10/27/2007

心トレ:パート2

前回パート1は、長年瞑想に取り組んだ仏教徒の脳活動の話だった。
今回は、瞑想に取り組むとどんな「脳力」に変化が起こるか?という話。

瞑想には、高い集中力が必要だからか、やはり集中力に関連したパフォーマンスが向上するようだ。

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2つ研究を紹介する。どちらの研究も、一流と言える科学雑誌に掲載されている。(念のため)

初めの研究では、チベット仏教の僧を対象にしている。長年の瞑想トレーニングが、知覚の安定化に貢献していることがわかった。

後半の研究では、普通の人が3ヶ月じっくり瞑想トレーニングに取り組むと、注意に関連したパフォーマンスと脳活動に変化が起こることがわかってきた。

どういう内容か、もう少し詳しく見てみる。

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瞑想と知覚の安定度

初めに紹介する研究では、ダライラマのサポートを得て、計76人の僧が研究に参加している。そして、僧の知覚体験の変化を調べたところ、「知覚の安定度」が違うことがわかった。瞑想しているかどうか、どんな瞑想をしているかによってその安定度が違うこと、そして、一般人と比べても安定度が違うことがわかった。

さらに詳しく。

研究では、英語でbinocular rivalrymotion-induced blindnessと呼ばれる二つの現象に注目している。

前者は、日本語で両眼視野闘争と呼ばれる。以下BRと略。
右目、左目に全く違う映像を見せる。すると、その左右の目から入力された情報が脳のどこかでまるでバトル(闘争)を繰り広げているように、左優勢、右優勢、あるいは左右が混ざった映像として視覚体験が起こる。しかも、その「戦況」が変化し続ける。

英語だが、こちらにサンプルがある。
例えば、左の「
Predominance」をクリックするとサンプル画像が並んでいるページへ移る。そのサンプルで、左右の視線を平行か交差させて、「ステレオ視」すると、BRを体験できる。

(もしステレオグラムを知らない場合は、こちらを。)

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後者のmotion-induced blindness(以下MIBと略)も、良い例web上で見つかる。このMIBでは、動かないはっきりした点が、動く背景画像によって消されてしまう。

リンク先では、三角形の3つの頂点、そしてその重心に点がある。合計4つ点がある。やることは、その重心を見つめ続けるだけ。その背景に格子状の模様があって、それが重心を中心にグルグル回り続ける。重心を見つめ続けると、三角形の頂点の点が突然消えたり現れたりする。実際はあるのに、見えなくなってしまう。

どちらの現象も注意と知覚体験に関連性があると言われている。
長い瞑想によって、集中力に変化が起こったら、この現象の知覚体験にも変化があるのではないか?というのが、研究の狙い。


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BRを使ってわかったことは、瞑想と言っても、瞑想の種類によって「戦況」の安定度が違う、ということ。いわゆる慈悲の瞑想(論文ではcompassion)と、呼吸などの何かの対象に集中する瞑想(論文ではone-point)のどちらかをやっている時の知覚変化を調べている。知覚変化は、ボタンを押すか、口頭で伝えるように僧に伝えておく。

すると、一点集中型の瞑想時にBRの知覚がより安定していることがわかった。つまり、僧が一点集中型の瞑想をしている時は、一旦左右の優勢が決まるとなかなか変化しない、ということになる。

さらに、もう一つの現象MIBを使った研究では、動かない点がどれくらいの間消え続けるかを調べている。一般人と僧のパフォーマンスを比べたところ、僧で「消失時間」が長いことがわかった。

この消失は、以前の研究で注意と関連することがうたわれているので、僧はやはり集中力が高く、知覚がなかなか揺らがないことを裏付けているのかもしれない。

ちなみに、ある一人の僧は何と12分も点が消失し続けたそうだ。このイリュージョンを体験してみるとわかるが、まさに超人的な現象と言えそう。その僧がウソをついていないなら。

