4/26/2008

最近知った技術たち

こんな技術・ツールがあったら良いなぁ、というウィッシュリストを、誰もが持っているかもしれない。

単調な実験を、不満をいわず、ひたむきに、しかも正確にやってくれるロボット
論文や研究費申請書を、セクシーに仕上げてくれるAI
とか。。。
(実現すると、科学者の失業者はさらに増えるか。。。)


それはともかく、
これまでできなかった研究ができるかも?という意味で、最近知ったすごい(かもしれない)技術を中心に、4つネタを。

1.ラマン顕微鏡
最近の論文を見て、ラマン顕微鏡なるものを知った。何となくすごそうな気がした。何がすごいかというと、蛍光顕微鏡と違って、複数の分子を同時に調べられそう。

基本をちょっと調べてみた。踏み込んだことはわかっていないし、たぶん誤解している部分もありそう。

情報源としては、英語版wikipediaのRaman spectroscopyRaman scatteringが基本を知るのに役立ちそう。

光を分子にあてると光が散乱する。その時、もとの光と異なる波長の光も散乱するらしい。ラマンさんが見つけたからラマン散乱というらしい。

光が当たって分子が振動したり、回転したり、電気的なエネルギーが変化するのに伴って、光の波長が変わるらしい。レーザーで光をあてて、散乱してくる光の波長成分をスキャンすれば、どんな分子がどこにいるか知れるとか。

自分の理解では、それがラマン顕微鏡の基本原理。

ラマン顕微鏡では、跳ね返ってきた光の波長のスペクトラムを一気に知れるらしく、複数の分子を同時に可視化できるポテンシャルがあるらしい。もちろん、散乱時に波長を変える光の強さは非常にショボイらしく、検出の感度が当面の課題だったらしい。

が、SERSなるラマン顕微鏡の一種が、一つのブレークスルーになったようだ。
表面プラズモンなるものを応用するらしい。完全に化学や物理だな。。。もはやついていけず。。。

ようは、SERSだと感度が大幅に上がるらしい。おかげで、生物学・医学への応用に道が開けたらしい。

今回見た論文では、そのラマン顕微鏡を使って、マウスの生体から非侵襲的に分子(Nanoplex Biotagsとカーボンナノチューブ)の可視化に成功している。

論文の図を見ると空間解像度はまだ高くはなさそうだけど、レーザーを使うのだろうから、このあたりはどんどん上がりそう。例えば、MRIで分子イメージングするよりも小規模な装置でできそうだし(ホントか?)、少なくとも基礎研究という意味ではなかなか良い気もする。

神経科学にもきっと応用されるか。
将来、複数の分子局在や動きをリアルタイムで見れるのか?
でたくさんの分子がゴチャゴチャ動き回るのが見れたら、科学的にどうこう以前に、とりあえず楽しそう。シナプスを刺激して、たくさんの分子たちがどう動き回るかワンショットで見たり。。。ボスの仮説を直接検証したり。。。

例えば、ニューロンのpotassiumチャネルかsodiumチャネルにナノ分子か何かでタグ付し、チャネルの開閉にあわせた振動を可視化してニューロンの活動を高時空間解像度で可視化したりできないだろうか?
勝手に夢を膨らませてみた。

文献
Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Apr 15;105(15):5844-9. Epub 2008 Mar 31.
Noninvasive molecular imaging of small living subjects using Raman spectroscopy.
Keren S, Zavaleta C, Cheng Z, de la Zerda A, Gheysens O, Gambhir SS.


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2.バクテリアで遺伝子治療
これは新しいわけではないらしいが、新しく知ったこと。

最近の総説に紹介されていた文献で知った。

遺伝子を導入するのにウィルスはよく使われる。
例えばハエやマウスなら、ノックイン、トランスジェニックとしてゲノムに直接DNAを入れれば良いけど、霊長類、特に人の病気の治療目的で遺伝子を導入したい場合、そうはいかない。

だから、ウィルスなどのDNAの運び屋を使う。
バクテリアもその運び屋に使われているらしいことを知った。

今はがん治療のための臨床試験が行われているらしい。

神経科学でも遺伝子導入は非常に大事。
バクテリアなら、ウィルスより長い遺伝子を持たせることができそうだから、例えば細胞種特異的に遺伝子導入をしたい場合、近い将来良い候補の一つになるのだろうか?
このあたりは全然知らないけど、万が一のための備忘録として。。。

文献
J Pathol. 2006 Jan;208(2):290-8.
Bacterial gene therapy strategies.
Vassaux G, Nitcheu J, Jezzard S, Lemoine NR.

Trends Biotechnol. 2008 May;26(5):267-275. Epub 2008 Mar 20.
Membrane-active peptides for non-viral gene therapy: making the safest easier.
Ferrer-Miralles N, Vázquez E, Villaverde A.

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3.光でタンパク質の編集
光合成関連のタンパク質を利用して、二つのタンパク質を光でつなげる技術、とでも言ったら良いか?
そんな方法を開発して、酵母で試した論文が報告されていた。論文の最後に、哺乳類の細胞でお試し中、と書かれている。

これも神経科学に応用できそうか?
アイデアしだいでいろんなことができそう。

文献
Nat Methods. 2008 Apr;5(4):303-5. Epub 2008 Feb 13.
Activation of protein splicing with light in yeast.
Tyszkiewicz AB, Muir TW.

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4.約十年前の予言
最後に最近読んだクリック論文。意識に関する論文ではない。

この論文では、分子生物学でどんな「ツール」を用意すればハッピーか、クリックのウィッシュ・リストを紹介している。今読んでもすごいと思うから、ホントにすごい人だったんだ、というのがわかる。(むしろ今読むからすごいと思うのかもしれない)

おそらく5年、10年後でもウィッシュ・リストのままかもしれないこともありそう。

クリックは視覚を中心に意識の問題に取り組んできたからか、サルを対象に研究している人向けに書いている節もある。例えば、分子生物学という文脈ではないが、マカクでグローバルレベルのコネクトームをやれ、と言ってたりもする。また、「この領野にはこんな反応をするニューロンがx%いました」、という研究はサイエンスではない、とかも吐いていたりする。。。(ついでに心理学者に対しても毒を。。。)

とにかく、これを読むと、如何に楽観的に深く考えるか(ついでに毒を吐くか?)、が重要なんだな、というのが伝わる。

もし今も生きていたら、どんなウィッシュリストなんだろう。。。

文献
Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 1999 Dec 29;354(1392):2021-5.
The impact of molecular biology on neuroscience.
Crick F.

大小の意思決定

意思決定 強化月間中。
ブレーンストーミングとして、脳と距離を置いてみた。

小さな意思決定:細胞の運命決定
アインシュタインが

I, at any rate, am convinced than He does not play dice.
と言って、量子力学支持者と論争を繰り広げたのは有名。

生命科学という意味でも、アインシュタインの「神はサイコロを振らない」という洞察は、正確ではなかったようだ。最近サイエンスに、細胞の運命決定の確率的な側面に関してまとめた総説が掲載されいた。すばらしく面白い。

バクテリアから哺乳類の網膜まで、サイコロを振るような不確実な確率的な過程が、細胞の運命決定にどう貢献するか、現時点での理解がまとめられている。

ポイントだと思ったのは、ノイズとその増幅。
「ノイズ」が、細胞の意思決定を左右するけど、それだけでは不十分で、そのノイズを「信号」にする増幅機構が本質か。

この総説で紹介されていた具体例は、バクテリアのベット・ヘッジング的戦略、嗅覚系や視覚系の感覚受容細胞レベルでのエコノミカルな戦略としての確率的遺伝子発現、線虫やハエの発生中の細胞間側方抑制による細胞運命決定、が取上げられていた。

この総説、次のように締めくくられていた。
in conrast to Einstein’s view of the universe, she also knows how to leave cerain decisions to a roll of the dice when it is to her advantage.
規律に厳格な神、気まぐれな女神。

文献
Science. 2008 Apr 4;320(5872):65-8.
Stochasticity and cell fate.
Losick R, Desplan C.

最近のニューヨークタイムズの記事もきっとこの総説にインスパイアされてる気がする。


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大きな意思決定:動物集団のコンセンサス

次は、動物のグループとしての意思決定。
Couzin研究は、以前も少しだけ取上げたけど、やはり面白い。

個体同士が相互作用する時、どういうルールで自分の動く方向を決めるか、ごくごくシンプルなルールだけを仮定する。そして、動物がグループとしてどのように意思決定するか、シミュレーションで調べている。

各動物の動きの決め方に関するシンプルなルールだけで、情報(行き先を知っている個体の進行方向の情報)が伝播していき、自己組織的に集団の行動が決まる。

ごく少数の個体(リーダー、ボス)が行くべき方向を知っているだけで良く、残りの大多数は、近視眼的に、他者と衝突しないように協調していくだけで良い。

もしリーダー同士の競合がある場合、リーダーの好みの方向にフィードバックをかける仕組みをいれると、妥協的な意思決定ではなく、どちらかのリーダーの方向にコンセンサスが得られるようになる。

「リーダーの好みの方向にフィードバックをかける仕組み」
これはまさに、ノイズとその増幅。

細胞レベル、動物個体レベルでアナロジーが成り立つなら、その中間のレベルもアナロジーを当てはめて良い気がする(もちろん、さらに上?のヒトのグループ行動についても)。

地に足はついていないけど、真剣に考えて良い気もする。

文献
Nature. 2005 Feb 3;433(7025):513-6.
Effective leadership and decision-making in animal groups on the move.

Couzin ID, Krause J, Franks NR, Levin SA.

Trends Ecol Evol. 2005 Aug;20(8):449-56. Epub 2005 Jun 2.
Consensus decision making in animals.

Conradt L, Roper TJ.
エコロジーの総説だけど、動物集団の意思決定、特に二つ以上の選択肢がある状態(conflict of interest)からどちらかにコンセンサスを得るような集団行動について、包括的にまとめられている。上のCouzinの研究は、そのコンセンサス意思決定に自己組織的な要素があることをモデルで示した研究、という位置づけになるか。

tax return

タックスが返ってきた。
たくさん。。。

今年の申請フォームは3月中旬頃に送ったから、1ヶ月強でリターンということになる。

締め切り間近に申請すると、もっと時間がかかるのか?
早めにやると、もっと早く返ってくるのか?

ちなみに、州税に関しては電子的にやった。
だからか、すぐに戻ってきた。

連邦税については、娘(日本国産)がSSNを持っていないため、ITINなる番号も申請する必要があって、書類による申請をした。

フォームは1040Nowなるところで作成して(もちろんフリー)、そこで作ってくれたファイルをプリントアウトして送付。

そして今週チェックが送られてきた。

額を見て驚いた。
州税と連邦税をあわせると、ボーナス相当額が戻ってきた。

2期連続赤字recessionへ突入した我が家計への良いカンフル剤となった。

実は、タックスリターンをフォーム1040でしっかりやるのは今回が初めてだった。
申請したモン勝ちだな、というのがよくわかった。
やはりアメリカはテキトーな国である。

もちろん虚偽の申告はしてないと思うが、
これも申告して良いんか?
と、わからんことはとりあえず申請してみると良いようだ(こんなこと書いて良いのか知らんが)。

この上、景気対策のお金も戻ってくるのだろうから、一時的にややバブリーな家計になる。


ドーパミン細胞が激しく活動した。。。

タックスを払うと報酬系(腹側線状体)が活動するというもある。
が、タックスがリターンされた時の方が、報酬系はもっと活動するな。

では、リターンを期待した「下心付きタックスペイ」はどうか?

