1/31/2009

「ノイズ」の中の脳機能

神経活動を計測する研究の多くでは、実験データとして観察されるのは、基本的には
1.実験者が使った感覚刺激(入力)
2.参加者・動物の行動(出力)
3.脳活動(ニューロン活動)
の3つ。

そのデータを解析して、注意や意思決定や行動プランニングといった、いわゆる「認知機能」を明らかにしていく。

研究上の問題は、その認知機能は直接的には観察されない、こと。
ではどういう研究ストラテジーをとるか?

いろいろ戦略はあるけども、ラット海馬の研究を紹介しながら、その研究ストラテジーをまとめた総説Trends in Cognitive Sciencesに出ている。Adam JohnsonやDavid Redishたちがまとめている。

以下、この総説で扱われているトピックをまとめる。

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導入

まず従来の戦略が書かれている。

つまり、感覚刺激や行動出力に直接対応しない神経活動は「ノイズ」と扱う戦略。

典型例としては、同じ感覚刺激を何度も呈示しては1個のニューロンの活動を計測。そして、そのデータを平均化して、計測したニューロンがどんな特徴量を表現しているか解釈する。

そこでは、刺激とあまり関係のないタイミングに、ごくたまにニューロンが激しく活動することには目を瞑って、ノイズとして扱う。平均化によってノイズをキャンセルしてデータを解釈しやすくする。

けれども、直接的には感覚刺激と関連しない認知機能を理解するには、そのやり方だけでは難しいケースもあって、最近の海馬研究を紹介しながらその戦略をまとめよう、という導入となっている。

以下は、大きく2つのパートに分かれていて、前半で過去の実験データのまとめ、後半では抽象度を上げて研究戦略について議論している。

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過去の実験データのまとめ

まず、海馬ではなく、Georgopoulosたちの先駆的な研究が紹介されている。メンタルローテーションをまるで表現しているかのようなニューロン集団の活動の話。

続いて、海馬の「場所細胞」を紹介。場所細胞とは、ラットならラットが特定の空間上を動きまわっている時、特定の場所に来た時だけに活動する海馬のニューロン、のこと。

その後、その場所細胞に関連した海馬機能の研究を3つのカテゴリーとしてまとめている。
その3つとは、
長い時間スケールの活動
ミリ秒単位の短い時間スケールの活動
「場所」を越えた活動例

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研究戦略

後半では、研究戦略を次の3つのアプローチとしてまとめている。
エンコーディング
ディコーディング
生成(generative)モデル(日本語訳が正しいか自信なし。。。)

総説中のBox1がわかりやすい。

例えば、
神経活動
行動アウトプット
という2つがデータとしてあったとする。

エンコーディングは、その二つからニューロンがどういう行動アウトプットと対応するか、ニューロンがどういう行動アウトプットをコードしているか調べるやり方。いわゆるチューニングカーブを解析すること。

ディコーディングでは、行動アウトプットを神経活動から解読する。例えば、ニューロンがどんなチューニングカーブを持っているか知った上で、新しく観察したニューロン活動から、今動物がどんなアウトプットをしているか予測・解読する。

生成モデルは、さらにメタな発想で、単純には、ニューロン活動がいつ起こるべきか、神経活動そのものを予測すること。テクニカルには、例えば、10個のニューロンの活動とラットの運動軌跡を観察していたなら、10個中9個のニューロン活動と運動軌跡の情報を使って、残り1個のニューロン活動のタイミングを予測する。

この3つのアプローチでこの総説の著者たちが推すのは最後の生成モデル。

締めくくりとして著者たちは、認知機能を理解するには、文字通りのノイズと認知機能を反映しているけど一見ノイズのように見える神経活動を区別することが重要で、その点では生成モデルのアプローチは利点がある、と。さらに、計測法と解析法両方をさらに改善していけば、神経集団の活動や認知機能の理解が深まっていくだろう、としている。

