胞にそれぞれ発現できるようにしている。

その2種類は、パルブアルブミンを発現する細胞とαCamKIIを発現する細胞。

前者は、fast-spiking(FS)細胞と呼ばれるGABAを伝達物質として放出する抑制性ニューロンの一種。
後者は、興奮性の細胞である錐体細胞(一部?)。

つまりはFS細胞か錐体細胞の活動を青色の光で操れるようにする。

光をあてるとChR2によって神経細胞の活動がコントロールできることを生きた(麻酔した)脳で示した後に、今回のポイントとなる実験をしている。

そこでは、青色フラッシュを8-200Hzの周期で脳に当てた時に、回路全体がどのような周期で活動するか調べた。すると、FS細胞でChR2が発現している時はガンマリズムの帯域で、錐体細胞でChR2が発現している時は低周波で、それぞれ最もよく回路が応答することがわかった。

つまり、ガンマリズムという点に注目すると、FS細胞の活動を40Hzくらいで駆動させてやると、回路としてもその40Hzで振動するようになる、ということ。

つまりは、FS細胞の活動はガンマリズムの生成に十分、ということ。

さらにMooreたちは、感覚刺激の処理とガンマリズムとの関係を調べていて、ガンマリズムの一サイクルのうち、ちょうど真ん中のフェーズでネズミのヒゲを刺激すると、ヒゲの感覚情報を処理する「バレル皮質」の神経細胞の活動精度が上がり、リズムの異なるフェーズによって、感覚情報の処理が変わりそうだということを示した。

最後の実験はともかく、この論文は、ガンマリズムの生成にはFS細胞の活動で十分、という理論からの予測をオプトジェネティックスという最新の実験方法を応用して証明した。

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個人的な感想

この話、cosyneで直接Mooreさんにポスターを説明してもらった
その場で、一緒に聞いていた人が、
もう論文は投稿した?
と聞いて、
うん。
とMooreさんが答え
どこに?
とその質問者が聞いたら
そりゃ言えん。けど、最終段階。
と言っていた。

まさかネイチャー、しかもアーティクルとは、、、。

論文はめちゃくちゃわかりやすく書かれていて、実験・解析も非常に直感的で、新しい情報も付け足して、オプトジェネティクスというセクシーさ、だからアーティクルなのだろう。

「十分性」ということだけにこだわるなら、脳幹刺激をすれば大脳新皮質でガンマリズムは出せることは50年くらい前からわかってたわけなので、コンセプチュアルな新しさは、「FS細胞でも十分だよ」ということなのかもしれない。

ちなみに、そのポスターの時に、
浅層しか見てないから、他の層はどうかわからないのでは?
と聞いた。そしたら、
確かに。
とも言っていた。

浅層できれいなガンマが出る(出やすい)のは良いとして、大脳新皮質でこれまで見られてきたナチュラルなガンマが、果たしてホントにこの実験でおきているのかは、まだわからない気もする。

たぶん、彼らは知覚や行動と絡めて行くのだろうけど、結局、回路としてどうなのか、その辺をしっかり押さえるのも、地味かもしれないけど大事な気がする。

それにしても、すごい勢いでオプトジェネティクスのポテンシャルが示されてきてます。。。

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参考文献&補足情報

Nature. 2009 Apr 26. [Epub ahead of print]
Driving fast-spiking cells induces gamma rhythm and controls sensory responses.
Cardin JA, Carlén M, Meletis K, Knoblich U, Zhang F, Deisseroth K, Tsai LH, Moore CI.

今回紹介した文献。
NeuroPodもぜひ。

ちなみに、ChR2を神経科学ではじめて応用したDeisserothさん、最近スパークしてます。。。

Nature. 2009 Apr 23;458(7241):1025-9. Epub 2009 Mar 18.
Temporally precise in vivo control of intracellular signalling.
Airan RD, Thompson KR, Fenno LE, Bernstein H, Deisseroth K.

