12/30/2008

今年アクセスが多かったエントリー

今年アクセス(PV)が多かったエントリー、トップ10。

1.トレーニングと知能
2.統合失調症の新薬―LY2140023
3.意思決定の総説たち~Jouranl of Neuroscienceより
4.効率的な学び方
5.カンファレンス・プレビュー
6.個性豊かな抑制ニューロンのルーツを探る:パート1
7.睡眠不足、肥満、メタボ、そしてガン
8.個性豊かな抑制ニューロンのルーツを探る:パート2
9.研究者とニューロンの“生きるすべ”
10.意識の神経学

*昨年立てたエントリーもランクインしてます。


ちなみに、ワースト5は

1.歯医者へ行く2
2.ワイルド・プレーオフ
3.トレーニングでハンデ克服
4.ラットな研究者へのクリスマスプレゼント!?
5.日本語対応

ワースト3、4位は来年に期待するとして、それ以外は立てるだけ無駄だったということで。。。
2009年は気をつけます。。。

2008年、お付き合いいただきありがとうございました。
では、良いお歳を。

12/27/2008

トレーニングでハンデ克服

新着のネイチャー・ニューロサイエンスに掲載されたZhouとMerzenichたちの研究によると、生後の発達時期に(人工的に)起こした聴覚障害を、のちのトレーニングによって克服できることがわかった。

ラットを研究対象にしている。

これまでの研究から、生後のいわゆる臨界期の間に、特別な音環境でラットを育てると、聴覚機能が正常に発育しないことがわかっている。今回の研究では、その障害を受ける聴覚機能のうち、特に「時間処理」に注目している。

そして、トレーニングによってその障害を克服できるのか、行動レベル、神経活動レベルで調べている。

ちなみに、なぜ音の時間処理か?

例えばヒトの場合、音の速い変化を正確に処理できるかは、言葉の聞き取りに重要だから。ここでいう「時間処理」というのは、そういう音の速い時間的な変化、を処理すること。つまり、今回の研究は、動物の研究ではあるけども、研究者たちはヒトの言語処理も視野に入れた上で、研究を行っている。

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ラットのトレーニングは、約0.5秒の間に「クリック」音が何回なるか区別する課題。つまり、クリックのペース(周期・スピード)を区別する。

5種類の違うペースのうち、1つのペースのクリック音が鳴ったときにだけ、鼻を穴に入れれば報酬がもらえるようにトレーニングする。

すると、はじめはもちろん出来ないけど、トレーニングを何日も続けると、その課題ができるようになった。

次に、脳でどんな変化が起こっているか、ニューロンの活動を測って調べた。
すると、トレーニングしたラットの聴覚野のニューロン活動は、普通の環境で発育したラットのそれと同程度の音の時間処理能力があることがわかった。

発育障害のラットのニューロン活動は、通常、速い音の変化についていけなくなるけども、トレーニングによって、速い音の変化にもついていけるようになった。

また、この効果はすぐになくなるものではなく、トレーニングをやめても少なくとも2ヶ月は持続する変化だということもわかった。

ちなみに、音の処理には、音の周波数の処理も大事だけど、その能力には改善は見られず、トレーニングした時間処理能力だけが改善していた。つまり、トレーニングを他の機能に一般化することは、残念ながらというべきか、当然というべきか、おきなかった。

この研究では、生後まもなく起きた(起こした)聴覚機能の発育異常を、後のトレーニングによって、行動レベルだけでなく、ニューロンの活動レベルで正常に近いレベルまで回復できることを示したことになる。

同じ研究グループは10年以上前、ラトガーズ大Tallalのグループとの共同で、人、子供を対象に、聴覚トレーニングのために開発した「ゲーム」をすることで言語機能の発育の遅れを取り戻せそうだ、ということを報告している。(こちらこちら

今回の研究のポイントは、臨界期後でも、トレーニングによって正常の機能を取り戻せることをニューロン活動のレベルとして示した点か。

少々時期を逸しても脳は変化し続ける。

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参考文献
Nat Neurosci. 2009 Jan;12(1):26-28. Epub 2008 Dec 14.
Developmentally degraded cortical temporal processing restored by training.
Zhou X, Merzenich MM.

今回の論文、示しているデータといい論文の書き方といい、文句をつけようのない良い論文。

ラットな研究者へのクリスマスプレゼント!?

