7/25/2009

スケール・フリー・ネットワーク報告から10年

ネットワークの中で、各ノードの持つエッジ数の確率分布がべき乗則に従うスケールフリーネットワーク(scale-free network)。

スケールフリーネットワークに関するBarabasiたちの論文が報告されて10年。
その論文では、異なると思われていたネットワークたちは、実はこのスケールフリーという共通性を持つことがわかり、このスケールフリーネットワークがどのように出来上がるかそのモデルも示された。

そんな論文の発表10年を記念(?)して、サイエンスでは特集が組まれている。

特集の概略に続いて、Barabasi自身が記事を寄せている。
非常に読みやすい記事で、スケールフリーネットワークの論文がどのような文脈で発表されたか、その後の発展、そして将来展望がまとめられている。

トポロジーだけでなく、やはりシステムとしての振る舞いが重要問題ということで、後半はそれについて触れられている。彼自身は、分野を超えた法則性があるのではないか、と信じているようだ。

そして、そのようなブレークスルーが次の10年くらいで訪れるか?ということに関しては、「おそらく(perhaps)」と見ていて、彼自身が最近取り組んでいる分野でそのブレークスルーが起こると思っているようだ。

いろんな流行的なことが起こったけども、ますますはっきりしてきたことは:

Interconnectivity is so fundamental to the behavior of complex systems that networks are here to stay.
と最後に結んでいる。

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つぶやき

途中、コネクトームという言葉が出てきたりはしているが、神経科学は何となく蚊帳の外という印象を受けた。。。(Bullmore とSpornsの総説の紹介はあるが)

そもそもデータを集めるという部分が他の分野に比べて大きな(狭い?)ボトルネックになってるのではないか。

将来、「脳も他の分野で10年前にわかったことと同じでした」というのはなんか癪に障るから別の問題で勝負(?)しないといけないのかも。。。といって、interconnectivityを調べないと先に進める気はしないわけで。。。研究ツールもあって、多くの優秀な人たちが取り組んできたのに、ネットワーク、という点では現状がこれということは、それだけ脳はひどく複雑ということなのか。。。

それだけ、やりがいのある分野でもある、ということで。

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参考情報

Science. 2009 Jul 24;325(5939):412-413.
Scale-Free Networks: A Decade and Beyond.
Barabási AL.
今回紹介した記事。

<関連書籍>
Barabasiが書いた啓蒙書
新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く
最新の研究をフォローするにはもはや古典になっているかもしれませんが、すばらしく良い本です。彼らがどういう経緯で10年前のサイエンス論文の発表に至ったかなども物語風に書かれていて、自然科学の読み物としても逸品。

Dynamical Processes on Complex Networks
バラバシではないですが、今回の特集から存在を知って、早速アマゾンで注文(なので激しく未読)。いくつかの特集記事で引用されているので、プロが推薦する本だと思われます。

<今回の特集>
ちなみに、今回の特集のButtsという人の記事では、ネットワーク解析での心構えとして、ネットワークとは、ノードとは、エッジとは、時間スケールは、という問題について例を挙げながら導入的なことを説明している。

神経生理学で考えると、解剖学のデータがないとエッジの定義がどうしても難しくなり、ボトルネックとなっている。その意味でもコネクトームは大事なステップだと思われるが、その後、コネクトームとネットワークの振舞いを結びつけるのにも、実際上たくさん壁がありそう。。。

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導入部分しか読んでませんが、Schweitzerという人たちは、いわばネットワーク経済学(そういう分野があるか知りませんが)について書いていて面白そう。

Vespignaiという人の記事は、上述したBarabasiたちが希望を見出している分野に関する記事。読みましたが、わかりやすく書かれていて、この分野の最新論文・トピックの情報源としては良いと思われる。

という感じで、この10年間でこの研究分野だけでない他の発展・発達・危機なども絡まって、とんでもなく広い分野になっている模様。

update:
この記事では、ネットワークというよりもっと広く複雑系研究に関する記事で、経済、渋滞、伝染などよりリアルワールドと直結する研究分野について紹介されていて面白い。この記事のライターへのインタビューがpodcastとしてあり。

7/11/2009

逆引き統計学

「逆」引き統計学―実践統計テスト100
Gopal K. Kanji (原著), 池谷 裕二 (翻訳), 久我 奈穂子 (翻訳), 田栗 正章 (翻訳)

この本は、100 Statistical Testsという100の統計検定法が収められた、とてもとても実践的な本の訳本である。

訳者の一人である池谷さんは訳者序文でこう書かれている:

「一般に、統計の本は難解な専門書か、あるいは逆に、初心者向けの教科書がほとんどで、大多数の人が期待するような実践的で“使える”解説書はほぼ皆無でした。」

「この本は教科書ではありません。専門書でもありません。」

「実践現場で統計学検定が必要になってから、それに相応しいテスト法を探すという、いわゆる「逆引き」としての活用法が、本書の最大の特徴です。」


例えば、
1.統計の基礎知識をある程度身につけてはいる。
2.普段、統計テストを行うことがある。
3.手持ちのデータでどの統計テストを行うべきかわからないことがある。
そういう人にはピッタリの本である。