4/20/2008

賢いネズミたち

注意:当初、2つ目に紹介していた論文は、思いっきり勘違いしていましたので、削除しました。すみません。。。JHクン、指摘サンクスです!

最近、ネズミ(げっ歯類)の知性に関する研究がいくつか目に付いたので、2つまとめる。

道具を使うデグー
まずは、RIKENの岡ノ谷先生と入來先生たちのお仕事

この研究では、デグー(Degus)をトレーニングしたら、手の届かないところにある餌を、「熊の手」を使ってとれるようになった。しかも、熊の手のサイズ・色・形が少々変わっても、同じように使いこなせる柔軟性を示すこともわかった。つまり、デグーは、手の届かない餌を「道具」を使って取れる能力を学習によって示したことになる。

このような道具使いの能力は、複数の認知能力が組み合わさった結果として発揮されるものであって、高度な知性から生じる特別な能力ではない、という可能性が考えられるようだ。

この研究は、アメリカのメディアでも紹介されたし、全く別のメンツで食事している時にも話題になった。一つは外人(正確には欧米人)。もう一つは日本人同士。アメリカでもすでにインパクトのある研究のようだ。

ちなみに、この論文の導入部分やwikipediaにもあるように、デグーは社会性が発達しているらしい。霊長類でもそうだが、ハイエナでも社会性が発達している種ほど前頭葉が大きい(新聞記事論文)、という話がある。もしそうだとすると、このデグーの前頭葉は、他のげっ歯類に比べ発達しているのか興味があるところ。確かに、web上の写真を見ると、体の割に頭でっかちで、顔が前の方に長い気がするのは気のせいか。。。

文献
PLoS ONE. 2008 Mar 26;3(3):e1860.
Tool-use training in a species of rodent: the emergence of an optimal motor strategy and functional understanding.
Okanoya K, Tokimoto N, Kumazawa N, Hihara S, Iriki A.


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ラットの「エピソード記憶」再訪

今度は逆に、ラットの限界を突きつけたといえそうな研究を手短に。

エピソード記憶は、どんな出来事(what)が、どこ(Where)で・いつ(When)起こったかに関する記憶。さらには、それを想起する時にありありとしたフィーリング(専門的にはautonoetic consciousnessとも言うようだ)が伴う記憶とする説がある。

ラットも「エピソード記憶のような記憶(episodic-like memory)」をもっているのではないか?という論争がある。

しかし、最近サイエンスに報告された研究によると、ラットのそれは、ヒトのエピソード記憶とは質的に違うようだ。

ラットはメンタルトラベルをするというより、出来事がどれくらい前に起こったかを何らかの形で維持する形で記憶をもっていて、ヒトのエピソード記憶とは質的に違いそうだ、という結論のようだ。

ラットを含め動物のエピソード記憶というのは、意識的な体験の問題に踏み込まないといけないだろうから、実験方法論的にいろんな壁がありそう。ひょっとしたら、今後もこの議論は続くのかも。ラットに喋ってもらう方法を考え出さない限り。。。

文献
Science. 2008 Apr 4;320(5872):113-5.
Episodic-like memory in rats: is it based on when or how long ago?
Roberts WA, Feeney MC, Macpherson K, Petter M, McMillan N, Musolino E.

エピソード記憶に関してはpooneilさんのepisodic memoryのカテゴリーが非常に詳しくて勉強になります。
エピソード記憶の定義については、同じくpooneilさんのこちらのエントリーも参考になります。
bloggerはTBをサポートしてなくて、勝手にリンクしてすみません。> pooneilさん)


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最後に、最近の研究というわけではないが、過去立てた関連エントリーもついでに。

ラットの知性について紹介した新聞記事の紹介
ラットのメタ認知を調べた論文の紹介

4/19/2008

GoldとShadlenの総説を読んで

先日のスプリングカンファレンスもあって、今月は勝手に「意思決定 強化月間」実施中。関連文献を読んでは勉強中である。

今週はGoldとShadlenの総説を読んだ。えらく勉強になった。
今回は、そこから学んだことを中心に書いてみる。

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意思決定の定義

その総説で彼らはまず、”decision”を次のように定義して議論の範囲を決めている。

A decision is a deliberative process that results in the commitment to a categorical proposition.

熟慮のプロセスであり、その結果として一つのことにコミットする過程。

いきなり意味不明ではあるが、文章を噛み砕くと次の通りか:
deliberative processは、以下のcategorical propositionとあわせて考えると次のようなニュアンスだと思われる。白黒カテゴリーに分かれそうなことを、白か?黒か?あれこれ考える「熟慮の過程」。文字通り「熟慮」しなくても良いとは思うが、ニュアンスとして「直感」「反射的」とは違う「熟慮」という日本語がふさわしい気がする。

a categorical propositionは、2つ以上のオプションがある状況を考えて、そのうち一つのオプション、と考えれば良い。

commitmentは、文字通りといえば文字通りか。複数のオプションのうち、一つのオプションを選ぶ、そうすると決める、というニュアンスで良いと思う。

ということで、
意思決定は、二つ以上のオプションから一つのオプションを選ぶと決める、熟慮のプロセス
という定義で、それほど彼らの定義と間違っていない気がする。

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総説の概要と意思決定のモデル

そのような定義をもとに、この総説では、意思決定を「統計推定的な過程」ととらえ、各統計的なパラメーターを脳のどこのニューロンが計算していそうか、過去のサルの神経生理実験を中心に非常にわかりやすくまとめられている。

では、「統計推定的な過程」とはどういうことか?

総説中の図1に詳しい。そこでは、脳が環境と相互作用しながら、どのようなプロセスで意思決定していくか、フローチャートとしてまとめられている。

その中で、少なくとも3つのパラメーターが重要。
まず、priorsというもの。これは事前情報や事前確率と考えたら良いか。これまでの経験をもとに、これからある状況に直面しそうな確率、期待度、とでもとらえたら良いと思う。

次に重要なパラメーターはevidenceなる感覚情報から引き出される情報、証拠。意思決定のための状況証拠と考えたら良いだろう。

三つ目として重要なのは、事前情報と証拠を元に算出されるdecision variableという意思決定のパラメーター(ざっくり「意思の揺れ動きパラメーター」と言ってそれほど間違っていない気もする)。

そして、「意思決定のルール」を適応して文字通り意志を決定する。例えば、そのdecision variableなる量が、ある閾値に到達したら、例えばAかBのうちAという意思決定をする。そういうルールを適応する。

この総説では、その考えの一部をサポートする実験をいくつも紹介している。(昔エントリーを立てたこちらでもこのコンセプトと実験証拠を紹介しています。)


これでもピンとこない場合、次の例え話をするともっとイメージがつかめる。

この総説では、意思決定を裁判に例えているので、そのアナロジーを使ってみる。

裁判のとき、検察と弁護側が、いろんな証拠を裁判官に見せる、あるいは説明する。検察側は、被告が有罪になるような証拠を裁判官に見せる。逆に弁護側は被告が無罪になるよう証拠を見せる。そして、裁判官はその証拠に基づいて、熟慮の結果、白か黒か判決を下す、意思を決める。

このアナロジーで、検察・弁護側から裁判官へ提示される証拠が、evidenceにあたる。証拠を提示された裁判官は、有罪か無罪かという仮定をそれぞれ設定する。その仮定に基づいて、提示された証拠が得られる確率、あるいはもっともらしさを勘定する。その「勘定」がdecision variableという意思決定のパラメーターに相当する。

裁判では、証拠がどんどん蓄積されて、そのdecision variableである意思決定のパラメーターが徐々に無罪か有罪の方向かに動き、最終的な判決へ結びつく。

ちなみに、このもとの考えはもちろんGoldとShadlenが言い出したのではなく、von Helmholtzまでさかのぼれるようだ(von Helmholtzの教科書)。


この総説では、脳で行われている意思決定のプロセスは、そのような統計推定のようなプロセスだという仮説のもとで議論を展開している。そして、evidenceを計算するところは、例えば、初期感覚野(S1MT野)だったり、decision variableを計算していそうなところは、例えばLIPと呼ばれる頭頂連合野の一部だったりしそうだ、という証拠をいくつも紹介している。

もちろん、それを信じるか信じないかは読者(裁判官)の判断にゆだねられているので、この総説はあくまでもこの分野の証拠(evidence)、それから背景知識(priors)を非常にわかりやすくまとめていると理解したら良いと思う。

読みながらdecision variableが揺れ動き、彼らの説を正しいと思うか、間違っていると思うか、それとももっと証拠がいると思うか、それは読者しだいである。

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sequential analysis

この総説を理解する上で他に重要なことは、sequential analysisというコンセプト。
総説中図2に詳しい。証拠が提示されるたびにdecision variableを計算。そしてそれが意思決定の閾値を超えたらそこで意思を決めて証拠を集めるのを止める、という発想。証拠を集める、閾値を超えたか判断、というシーケンスを続けるからsequential analysisと言うのだろう。

とにかく、証拠が集まるにつれ、意思決定のパラメーターdecision variableが、例えば有罪か無罪かどちらかの方向へ動いていく。そして、閾値を超えたら、判決を下す。

実際に、サルのLIP野で、そのdecision variableが徐々に上がっていくような振る舞いを示すニューロンを発見した研究も紹介されている(後述)。

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この総説の守備範囲について

この総説は、perceptual decisionの研究を中心にまとめている。perceptual decisionというのは、感覚刺激が物理的にどのような刺激かを知覚・判断して意思決定すること。

個人的に新鮮だったのは、刺激があるかないか検出(detection)して行動することもperceptual decisionの範疇として扱っていたこと。勉強になった。

総説の後半では、value-based decision、ヴァリューに基づく意思決定についても少し触れられている。そのvalue-based decisionの自分の理解はこう:
特定のもの(例えばアクション?)が他のものと比べてどれくらい価値があるかを勘定にいれて意思決定する過程、とでも言ったら良いのだろうか?アクションを評価して、つまりヴァリューを見積もって、それをもとに意思決定する過程。

より具体的に:
特定のアクションのコストとその結果得られるであろう報酬量・報酬確率をもとに算出されるのがバリューと考えてもそれほど間違っていないか?あるアクションを起こすと、これだけリスクとゲインが考えられ、別のアクションはこれだけ、、、、と考えながら意思決定する過程、という理解で良いと思う。

株取引はvalue-based decisionというと、最もわかりやすいか。

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逆に、この総説でほとんど扱っていないことは、ヒトのイメージング研究。少しは記載があるけど、時間解像度や空間解像度の問題を指摘して、まともに相手していない。けど、MRIを使って課題をうまくデザインすれば、decision variableに相当しそうな脳活動をとらえることは可能だと個人的には思った。そういう研究はあっても良い気がするな。おさえられていない。

perceputual decisionの話が出たが、この総説は主に視覚と体性感覚の話が中心となっている。特に視覚に関しては様々な実験パラダイムが紹介されている。(マカク)サルの研究以外としては、げっ歯類の嗅覚系の話が紹介されている。

けど、聴覚や味覚のperceptual decisionは扱っていない。味覚の意思決定の研究が行われているか知らないけど、聴覚に関しては、ParkerとNewsomeのちょっと古いけど有名な総説で扱っている。この総説もあらためて読み直したけど、えらく勉強になった。

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未解決問題

総説の最後に今後の課題を8つ挙げているので、そのまま紹介してみる。

1.事前情報(priors)、感覚刺激に基づく証拠(sensory evidence)、ヴァリューに関連した情報は、脳のどこで、どのように統合されるか?その際、どんな単位が使われるか?