げっ歯類の研究に関わっていない人には、ラットもマウスも似たようなものかもしれない。
けど、実際に関わっている人からすると、それぞれのメリット・デメリットがある。

僕は電気生理実験をしては、ニューロン活動を測っている。
マウスで試みたこともあるけど、マウスはとにかく小さい。できるだけたくさんニューロン活動を計測したい場合、非常に難儀。

これに加え、何人かの研究者からの証言によると、
マウスはラットよりアホ
らしい。。。

確かに、落ち着きがなくて思慮に欠ける印象は受ける。

もちろん、
同じ観点で比べると
という条件付なのだろうけども、行動を通して脳機能を知りたいのに、ホントにマウスが「アホ」だとすると、研究の障壁になる。

僕が知る限り、げっ歯類の心理学研究は、マウスよりラットで知識が蓄積されてきたから、行動という点においてはラットに軍配が上がりそうである。

と、電気生理学や心理学というアプローチにおいては、ラットがベター。
(薬理学という意味でも歴史があるそうだけど、よくわからない。)

そんな「ラットな研究者」にとって、クリスマス・プレゼントになりそうな論文がCellに掲載されている。

念願のES細胞が取れ、まだ克服すべき技術的な壁がいくつかあるようだけども、キメラになる確率も高い、らしい。

特定の細胞だけで特定の時期に遺伝子を操作する、なんてことがラットでもできる日も近いかも。

参考文献
Cell. 2008 Dec 26;135(7):1299-1310.
Germline Competent Embryonic Stem Cells Derived from Rat Blastocysts.
Li P, Tong C, Mehrian-Shai R, Jia L, Wu N, Yan Y, Maxson RE, Schulze EN, Song H, Hsieh CL, Pera MF, Ying QL.

12/19/2008

自発的に繰り返される脳活動

脳に刺激が入ると、もちろん何らかの活動が起こる。一方で、刺激がなくても、脳は勝手に・自発的に活動している。例えば、目を瞑っても、寝ていても、夢を体験していなくても、視覚野は常に活動し続けている。

そんな「自発活動」を調べた研究の中で、2ヶ月前にYang Danたちが雑誌Neuronに報告した研究がおもしろい。

視覚刺激で視覚野を積極的に活動させた後の自発活動を調べてみたら、視覚刺激がなくても、まるで視覚刺激が来た時のような活動がしばらく続くことがわかった。

しかも、何回も刺激をするほど、その効果が続くこともわかった。

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研究では、電位感受性色素という脳の電気活動をモニターできる色素で脳を染めて、視覚刺激を呈示した時、その前後のラット視覚野の活動を広範囲に計測している。

この方法では、神経活動が視覚野をウェーブのように伝わっていく様子を2次元平面的にとらえることができる。スタジアムで起きるウェーブをヘリコプターか何かで上空から眺めるような感じ。いろんなウェーブが巻き起こる。

研究では、そのウェーブがどのように伝わるか、その軌跡をシンプルな方法で調べた。すると、視覚刺激を呈示した後しばらく、視覚刺激が入った時の活動軌跡と似た軌跡を描く自発活動がたくさん発生することがわかった。

しかも、視覚刺激が単純な刺激でも自然な刺激でもこの現象は起き、刺激が違えばそれに応じて自発活動の軌跡も変化し、たくさん刺激すればより長い間似た自発活動が発生する、ことがわかった。

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これまで自発活動に関しては、たくさん研究がある。

その中で面白いのは、例えば、視覚応答の時にだけ見られると信じられていた脳活動の特徴が、放っておいても視覚野で勝手に現れたりする

感覚情報を伝える視床からの入力を電気刺激でシミュレーションして、その結果起こる大脳皮質(その第4層)の活動パターンと、自発活動の活動パターンを比べてみると、実は区別がつかなかったりする

とにかく、自発活動が、実際に感覚刺激で起こる活動パターンを「再生」しているような時がある。

今回の研究のポイントはというと、その「再生」が視覚刺激を与えた後、ホンの少しの間だけ(数分)起きやすくなることを明らかにした、しかも、それは刺激をたくさん与えたほど長い間現れる、という点だと思われる。

しかも、今回の研究は麻酔下のラットで行われた、という点も注目か。

自発活動のバラエティーが(たぶん)少ない、にもかかわらずというべきか、だからなのか(見つけやすかったのか)、はよくわからない。とにかく、今後の研究を待ちたいところ。(ひょっとしたら、別の麻酔を使ったり覚醒中に同じ実験をやると、ゴチャゴチャして現象をきれいにとらえられないかもしれない。)