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瞑想と脳力

次に紹介する研究では、普通の人が対象になる。1日10-12時間という瞑想トレーニングを3ヶ月続けた人は、脳の処理能力、処理の仕方に変化が起こることがわかってきた。

もっと詳しく見てみる。

研究では、そんな激しい瞑想トレーニングを3ヶ月行った人と、1日20分の瞑想トレーニングを1週間だけ行った人を比べている。前者を「激練組」、後者を「素人組」とでも呼ぶことにする。

研究で注目したのはやはり注意に関連した現象。attentional blinkと呼ばれる現象。文字通り、注意が「瞬き」をするような現象。こちらこちらにデモがある。

高速で画像を次々と見せて、その中に2枚「ターゲット画像」を挟んでおく。例えば、アルファベットの画像たちに、ターゲット画像として数字の画像が2枚混ぜておく。それを高速で見せて、ターゲットの数字の画像を見つけてもらう。(トランプを2枚だけ裏返しにして、それを高速でめくっていく感じに近いか?)

すると、その2枚のターゲットが短いインターバルで表示されると、1枚目に気づいても2枚目に気づかないことがある。

まず、1枚目のターゲットに注意が向く。注意が瞬きをしている間に表示された2枚目に注意を向けることができず、表示されたことに気づかない、とでも解釈したら良いか。

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この研究では、そんな注意が瞬きをする
attentional blinkの課題を、「激練組」と「素人組」にやってもらって、そのパフォーマンスと脳活動を調べている。さらにこの研究のしっかりしているところは、瞑想トレーニングの前後のパフォーマンスと脳活動も調べている点。つまり、同一人物の変化も調べている。この点は非常に重要。

ここでのパフォーマンスとは、2枚のターゲット画像を見つけられたかどうか。
attentional blinkの課題のパフォーマンスを調べたら2つのことがわかった。

第一に、瞑想トレーニングそのものの効果。瞑想トレーニング期間の前後で、パフォーマンスを比べてみると、「激練組」も「素人組」も共にパフォーマンスが向上。

もう一つは、瞑想トレーニングの量の違いとパフォーマンスの違い。瞑想トレーニング後のパフォーマンスは、「劇練組」の方が「素人組」より良いことがわかった。

さらに、脳活動を脳波として計ってみると、「劇練組」の脳活動がトレーニング前後で違うことがわかった。どう違うかというと、1枚目のターゲット画像が表示されてから0.5秒前後に起こる脳活動の成分が、瞑想トレーニング後に減っていることがわかった。頭頂連合野近くの活動が違っていた。しかも、その減り方大きいほど、2枚のターゲット画像に気づく傾向が高かった。さらに、その活動が減る成分は、2枚目がいつ表示されようが、1枚目のターゲットが表示された後に見られる成分だということがわかった。

つまり、瞑想トレーニング前は、1枚目のターゲットが表示された0.5秒後くらいに、大きな脳活動が引き起こされ、2枚目を処理するためのリソースが少なくなってしまう。結果として、2枚目に気づかない。けれども、瞑想トレーニングによって、1枚目の処理に使うリソースが減ることで、2枚目に気づく余裕ができる、という解釈が成り立ちそうだ。

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心トレと脳力

瞑想をやると、確かに集中力、注意に関連した脳力がアップするのは確かなようだ。

後半の研究では、脳活動の変化としてその根拠を与えている。一日10時間以上の瞑想を3ヶ月続ける、というのは非現実的だが、「素人組」では、1日20分の瞑想を1週間行っただけでも、注意に関連したパフォーマンスは確かに向上している。

一方、その研究の「劇練組」は、3ヶ月の修行に取り組む前、何らかの瞑想を経験した人ばかりらしい。しかし、なぜかはわからないが、瞑想トレーニング前のパフォーマンスは、「熟練組」と「素人組」で違いはなかった。ということは、中途半端なトレーニングは、何の効果も期待できないということにもなるかもしれない。