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感想

非常によくまとめられている。ニューロン活動だけでなく、fMRIに代表されるような、多変量として脳活動を計測している他の研究分野とも考えをシェアできそう。

が、この総説は「データ解析」という、データが取れた後どうするか?という戦略であって、そもそもデータをどう取るか?という視点は欠けているようにも思う。

例えば、ヒトのfMRIやサルの神経生理学の研究では、実験デザインそのものを洗練させる、という点にも重きを置いているから、そのような観点も非常に重要なように思う。

つまりは、両方をうまいこと融合させながらプロジェクト全体を考えていかないといけないのだろう。

また、この総説では生成モデルを推しているけど、それで脳の理解が深まるか?というと、必ずしもそうとは限らないケースもあるようにも思う。例えば、そのモデルの最先端は、おそらくPillowたちの論文だと思うけど、このやり方に疑問を抱く人はまだまだいる。ニューロン活動を予測できたのは良いけど、それで脳で起こっていることを理解したことに直接つながるのか、いま一つピンとこない。

一つのアイデアとして、生成モデルでの推定をもしもオンラインでできるようなフェーズになったら、それをもとに、リアルタイムでニューロン活動を操作して、行動との対応を見る、という閉回路系の発想なんかを導入できる時代がくると、それはそれで非常に面白い気はする。世に存在するツール、知識(あとお金)を総動員すれば、できるような気も。。。

それはともかく、神経科学は、データ解析、広くは統計学という点でも非常にチャレンジングな分野だなぁ、とあらためて痛感するしだい。(もっと勉強せねば。。。)

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文献
Trends Cogn Sci. 2009 Jan 7. [Epub ahead of print]
Looking for cognition in the structure within the noise.
Johnson A, Fenton AA, Kentros C, Redish AD.
今回紹介した文献。

Nat Rev Neurosci. 2005 May;6(5):399-407.
Neural signatures of cell assembly organization.
Harris KD.
ボスが4年ほど前に書いた総説。
今回の総説でも引用されていて、発想的には非常に近い(ほとんど同じ?)。

1/25/2009

アクティブ・ミーティング

ミーティングというと、あらかじめ発表者が決まっていて、それ以外の参加者は基本的には「受身」的なことが多い。ミーティングの企画者がトップダウン的にミーティングを形作っていく感じ。

けど、ボトムアップ的な要素を強くしたミーティングは、非常にアクティブな議論が繰り広げられて、最先端の意見交換ができる非常に有意義な場となる・・・・

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昨日、ジョンズ・ホプキンス大で開催された一日ミーティングに参加した。
このミーティングは、Auditory Cortex Splash2009という名のミーティングで、文字通り聴覚野の研究者が集まる超マニアックなミーティング。今回が初の試み。

このミーティング、僕がこれまで参加したミーティングの中で最もインタラクティブで、内容も「ボトムアップ的」に決まって、非常に刺激的だった。

どういう意味で「ボトムアップ」だったか、どんな運営方法だったか、備忘録として詳細を。

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企画アナウンスと参加者募集

企画のアナンスが流れたのは、年末クリスマス頃。(開催1ヶ月前)
まず、聴覚系の主要PIへ向け、オーガナイザーがアナウンスメールを送った。

うちのボスがそのメールをラボメーリングリストに転送し、部下はその存在を知る。

面白そうなので、僕も参加メールをオーガナイザーへ出す。
(以降、連絡用メーリングリストに追加される)

ちなみに、そのアナウンスメールには、
誰が来て、何を話すか決めてない
とあった。(ここがこのミーティングのミソ)

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企画募集
年明け(2~3週間前)、オーガナイザーからメールで、2つのことを聞かれる。
1.興味のある質問を2,3挙げて。
2.もし未発表データを話したかったら、その内容をごく簡単に教えて。
(ただし、一人に割り当てられるまとまった時間はないけど、とも)

締め切りまでに、気になっている事二項目と、発表したい未発表データの内容をオーガナイザーに伝える。

ここで参加者から募った質問が、ミーティングの内容となる。
これが「ボトムアップ」という意味。

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企画途中経過

締め切り後、再びオーガナイザーからメールで、集まったすべての質問(54!)が網羅された添付ファイルが送られる。

ついでに、事務的な質問も3つ。
(懇親会に参加するか、駐車券はいるか、学生やポスドク用の宿泊施設がいるか)

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プログラム発表

ミーティングの数日前、オーガナイザーが質問集をカテゴリーごとにまとめて、プログラムとして参加者にメールした。

最終的には、4つのカテゴリーに分けられ、各カテゴリーにそれぞれ6,7の質問が書かれていた。当日は、この質問について議論した。

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当日

朝9時スタート。
参加者は40~50人くらいだったか。
この分野の有名PIたちからポスドクや大学院生までが参加。
ミーティング会場は、50人入ると少し狭いか、というくらいの小~中会議室くらいの広さ。