また、
1.初心者向けの教科書すらまともに読んだことない。
2.いまさら、読んでる暇もない。
3.とにかく今あるデータから統計的な結論を引き出せ、と上司にプレッシャーをかけられている。
そういう人にもお薦めできるかもしれない(危険だが)。
なぜなら、この本の冒頭にある訳者序文と「統計的検定について」という導入部分をしっかり理解した上で、100のテストから適切な統計テストを探しだし、それを行えば良いから。

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この本ではまず、「統計的検定について」で統計テストの心得が説明され、「検定の分類」というすばらしい表が用意されている。

そのテーブルでは、いわば統計テスト早見表である。

手持ちのデータの性質と、テストしたい統計量をもとに、どの統計テストが候補になるか探し当てられる。(「手持ちのデータの性質」とは、正規分布に従うのか、標本はいくつかといったこと、「テストしたい統計量」とは、例えば平均値や分散などのことである。)

それ以降のページは、ひたすら100の統計テストが紹介されている。こんな方法もあるのか、と驚くくらいたくさんある。一生使わんぞ、というテストまで網羅されている。

各統計テストの説明では、テストの目的、制約、方法、そして用例と、非常にわかりやすい構成になっている。

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この本は全て読む必要はない。本棚か手元に置いておくだけで良い。

早見表の使い方さえ理解すれば、必要な時に本棚から取り出し、早見表で必要な統計テストを探し当て、テストの性質・方法を学び、必要によってはgooglebing両方にセカンドオピニオンを聞いて、統計テストを行えば良い。

とにかく、これ以上実践的な参考書はない。

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コンピューターの性能が向上して、新しい統計テストもよく使われるようになってきた。この本ではそのような新しい統計テストまでは網羅されていない。例えば、ブートストラップクロス・ヴァリデーションといったリサンプリングの統計技法を、ここでは意識して言っている。

しかし、この本に網羅されている統計テストで事足りることが実際の現場では多いわけで、この本はこれからも有用であるのは間違いないだろう。

訳は久我奈穂子さんが担当されたそうで、これだけの質と量の仕事をこなされたのはただただ驚きで、さらに修士課程の学生さんというのだから、世の中には池谷さん以外にもすごい人がたくさんいてるわけである。。。

ちなみに、僕はボスに教えてもらって100 statistical testsを数年前に買った。つまりは、物理系出身の人も推薦する本でもある。

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参考情報

池谷さんのホームページにさらに詳しい紹介があります。


7/01/2009

ミュージカル・マインド

火曜日の夜、Musical Mindsというテレビ番組がPBSというチャンネルで放映された。

オリバーサックスが少し前に出版したMusicophiliaをモチーフにした番組。生きていく上で、音楽と脳がとても特別な関係になっている4人のエピソードを紹介する内容。

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一人目は、盲目でサバンの青年。ピアノの演奏に天才的な才能を発揮している。

二人目は、トゥレットシンドローム(Tourette syndrome)に苦しむ青年。不随意的におこる運動のおかげで、コミュニケーションも途切れ途切れになるけど、その人はドラムを演奏しだすとその不随意運動を抑えられる。

三人目は、いわゆるアミュージア(amusia)で音楽の知覚に障害のある女性。

そして四人目は、落雷によって音楽の才能が突然目覚めた中年男性。

各エピソードの途中、オリバーサックス自身のエピソードを交えたインタビューや、彼が音楽を聴いた時の脳活動(fMRI画像)の話なども盛り込まれた1時間の番組だった。
(*オリバーサックスがベートーベンとバッハを聴いている時の脳活動の話もあって、それはちょっと胡散臭かったけど。。。)

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紹介された4人のエピソード、どれも興味深かった。

観た後の感想・疑問を少し:

まず一人目のエピソードでは、視覚野が他の感覚刺激でも強く応答するようになる、という説明はよくある説明としては良いとして、驚異的なワーキングメモリーやジャズ演奏に必要なアドリブ力との関係はもう一つスッキリしない。そもそもどう音楽やピアノの鍵盤を感じているのか、その本人以外誰も知りようがないようにも思えた。

二人目のエピソードは、正常な運動制御を考える上で、非常に重要な洞察を提供しているようにも思えた。途中出たAwakeningsレナードの朝)のエピソードとも少し関連付けるような番組構成だったと記憶しているが、非常に興味深かった。

三人目のエピソードは、やはりメカニズムというか、何が機能しないと音楽の知覚ができないのか(普通の会話は正常なのに)、音楽という入力をどう処理しているのか、素朴な疑問として抱いた。FOXP2みたいな遺伝子がアミュージアの原因の一部を説明したりするのだろうか?

四人目のエピソードは、オリバーサックスも言っていたように、わけがわからん。。。
落雷によって脳がしばらく異常なくらい過活動か何かおこって、新しい回路がたくさんできて(もしくはなくなって)、文字通り眠っていた「脳力」が明示的になったのか。それとも。。。
最近注目を浴びている脳刺激で可塑性を起こすような話ともリンクするような気もした。

とにかく、オリバーサックスのMusicophiliaを買いたいと思わせるには十分すぎるくらい興味深い番組でした。

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関連情報

ニューヨークタイムズでの番組プレビュー
The Frontal Cortexでのプレビュー記事