ちなみに、これと似たことをさらに踏み込んで示していると思われるのは、昨年報告されたJiたちの話。海馬の活動との関係を明らかにしている点、ラットが課題をやった後に寝たら「再生」がたくさん起こったことを示した点、で個人的にはよりインパクトがあると思っている。(その意味では、今回の論文、論文としての完成度は非常に高品位で学ぶべきことはあるけれど、コンセプト的にはそれほど新しくない、という批判もできなくもない。しかも麻酔条件だけのデータだし。)

さらに、今回の研究、Yang Danの旦那さんであるPooさんが最近ネイチャーに出したとも似ている。その論文では、刺激のリズムと同じリズムで「再生」が起きて、しかも行動的にも意味がある、的なことを示していたように思う(間違ってるかも)。

インサイダー取引的に、外部からは知りえない情報交換が密に交わされ、同時期に、異なる実験モデル、異なる計測方法で似た現象を見つけ、一流紙に仲良く発表したことになる。。。

それはともかく、
この分野、地味というか、セクシーでないというか、一見重要性がわかりにくい分野かもしれない。けれど、そもそも脳はいったいどう活動しているか?という問題を深く考えていく上では、非常に重要な研究テーマである。

脳は発生過程から勝手に活動するようにできている。
「脳が活性化する」とはよくいうが、その意味をしっかり考えた方が良い。

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文献情報

Neuron. 2008 Oct 23;60(2):321-7.
Reverberation of recent visual experience in spontaneous cortical waves.
Han F, Caporale N, Dan Y.

12/06/2008

伝染する幸せ

アメリカでは、11月だけで50万人以上が職を失って、失業率が6.7%にもなったらしい(記事)。一方、それを反映してか、最近「幸せ関連ビジネス」が盛り上がっているらしい(記事)。

その幸せ(happiness)に関連して、BMJという医学雑誌に報告された研究によると、人の幸福感は、「友達の友達の友達」の幸福感とも関係があって、配偶者よりお隣さんの幸福感の方が、自分の幸福感に重要かもしれない。

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「幸せ」については、経済学・心理学・神経科学など、いろいろな研究分野から取り組まれている。感情が人から人へ伝わることを調べた研究もあるらしいけど、幸せと社会コミュニティー全体との関係、特に「幸せ」がコミュニティーの中でどう広がるのか、よくわかっていなかった。

今回の研究では、Framingham(ボストンの近く)に住む5000人以上の、1948年からスタートした追跡調査を調べている。

特に、その追跡調査のデータから、幸福感について調査し始めた1983年から2003年までの20年間、4739人のデータを詳しく調べている。

調べたことは、住人同士の社会的な関係と個々人の幸福感との関係、そしてその時間的な変化。

例えば、AさんとBさんがいたら、それぞれの幸福感と、AさんとBさんの社会的なつながりを追跡調査のデータから掘り起こす。それを、4739人、20年間分のデータを調べて、コミュニティー全体の傾向を調べることになる。

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この研究からわかったことは、
1.幸せな人たちは幸せな人たち同士でつながっている傾向がある。
2.最大「3度の隔たり」までの人(友達の友達の友達)が幸せだと、自分も幸せである傾向が高い。
3.周りの友人が幸せだと、幸せになりやすい。
4.配偶者や親戚よりも、物理的に近くに住んでいる友人が幸せだと、自分も幸せになる傾向がある。
5.職場仲間が幸せだからといって、自分も幸せになるわけではない。
といったことがわかってきた。

このことから、論文の著者たちは、幸せは社会ネットワークとしての現象でもあり、人々の幸福感はその知人の幸福感に依存する、と結論付けている。

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ちなみに、幸福感をどのように測ったかというと、CES-Dというアンケートの中から幸福感につながる以下の4つの質問:
・将来に希望を感じる。
・幸せだ。
・人生を楽しんでいる。
・他の人と同じくらい調子が良い。
その回答結果に基づいているようだ。

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もちろん今回の研究からは、いわゆる「相関関係」しかわからず、「因果関係」はわからない。だから、何が原因で幸せが伝染したのか、現時点ではいろんな可能性が考えられそう。それに、もしかしたらFraminghamというところだけの現象だった可能性もある。

つまり、追試、より慎重で詳しい解析が必要だろう。

ただ、職場の同僚の幸福感が、自分のそれにあまり寄与しないといった結果は、何となくリアルを反映しているようにも思える。。。

とにかく、今後の研究に注目したい。

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ちなみに、ニューヨークタイムズに、この論文を詳しく紹介したすばらしい記事が出ている。

その記事ではあのDaniel Kahnemanまでわざわざコメントを寄せていて、とにかく超充実の記事となっている。

その記事にもあるが、今回の研究をうけて、もし不幸な知人がいたらその人との縁を切った方が良い、などと解釈するのは誤り。

むしろ、幸せの運び屋としての責任を誰もが持っている、と解釈すべきなのだろう。

ただし、だからと言って、なりふり構わず誰にでも笑顔を振りまくのは「危険」、とも論文著者の一人がインタビューで答えている。。。

実際の記事は以下の通り:

This now makes me feel so much more responsible that I know that if I come home in a bad mood I’m not only affecting my wife and son but my son’s best friend or my wife’s mother,” Professor Fowler said. When heading home, “ I now intentionally put on my favorite song.”