まず、本編に入る前に、昨年末亡くなった偉大な解剖学者Winerさんの功績がごく簡単に紹介された。

そして本編。

1セッションあたり2時間くらいの時間が割り当てられ、各セッションごとに割り当てられた座長的な人がモデレーターとして一応仕切って議論が進行。

まずモデレーターがとっかかりを作って、各セッションで割り当てられた問題について、みんなで自由に議論をしあうという形式。

プロジェクターは、結局、その問題が書かれたスライドを表示するのに使ったくらい。データや考えを視覚的に伝えたかったら、プロジェクターではなく、ホワイトボードに手書きして議論してね、という感じ。

とにかく学生さんも含め、いろんな質問・回答がとびかった。もちろん、PIたちが議論の中心にはなったけど、一部のポスドクや学生は、アクティブにどんどん発言していた。

4つのカテゴリーに分けて進行はしたけど、一部は当然オーバーラップする部分もあって、議論がいろいろ発散したりもしたし、コンセンサスを形成させようとしたりと、まるでラボミーティングの拡張版のような感じで進んでいった。

最後に、今後の大問題を10くらいリストアップして終了。

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何を学んだ?

聴覚野の研究者たちの今の考え・哲学をぶつけ合ったという点で、非常に刺激的だった。今回集まった聴覚野研究者がどういう方向へ進もうとしているか、伝わってきた。

今回の形式、アクティブ・ラーニングに対抗して、「アクティブ・ミーティング」とでも言ったら良いかもしれない。大成功と言って良いだろう。

成功の鍵は、やはり多くの人が積極的に議論に参加した、ことに尽きるわけだけども、そのための要素として、参加者の規模、そして、問題意識というか研究分野がみんな共通していた、という点もクリティカルだったように思う。

テーマ(聴覚野)に興味を持っていなかったら、そもそも成り立たない企画だったから、参加者が人生をかけて(?)研究しているから、熱い議論が繰り広げられたのだろう。

それから、その場で問題を提起して考えるだけでなく、あらかじめ問題を参加者全員から募って(半ば義務のようにも感じた点が良かったかも)、オープンにした、という点も良かったかもしれない。

今回のミーティングは、いわゆるラボミーティングのプログレスレポートに毛がはえたようなものといえば、そうだけども、普通のラボミーティングと違って、プロ中のプロが大勢集まっているから、誰かがフォローアップしたりして、中途半端なものではなく、非常に質の高い議論が繰り広げられた。(なので、傍観者状態になったこともしばしば。。。)

その意味では、PIクラスの人が全体の1割近くを占めてコアを形成していた、という点も重要だったように思う。議論のハブ役。

ちなみに、このミーティングは今後も開催していくらしい。ぜひ続けて欲しい。
次回は、ホントにラボミーティングの延長として、解釈に困っている未発表データをネタに議論していこう、とのこと。

1/10/2009

神経科学の歴史リソース

Society for Neuroscienceのウェブサイトに、神経科学の歴史を学ぶ良いリソースがある。
学会から送られてきたメールで知った。

そこには、偉大な神経科学者たちの自伝インタビュービデオ、新規分野を開拓した論文のリストなどがある。

自伝には、ヒューベルホジキンハックスレーなどが名を連ね、日本人としては伊藤正男先生の自伝もある。(といいつつ、リスト全員を知らなかったりする。。。というか、ほとんど知らん人ばかり。。。)

インタビュービデオは、学会のレクチャー直前にスクリーンに流されていた映像なのか、例えばクリックのビデオもあった。(まだ観てませんが。)

ついでに学会ページを眺めたけど、いろいろ充実していて、一般向けとしてBrain Factsなるパンフレット的な教科書があったりもする。

脳状態と聴覚野

(長いです。ごめんなさい。。。)

なぜ脳の状態が重要か?

脳活動にはいろんな状態がある。
極端な例として、寝ている時と起きている時、脳状態は明らかに違う。

では、そもそも、なぜ「脳状態」をネタにするか?

今、
S ---> X ---> O
と、入力SをブラックボックスXに与えて、どんな出力Oが得られるか調べるとする。
全く同じSを与えても、毎回Oが違うとする。

もしそうなら、なぜか?