今後は、どれくらいトレーニングすれば脳活動として大きな変化が見られるのか、トレーニングをやめてもどれくらいその効果が続くのか、実験室で行われるテストではなく、日常生活・仕事上でどれくらい御利益があるのか、これらの点は今後の研究課題か。

気をつけなければいけないのは、今回の研究で、注意、集中力を調べるために使ったテスト(BR, MIBなど)はあくまでもテストで、それ自体が脳力アップにつながる保証はどこにもないということ。なので、例えば、「両眼視野闘争ゲーム」は心トレとして使える、と思うのは、現時点ではNG

日本の瞑想といえば禅。
禅では、調身・調息・調心を合言葉に、正しい坐り方で薄目を開け、深呼吸しながらそれに集中する(仏教の種類によって違うか?)。我流はまずいかもしれないが、毎日静かな環境で、心のトレーニングを少しずつ行えば、ひょっとしたら脳の効率性、仕事の効率性が上がるのかも??

とにかく、瞑想と科学の接点がホンの少し見えてきた。

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参考文献

今回紹介した論文
Curr Biol. 2005 Jun 7;15(11):R412-3.
Meditation alters perceptual rivalry in Tibetan Buddhist monks.
Carter OL, Presti DE, Callistemon C, Ungerer Y, Liu GB, Pettigrew JD.

前半で紹介した僧を対象にした研究。

PLoS Biol. 2007 Jun;5(6):e138.
Mental training affects distribution of limited brain resources.
Slagter HA, Lutz A, Greischar LL, Francis AD, Nieuwenhuis S, Davis JM, Davidson RJ.

後半紹介した研究。前回も登場したDavidsonたちの研究。

motion-induced blindnessについて
Nature. 2001 Jun 14;411(6839):798-801.
Motion-induced blindness in normal observers.
Bonneh YS, Cooperman A, Sagi D.

この論文で初めて報告された現象。こちらに詳しいデモが用意されている。

ごく最近の関連文献
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Oct 23;104(43):17152-6. Epub 2007 Oct 11.
Short-term meditation training improves attention and self-regulation.
Tang YY, Ma Y, Wang J, Fan Y, Feng S, Lu Q, Yu Q, Sui D, Rothbart MK, Fan M, Posner MI.

中国式心トレとも言えるIBMTを、1日20分5日だけやってもらう。すると、注意や感情を評価する指標が改善、さらにはストレスや免疫に関連した物質の血中濃度も変化することがわかった。ただし、論文中で主張している差がどれくらい意味のある差なのか、微妙な気もする。統計的に意味があると主張すること自体は問題ないけど。ちなみに、このIBMTには指導者の役割が重要らしく、我流で、というわけにはいかないようだ。

10/20/2007

心トレ:パート1


先日、ダライ・ラマ14世がブッシュから賞をもらって話題になった。

実は最近、マンハッタンのラジオ・シティー・ミュージックホールで講演会を開催していたそうで、ニューヨークタイムズ紙によると、このほかにもこっそりマンハッタンを訪問しているとか。

実は、ダライ・ラマは、脳科学にも絡んでいる。
今回はそれをネタのきっかけにしてみる。

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神経科学者の自分にとって、最も記憶に残っているダライ・ラマ関連の出来事は、おそらく2年前、ワシントンDCで開催された学会の講演会。チベット仏教のトップが、アメリカの神経科学学会に登場した。なかなかすごいことだ。

少し調べてみると、実は、その前から神経科学者と絡んでいることがわかる。

4年前のサイエンスに掲載された記事によると、MITで開催されたミーティングで、ダライラマが登場している。そのミーティングでは、神経科学者とダライラマを含む仏教徒が参加して、今後の「心の科学」について議論を繰り広げたようだ。

この記事でも少し紹介があるが、少なくともこの頃から、仏教、瞑想(meditation)が超まじめな研究対象になりつつある。

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ということで、瞑想と脳の関係を調べた研究をいくつかピックアップしてみる。

仏教の修行僧と普通の人の脳の働き方はどう違うのか?
普通の人が瞑想に取り組むと、どんなメリット(御利益)がありそうか?