2.decision variableは、単に便利な抽象化に過ぎないのか?それとも意思を形成する際の重要な量を明示的に表現したものなのか?

3.神経回路が時間と共に情報を統合していく仕組みは?

4.閾値などの意思決定のルールを実装している脳の場所はどこで、それはどのような仕組みか?

5.2つ以上(おそらく3つ以上)の選択肢があるときの意思決定の仕組みは?

6.最終決断時、意思決定のルールとしてランダムさを明示的に行使するのはどんな条件下か?

7.特定の行動のアウトプットと結びつかない意思が形成されるのはどこで、どのように形成されるか?

8.経験は特定のゴールを達成するための意思決定をどのように最適化するか?

興味深い指摘ばかり。
特に、6は興味深い。
個人的には、総説で少しだけ議論している直感的な(無意識的な?)意思決定というのは興味がある。
時間スケールが異なる意思決定が同時並行的に起こっていて、どちらを選ぶか意思決定するメタ意思決定的なものがあったりするようなしないような。。。こういう意思決定の階層性研究なんかもヒトを対象にするなら、面白い気もした。

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最後に、今回の総説を読みながら思ったこと3つほど書いてみる。

まず一点目。LIPニューロンはホントにdecision variableを表現しているか?

例えば、この総説では図5だったり、RoitmanとShadlenの論文の図4や7(こちらの論文は図を見ただけですが)。ここでは、LIPのニューロンがdecision variableを表現しているかのように徐々に発火頻度が上がっていくことを報告している。

けど、各試行のデータ(ラスタープロット)をみると、徐々に発火頻度が上がるというよりは、ステップ関数的な上がり方をしている印象を受けなくもない。

ホントは立ち上がりが急なステップ関数として捉えるのが良いのだけども、その立ち上がりが試行間で変動しているため、平均化すると徐々に上がっていくように見える、という可能性はないか?

もちろん、ニューロンの集団として、細胞ごとに立ち上がりのタイミングが違っていれば(シーケンス?)、細胞集団として徐々に上がるような出力になるから良いではないか、と言うなら悪くない。が、この点は必ずしも明らかではない。この問題は複数のニューロン活動を同時に計測した方が良い。

ちなみに、Shadlenのラボはこの論文の元データを公開しているようだから、matlabでデータを見てみると面白そう。(「あとでやる」)

一方で、昨年のネイチャー論文の話は、もっと説得力があるといえばあるか。
それでもやはり一試行単位、あるいはニューロン集団として現象を扱いたいところではある。


気になること二点目。
今回の総説の図5、MTの細胞とLIP細胞の活動のタイミング。
MTの細胞がピークになった時、LIPの細胞は一旦抑制されている。(同時計測ではないから、偶然の一致の可能性もあるけど)

これは、上の将来課題の1番目と特に関連しそう。

まるで、LIPのニューロンがMTからevidenceを受け取って、そこから「熟慮」し始めているかのような振る舞いをしているようにも見える。

このLIPの抑制はいったいどんな意味(機能)があるのか、そのメカニズムも興味があるところ。メカニズムに関しては、粗くて良いから局所回路レベルの解剖なり、少なくとも機能的な結合情報がわからないと何とも言えない気がする。

気になること三点目、これは将来課題4番目とも関わる。閾値とdecision variableの計算過程。
閾値などの意思決定ルールの問題に関しては、Wangたちのモデルが良いスタートポイントになりそう。

このWangたちの論文のメインポイントは閾値の問題ではあるが、LIP細胞の振る舞いを再現するようなモデルも立てていて、LIP細胞の活動のメカニズムを考える上で参考になる。

そのモデルのLIPでは、2種類の競合する情報をコードする興奮性ニューロン集団が相互結合し、抑制性入力もそれぞれ受け取っている。そして、いわゆるwinner-take-all、勝ち組と負け組ができあがる現象に近い、が起こってこの活動が再現されるようだ。少し強い入力を受けると一方はどんどんそれを増幅し、弱いものをどんどん抑え込んで負け組にするようだ。

だとすると、似た受容野を持ったLIPニューロンの多く(すべて?)はこの徐々に活動を上げる(下げる)振る舞いをするのだろうか。サンプリングバイアスの問題はないとすれば、Shadlenたちの論文の主張と矛盾しないけど、実際のLIPはどの程度多様な集団から形成されるのか気になるところ。

ちなみに、こういう相互結合したネットワークなら他の皮質領野にもあるので、なぜLIPなのか?という問題は自分にはあまり明確ではない。実際、LIP以外にも似た活動をするニューロンはたくさんいるのかもしれない。

それから、もしwinner-take-allなら、選択的注意の文脈で出てくるそれとどう違うのか?(これに関して、注意を向ける対象をコミットすることも「意思決定」と言って良いのか?よくわからん。これは上の7番目の課題とも関連するのか?)

それからメカニズムに関連して、例えばスライス実験で、LIP細胞のような振る舞いを示す細胞を計測できるようなモデル系を立ち上げると、意思決定の細胞・ネットワークレベルのメカニズム理解に大きく貢献できる気がする。

相互結合が強そうな連合野を使って、感覚野と比べると面白いかもしれない。実際ワーキングメモリーの研究はスライスレベルの研究に落ちているし、意思決定の研究をスライスレベルでやる、というのは、もうそれほどぶっとんだ考えではない気がする。自分が知る限り、そういう研究はまだないか。

とにかく、Wangのモデルの話は、まだ一つ読んだだけだけど、今後の研究の方向性を考える上でも非常に参考になりそう。perceptual decisionの課題で基底核からニューロン活動を調べる研究をやったりするのも面白い気がした。


という感じで、まだまだ誤解していること、知識不足なところがあるのは否めないけど、この総説はえらく勉強になりました。

(良い具合にvikingさんのところでも意思決定関連のエントリーが出て勉強中。。。)


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参考文献

Annu Rev Neurosci. 2007 Jul 21;30:535-574.
The Neural Basis of Decision Making.
Gold JI, Shadlen MN.
今回のテーマとした総説。とにかく読みやすく書かれていて、非常に勉強になる。

J Neurosci. 2002 Nov 1;22(21):9475-89.
Response of neurons in the lateral intraparietal area during a combined visual discrimination reaction time task.
Roitman JD, Shadlen MN.
LIPからdecision variableを計算しているかのような、徐々に活動を上げていく(下げていく)ニューロンを発見している。こちらにこの論文の図7を再現するためのデータとコードを公開している。

Nature. 2007 Jun 28;447(7148):1075-80. Epub 2007 Jun 3.
Probabilistic reasoning by neurons.
Yang T, Shadlen MN.
LIPに確率推定をしていそう、つまりはdecision variableを計算していそうなニューロンがいることを報告した重要論文。こちらで少し紹介済み。


Nat Neurosci. 2006 Jul;9(7):956-63. Epub 2006 Jun 11.
Cortico-basal ganglia circuit mechanism for a decision threshold in reaction time tasks.
Lo CC, Wang XJ.
意思決定の閾値の問題に、理論から取り組んだ非常に面白い研究。

4/18/2008

レッドソックスめ。。。

木曜日、ヤンキースタジアムへ行った。
レッドソックス戦である。

試合の前、ヤンキースのウェブで先発投手を確認したら、
ボストンはベケット。
相手にとって不足なし。

一方、ヤンキースはムッシーナ。
不足している。。。

そして、スタジアムに着いて、いつものスターウォーズのテーマにのってスタメン紹介。

が、今シーズン調子は悪くないはずの松井はスタメン落ち。。。
松井Tシャツ着ていったのに。。。

さらに嫌な予感。

そしてプレーボール。

案の定、ムッシーナのおじさんは打ち込まれ、ラミレスに二打席連続HRを打たせてあげて、3回で降板。

一時7-0に。

それにしても、ベケットの球は速かった。
レフトスタンドの一番遠いところから見てもそれがわかった。

7-3まで追い上げたが勝つ気はせず。
おまけに、試合展開を理解していないであろう娘も退屈してケアが大変に。。。

7回裏の「儀式」のあと退散。
散々な野球観戦である。

せっかくレッドソックス戦のチケット取れたのに。。。
なんと勝負弱い。。。

That’s life...


ちなみに、最後まで見ていれば7-5まで追い上げて、松井を見れたようだ。
が、松井が三振してゲームセットになるところを見たら余計腹がたっていたか。。。

ちなみに、ヤンキースファンとレッドソックスファンのいざこざは、今回も相変わらずあった。が、ヤンキースファンが全体的に大人しかった気もした。警官も暇そうに観客と談笑してたし。。。

それにしても、松井Tシャツを着ている外人さんを昨日は見つけることができなかった。何となく淋しい試合である。。。

渋めにポサダかチェンバレンのTシャツでも買おうかな。。。

4/12/2008

ファームの感想

Janelia Farmへ行ってきた。

Janelia、ジネリアではなく、ジネリアと発音した方が良いようだ。外人はそう発音しているように聞こえた。確かに、ボスに「ジネリアに行く」と言った時、彼の反応時間は遅かった。おそらく彼の頭の中で、ジネリア→ジネリアという訳が行われていたと思われる。

それはともかく、ジェネリアすごいところだった。。。
すごいことを項目ごとに。

1.宿泊施設
完全にホテル。
プールはないそうだけど、簡単なフィットネスがあったり、窓からの景色が良かったり、アメニティーグッズはすべて揃っていたり、ワイヤレスインターネット完備だったり、毎日部屋の掃除をしてくれたり、、、とにかく問題点は見当たらなかった。

2.研究棟のデザイン
「棟」というと、聞こえはよくないが、メインの建物のデザインは、センスとガラスに満ちていた。おそらく建築家の人が来ても、いろいろインスパイアされるようなデザインなのだろう。デザインに凝った研究所はいくつかあるが、ジェネリアも相当に気合が入っていた。ジェネリアのウェブで雰囲気は伝わるか。


3.バー
研究棟の1階にバーがある。毎日呑める。実際、カンファレンス中も呑んだ。ジェネリアの人たちも呑みに来てる雰囲気だった。

面白いのは、カンファレンス参加者には、もれなく20ドルの呑み代がついてきたこと。(今回のカンファレンス、なんにしろ太っ腹だった。。。)

宿泊部屋のルームキーが電子マネー。ビールを注文しては、そのルームキーで清算、というシステム。非営利なバーだから、飲食代は激安。自分の場合、ビールを4杯くらい飲んだだけだから、10ドルくらい残高があったかも。。。refundはできないと言われていたので、実際のキャッシュは手に入らず。。。

ちなみに、ビリヤード台などもあった。。。ホントにバー。

4.研究サポートロボット
カンファレンス中、ジェネリア内ツアーという企画があって参加。
2台ロボットを拝めた。一台目は、ハエ飼育チューブの自動交換ロボット。二台目は、マウスのケージ洗浄ロボット(こちらは、残念ながら交換まではしてくれない)。

他にもデータサーバーの部屋も見せてもらったけど、アメリカンサイズだった。。。時間のかかる処理もすぐに終わるのだろう。。。

5.カンファレンス
カンファレンスの様子はジェネリア内でウェブキャストされるらしい。カンファレンスでは、トップクラスの人が来てトークをする。しかもそのカンファレンスは、春と秋には毎週のように企画される。ということで、論文を読まなくても、最新の情報を簡単に入手できる。論文を読んで質問があれば、その人をつかまえて直接聞くチャンスもありそう。