ひょっとすると、Sを与えた時のX、その状態が違えば、毎回Oが違った理由を説明できるかもしれない(仮説)。
では、その仮説を検証するには、Xの状態を積極的に調べないといかん、ということになる。

だから、脳状態は重要(強引?)。

別の例を:
iPodで好きな曲Sをリピートしながら、横になって聴いているXさんの行動Oを、数時間観察し続けたとする。

起きてる時は手でリズムを刻んだりするかもしれないけど、寝てる時はしない(普通は)。

なぜ?

寝てるなら、そりゃそうやろ!
とか言われたら、それでサイエンスは終わり。。。

けど、それでは
なぜ、寝てる時は手でリズムを刻まないのか?
の答えになってない。

これだけいろんな人が世の中にいてたら、そんなどうでも良いこと、を知りたいと思う奇異な人がいても良い(たぶん)。

その知りたいと思っている人は、曲Sが流れている時のXさんの脳状態を詳しく調べれば、もしかしたらその謎を解く手がかりが得られるかもしれない、と思うかもしれない。

そんなことに、今興味を持っているわけである。

とにかく、
脳状態を積極的に研究すると、脳がどう情報を処理するか理解するのに役立つ、と信じているわけである(強引だけど)。

前置き、超長すぎ。。。

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今回は、そんな(?)モチベーションのもと、聴覚野の神経活動と脳状態の関係を調べた研究について、調べた範囲で備忘録的にまとめてみます。(こんな論文もあるよ、という情報提供お待ちしてます。)

以下は、マニアックで、専門性も高いです。

ちなみに、なぜ聴覚野か?というと、僕が研究している場所だからでもあり、実際、このテーマが昔から扱われているから。

聴覚野を対象にしていない研究は守備範囲外ということで、積極的には扱いません。一部の例外を除いて、ニューロン活動を直接計測した研究を主に扱い、例えば、fMRIやPETといったマクロレベルの脳イメージング研究は、今後の調査課題、ということで保留中です。

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カテゴリー

さて、関連文献を眺めてみると、方法論的な意味で、いくつかのカテゴリーに分けられそう。そのカテゴリーとは、
「覚醒と睡眠」
「麻酔中の脳状態」
「麻酔下と通常の脳」
「注意」
の4つ。

カテゴリーに分けられるといっても、本質的な問題は同じな気がするので、あくまで便宜上、という感じで。

以下、カテゴリーごとに主要論文やつぶやきなどを。

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覚醒と睡眠

このカテゴリーに入る研究の基本戦略はこうか:
音(感覚刺激)を出し続けて、動物が自然に寝たり起きたりするのを待ってデータを集める。後のデータ解析で、睡眠時、覚醒時と分けて解析し、自発活動や感覚応答が脳状態によってどう違うか調べる。

このカテゴリーの研究は、感覚の種類を問わなければHubel1959年の論文(*1)くらいから報告されている。

聴覚野の研究としてはこちら:
Arch Ital Biol. 1963 Jun 15;101:306-31.
THE ACTIVITY OF SINGLE CORTICAL NEURONES OF UNRESTRAINED CATS DURING SLEEP AND WAKEFULNESS.
MURATA K, KAMEDA K.
関連研究では必ず引用される。が、あいにく論文を入手しておらず。。。
他の論文を読むと、この論文で報告していることはこう:
起きている時と睡眠(徐波睡眠中)の聴覚野ニューロンの活動を調べて、自発発火頻度と聴覚刺激で誘発される活動は、動物が起きると共に上がる(寝ると下がる)。

この草分け的な研究に続いて、より簡便な実験方法の誘発電位計測(神経集団というマクロレベルの活動を測る)で、覚醒と睡眠を比較した研究もその後いくつか発表されている(*2)。

それから、しばらく年月が経過し(*3)、90年代後半になってウルグアイ(!)のVellutiという人たちの研究グループがこの分野に参戦している:
Brain Res. 1999 Jan 23;816(2):463-70.
Sleep and wakefulness modulation of the neuronal firing in the auditory cortex of the guinea pig.
Peña JL, Pérez-Perera L, Bouvier M, Velluti RA.
モルモットの聴覚野ニューロンから活動計測して、状態によって異なる振る舞いをするニューロンがこれくらいいました、という現象の報告。主張として、自発活動と誘発活動の変化は逆向きかもしれない、ということを言ってはいる。(*4)

