6/06/2009

ニューロンたちが使う「限られたボキャブラリー」

脳では、多様なニューロンたちがネットワークとして働いている。そんなネットワークでは、どんな活動パターン、「ボキャブラリー」、が使われているか?

最近Neuronに報告された研究によると、音刺激によって聴覚野で生じる活動パターンは、音入力がなく自発的に活動が生じている時のパターンと似ていて、感覚刺激は「自発活動ボキャブラリー集」の中から表現されていそうだとわかった。

ラトガーズ大Luczakたちが報告している。(って、うちのラボの論文です、、、)

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研究では、ラット聴覚野(または体性感覚野)から50個前後のニューロン活動を同時に計測し、感覚応答と「自発活動」を神経集団レベルで詳しく調べている。神経活動の時間的なパターンと、各ニューロンが何回活動したかという「発火頻度」、その両方の観点から調べている。

ちなみに、自発活動として、麻酔下、睡眠中、そして休憩中に生じる「up状態」といわれるイベントに注目。

何がわかったかというと、感覚応答と自発活動は似ているだけでなく、そもそも自発活動は感覚応答の範囲を既定していること、そして自発活動の活動パターンそのものも可能な範囲のうちごく限られた組み合わせしか生じていない、ということがわかった。

別の言い方をすると、

個々の神経活動だけを見て予想される「活動パターンの可能な組み合わせ」があったとする。けれども、自発活動はその可能な範囲のごく一部のパターンしか生じていない。さらに、感覚入力によって生じた活動パターンは、その自発活動のさらに狭い範囲でしか起こっていない、ということがわかった。

さらに別の言い方をすると、、、(しつこいですが)

今5つの文字から成る文字列を考える。それぞれの文字には27種類のアルファベットを使える。なので、組み合わせは膨大。けど、実際の自然言語では、例えばAAAABといった単語はない。限られた範囲の組み合わせでしか使われていない。

今回の研究から、神経集団の活動パターンという点で見ても、それとアナロジーが成り立ちそうだとわかった。
さらに例えるなら、自発活動はいわば辞書みたいなもので、感覚応答は言ってみれば、その辞書の中のあるカテゴリーの単語で表現されている、そんな感じ。(ちと言い過ぎか?)

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個人的なコメント

はじめて原稿を投稿してから発表に至るまでえらく苦労してましたが、それでもNeuronという一流の雑誌に載せれたのはホントすばらしい。筆頭著者のアーターは現在カナダでMcNaughton率いる研究所で独立中。

アーターは解析に関してすばらしい才能の持ち主なので、それがいかんなく発揮されている良い論文だと思います。

従来の単一細胞記録の発想でいうと、刺激呈示で生じる活動は刺激呈示前のそれとは明らかに違うはず。

しかし、そこでは刺激呈示前にも生じていた活動を「ノイズ」として扱って、同一試行を何回も繰り返して、平均化という処理を経て「ノイズ」をキャンセルアウトしている。もしかしたら、その解析過程の結果からくる印象でしかないかもしれない。

そうではなく、刺激呈示とは関係ないタイミングで生じた活動を単一試行単位で積極的に扱って、さらに神経集団レベルで見てみると、もしかしたら、刺激呈示中の活動と自発的なイベントは区別つかないかも?と思えれば、この論文と近い見方になるのではないかという気がする。

論文で主張していることは、いわゆるprovocativeな感じがするけれど(例えば、今回使っていない感覚刺激を使って自発活動の範疇を超える活動が得られてしまったらたちまち主張が、、、それ以前に、他の観点から今回のデータを解析し直したら主張の変更を迫られる可能性だってあるやもしれない。一応フェアに書いときます)、実際の脳でどんなことが起こっているか?をさらに理解していくための議論として良い問題提起をしているのだと思われる。