そんな問題に取り組んだ科学的な研究が、いくつか見つかる。
今回は、前者の修行僧の脳に関する話。

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修行僧の脳活動~高まるガンマ波

瞑想のベテランの脳活動を凡人と比較しよう、という研究がある。
Richard J Davidsonの研究グループが、2004年2007年に論文を発表している。

いきなり横道にそれるが、このグループにMatthieu Ricardが共同研究者として参加している。実はこの人、上のサイエンスの記事によると、分子生物学で博士号を取った後、「出家」。その後チベット仏教徒になったそうだ。つまり、仏教徒と神経科学者(Davidson)の強力なリンクとなっている。

「余剰」な博士号取得者を抱えている昨今、研究者をやめて出家したり、全く別の業界へ進路を変える人が増えるのは、実は、数十年後に全く新しい科学とリンクができる種になったりするのかもしれない。。。大きく脱線。

話を戻す。

そのDavidsonたちの2004年の論文では、瞑想中の修行僧から脳波を計測している(宗教家がヘッドギアをつけている様子をイメージすれば良い?)。すると、瞑想中、凡人より強いガンマ波が観察されたそうだ。

研究では、1週間だけ瞑想トレーニングを行った一般人とガンマ波を比較している。ちなみに、修行僧の強いガンマ波は、前頭葉と頭頂葉で観察された。さらに、瞑想の修行期間が長いほど、そのガンマ波が高まることも明らかにしている。

一般的に、ガンマ波は、寝てる時でも多少発生する脳のリズムだが、特に、注意、知覚など、いわゆる脳が高度なことをやっている時に強く発生すると考えられている。そんなガンマ波が、修行僧では瞑想と同時に強く発生しているようだ。そして、修行を重ねるほど、そのガンマ波は強くなる。

修行僧は、瞑想中、高レベルの集中ができていて、それに合わせて強いガンマ波が出ている、と理解すればよいか。

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修行僧の脳活動~修行による省エネ化と不動心??

最近発表された2007年の論文では、MRIを使って脳活動を計測している。

まず、修行僧と瞑想未経験者との脳活動を比較している。これは上の研究と近い。

さらに、もう一グループの一般人の脳活動も調べている。そのグループでは、特定の脳領域を活動させることができた人、その上位者には賞金が与えられる。瞑想中のモチベーションを高めるためらしい。(修行僧のモチベーションとは全然違いそうだが。。。)

そんな3つのグループで瞑想中の脳活動を調べると、集中力を維持する時に活動するとされる脳の場所のうち、一部の活動が修行僧で高まっていることがわかった。面白いのは、修行僧を、修行期間の長さによって、「熟練者」と「未熟者」に分けて調べたときの結果。意外にも、熟練者の脳活動は、凡人のそれに近いことがわかったようだ。

つまり、集中力維持に関わる脳の活性度と、瞑想の修行時間との関係の変化は、逆U字型になる。修行時間と共に、活性度が上がって、下がる、ということになる。

もっと噛み砕くとこう(*正確な表現に欠けています。)、

修行フェーズ1:はじめ、なかなか脳を活性化できない。集中できない。
修行フェーズ2:脳が活性化する。集中力も高まる。
修行フェーズ3:無駄な労力(脳活動)を省いて集中力を維持できる。

この研究ではさらに、瞑想中に、音を鳴らして、脳がどう反応するかも調べている。結果は込み入っているが、扁桃体の反応だけ取り上げてみる。扁桃体は不安・恐怖などどちらかというと負の感情と密接に絡む場所。

不安をあおる音を鳴らした時の扁桃体の活動は、修行僧の方が一般人より低いことがわかった。さらに、修行期間が長いほど活動しなくなるようだ。特に、右半球の扁桃体でその傾向が見つかった。