ほぼ同時期にEdelineたちのフランスのグループが精力的にこの問題に取り組んでいて、
Eur J Neurosci. 2001 Dec;14(11):1865-80.
Diversity of receptive field changes in auditory cortex during natural sleep.
Edeline JM, Dutrieux G, Manunta Y, Hennevin E.
という超重要論文を報告している。

サンプル数は少なめだけども、モルモットの異なる脳状態(覚醒、徐波睡眠、レム睡眠)中の聴覚応答をシステマティックに比較している。自発活動、応答のSN比、受容野特性などが状態によって変化するけど、その変化の仕方はニューロンによって多様だ、という結論を導き出している。

そして、ごくごく最近、Xiaoqinさんたちのグループがこれまた良い論文を出してきた。
J Neurosci. 2008 Dec 31;28(53):14467-80.
Sensory responses during sleep in primate primary and secondary auditory cortex.
Issa EB, Wang X.
彼らが一貫して研究してきたマーモセットの聴覚野(一次だけでなくLBという2次?も)を研究対象にしていて、基本的には上のEdelineと同じ現象を見つけている。

つまり、平均的なイメージは覚醒と睡眠中で大きな差はないのだけども、個々のニューロンは多様、ということ。彼らがプッシュしている説は、視床は感覚情報の「ゲート」と考えられているけど、寝ている時でも聴覚応答は2次聴覚野に届いているし、ちと違うのではないか?ということ。(*5)

今、聴覚研究者の中で最も影響力のあるXiaoqinさんがこの問題に取り組んだということで、2009年、この問題に注目する聴覚研究者が増える予感。。。

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補足
*1:
大脳皮質、という意味で新しく、網膜で調べたという先行研究もあるようだ(Hubelの論文のDiscussion参照)。ちなみに、このHubelの論文は、無拘束・無麻酔ネコの視覚野ニューロンの活動計測実験。脳状態絡みのこととしては、ネコが起きたら発火頻度が下がるニューロンが意外といたよ、ということを強調している。

この話の集大成はLivingstoneとHubelの81年の論文か。その論文では、睡眠と覚醒中の活動を電気生理と組織学を組み合わせてシステマティックに調べている(今やるのも一苦労な気がするから、当時としては相当すごい研究だったのではないか)。視床のニューロンたち(14個のみ)は、起きると自発発火頻度が上がって、どのニューロンも基本的に同じだけど、視覚野のニューロン(130個)にはいろんなヤツがいて、3分の2のニューロンの自発活動は、確かに起きた時に発火頻度が下がるよ、なんてことを論文中では言ってはいる(けど、これに関する図や統計が全くない。。。)。

論文前半部分では、主には、覚醒・睡眠中の視覚応答(視覚呈示をどの程度しっかりできているか、論文を読んだだけでは判定できず)を比較していて、主張としては、ネコが起きると感覚情報処理のSN比が改善するのではないか、ということ。後半は、起きていた個体と寝た個体で代謝活性を組織学的に比較したデータを出していて、discussion部分で、一次視覚野の層活動の違いについてもコメントしている。なかなか情報量の多い論文。

*2:
例として、
Prog Brain Res. 1965;18:63-9.
CORTICAL AND SUBCORTICAL AUDITORY EVOKED POTENTIALS DURING WAKEFULNESS AND SLEEP IN THE CAT.
HERZ A.

Exp Brain Res. 1970;11(1):93-110.
Acoustically evoked potentials in the rat during sleep and waking.
Hall RD, Borbely AA.
といった研究。いずれも論文を入手できず、さらに要旨もわからないので、どんなことを主張しているか不明。。。(おいおい)

*3:
間の時期の研究として
Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1985 Nov;61(5):430-9.
Surface auditory evoked potentials in the unrestrained rat: component definition.
Knight RT, Brailowsky S, Scabini D, Simpson GV.
というのも見つかる。こちらは要旨しか見ていないけど、睡眠と覚醒の比較よりは、無麻酔のラットから聴覚誘発電位を記述する、という性質が強い印象。
それから、上のXiaoqinさんたちの論文の導入部で、今回のエントリーでは紹介していない論文がいくつか引用されているので、そのあたりまで当たると、聴覚野に関してはほぼ網羅か。

*4:
意味としては、上のLivingstoneとHubelの論文で主張されていたように、SN比のことを言っているのだろう。が、このVellutiの論文を見る限り、そんな主張をサポートするほどの強力なデータはないと理解した。著者たちのバイアスを感じる。