ということで思ったこと。
同じquestionで勝負したら、かなりの確率で負ける。。。(絶対とは言いたくないけど)
むしろ、次のquestionで研究している人たちが多いかもしれない。。。

マンパワーで勝負というよりは、情報や効率性で勝負という雰囲気を少し感じた。その意味では、マンパワー勝負のプロジェクトなら良いのだろう。

その「効率性」が発揮されるかどうかは、現時点ではまだスタートしたばかりということで、未知数か。ラボ、あるいはPIによって、その効率性が発揮されるところ、発揮されないところが出てくるのかもしれない。

ちなみに、ジェネリアのデメリットを挙げるとするなら、その場所か。
周辺の感じは、いわゆるアメリカの田舎っぽいところ、だった。ワシントンDCまで近くとは言え、車で毎週行くには若干遠い気もする。そういうプライベートな生活という意味では、他に良いところはいくらでもあるのはある。そんなところで勝ってもあまりうれしくないわけだけど。。。逆に言えば、研究環境という意味ではポジティブに働きうるか。。。

という感じで、いろんな意味で刺激的だった。

4/04/2008

カンファレンス・プレビュー

4月6日から9日まで、ジャネリア・ファームでスプリング・カンファレンスが開催され、参加する。
今回のエントリーはその予習が目的。(このエントリーの長さ、おそらく過去最長。)

カンファレンスのタイトルはNeural Circuits and Decision-Making in Rodents
げっ歯類を対象に、神経回路、意思決定や記憶・学習の研究に取り組んでいる人たちが集まるようだ。

ジャネリアのカンファレンスを知らない方のために、自分が知っている範囲で少し説明すると:

春と秋、特定の研究テーマに関するカンファレンスがいくつか開催される。そのテーマの分野でトップクラス、ホットな研究者がジャネリアに招待される。その招待スピーカーに加え、抽選でポスドクや学生さんも参加できる。全体で50~70人くらいのカンファレンスになるのだろうか?細かい雰囲気までは不明。

ちなみに、ジャネリアのカンファレンス、交通費は自腹だけど、宿泊費・食費などはすべてタダ。うわさでは宿泊施設もすごいらしく&バーあり!そんなところに3泊ほどしながら、朝から晩までインテンスなスケジュールで科学三昧&呑んだくれ、という超魅力的なカンファレンスとなっている。

ちなみに、自分のいるNJ州からジャネリアまでは、車で4~5時間の距離。

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と、前置きが長くなった。(と言いつつ、ここから相当に長いです、このエントリー。。。)

この会の詳細は多分クローズドだと思われるので、このエントリーでは、どんな人が招待されているか予習モードで調べてみる。(予習なら問題ないはず?)

ちなみに、いつも以上にまとまりがないです。。。
予習ということでご容赦を。。。

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まずはオーガナイザー二人。

ジャネリアのAlla Karpova

この人はSvoboda研時代、MISTなる可逆的にシナプス伝達を抑制できるツールを開発している。MISTはハエのシビレに似ている。彼女の総説はこちら。
Curr Opin Neurobiol. 2007 Oct;17(5):581-6. Epub 2007 Nov 28.
Rapidly inducible, genetically targeted inactivation of neural and synaptic activity in vivo.
Tervo D, Karpova AY.
この総説では抑制ツールがまとめられている。図が非常にわかりやすくて良い。
ちなみに、DICE-Kのアイデアも少し記載されているな。これ以上はノーコメント。。。

二人目は外部オーガナイザー。Zach Mainen
有名。Sejnowski研で超良い仕事をして、理論から実験的な嗅覚研究の最前線へ進出。嗅覚系に転向してからは、同じく招待者の一人である内田さんとげっ歯類の意思決定課題を開発。今は、マルチ記録などを組み合わせながら精力的に研究を進めている。

嗅覚系研究に関する彼の総説はこちら。
Curr Opin Neurobiol. 2006 Aug;16(4):429-34. Epub 2006 Jul 5.
Behavioral analysis of olfactory coding and computation in rodents.
Mainen ZF.
洗練された行動課題を使って、嗅覚システムの情報処理を深く理解していこう、という趣旨の総説か。

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続いて大御所第一弾として二人。

Trevor Robbins
超大御所。自分はげっ歯類やマーモセットの行動絡みの論文をいくつか読んだことがある。
PubMedで調べたら最近こんな論文(opinion)を出していた。
Trends Cogn Sci. 2008 Jan;12(1):31-40. Epub 2007 Dec 19.
Serotoninergic regulation of emotional and behavioural control processes.
Cools R, Roberts AC, Robbins TW.
セロトニンにまつわるパラドックス(セロトニンの伝達を抑える薬が抗不安薬で、セロトニンの伝達を亢進する薬が抗うつ薬だということ)を問題意識として、これまでのヒトのイメージングや動物の研究の情報をまとめて、そのパラドックスのなぞに迫ってるようだ。けど、Robbinsさんは、たくさんネタを持ってるだろうから、これはあまり関係ないかもな。。。

Peter Dayan
理論の大家。今回のトピックに関連する論文でよく引用される論文(総説)はこれか。
Science. 1997 Mar 14;275(5306):1593-9.
A neural substrate of prediction and reward.
Schultz W, Dayan P, Montague PR.
心理学的な導入部からドーパミン細胞の生理学的な振る舞い、そしていわゆるTDアルゴリズムと実際の実験データとの関係をまとめ、その時点での将来の課題についてまとめられている。

そういえばこの総説、修士のころジャーナルクラブで紹介したのを覚えている。いろいろ突っ込まれたおして、洗礼を受け、ほろ苦い記憶が残ってる総説でもある。。。罰という意味で逆の思い出か。。。

それからDayanといえば、ベイズ。例えば、こちら。
Neuron. 2005 May 19;46(4):681-92.
Uncertainty, neuromodulation, and attention.
Yu AJ, Dayan P.
この論文では、ベイズ的な学習・未来予測が脳で起こってるという発想で、そのプロセスの中で、アセチルコリンは期待される不確実さの情報、アドレナリンは期待してなかった不確実さの情報をそれぞれ運んでいる、というモデルを提唱しているようだ。

他ではポピュレーションコーディングがらみの話もしているし、ベイズ的なことが実際の神経系で具体的にどう起こっているか、という点にこだわりを持っている人、ととらえたら良いのだろうか。

Dayanの仕事は、銅谷先生のこれまでのお仕事、例えば最近書かれた総説ともリンクしそうだし、そちらも要チェックか。
Nat Neurosci. 2008 Apr;11(4):410-416.
Modulators of decision making.
Doya K.
強化学習の視点から、意思決定に関わる評価、行動選択、学習について理論的な側面がまずまとめられ、どんな脳内システム、特に神経修飾物質が関わるか、ということがまとめられているようだ。

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次に、CSHL揃踏。

Tony Zador
うちのラボと仲の良いコンペティター(圧倒的にトニーラボが上だけど、、、)。
最近、PLoS Bioにスパースコードの論文を発表したけど(聴覚研究者が読むと、いろんなところにトゲがちりばめられていることがわかる。Wangが次の一手をどう打つか楽しみ?)、今回のカンファレンスでは別のトピックを話すだろう。

Carlos Brody
Hopfieldのお弟子さん?
Hopfieldといえばごく最近、連合記憶モデルでSudokuが解ける、という論文を出しているな(Sudokuを解くことそのものがポイントではないと思うが、彼もSudokuフリークなのだろうか。。。)。

それはともかく、BrodyはRomoとも仕事をしてきて次の論文を発表している。
Science. 2005 Feb 18;307(5712):1121-4.
Flexible control of mutual inhibition: a neural model of two-interval discrimination.
Machens CK, Romo R, Brody CD.
相互抑制をモチーフとして、アブストラクトなモデルで、ロモがやってきた体性感覚刺激の周波数弁別課題、特にその遅延期間と意思決定のフェーズを統合的に説明できるという話。確かにエレガントだけど、アブストラクトすぎて自分の頭ではもう一つピンとこない。。。最近はどんな仕事をしているのだろう。。。

マルチな人には、相互相関解析の論文でも有名か。

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割と地味?、あるいは特定できなかった4人。

Howard Fields
この人は知らなかった。最近の論文を調べたら、こちら。
J Physiol. 2007 Nov 1;584(Pt 3):801-18. Epub 2007 Aug 30.
Cue-evoked encoding of movement planning and execution in the rat nucleus accumbens.
Taha SA, Nicola SM, Fields HL.
ラット側坐核からニューロン活動を記録したら、感覚刺激というより運動出力と関連した活動を示すニューロンがいたと報告しているようだ。

Shin-Chieh Lin
特定するのに苦労したけど(アジア人のデメリット)多分ニコレリス研の人。独立したのかは不明。
この人は、
J Neurophysiol. 2006 Dec;96(6):3209-19. Epub 2006 Aug 23.
Fast modulation of prefrontal cortex activity by basal forebrain noncholinergic neuronal ensembles.
Lin SC, Gervasoni D, Nicolelis MA.
という論文を報告している。こちらで紹介済み。この人はいろんなプロジェクトに関わっていそうな雰囲気だから、今回何を話すのかは不明。

Paul Philips
この人は特定できず。。。欧米人でもこういうケースもあるのか。。。
(予習になってない)

Peter Shizgal
この人は行動関連の人のようだ。最近の論文はこちら。
Behav Brain Res. 2008 Mar 17;188(1):227-32. Epub 2007 Nov 7.
Dopamine tone increases similarly during predictable and unpredictable administration of rewarding brain stimulation at short inter-train intervals.
Hernandez G, Rajabi H, Stewart J, Arvanitogiannis A, Shizgal P.
研究のロジックはこう:報酬のタイミングを予測できる場合とできない場合、その違いがもしドーパミン細胞の活動の違いとして反映されるなら、ドーパミン細胞のターゲットの場所でのドーパミン量が違うはず、もしくはその逆。そこで、脳内刺激(ICS)とマイクロダイアリシスを組み合わせて調べたところ、報酬のタイミングが予想できるかどうかは関係なく、どちらの条件でも同じような側坐核でのドーパミン量の上昇が見れた、と主張している。(立ち上がりが違うような気もしたり、採用した方法論の時間解像度が、問題意識に迫るのに適当だったのかは不明だけど。。。)

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感覚寄りな二人。

Dima Rinberg
ゴキブリの神経細胞は流体力学を「知っている」、というセクシーな仕事でネイチャー論文を出し、マウス嗅覚系へ転向。現在は、ジャネリアのフェロー。経歴もセクシーやな。。。

嗅覚系の仕事としてはこちらがまず重要か。
Neuron. 2006 Aug 3;51(3):351-8.
Speed-accuracy tradeoff in olfaction.
Rinberg D, Koulakov A, Gelperin A.
急いては事を仕損じる、ではないが、じっくり時間をかけた方がパフォーマンスの精度は上がる、というのは経験的に知っている。けど、嗅覚刺激で意思決定をする場合もそうか、というのは実は最近まで論争があって、それに決着をつけたのではないかと思われる仕事。内田さんの仕事では操作できていなかったニオイのサンプリング時間というパラメーターも操作して、嗅覚系もやはり時間と精度の間にトレードオフが成り立つ、ということをマウスで明らかにした。