Discussionの最後の段落、ケン節ここに極めれり、って感じです。。。

ちなみに、体性感覚野のデータ(図5)は必要か?と思わないでもないけれど、「論文を通すには必要」だったようです。。。(なので、このデータは深く考えないでください)

論文の主張を理解するための肝となる図は、図3、6、7か。
マニアックな人には図7は重要。
主張は、図8Fのマンガ。

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文献

Neuron. 2009 May 14;62(3):413-25.
Spontaneous events outline the realm of possible sensory responses in neocortical populations.
Luczak A, Barthó P, Harris KD.
今回紹介した論文。

これに先立って
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Jan 2;104(1):347-52. Epub 2006 Dec 21.
Sequential structure of neocortical spontaneous activity in vivo.
Luczak A, Barthó P, Marguet SL, Buzsáki G, Harris KD.
という論文も報告しているので、あわせてお読みください。

後者の論文では、自発活動中のシーケンスについて報告していて、今回紹介した論文の前半部分は、そのシーケンスが実は感覚応答でも似ている、という発見をしている。

4 comments:

ykenko1 said...

Shuzoさん、こんにちは。

>個々の神経活動だけを見て予想される「活動パターンの可能な組み合わせ」があったとする。けれども、自発活動はその可能な範囲のごく一部のパターンしか生じていない。さらに、感覚入力によって生じた活動パターンは、その自発活動のさらに狭い範囲でしか起こっていない、ということがわかった。

以前、理化研の松本元先生が「コンピュータは何かのインプットがあるとそれに対して演算処理をしてアウトプットを出すが、脳はあるインプットがあるとそれをキーワードにして既にある幾つかの答えのテーブルの中から相応しいものを探し出すのだ」書いておられましたが、そんな感じですよね。脳の中の情報処理はアプリケーションによる演算処理というよりグーグルによる検索に近いという感じ。

やはり知覚というのは生体による環境刺激の解釈である、と。

Shuzo said...

ykenko1さん

コメントありがとうございます。
非常に示唆に富んだコメントでとても興味深く拝見しました。

一応、研究者の端くれとして超まじめにコメントしますと、今回の論文の結果は聴覚野(と体性感覚野)のデータに基づいていますが、計測した細胞はあくまで聴覚野の中でもごくごく一部(おそらく5層と思われます)の細胞たちです。

ですので、今回の現象をどれくらい一般化できるかは今後の大きな課題ですし、それが「知覚」とどのように結びつくのかは、今回の論文だけからは何も議論できないのが正直なところ、という気もします。

(素朴な疑問として、自発活動と同じ活動が起こってるとしたら、脳は自発活動と感覚入力をどうやって区別してんだ?という問題もありますし)

とにかく、もっともっともっと多くの神経細胞の活動を生きた脳から同時に計測しないと脳で起こってることはわからないです。
(少なくとも私にはそう思えます)

ykenko1 said...

Shuzoさん

超まじめなコメントバックありがとうございます。

>とにかく、もっともっともっと多くの神経細胞の活動を生きた脳から同時に計測しないと脳で起こってることはわからないです。

おっしゃる通りです。本当にそれが自然科学の王道ですね。頭が下がります。

ただ地道なデータ収集を導く、ある程度の見通しや仮説は必要かと。

ただ私の場合、単なる思いつきが多いので、却下すべきは却下して頂いて結構です。

頑張って下さい。応援しています!

Masaaki said...

HZ
以前、同じ目的で実験をやっていました。パルブアルブミン陽性ニューロンを選択的に破壊して、ガンマ波がどうなるか調べたかったのですが、細胞種特異的な遺伝子発現ができず頓挫してしまいました。
そのプロジェクトをやり始めたのが1997年ですから、それから12年たったことになります。パルブアルブミンのプロモーターを使ったトランスジェニックは我々を含めてことごとく失敗し(Hanna Monyerのマウスは上手くいっていると主張しているが、実際にはかなり難あり)、結局はknock-inマウスが必要になったのです。