解釈は難しいが、例えば、扁桃体は学習にも関わるので、修行が足りない人ほど活動した、という解釈は一応矛盾はしない。

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研究の問題点

この二つの研究、いろんな問題を抱えていて、荒削りな感じ。なので、どこまで信用して良いかは、今後の研究を待たないといけない。

例えば、修行時間と脳活動との関係を調べたデータ。
修行時間が長いということは、それだけ高齢ということにもなりそう。
とすると、修行時間が長いと、どこどこの脳活動がどうこう、というデータ、ひょっとしたら、単に加齢による脳活動の変化でしかない、という可能性もある。その可能性を全く排除できていない。

他には、どの(誰の)脳活動と比較すべきか、という問題もありそうだ。
長年修行を続けた人は、一般人とは全く違う環境で生活してきたわけで、年齢をそろえて比較すれば良い、という単純な話ではないかもしれない。特に
MRIで計測している信号は、血流の変化と直接的には結びつくだろうから、長年の食文化の違いなど、粗を探せばきりがない気もする。

今後は、そういった問題もクリアしながら、何が本当で何が間違っているか、はっきりさせていく必要がありそうだ。

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二つの論文から学ぶこと

最後に、結果を真に受けて、少し想像力を働かせて考えてみる。

上の二つの研究では、脳波計測、MRIという異なる方法を採用している。

今仮に、脳波は、神経細胞たちのリズム・協調性を反映していると考えてみる。
一方、
MRIで計っている脳活動は、脳の何らかのエネルギー消費量を反映していると考えてみる。

前者の2004年の研究では、「悟り」に近い(修行時間が長い)程、高いガンマ波が見れ、後者の研究では、エネルギー消費量はむしろ少ないという結果を得ている。脳は活動するほどエネルギーを消費しそうだから、一見、矛盾するような気もする。

けど、ひょっとしたら、「高いガンマ波」とは、神経集団の協調性が非常に高まっている状態かもしれない。とすると、「悟り」に近い修行僧の脳では、相当の省エネ化が進んで、意図的に脳を高効率で働かせることができるようになっているのかもしれない。もしそうだとすると、二つの結果は矛盾しないように思える。

さて、そんな「スーパーエコノミー脳」を作るには、どれくらい修行が必要か?

論文によると、平均で44,000時間の瞑想トレーニングした修行僧で、「省エネ化」が見られている。ということは、寝食わずで5年強修行すれば良いことになる。一日2時間のトレーニングを毎日続けるとしたら、なんと60年。出家しろ、ということらしい。。。

それはともかく、修行僧は内観能力に長けている気もする。とすると、一人称的な主観的報告と、脳活動という客観的データとの対応関係を掘り下げて調べていく研究として、なかなか魅力的な研究のような気もする。今後の研究に注目しておきたい。

次回は、スーパーエコノミー脳にならなくとも、瞑想が一般人にどんな御利益をもたらすのか、それを科学的に調べた論文を読んでみる。

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参考文献

Science. 2003 Oct 3;302(5642):44-6.
Buddhism and neuroscience. Studying the well-trained mind.
Barinaga M.

ダライラマも参加したMITで開催されたミーティングの紹介記事。今回紹介したDavidsonRicardの研究も登場する。なかなか示唆に富んでいて面白い。

Ricardによると、世捨て人は実験に参加したがらないそうだ。。。わかる気もする。とすると、実験に参加している人は、修行が足りない??

Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Nov 16;101(46):16369-73. Epub 2004 Nov 8.
Long-term meditators self-induce high-amplitude gamma synchrony during mental practice.
Lutz A, Greischar LL, Rawlings NB, Ricard M, Davidson RJ.

2004年の脳波計測の論文。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Jul 3;104(27):11483-8. Epub 2007 Jun 27.
Neural correlates of attentional expertise in long-term meditation practitioners.
Brefczynski-Lewis JA, Lutz A, Schaefer HS, Levinson DB, Davidson RJ.