論争がなければ驚きではないわけだけど、この分野の文脈上、良い仕事になる。

さらに、マウス嗅覚系で脳状態依存的なスパースコーディングの話を同じ月に報告している。(なんと生産性の高い。)
J Neurosci. 2006 Aug 23;26(34):8857-65.
Sparse odor coding in awake behaving mice.
Rinberg D, Koulakov A, Gelperin A.
マウス嗅球mitral細胞のにおい選択性を覚醒中とKX麻酔中に調べて比較した、というこれまた面白い仕事。というか、目の付け所からキレを感じる。論文の書き方もうまい。

この論文では、覚醒中がよりスパースだ、という主張している。が、自分が誤解していなければ、彼の報告している自発発火の変化は主張と完全に矛盾している、、、エネルギー効率という意味では逆に悪くなってないかい?サンプリング・バイアスが非常に気になるところ。ちょっと時間があったら聞いてみよう。ちなみに、この人はジャネリアのフェロー。

Don Katz
Nicolelis研時代、味覚研究にマルチ記録を組み合わせ良い仕事をし(総説)、ブランダイズ大で独立。いまや、味覚系研究者の中では広く知られているのではないだろうか。コンスタントにJNS前後の論文を出していて生産性高し。最近の論文はこちら。
J Neurosci. 2008 Mar 12;28(11):2864-73.
Learning-related plasticity of temporal coding in simultaneously recorded amygdala-cortical ensembles.
Grossman SE, Fontanini A, Wieskopf JS, Katz DB.
味覚皮質と扁桃体から神経活動を同時計測し、ワンショット学習のCTA学習に関連して、その二つの領域の協調的活動が増強するというなかなか良い仕事を報告している。ZIPと組み合わせたらどうなるか知りたいところ。

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モチベーションや目標指向的行動関連。

Yael Niv
この人はDayanのお弟子さん?
こんな論文(Opinion)を出していた。
Trends Cogn Sci. 2006 Aug;10(8):375-81. Epub 2006 Jul 13.
A normative perspective on motivation.
Niv Y, Joel D, Dayan P.
トピックはモチベーション。要旨を読んでも何を言いうてるかさっぱり。。。
と、避けたくなる文献だが、ちょっと重要そうなので、少し読んでみる。(読んで、書き方がかなり悪い、と思ったのは自分だけではない気がする。TICS読者には、これくらいどうって事ないのだろうか。。。それとも自分の知識不足なだけか。。。もう少し素人にもわかるように書いてもらわんと。。。)

モチベーションの効果、古くは二つ考えられていたらしい(デカルトにさかのぼるらしい)。第一に、directing effectと呼ばれる効果で、行動の目標(例えば、お金をゲットする、Aさんを助ける)を決める時に役立つ。第二に、energizing effectと呼ばれる効果で、行動を支える活力を生み出す時に役立つ。後者は、心理学者Hullの言ったgeneralized driveと近いらしい。


前者のdirecting effectとモチベーションの関係はいろいろ知られているそうなのだけど、後者については論争があるらしい。そこで、この論文では、上のモチベーションの効果二つを、今の研究の文脈でとらえなおそう、という提案。

まず、モチベーションは、行動した結果(outcome)からその効用(utility)への対応付けである、という標準的な見方に沿う。そして、directing effectは目標指向的行動(goal-directed behavior)に影響を及ぼし、energizing effectはルーチンワーク化した行動(habitual behavior)をドライブするもの、という説を展開している。

難しい。。。

つまりは、ルーチン化した行動のモチベーションはenergizing effectとリンクする、という考えなのだと思われる。無意識的なモチベーションがルーチンワークの文字通り原動力になる、とでも言ったら良いのか?その説をサポートする証拠はほとんどないらしいので、それを検証する方法も提案しているようだ。

これが、この文献のあらすじ。

この文献に関する基本的重要コンセプトを、自分なりにまとめる。

まずgoal-directed behavior
このエントリーを通して、目標指向的行動ととりあえず訳した。訳になってない気もするが、英単語をそのまま訳すとそう間違った言葉ではないか。行動の目標が内面的に設定されている行動、とでも考えたら良いか。例は以下に出す。

その対極がhabitual behavior。習慣化した行動、ルーチンワーク。これはわかりやすいか。

何かを学習する時、前者から後者へ移行していく、ということは広く知られている。例えば、歯磨き。子供の頃、親にしつこく言われ「歯磨きしよう」という明確な目標、目的意識をもってやっていたことが、今は何も考えずに毎日やっている。研究の現場、例えば分子生物学のラボなら、エタチン。学部生、修士学生の時は、次はこうして、ああして、と目標を明確に設定しながらこなしていたことが、今日のランチは何を食べよう、などと全然他のことを考えながらでもできるようになる。

これらの例えが良いか知らないが、そういう明示的な目的・目標を設定して行っている行動(goal-directed behavior)から、いわゆるルーチンワーク化した行動へシフトする。その脳内プロセスを知ろう、というのが現代神経科学の大きな柱の一つではないかと思う。今回のカンファレンスを通して、このトピックはよく顔をだす。

そして、この手の話で度々出てくるキーワードはutility
経済学で言われる「効用」という言葉に近いというかそのままなのだろう。何かアクションをして得られた結果の満足度とでも考えたら良いだろうか。抽象的な言葉だけど、おそらくそれほど間違ってないはず。(素人丸出しだけど)

目標指向的行動は効用に対して感度が高い、とこの論文の出だしにもある。例えば研究現場。新しい実験をした時、期待に見合ったデータが出てくれないと仮に実験そのものがうまくいっても、それはルーチンワーク化にはつながらない。なぜなら、逆に仮説どおりの結果がえられた時と、実験そのものができたというoutcomeは同じだけど、効用が低いから。一方、「エタチン」といったルーチンワーク化した「習慣化した行動」は、その行動結果の効用はあまり気にならない。

実際の研究では、reward devaluationという報酬量をさげてもその行動が続くか観察して、ルーチンワーク化したか区別するようである(誤解してるかも?)。研究者もそうか。初めての実験で一回目うまく行けば、それを続けてルーチンワーク化し、後に失敗が続いても、一回目の成功で味をしめてるから、失敗が苦にならず続ける?つまり、ルーチンワークでは、効用は関係ない。

さて、モチベーションとの関係に話を戻す。
目標指向的行動に関しては、この難しい実験をやってネイチャー論文を出す!、といった感じで、モチベーションとの関係は直感的にもわかりやすい。が、問題なのは、ルーチンワーク化した行動とモチベーションの関係。

で、Nivの文献では、効用お構いなしで行われていそうなルーチンワークを支えているのが、モチベーションのenergizing effectだ、ということを言いたいのであろう。

これはヒトを含め、いろんな動物行動を理解する上でムチャクチャ大事な問題な気がする。このネタを話すかどうか知らんが、このNivさん、要チェック。


Peter Holland
知らなかったけど、有名っぽい。たくさん論文出している雰囲気だし。
総説はこちら。
Curr Opin Neurobiol. 2004 Apr;14(2):148-55.
Amygdala-frontal interactions and reward expectancy.
Holland PC, Gallagher M.
扁桃体(特に基底外側核)と前頭前野(特に眼窩前頭皮質、orbitofrontal cortex)の相互作用、特に目標指向的行動を生み出す報酬期待に関する処理についてまとめてあるようだ。こちらのエントリーとも関連があるか?


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Doug Nitz
例えばこちらを報告している。
J Neurosci. 2007 Mar 28;27(13):3548-59.
Adaptation of prefrontal cortical firing patterns and their fidelity to changes in action-reward contingencies.
Kargo WJ, Szatmary B, Nitz DA.
マウス前頭前野内側部から神経活動を計測して、アクションの結果とそれに基づくアップデートに関連する活動を報告している。(こちらで紹介済み)
ノイズ相関の問題にも取り組むなど、マルチ記録ならではのなかなか良い仕事。

Simon Killcross
J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8181-3.
Dopaminergic mechanisms in actions and habits.
Wickens JR, Horvitz JC, Costa RM, Killcross S.
以下に登場するCostaと一緒に書いたミニ総説。
ドーパミン細胞は学習初期には関わるけど、後期にはその関わりが減る、ということと、目標指向的行動からその行動が習慣化するのと平行なことだ、という主張を、皮質―線条体の回路に注目しながら展開しているようだ。この人自身は、薬理実験を絡めた行動実験をやっているようだ。

Matthew Roesch
Schoenbaumのお弟子さんか。良い論文をたくさん出している。最近の良い論文はこちら。
Nat Neurosci. 2007 Dec;10(12):1615-24. Epub 2007 Nov 18.
Dopamine neurons encode the better option in rats deciding between differently delayed or sized rewards.
Roesch MR, Calu DJ, Schoenbaum G.
これはドーパミン細胞と強化学習という点でmust readな論文(たぶん)。なので、少し詳しく。

この論文では、ラットを対象に、VTA(ventral tegmental area)というドーパミン細胞がいるところからニューロン活動を計測したら、サルで報告されていたように、予測誤差を運んでいるような振る舞いをすることがわかった。これだけなら、JNSかJNPどまり。

この論文がホントに面白いのは、その一年前Morrisらの論文で報告されたサルのドーパミン細胞とは違う振る舞いをすることを見つけた点。

つまり、論争勃発。ラットとサルのガチンコ。

まず、ドーパミン細胞が関わる強化学習のアルゴリズムとして3つ考えがあるらしい。V learning, Q learning, SARSA。それぞれのアルゴリズムを、誤解を恐れずに、偉そうに説明してみる。(この論文を読むまで知らんかったけど。。。)

まずV learningはvalueのV。ドーパミン細胞は、選択肢の平均的な「価値」を運ぶ、という考え。例えば、5個の報酬、1個の報酬が得られるという選択肢を与えられたら、その平均3、という活動をドーパミン細胞がするという考え。

二つ目のQ learningは、動物の行動出力ではなく、ベストな選択肢の価値を常に反映したような活動をする、という超クレバーなアルゴリズム。上の例なら、常に5、という活動をする。仮に動物が1の選択をする場合でも5。(最大価値に関する文脈情報を運んでいる、という感じ?)