Science. 2009 Apr 17;324(5925):354-9. Epub 2009 Mar 19.
Optical deconstruction of parkinsonian neural circuitry.
Gradinaru V, Mogri M, Thompson KR, Henderson JM, Deisseroth K.

Science. 2009 Apr 23. [Epub ahead of print]
Phasic Firing in Dopaminergic Neurons Is Sufficient for Behavioral Conditioning.
Tsai HC, Zhang F, Adamantidis A, Stuber GD, Bonci A, de Lecea L, Deisseroth K.

Nature. 2009 Apr 26. [Epub ahead of print]
Parvalbumin neurons and gamma rhythms enhance cortical circuit performance.
Sohal VS, Zhang F, Yizhar O, Deisseroth K.

ブログのエントリーのような感覚でネイチャー、サイエンスに論文出せたら、そりゃ、ノーベル賞とるわ、って感じです。。。

負けじとBoydenさんたちも
Neuron. 2009 Apr 30;62(2):191-8.
Millisecond-timescale optical control of neural dynamics in the nonhuman primate brain.
Han X, Qian X, Bernstein JG, Zhou HH, Franzesi GT, Stern P, Bronson RT, Graybiel AM, Desimone R, Boyden ES.

アメリカの東西で競争が激化中。。。

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ちなみに、これに少し関連して、ニューヨークタイムズの「注意(attention)」に関するすばらしく良い記事が盛り上がっている。最近出た Rapt: Attention and the Focused Lifeという本にオプトジェネティクスのスパイスを絡めながら、注意についての話題を展開している。

この記事のライターのブログの記事
あのDesimoneさんが読者の質問に答えたりと、プロでも楽しめる感じになってます。


最後に
Optogenetics: Circuits, Genes, and Photons in Biological Systems

9月にMiesenbock自ら教科書を出すようです。


セミナー

5月14日から31日に日本に一時帰国して、セミナーをさせていただくことになりました。

以下、暫定スケジュールです。

5月18日(月)10:00~ 熊本大学
5月20日(水)18:00~ 東京大学
5月21日(木)13:00~ 京都大学
5月22日(金)15:00~ 基礎生物学研究所
5月25日(月)14:00~ 理化学研究所BSI
5月26日(火)14:00~ 東北大学
5月27日(水)16:00~ 北海道大学
*大ボケで日付を間違って書いてました。。。

全国ツアー!(やりすぎなのはわかってます。。。)
*「インフルエンザ規制」のため一部日程が変更されるかもしれませんのでご注意ください。
*熊大、BSI、東北大では英語でのトークですので、それ以外の日にお越しになられるのを強くお薦めします。。。

ちなみに、内容は先日Cosyneで発表した内容とほぼ同じです。
50枚前後のスライドを用意してます。

今のところswine fluには感染してないか、少なくとも元気ですので、もし成田で軟禁されずにこの状態で入国できセミナーを無事できたら、その後などに気軽に声をかけてください。

けど、もし握手したら、手をよく洗ってください。。。

update:
京大の日程が変更になりましたので、ご注意ください。
あとは、私が成田で軟禁されたり、規制が全国的に厳しくならない限り、大丈夫だと信じてます。。。ウィルスの「毒性」おそるべし!

5/03/2009

アルツハイマー病のTV番組

アルツハイマー病に関する特集番組が、アメリカですが、来週あるようです。
5月10日から3夜連続。

以前、中毒症・依存症(addiction)の番組をやったHBOという局で、今回は国立機関であるNational Institute on Agingが番組制作に積極的に関わっている模様。

ということで、科学番組という点でも注目できるのではないかと思われます。
こういう試みはなかなか期待できるかも。

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参考情報

ニューヨークタイムズの紹介記事

番組あわせて出版される解説本
The Alzheimer's Project: Momentum in Science

Addictionが放映された時に出版された解説本
Addiction: Why Can't They Just Stop?: New Knowledge, New Treatments, New Hope

DVD(注意:米国版のみ)
Addiction

updata:
番組公開前に出たレビュー記事

The Alzheimer's Project
DVDも7月下旬に出るみたいです(注:米国版)。