*5:
Xiaoqinさんの尊敬に値するところは、特定の分野を深く理解して、一見古臭いように思える問題でもしっかりした方法論で取り組んで、しっかりしたデータをもって、彼らなりの解釈をしっかり打ち出してくるところ。だから、実質的には新規性がないように見える研究でも、Journal of Neuroscienceという良い雑誌に載る(実際、この論文は非常に情報量が多いので、聴覚系研究者以外も学べるところが多々ありそう)。さらに、ラボとしての生産性も高いし、ホントに良いラボ。もしケチをつけるとするなら、今回の論文に関しては、古典的な方法論でアプローチした、という点。なので、マルチ記録をやっている人たちと脳の見方が違う(印象を受ける)。なので、「脳状態」という問題に彼らの方法論でどう挑んでくるのか、それとも、マルチ記録的なこともやってくるのか、個人的には注目したいところ。

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麻酔中の脳状態

第二のカテゴリーに入る研究は、麻酔中の脳状態の変化と感覚応答との関係を調べた研究。脳状態を明示的に問題意識とせず、神経応答の試行間変動性(trial-to-trial variability)を問題意識としている研究もこのカテゴリーに入る。

もしサブ・カテゴリーに分けるなら、注目している時間スケールの違いによって分けられるかも。
長い時間スケールなら、数十分くらいの単位で変わる脳状態を扱った研究(*1)。
短い時間スケールなら、スロー・オシレーションのいわゆるup状態とdown状態との関係を調べる研究(*2)、といった具合。
前者は、カテゴリー1の研究の麻酔版、という感じか。

Horvath
J Neurophysiol. 1969 Nov;32(6):1056-63.
Variability of cortical auditory evoked response.
Horvath RS.
この研究は今読んでも示唆に富んでいる。
感覚応答の試行間変動を問題意識としていて、誘発電位のデータを統計的、時系列的に解析している。いわゆる非定常性の問題も触れている。麻酔が深くなったり、刺激強度が上がると、変動性が下がる、といった変動性のメカニズムにも少し踏み込んだ内容となっている。必読か。(*3)

時代は一気に飛んで、
J Neurosci. 1999 Dec 1;19(23):10451-60.
Trial-to-trial variability and state-dependent modulation of auditory-evoked responses in cortex.
Kisley MA, Gerstein GL.
という論文が出る。
この論文のポイントは、この少し前に出たArieliたちの有名な論文の主張―出力である感覚応答は感覚入力成分とその時の脳状態との線形加算として説明できるーが間違っている、というかそんなに単純ではないと主張した点。

具体的には、電極から計測できるlocal field potential(電極周辺のニューロンたちの膜電位を反映している、とよく言われる)とmultiunit activity(細胞集団の出力)のうち、前者、略してLFP、が麻酔の深さ、感覚刺激直前の神経集団活動に応じてどう変化するかを調べている。そして、単純な線形加算では説明できないことをしっかり示している。

この研究は聴覚系の研究ではあるけど、時代的な文脈では、多くの研究者に重要な文献ではないかと思われる。

これに続く研究は、探索中。。。

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補足
*1:
Wogotterの研究に代表されるような研究で、いわゆる非同期状態と同期状態に分けて神経応答を比較する研究がこのサブカテゴリー。

*2:
こちらはここ数年ホットな話題。聴覚ではなく、バレル皮質の研究が特に先行しているか。

*3:
この研究より以前のものとしては、
Am J Physiol. 1959 Jun;196(6):1168-74.
Statistical properties of near threshold responses to brief sounds in the MES auditory cortex of the anesthetized dog.
TUNTURI AR.

Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1964 Nov;17:524-30.
VARIABILITY OF EVOKED AUDITORY POTENTIALS AND ACOUSTIC INPUT CONTROL.
WORDEN FG, MARSH JT, ABRAHAM FD, WHITTLESEY JR.
といった研究が見つかる。

前者のTunturiという人は、犬の研究で多くの仕事を残している人。引用した論文では、脳状態や試行間変動という問題意識よりは、単純にpパルス(Gaber関数的な聴覚刺激)を呈示できて、その時の誘発電位が測れて、その平均とバラツキを調べました、という研究。