最後のSARSAは、state-action-reward-state-actionの略。ひどい名前だが、そういうジャーゴンだから仕方ない。これは、動物の行動出力に結びつく意思決定確率を反映した活動をする、というアルゴリズム。上の例で、もし動物が5:1の比でオプションを選ぶなら、1という活動をしたら確かに1を選び、5という活動をしたら5を選ぶ、という感じ。つまり、ドーパミン細胞の活動を見たら、サルがどっちを選ぶかわかってしまう、という話。

Morrisらの研究ではSARSAというアルゴリズムが予測するように、ドーパミン細胞はサルの意思決定確率を反映したような振る舞いを示す、と報告。一方、Roeschらの研究では、Q learningをしていそうだ、という主張をしている。(逆に言えば、V learningの可能性は消えた)

Roeschの論文のdiscussionは濃くて勉強になった。

そのdiscussionで、両者の食い違いの理由をいくつか挙げている。が、最も説得力がありそうなのは、過学習の問題。これは、Morrisらの論文に対するNivらの書いたNews & Views、その最後で、するどい突っ込みをいれていたことと同じ。

つまり、Morrisらの論文では、記録中、サルは「学習」する必要はなく(すでに半年など長期間かけて学習したことをやるだけだから)、ドーパミン細胞が運んでいる信号は単なる副産物的なものである可能性があって、ドーパミン細胞が強化学習中どんなアルゴリズムに沿って活動しているか、実は問えていない、ということ。

一方、Roeschの論文では、常に課題がブロックとして変化するように設定していて、「アップデート」が要求される。(ラットの課題としては非常に洗練されているし説得力もある)

それから、VTAと黒質の違いもあるかも?とも考察している。
確かにMorrisたちは黒質緻密部(SNc)から記録しているようだ。一方、Roeschの論文では黒質からは2個しか記録できなかったようで、サンプルしたほとんどのドーパミン細胞がVTAから。ハッピーエンドとしては、単に記録しているドーパミン細胞が違っただけ、というオチ。が、とにかくこの問題は次の論文へ持ち越し。

ちなみに、両者の神経核の解剖が面白い。VTAは背側線条体、辺縁系へ出力(新皮質も含まれている気もする)。黒質は腹側線条体といった、上で言うところのルーチンワーク系?へ出力。いろいろ仮説ができそうである。。。

ただし、このRoeschらの論文のドーパミン細胞の分類法、ちょっと気になる。
彼らの言うドーパミン細胞は常にスパイクのSN比が悪いとすると、薬を投与した後の変化は、実は電極ドリフトでも説明できるような気もする。。。ノイズに埋没する確率が増えて検出スパイク数が激減という解釈。薬の効果が見えてしばらくしたら、発火率がリカバーする、ということも言えないとロジカルに弱い。(というか、同じリファレンスのとり方をしているのに、スパイクの上下が反転しているのはかなりあやしい。おそらく電極と細胞の距離が細胞種の分類にかなり効いている。とするとこの論文の分類法。。。)

究極的には、intra, juxsta, あるいはイメージングでしっかり検証しないといけないのだろう。とすると、サルの話と折り合いをつけて決着するのか?という不安もある。。。ヒトのイメージングでVTAとSNcを区別できるのだろうか?もしできるなら、それが一番手っ取り早いか?

とにかく、この話は以下のSchoenbaum自身のトークと合わせて、今回の一つのトピックになるやもしれん。

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Mark Walton
Cogn Affect Behav Neurosci. 2007 Dec;7(4):413-22.
Probing human and monkey anterior cingulate cortex in variable environments.
Walton ME, Mars RB.
マカクのACC(anterior cingulate cortex)研究についての総説。ACCは、今おかれている文脈から次の行動を選択するような状況で、得られた結果の情報を解釈するのに重要だ、と主張している。なんだかようわからん。。。今回の面子の中では異色な気もするけど、上のNitzの話とも近いし、種を超えたACC、あるいは前頭前野内側部の機能を議論するのに良いスピーカーなのかも?

Adam Kepecs
Mainenや内田さんと良い仕事をしている。もともとは理論系の人なのか?最近の論文はこちら。
J Neurophysiol. 2007 Jul;98(1):205-13. Epub 2007 Apr 25.
Rapid and precise control of sniffing during olfactory discrimination in rats.
Kepecs A, Uchida N, Mainen ZF.
行動論文。ラットが鼻をくんくんとやるsniffingと、におい弁別能力や行動パフォーマンスとの関係を詳しく解析している。以下で紹介する内田さんが筆頭著者の総説との絡みで、しっかりsiniffingをモニターして行動との関係を調べよう、というモチベーションの論文なのだろう。

Randy Gallistel
この人も知らなかったけど、我がラトガーズ大の人のようだ。キャンパス違うけど。。。
Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Sep 7;101(36):13124-31. Epub 2004 Aug 26.
The learning curve: implications of a quantitative analysis.
Gallistel CR, Fairhurst S, Balsam P.
学習曲線にまつわる話。徐々に変化が鈍りながら、上昇していく学習曲線は、グループ平均によるアーティファクトで、個々のケースを見ると、いわゆるシグモイド関数的に、一気に立ち上がるものだ、と主張している。

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ここから4人はマルチな人たち。

Loren Frank
海馬マルチ系。最近、
Neuron. 2008 Jan 24;57(2):303-13.
New experiences enhance coordinated neural activity in the hippocampus.
Cheng S, Frank LM.
という超クールな仕事を報告している。
学習初期にリップルのような短い高周波のオシレーションが発生し、その最中にニューロン集団の時間的協調活動が見れると報告している。おそらくこの活動はドーパミン細胞の活動ともリンクするやも知れないので、今回のキーパーソンの一人だな。要チェック。

Matt Wilson
最近の代表論文は逆リプレー?この人はunpublished dataを話さない人かと思っていたが、先日のコサインではそうではなかったらしい。なので、どんな話をするのか楽しみ。

逆リプレーなんかも、やはりドーパミン系とリンクがあるのだろうか?確かWilsonもそのNature論文でそんなことを言っていたような、いないような。。。忘れた。もしそうなら、Frankの仕事との関係も含め、注目すべき現象か。

David Redish
ちょうど最近、総説を出たところ。
Curr Opin Neurobiol. 2007 Dec;17(6):692-7. Epub 2008 Mar 4.
Integrating hippocampus and striatum in decision-making.
Johnson A, van der Meer MA, Redish AD.
意思決定をキーワードに、海馬と線条体を統合的に理解しようという超精力的な話(ざっくりまとめると)。これからげっ歯類でマルチをやる人は、避けて通れないトピックになる予感。意思決定や将来プランニングと海馬との関係は種を超えたトピックに発展するのではないだろうか。(勝手な予想)それにしても、線条体(特に腹側)と目標指向的行動との関係、今回読んだ文献でもいろんな立場があるような印象を受けた。もう一つすっきりせず。

Geoff Schoenbaum
この人も有名人。上で紹介したRoeschのボス。
Schoenbaumといったら眼窩前頭皮質、というのが自分の理解。
J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8166-9.
What we know and do not know about the functions of the orbitofrontal cortex after 20 years of cross-species studies.
Murray EA, O'Doherty JP, Schoenbaum G.
という眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex、OFCと略)のミニ総説も出している。OFCが顔を出すパラダイムについてまとめ、次の20年の課題をまとめている。が、上の3人の文脈で考えるとVTAの話がメインと考えるべきか。だとすると、次の2,3年先の海馬周辺研究を占う上で、重要な4人ということになるな。。。海馬とVTAの同時計測を誰かやってないだろうか?ラット海馬研究の発想で、どんな時にドーパミン細胞が活動するのか、「とりあえず見てみる」というのは面白い気もする。なぜなら、Schoenbaumの研究も含め、これまでの研究はあまりにも「実験室環境」という側面が強くて、実際のリアルワールドでいつドーパミン細胞が活動するのか、必ずしも明確ではない気がするから。

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XJ Wang
理論の大家。アルフォンソ先生の先生。意思決定関連で言うと最近こんな仕事を出していた。
http://wanglab.med.yale.edu/
Wong K, Huk AC, Shadlen MN and Wang X (2007)
Neural circuit dynamics underlying accumulation of time-varying evidence during perceptual decision making.
Front. Comput. Neurosci. 1:6. doi:10.3389/neuro.10/006.2007
LIPを想定した回帰性回路のシミュレーションと意思決定。2005年のShadlenたちの論文がモチベーションになっているようだけど、詳細はフォローしてません。どうでも良いけど、このFrontiersシリーズはPubMedに登録されないのだろうか?良い総説も掲載されてたりするのに。。。

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Naoshige Uchida
自分がアメリカに来た直後、ホームパーティーにお邪魔させてもらったり、SFNでは自分のポスターまで足を運んでいただいたりと、何かとお世話になってます。数年前ハーバードでPIとして独立され、かなりあこがれ。。。
ちなみに、内田さんの総説はこちら。
Nat Rev Neurosci. 2006 Jun;7(6):485-91.
Seeing at a glance, smelling in a whiff: rapid forms of perceptual decision making.
Uchida N, Kepecs A, Mainen ZF.
主に心理物理を含めた行動データを視覚と嗅覚の実験を中心にまとめ、意思決定の過程、特に時間的な側面について考察されている。サッケードとスニッフィングをアナロジカルにとらえて、断続的なチャンク単位の感覚処理が行われる、という説は非常に面白い。神経オシレーションとの関係も興味があるところ。

このアナロジー、ヒゲもおそらく成り立ちそうだし、味覚も咀嚼のリズムなどがあるから良いかもしれない。時間スケールの問題はよくわからんが。では、聴覚はどうだろうか?音楽や言語という意味では確かにチャンクに分けられるだろう。ということは、音楽なり言語の「リズム」の進化的起源は?というのが問題になるな。けど、言語と音楽のチャンクは運動と連動して初めて出てきたものと考えると、「チャンク」のオリジンは結局は運動系にあると考えても良いか。では、音楽と言語を除いた運動と聴覚の連動はいかがなものか。。。耳たぶは動かなくても、聴覚は機能するしな。。。単に周波数という波がすでにチャンクと考えられなくもないが、高周波になるとそれは速過ぎて無理だな。。。壁にぶつかった。。。聴覚はかなり異質な感覚系ということになるのか。。。研究対象としては扱いやすいと思っていたけど。。。かなり脱線。。。

Adam Mar
候補者は挙がったが、特定できず。。。

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再び、マルチな人二人。

Mark Andermann
Moore研の人。シリコンプローブを使って良い仕事をしている。
Nat Neurosci. 2006 Apr;9(4):543-51. Epub 2006 Mar 19.
A somatotopic map of vibrissa motion direction within a barrel column.
Andermann ML, Moore CI.
2x2テトロードタイプのシリコンプローブを使って、バレル皮質2/3層と4層からニューロン活動を記録(同時ではなく、シーケンシャルに)。そして、ヒゲ刺激に対する方向選択性が2/3層ではじめてでてきそうだ、ということを見つけている。(自分の記憶が正しければ、Sakmannたちのイメージングの研究結果と食い違ってるところもあった気がする。)細かいところだけど、テトロードを使ってるのにスパイクソーティングしてなさそうなところが玉に瑕。。。なので、この結果は複数のユニットのスパイクが混ざっている。とすると、解釈というかデータの見方が変わってくる気もする。。。

Mark Laubach
この人はNicolelis研出身で、インパクトのある仕事はこちら。マルチのスパイク解析に独立成分分析を使ったりと、解析に強そうな人。独立後に
Neuron. 2006 Dec 7;52(5):921-31.
Top-down control of motor cortex ensembles by dorsomedial prefrontal cortex.
Narayanan NS, Laubach M.
という良い仕事を報告している。こちらで紹介済み(良い具合でジャネリアの記事ネタもあり)。
内容的に大学院生の仕事っぽい(実験3部構成)から、大学院生第一号の仕事なのだろう。ちなみに、うちのラボにいるアーターが少しお世話になっていた。

この二人、確かにマルチな人だけど、データを取った後の一つ目の壁であるスパイクソーティングにどれくらいプロフェッショナルな経験と知識を持っているか不明。。。Laubachはニコレリス一派だったからスパイクソーティングの問題には目を瞑っている可能性がありそう。。。

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Genetics系の若手二人。

Susana Lima
自分の知ってる人なら、Miesenbock研で有名な恐ろしい仕事をして、今トニーラボのポスドク。どんなプロジェクトに関わっているかも知ってる。。。こういう危険な人には逆らわず、仲良くなりたいところ。。。

Walter Lerchner
この人も多分若くて、以下に登場するAndersonのラボから
Neuron. 2007 Apr 5;54(1):35-49.
Reversible silencing of neuronal excitability in behaving mice by a genetically targeted, ivermectin-gated Cl- channel.
Lerchner W, Xiao C, Nashmi R, Slimko EM, van Trigt L, Lester HA, Anderson DJ.
という論文を報告した人。線虫が持っているClを通すグルタミン酸受容体を改変してivermectinなる分子で開閉するようにする。そして、その受容体をマウスの線条体に発現させ、腹腔内投与でivermectinを与えると、4時間から12時間で線条体の活動を抑えられ、4日後には元に戻る、ということを報告している。

同時期にNpHRの話が出たからちょっとかわいそうではあるが、このシステムもすごい系である。むしろこちらの方が普及しそうな気もする。なぜかというと、従来の破壊実験を比較的簡単に(?)細胞種特異的な破壊実験に応用できそうだから。

LEDで脳を照らさずとも注射を打つ要領で活動抑制できてしまう簡単さ。もちろん、キャリブレーションの問題は残るが、従来のムシモール実験のバージョン2.0として超魅力的なシステムな気がする。さらなる工夫次第で、数箇所の抑制を組み合わせることも将来可能になる気もする。(と書いてはみたが、最近の総説などを読むと、いろいろ難題を抱えていそうか。。。)

けど、NpHRといい、Clが細胞内に流入しまくるとどうなるのか、その副作用がちょっと気になるところ。自分が知る限りNpHRの続報はまだ出てないし、副作用のチェックがいろんなラボで行われているのだろうか?