Still, he said, “ We are not giving you the advice to start smiling at everyone you meet in New York. That would be dangerous.”

友人に幸せを伝えるだけで十分なのだろう。

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参考文献&情報

BMJ. 2008 Dec 4;337:a2338. doi: 10.1136/bmj.a2338.
Dynamic spread of happiness in a large social network: longitudinal analysis over 20 years in the Framingham Heart Study.
Fowler JH, Christakis NA.

実は、同じ号で発表された別の論文では、にきび、頭痛、身長が社会ネットワークと関係があるか、つまり伝染するか調べている。

その結果、一見伝染しているようにみえるけど、環境要因を加味すると伝染していない、ということがわかった。

社会ネットワーク研究の警鐘ともとれる。
ネガティブな結果ではあるけれども、科学という点ではこちらも注目か。

大脳皮質の中のモチーフ

1年以上前、日本神経回路学会誌に解説記事を書かせてもらった。
その抄録全文PDFが公開されていることに気がついた。
(金銭上の都合で別刷りを買わ(え)なかったので、実は、最終的にどんな形で出版されていたのか知らんかった。。。)

扱っているテーマは、
ネットワーク科学を応用した、大脳皮質回路(マクロレベル)の構造解析。

日本にいた時の仕事であるこちらこちら、そしてその周辺分野について、自分の知識内でまとめている。

少なくとも、このブログよりは気合いを入れて書いたので(当たり前か?)、それなりの情報は詰め込まれているのではないかと思われる。

気合空回りで書き過ぎのところや、途中のテクニカルな部分(モチーフ検出法)、脳と社会ネットワークとの比較の部分、などは読み飛ばしてもらっても、後半はそれなりに面白い問題・課題をいくつか指摘しているのではないかと、今読み返しても思う。

書いて1年経ってもほとんど進展していない問題もある。それは、重要なのだけども難しい問題と思うか、それとも、誰もケアしないどうでもよい問題と思うかは、読み手に依存する。

たくさん文献を引用するように心がけたので、情報源から自分なりに問題を考えるのにも使える。

と、生意気こいてますが、実はこの解説記事、いわゆるピアレビューを経ずに出版されているので、間違った解釈をいろいろしている可能性があります。

プロの方や興味を持たれた方と、メールなどでも何でも良いので、いろいろ意見交換が出来ればなぁと思っています。

とにかく読んでください!

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参考情報

<文献情報>
坂田 秀三: (2007) 大脳皮質の中のモチーフ : 計算論的神経解剖学とネットワーク科学の接点
日本神経回路学会誌, Vol. 14, No. 3, pp.205-217 .

The Brain & Neural Networks (Journal of Japanese Neural Network Society) 14 (3), 205-217, 2007
Motifs in the cerebral cortex: Links between computational neuroanatomy and network science.
Sakata S.


<この記事に関連したブログエントリー(旧ブログより)>
書き物
ヒトの脳内ネットワークをグーグル的に調べ尽くすには?
脳内環境問題
ネットワークモチーフ
大脳皮質の中の階層性~Hilgetag et al. Science 1996~
コミュニティーの運命を決めるルール
脳と人間関係のアナロジーを考える

<おまけ>
解説記事の冒頭に引用文がある。

There are three departments of architecture: . . . All these must be built with due reference to durability, convenience, and beauty.
- Marcus Vitruvius Pollio


これは、神経系関連の本からパクったのではなく、手さぐり的にググってたどり着いた文章。(だから、見るけるのに意外と時間がかかっている)

引用した意図は、durabilityがロバストネス、convenienceが高い機能性、beautyが規則性を持った構造、をそれぞれ連想させて、一目惚れした文章。

ちなみに、このMarcus Vitruvius Pollioという人は紀元前の人らしく、現存する最古の建築理論書らしいDe Architecturaを書いたとのこと。その本の英訳が、正確な場所は忘れたけど、ウェブ上にあって、そこから拝借した。

オリジナルの前後文脈を全然理解せずに引用しているので、とんでもない誤解をしているかもしれないけれど、、、