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麻酔下と通常の脳

麻酔と覚醒は違う。
当たり前といえば当たり前だけども、それを直接的に示した研究がいくつかある。聴覚野に関しては、この論文を挙げておきたい(*1)
J Neurophysiol. 2001 Aug;86(2):1062-6.
Anesthesia changes frequency tuning of neurons in the rat primary auditory cortex.
Gaese BH, Ostwald J.
ラット聴覚野のニューロン活動を覚醒中と麻酔中で比較している。主張としては、抑制効果が麻酔によって上がって、受容野が狭くなる、ということ。麻酔には、equithesinを使用。(*2)

一方、麻酔と睡眠(徐波睡眠)が違うということも一部の人は言い出している感じか(Xiaoqinさんはきっとその説をプッシュしそう。。。)。確かに、違う印象は受ける。

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補足
*1:
このトピックは、特に聴覚系研究者の間で激しい派閥争い的なことが起こっている。というか、もはや麻酔下の実験だけではコミュニティーに受け入れられなくなりつつあるか。Xiaoqinさんの貢献大。

*2:
この論文を見ると、例えば、こちらのエントリーで紹介したKerrたちの論文を思い浮かべる。Kerrたちの主張だけ見れば何も新しくないのになんでNature Neuroscience?と思えなくもないけど、それがサイエンス業界の理解し難いところでもあるので仕方なしか。。。

それはともかく、「麻酔」は問題というと、麻酔全般でそうなのか?というとそうでない可能性もまだ残っている気がする(すべてを否定するのは難しい)。少なくとも論文を読む時は、その辺に気をつける必要がある。どの麻酔を使っているのか、その麻酔だと抑制効果がどれくらい強いかある程度イメージしないと解釈を誤る。このあたりは、fMRIの研究の解釈が分野外の素人にとって難しいのに似ている。

例えば、この論文で使っているequithesinはポピュラーではない気がするし、バルビツール系なので、抑制はかなり強烈なはず(down状態が異常に長い)。こういう研究では、違いが出た麻酔のデータだけ論文にする気もする(つまり、麻酔はだめ、という結論アリキ)ので、そういう著者の意図も汲み取る必要があるか。

特に、この手の論文が引用文献として他の論文で扱われている場合、著者の主張だけを鵜呑みして、都合の良いように引用されるケースも、仕方ないけど、あるので、これまた分野をミスリードしかねないリスク。

「麻酔の中の痛み」。

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注意

最後のカテゴリーは、注意を向けた時と向けていない時で、聴覚野のニューロン活動がどの違うか?という問題を扱っている研究。

古い研究として、これまたHubelたちが面白い論文を50年前に報告している。
Science. 1959 May 8;129(3358):1279-80.
Attention units in the auditory cortex.
HUBEL DH, HENSON CO, RUPERT A, GALAMBOS R.
ネコが注意を向けた対象音にだけ反応するattention unitなるものが聴覚野にいると主張している。(*1)

この分野は勉強不足なので、とりあえず比較的最近の総説を二つだけ。(*2)
Hear Res. 2007 Jul;229(1-2):180-5. Epub 2007 Jan 17.
Toward the mechanisms of auditory attention.
Hromádka T, Zador AM.

Curr Opin Neurobiol. 2007 Aug;17(4):437-55. Epub 2007 Aug 21.
Auditory attention--focusing the searchlight on sound.
Fritz JB, Elhilali M, David SV, Shamma SA.

この分野、ヒトの研究にまで手を広げたら、相当数の論文がありそう。。。

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補足
*1:
ただし、論文を読むと、他の解釈(例えば、自然音に対してのみ選択性を持つニューロンだとか、聴覚空間を表現するニューロンだとか)もできそうな印象を受ける。実際、データ数も数個のニューロンだけしか報告しておらず、いわゆる「セクシーさ」だけでサイエンスに載せたような話ではある。。。

*2:
個人的な勉強課題を:
1.ヴィジランスという意味での「注意」と、カクテルパーティー効果に代表される選択的注意(attentional selection)という意味での「注意」の違い。
関わる(注目している)脳領域の違い、脳での空間的なスケールの違い(例えば、前者はグローバル、後者はローカル)、という理解で良いのか?もしそうだとすると、どれくらい明確な境界があるのか?
そういう発想ではなく、ヴィジランスが高まった上で選択的注意が働く、的な階層性をイメージしたら良いのか?もしそうなら、ヴィジランスを「注意」とするなら、選択的注意は「スーパー注意」?
その辺がよくわからない。。。

2.テクニカルな疑問として、刺激前、刺激中、刺激後、どの時間帯のどんな脳活動が「注意」として扱えて、扱えないのか?それは、課題、パラダイムに依存するとして、どういうコンセンサスがあるのか?