ところで、最近報告されたPALも相当にやばいな。あとはtwo-photonで操作できるケミカルかタンパク質の登場を待つばかり?というか、ケミストリーの記述にもついていけるように、勉強だけはしないといけないなぁと思う今日この頃。論文すら理解できなくなりそう。。。神経科学、心理学、数学・物理系、そして化学。。。意思決定の研究するなら、経済学の一部もか?必要な情報を光で脳に高速インストールできるようなツールを誰かに開発して欲しいと願う今日この頃。。。

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線条体がらみの二人。

Bernard Balleine
この人はラットをモデルに、前頭前野内側部と背側線条体を中心に意思決定と目標指向的な行動からそれが習慣化する過程について研究しているようだ。今回目を通した文献でよく引用される論文を書いているようだし、有名なのだろう。上のNivさんとも関連が強そうでキーパーソンの一人か。
最近で言えば、
J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8161-5.
The role of the dorsal striatum in reward and decision-making.
Balleine BW, Delgado MR, Hikosaka O.
というミニ総説を彦坂先生と出している。背側線条体が意思決定に直接関わって、しかも種を越えた共通性がありそうだ、という議論を展開している。

Rui Costa
この人もニコレリスのお弟子さん。(確認できただけで今回4人もニコレリスの弟子がいる。ニコレリスは教育者としても一流のようだ。)ちなみに、この人の研究は、上で紹介したKillcrossさんのところで紹介したミニレビューでも名を連ねている。
ニコレリス研では、
Neuron. 2006 Oct 19;52(2):359-69.
Rapid alterations in corticostriatal ensemble coordination during acute dopamine-dependent motor dysfunction.
Costa RM, Lin SC, Sotnikova TD, Cyr M, Gainetdinov RR, Caron MG, Nicolelis MA.
という仕事をしている。ポイントは、線条体へのドーパミンは、皮質―線条体の協調的活動に重要、ということ。

研究では、ドーパミントランスポーターを欠損させたマウスの背側線条体と一次運動野からマルチ記録をしている。ドーパミンが過剰なhyperdopaminergiaから、AMPTなるドーパミンを欠失させるドラッグを投与して、akinesiaにした時の発火頻度と時間的な協調性の変化を調べている。

どちらの状態も発火頻度という点では同じだけども(遷移過程で一過的に発火頻度が上昇する、というのが非常に面白い。おそらくホメオスタシス的なことがシステムレベルで起こってるのではないか?)、協調性という点では違っていたらしい。hyperkinesiaでは非同期、akinesiaでは同期が上昇。ドーパミンは皮質―線条体の同期を妨げる方向に効いていると単純に解釈したらいいのか?パーキンソン病とDBSとの関係などがどうかよくわからないが、なかなか面白い。

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ここからはスーパースターのオンパレード。

Gyorgy Buzsaki
我がCMBNから、ギューリー先生。
間違いなくunpublished dataを話すだろう。
ネタは先日のシンポジウムと同じか。

David Anderson
Axelのお弟子さん?この人の仕事はフォローしてないけど、ハエのgeneticsを使ってinnate behaviorのシステム研究をしている人、というのが自分の理解。けど、上のivermectinの系はマウスでやってるし、とにかくgeneticsを使ってシステム研究してやろう、という人なのだろう。ちなみに、最近のハエの論文はこちら。
Curr Biol. 2007 May 15;17(10):905-8.
Light activation of an innate olfactory avoidance response in Drosophila.
Suh GS, Ben-Tabou de Leon S, Tanimoto H, Fiala A, Benzer S, Anderson DJ.
GAL4システムでChR2をab1cニューロンに発現させ、「バチバチ」やって、ハエの逃避行動を再現している。謝辞でNadasdy(ブザキ研出身)にラスターの描き方を手伝ってもらった、とあるから、神経生理学はど素人なのだろうか。。。(細かいツッコミ)

Karl Deisseroth
「神経科学業界の山中先生」とでも言ったら良いか。
きっとおそろしいunpublishedネタを話してくれるのだろう。
聞きたいような、聞きたくないような。。。

Karel Svoboda
今回のカンファレンスの文脈でどんなネタをトークするのか、予測不能。シナプス可塑性の話はちょっとピントがずれそうだから、in vivoのChR2ネタの続報か?AndersonからSvobodaまでは光まくりそうだな。。。バチバチ。

David Tank
この人もたくさんネタをストックしてそう。
個人的にはこちらの続報を聞きたいところ。

以上。ふー。。。
(もしもここまで読まれた方がいらしたら、ホントお疲れ様でした。。。)

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何を学ぶ?

豪華かつ充実な顔ぶれ。最後の5人は、意思決定が絡まなくてもヤバイ人たち。。。ギューリー先生は別次元でもヤバイか。。。

こうしてみると、ポスドククラスの若手からテニュアトラックの中堅、そしてベテランから大御所まで、非常にバランスが取れている。面子を見て思ったが、理論から実験の最前線へ、あるいは分子生物学からシステム研究へ進出している人たちが確実に頭角を現しているなぁという印象を受ける。マルチな人の層の厚さもさすが米国。あと、こういうミニ学会で、カルテル的なコミュニティーが形成されるのだろうなぁという気もするようなしないような。。。大人の世界か。こういう壁はウェブが発達しても取り除けない壁のような気がする。う~ん、いろいろ考えさせられる。。。

ただし、面子は確かにすごいけど、回路という意味ではちょっと物足りない気もしないでもない。(おいおい。。。)genetics系の人と、バリバリシステムな人とのギャップをかなり感じる。例えば、スライス実験で意思決定の問題に迫るなんてぶっ飛んだ研究はできないだろうか?意思決定を、二つの状態のうちどちらかへ遷移する過程、ととらえることができるなら、in vitroの系へ落とせる気もする。アブストラクトなレベル、あるいはメカニズムを考える上で、そういう研究から学べることは多そう。

逆に言えば、回路の問題と意思決定の問題の融合というのは、安易な発想かもしれないが、ごくごく近い将来、げっ歯類ならではの研究トピックになるやもしれない。コアなツールはかなり揃ってきた気もするし。そのあたりを含め今後の方向を模索するのも、今回の趣旨の一つなのかもしれない。

とにかく、げっ歯類で、これから実験方法論にこだわりを持ち、さらには理論も絡められるものなら絡め、できるだけ良い行動系でDecision-Makingなどの認知機能の研究をしたい、という場合にはかなり魅力的なカンファレンスと予想される。自分の目指したい方向もこちらなので(こう見えても)、ちょっと時間をかけて、つぶやきモード爆裂で、予習してみた。

予習をやってみて、招待された人がなぜ招待されたのか、その意図が自分なりに汲み取れて、招待者同士のリンクもちょっと見えて、すでに交通費分はもとを取れた気もする。

ちなみに、自分はポスター発表をする。自分の発表内容、かなり浮くな。。。テクニカルな質問が多いのか、それとも優秀な人が多そうだから、やはり鋭いツッコミをどんどん受けてタジタジになるのか、楽しみではある。

とにかく、たくさん知り合いができるよう、気合をいれて発表したります!
職探しに役立つコネ作りになるやもしれんな。。。(結局これ)

4/01/2008

ウソと脳とGoogle頼み

エイプリルフールネタのフォロー?としてウソ発見器ネタ。
(意図的なウソはないはずです。たぶん。。。)

最近、MRIをウソ発見器として使おうという話がある。それに対する議論がTrends in Neuroscienceで繰り広げられているようだ。(すべては読めていません。。。)

まず、Sipという人たちが、従来のウソ発見器で指摘された問題は、例えMRIを使っても持ち越される問題が多く、被験者の意図と嘘発見器にかける前後の文脈をしっかり考慮にいれないとNG、と警鐘を鳴らしている。
その論文では、ここ最近の研究分野をまとめながら、彼らの意見をまとめている。次世代ウソ発見器に否定的というより建設的な意見を繰り広げているようだ。

それを受けて、Haynesという人(「脳活動読み取り」研究の権威?)が、異を唱えている。最近の洗練された統計処理技術(特に分類法、classification-based decoding methods)のポテンシャルを甘く見てもらっては困る、と。ひとつの脳領域に注目するだけならそりゃ問題やけど、脳の広い活動で考えるとかなり精度はえぇぞ、と強烈な批判を加えている。

それを受けてSipたちは、確かにそれは認めるけど、実験室を超えたリアルな状況ではまだまだ難しそうだ、質問の仕方に工夫するなどの改善が必要である、と的を得ているのか得てないのか、とにかく、以前の主張はあくまでも変えないぞ、という頑固さを見せている。

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さて、何を学ぶ?

次世代ウソ発見器、たとえ広まっても、その信憑性にクレームをつける人はおそらく絶えないだろう。専門家でも意見が割れているのだから。。。中には、自分がわからん処理をゴチャゴチャやって出てきた結果は信用できん、などと本末転倒というか、別の次元の問題を持ち出す人もいそうな気もする。。。

例えば思ったのは、「神は存在する?」という質問に対する答えの真偽を、脳活動の計測データだけで単純に判断できるか、自分にはよくわからん。他の質問との比較で、ウソ寄りの脳活動をするかどうかで分類できるのかもしれないが、ホントにそれで良いのか?という気もする。

その人のそれまでの人生を踏まえて真偽を判断せざるを得ないことも世の中に存在してるのは確かだし、過去の人生がすべて今そこにある脳活動に反映されるか?それをMRIで検出できるか?というとちょっと難しい気もする。(あまり的を得ていないか?)

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ウソ発見器はともかく、個人的に興味があるのは、「分類法(classification)」がどこまで通用するか?という点。

Haynesさんは分類法の有効性を強く主張している。
確かに、ウソ発見器の課題は、ウソ・ホントという2つのカテゴリー分けと単純に考えれば、それで十分な気もする。一方で、人がつくウソはホントに単純な2つのカテゴリーに分けられるような脳活動に還元できるのか、よくわからん。意図的なウソ、意図的でないウソを区別できるのか?分けるカテゴリーをあらかじめ増やせば、それで良いのか?
(と書いていたら、ちょうどvikingさんのエントリーで紹介された論文は関係するのかも?)