3.「トップダウン」と言った時、そのトップは前頭葉などのいわゆる「高次」連合野?、それとも基底前脳部などの皮質下もトップ?、視床(midline/intralaminar)もトップと言って良い?

4.ヴィジランスという意味での注意は、覚醒中の脳状態の違い、という発想とどれくらい、どのようにオーバーラップするのか?

5.そもそも注意とはなんぞや?(メカニズム的な定義)

いずれにせよ、この分野(注意とニューロン活動レベルでの神経生理学)は遅ればせながら(?)、聴覚系神経生理学者たちも文字通り注目しつつあるか。

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その他

一連の情報を集めていく上で、以下の二つの総説は情報の宝庫だった。

J Neurophysiol. 2008 Sep;100(3):1160-8. Epub 2008 Jul 9.
Behavioral states, network states, and sensory response variability.
Fontanini A, Katz DB.
昨年出た新しい総説。
今回扱ったテーマも扱っている。特定の感覚系に特化せず、一般的な意味で脳状態の問題を扱っていたり、いわゆる神経オシレーションの話もあったりと非常に勉強になる。ただし、一部、?、と思う部分もあり。

Exp Brain Res. 2003 Dec;153(4):554-72. Epub 2003 Sep 27.
The thalamo-cortical auditory receptive fields: regulation by the states of vigilance, learning and the neuromodulatory systems.
Edeline JM.
こちらも超おススメな総説。
現象論的な話としては、皮質だけでなく、視床などのこともまとめられている。メカニズムの話も神経修飾物質という観点からしっかりまとめられている。今回のエントリーに興味がある場合、must-read。

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最後に

今回は基本的に、単一細胞レベルの研究が中心だった。では、これがネットワークレベルの話としてどう理解していくか?が本質か。

これに関しては、やはりバレル皮質、視覚野を中心に進んでいるので、そういう意味では、聴覚系研究はかなり遅れ気味。

それから、2番目のカテゴリーの研究は主に麻酔下で進められてきたから、Petersenたちが昨年だしたのような感じで、どう「ナチュラル」な脳の話へ発展させるか、聴覚系研究者がそのトピックにどう貢献するか、も注目か。

いわゆる「神経オシレーション」の一大分野との絡みもやはり重要。

あと、グローバルな活動として見たとき、Massiminiらの話と絡めてどう掘り下げるか、とか。

そういうことをクリアにしていくことで、なぜ睡眠中に音楽が流れていても、(行動という意味で)リズムを刻まないのか?という問題をより深く理解できるのか、実のところよくわからんといえばわからないけど、手のつけられるところからやっていくしかないのだろう。

お疲れ様でした。
(この手の超ヘビー系エントリーのウェートを増やしたい、が今年の抱負です。)

1/04/2009

仲間との議論は大事

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

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新着のサイエンスに、クラスの学生たちのパフォーマンス向上に関する面白い論文が掲載されていた。

仲間同士の議論を積極的に持ち込むことで、一人で問題を考えた時は正解がわからなかった学生が、他の類似問題に適用できるくらいまでに知識を獲得し、たとえ誰も問題の答えを知らないケースでも、正解にたどり着く割合が増えたり、とにかく、グループ全体のパフォーマンスが上がるらしい。(細かいところは理解してませんが。。。)

この研究、どれくらい一般化できるのかはわからないけど、学習一般から未解決の問題にどう取り組むか、といったことを考える上で参考になりそうだし(ソーシャル・ラーニング&アクティブ・ラーニング?)、集団による意思決定、という点から考えても面白いかも、と思った。

ある意味、学生間の相互作用によって、自己組織化的に「学生集団」が正しい方向へ進む、と考えられなくもないか。経験的に何となく知っていそうなことでも、こうしてしっかりデータを示されると、もっとこういうことを積極的に取り入れるべきなのだな、と再認識させられる。

新年に出た、なんだか面白い論文でした。

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文献
Science. 2009 Jan 2;323(5910):122-4.
Why peer discussion improves student performance on in-class concept questions.
Smith MK, Wood WB, Adams WK, Wieman C, Knight JK, Guild N, Su TT.


ちなみに新着のサイエンスでは、教育とテクノロジーに関する特集が組まれていて、教育用ゲームなど、幅広いトピックが扱われている様子。