それから、分類法というのは、技術的にもいろんな問題がありそうな気もする。少なくとも、ウソのカテゴリーの問題に対しては、Haynesさんも慎重なコメントをしていると理解した。

個人的には、ウソをつく脳内アルゴリズムがもっとよくわからないと、精度は高まらないだろう、という気がする。もし最近話題になったKayたちの研究potasiumchさんvikingさんのブログに詳しい)のロジックでいくと、分類法よりもポテンシャルを持った方法論もありそうだ。

そうだとして、もし脳が実際にやってそうな処理方法に基づいてモデルを立てないと結局はダメだとすると、高精度の嘘発見器の実用化にはまだまだ相当の時間がかかる気もする。

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話はガラッと変わるけど、もっともっと身近な、ブログなり、ウェブページのためのウソ発見器を誰か開発してくれないかなぁ、と強く思う。人を診断するのではなく、文章、画像などがウソかどうかを診断するツール。現時点では、ウィキペディアのように、ヒトがウソ発見器の役割を果たしているが、それに変わるものがないかなぁ、と思う。

Googleにはそれができる気がする。
Googleで働いている人にぜひそんなツールを開発して欲しい。
膨大な世の中の情報を整理するついでに、その整理した情報から統計的な情報を抽出して、各ページの内容の信憑性を計算し、ホント度、ウソ度のようなランキングをつけて、どれくらいウソっぽいか、わかると良いのにと思う。

少なくとも、ブログを読む人はもちろん、ブログを書く人にとっても、非常に有用なツールになる気がする。

(そのツール機能を4月1日にアップされたページだけ解除するとか。。。)

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文献
Trends Cogn Sci. 2008 Feb;12(2):48-53.
Detecting deception: the scope and limits.
Sip KE, Roepstorff A, McGregor W, Frith CD.
Frithたちが、次世代ウソ発見器の開発上の課題をまとめている。

Trends Cogn Sci. 2008 Feb 26 [Epub ahead of print]
Detecting deception from neuroimaging signals - a data-driven perspective.
Haynes JD.
HaynesがFrithに噛み付いた。

このHaynesは
Nat Rev Neurosci. 2006 Jul;7(7):523-34.
Decoding mental states from brain activity in humans.
Haynes JD, Rees G.
というBrain Readingに関する総説を書いている。

Trends Cogn Sci. 2008 Feb 26 [Epub ahead of print]
Response to Haynes: There's more to deception than brain activity.
Sip KE, Roepstorff A, McGregor W, Frith CD.
Frithたちの反論。Frithたちが再三強調しているのが、次の論文。

J Appl Psychol. 2003 Feb;88(1):131-51.
The validity of psychophysiological detection of information with the Guilty Knowledge Test: a meta-analytic review.
Ben-Shakhar G, Elaad E.
PDF
Guilty Knowledge Testというのがウソ発見のための有用な方法らしい。詳細は調べていません。。。

Nature. 2008 Mar 20;452(7185):352-5. Epub 2008 Mar 5.
Identifying natural images from human brain activity.
Kay KN, Naselaris T, Prenger RJ, Gallant JL.
classification-based decodingを超えて、、、ということで、いろんな分野の人に非常にインパクトを与えそうな研究。

自然刺激を人工的な視覚刺激に分解して、それをもとにモデル(実際の神経情報処理に根ざしたモデル)を立てる。そして、モデルを立てるときには見せなかった新規な自然刺激を見たときの脳活動を、モデルを使ってしっかりディコードできた。すごい!

potasiumchさんvikingさんのエントリーで詳細に説明されています。

聴覚の研究をしている自分としては、聞いている音のディコーディングができるのか?と素朴な疑問を持った。(時間解像度の問題)
例えば、聴覚系の一部の神経核でもウェーブレット的なことをやっているという話もあるので、そうやって成分分解した人工刺激をもとに組み立てたモデルを使って、今ガンズの「ウェルカム・・・」を聴いている、とか、クラプトンの「いとしのレイラ」を聴いているとか、そんなことまでディコーディングできると、ホントにすごいと思った。そのためには聴覚生理学者が視覚研究者ばりにもっと頑張れよ、とつっこまれそうではあるが。。。

ちなみに、最近掲載されたNature NeuroscienceのNews&Viewsも非常にわかりやすくてお勧め。
Nat Neurosci. 2008 Apr;11(4):384-5.
What's in your mind?
Wandell BA.
この分野はウソ発見器云々をおいといても、一大分野になるのは間違いなさそう。
MRI2.0?

*引用しまくったのに、TB機能がなくてすみません、vikingさん、potasiumchさん。。。

簡単、記憶力アップ法!?:BrainPrime、脳科学発インターネットビジネス

*追記&注意:このエントリーはエイプリル・フールのネタですので、ご注意下さい。

最近、脳機能を高める「ドラッグ」の是非がしばしば話題になる。例えば、ドラッグで脳機能を高めて入試に臨む人が出てくると、ドラッグを使用していない人と比べて不公平。スポーツで言う、いわゆるドーピング問題と同じ倫理問題を生む。

実は、今日報告された論文によると、わざわざドラッグを使わなくても、簡単な方法で頭が良くなる(記憶力がアップする)ことがわかった。さらに、それを新しいビジネスモデルとして応用するらしい。

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その頭を良くする方法では、「サブリミナル効果」を利用する。
サブリミナル効果というのは、「プライミング(priming)」としても知られている。有名な話は、映画上映中に「Drink Coke」という映像を意識にのぼらないくらい瞬間的に流すと、映画終了後にコーラを飲む人が増えた、という話がある。(*この逸話は、後にウソだということがわかっている)

報告された論文でも、このプライミングを利用する。
結論から先に言うと、きれい、あるいはイケ面の異性の顔写真でプライミングすると、記憶力がアップするようだ。

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具体的にどうやって記憶力がアップしたか?

細かい話になるが、研究の方法を説明してみる。
この実験では、それぞれ30人から成る3つの学生グループに参加してもらう。そして、英単語の記憶力とプライミング効果との関係を調べている。

その3つのグループがやることは、スクリーンに次々に表示される100個の英単語を覚えること。表示される画面は次の通りだ。

グループ1(対照群)
英単語を0.5秒間ずつ表示していく。

グループ2(中立プライミング群)
英単語の表示直前に「プライミング刺激」を表示する。そのプライミング刺激には、人の顔写真を使う。中立というのは、同性の顔写真を使うという意味(オカマという意味ではない。。。)。参加した学生が女性なら、例えば女優の顔写真を使う。その顔写真を、10ミリ秒という瞬間映像として英単語の直前に表示する。

瞬間映像だから、誰の顔が表示されたかは意識にのぼらない。

グループ3(ポジティブ・プライミング群)
基本的にグループ2と同じ。だけど、プライミング刺激として、異性の顔写真を瞬間的に映す。例えば、実験に参加した学生が男性なら、映画女優などの顔をプライミング刺激として使う。

例えば、ブリトニー・スピアーズの写真が表示されても、それは意識にはのぼらない。


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さて、結果
この映像による学習後、英単語をどれくらい覚えたかテストしたところ、成績は次の通りだった。(100点満点。グループ全体の平均値。)
グループ1 61点
グループ2 56点
グループ3 92

つまり、異性の顔写真でプライミングすると、圧倒的に記憶力がアップすることがわかった。

さらに面白いのは、好みのタイプと記憶力アップとの関係。
実験では、事前アンケートで異性の顔のランキング付けをしてもらっている。そして、そのランキングとの関係を調べると、ランキングが高い顔でプライミングした単語ほど、覚えている確率が高いことがわかった。つまり、好みの顔でプライミングするほど、記憶力が良くなることになる。

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この研究を行った研究者のインタビュー記事が、ニューヨークタイムズに掲載されていた。
その中で、異性の顔写真で成績が良くなったことについてのコメントが興味深い。

オーディエンスの前で何かパフォーマンスをすると、オーディエンスがいない時よりもパフォーマンスが良くなる「オーディエンス効果」というのが知られている。我々の研究結果は、社会的に意味のある刺激、しかも異性という進化的にも重要な刺激でプライミングして、オーディエンス効果を引き出せた、と解釈できる。

さらに、

もし解釈が正しいとすると、例えば、嗅覚が発達している動物でフェロモンのような刺激をプライミング刺激として使えば、同じような記憶力向上が期待できるかもしれない。なぜなら、フェロモンは多くの動物種で個体識別のための重要な社会的キューだからだ。今回の現象の進化的起源は、今後大きな課題の一つになるだろう。

とも。なかなかアカデミックなコメントである。

もう一つの重要課題は脳活動との関係。
ということで、この研究者は現在、プライミングに使った刺激が、意識にのぼる時、のぼらない時とで、脳活動がどのように違うのか?それが海馬などの記憶に関わる場所とどう関係があるのか?脳内報酬系のドーパミンとどう関係があるのか?といった疑問にMRIを使って調べているそうだ。

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さらに、次のような興味深いコメントもしている。

これほど簡単な方法で記憶力が良くなることは非常に驚きであり、我々はこれを使ってビジネスも始める。

と話しており、「BrainPrime」なるインターネットサイトを近日中に公開するそうだ。そのサイトでは、

1.好きな俳優、女優の顔を選ぶ(4Uのような感じ?R指定
2.覚えたい情報(例えば英単語)を入力、あるいは覚えたい画像をアップロードする

この2ステップだけで、この一連の「プライミング刺激+覚えたい情報」が映像として流れる仕組みになっているらしい。

この研究結果がもし本当だとすると、覚える効率が格段に上がる。例えば、明日試験だ、という場合、試験に出そうな重要キーワードを入力すれば、試験の点数が上がるかもしれない。

さらに面白いのは、一つだけスポンサーの企業名をプライミング刺激として表示するらしい。そうすることで、そのスポンサー企業の広告をクリックする割合が増え、それがこのウェブサイトの収入源になるとか。コーラの逸話に近い。

このBrainPrime、インターネット業界の新しいビジネスモデルになるとのことで、すでに特許を取得したらしい。サブリミナル効果を応用して、広告サイトへ誘導する技術全般の特許を押さえたそうだ。

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それにしてもこのBrainPrime、2つの点で倫理的な問題を生みそうだ。

第一に、テレビなどでは禁じ手とされるサブリミナル効果をウェブの世界へ持ち込む点。
第二に、脳機能を高めるウェブサイトである点。
ドラッグのように、倫理的に問題になるのだろうか?一つの勉強法だし、なかなか線引きが難しいところではある。

今後、議論を巻き起こしそうだ。

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ちなみにこの研究、ごく最近、サイエンスに報告された論文と発想が似ていたため(以下参照)、一流の科学雑誌には掲載されなかったようだ。この論文は、4月1日発売の科学雑誌ジャーナル・オブ・フロード・サイエンス(年一回発行)に掲載された。


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文献
J Fraud Sci 2008 Apr 1; 4(1): 401
Positive social image unconsciously boosts memory performance.
Fool April.


Science. 2008 Mar 21;319(5870):1639.
Preparing and motivating behavior outside of awareness.
Aarts H, Custers R, Marien H.
(意識にのぼる)良い意味を持つ刺激が、意識にのぼらないプライミング刺激、しかもその内容によって効果が変わり、運動パフォーマンスがアップする、というホントの話。(ウソエントリーで「ホント」と書いても信用されないか!?)