今年発表されたごく最近の論文。上で紹介した他にもいろんなデータを記載している。

James H Austinの本2冊。
Zen-Brain Reflections: Reviewing Recent Developments in Meditation and States of Consciousness

Zen and the Brain: Toward an Understanding of Meditation and Consciousness

2冊ともまだ読んでいない。けど、禅と脳科学との関係を議論した本として有名なので一応紹介しておく。前者の本は、昨年出版された本で、後者の第2版的な内容になっているようだ。

10/13/2007

そろそろ学会

ということで、SFN2007まで1ヶ月を切った。

神経科学関連の方には今更だけど、神経科学者がよく使うSFNとは、Society for Neuroscienceの略。アメリカの神経科学学会、特にその年次大会(Annual Meeting)のことを指す。

今年は11月3日からサンディエゴで開催される。

アメリカの学会だが、毎年2万人以上の神経科学者が、日本も含め世界中から参加する。とにかくバカでかい。

ポスター会場で、超有名人に会うこともしばしばある。バカでかいけど、論文でしか知らなかったそういう人と距離感を近づける良い機会だったりもする。

そんな学会がもうすぐあって、自分のいる研究室からも何人か発表する。そこで今回は、ラボの発表内容の宣伝を。(このエントリーの目的は、結局これ)

ちなみに、要旨集が公開されていて、会員でなくともフリーでアクセス可能。(相変わらず使い勝手が悪いけど・・・)

ラボメンバーの演題番号は、109.5、それから389.12から389.16までの連番

検索の仕方は、Advanced Searchに進んで、Author(First Name)KennethLast NameHarrisとたたいて検索する。

発表時間は、日曜日の午前月曜日の午前となっている。

まず日曜にボスがトークして、翌日、部下のポスター発表、となかなか理想的な順番か。

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では、そのボスのケンから、、、

(109.5) Cortical UP States: Sequential Structure and Homology to Sensory Responses
(Sunday, Nov 4 2007 9:35 AM - 9:55 AM)

というタイトル。

彼はThe Upshot of Up States in the Neocortex: From Slow Oscillations to Memory Formationというミニシンポジウムのシンポジスト。彼のvisibility、アメリカでは結構高まっている気がする。

ミニシンポジウム全体の内容はいわゆる「UP状態」、スローオシレーションの話。記憶の固定化の話も若干絡みそうだ。いろんなレベルの研究者がスピーカーとして選ばれていて面白そう。

ケンは、ラット聴覚野の
UP状態中と感覚刺激処理中の神経集団活動についてトークするだろう。以下で紹介するアーターの話が中心かと思われる。ひょっとしたら、うちのラボでやってることのダイジェスト的な内容になる可能性も大。実は、彼の生トーク、一度も聞いたことがなかったので、自分自身、最も楽しみにしている演題の一つだったりする。

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続いて、部下のポスター5つ。すべて11月5日(月)午前。

1.(389.12/GG7) Internal dynamics yield to external sensory control during cortical desynchronization
(Monday, Nov 5 2007 11:00 AM - 12:00 PM)

2.(389.13/GG8) State-dependence of sensory-evoked responses in neocortex
(Monday, Nov 5 2007 8:00 AM - 9:00 AM)

3.(389.14/GG9) Sparsening and compression of information across cortical laminae
(Monday, Nov 5 2007 9:00 AM - 10:00 AM)

4.(389.15/GG10) Spontaneous events outline the realm of possible sensory responses in auditory cortex
(Monday, Nov 5 2007 10:00 AM - 11:00 AM)

5.(389.16/GG11) Interaction of internal dynamics and temporally structured stimuli in auditory cortex
(Monday, Nov 5 2007 11:00 AM - 12:00 PM)

1は大学院生ステファンの発表。
脳の状態が違うと、聴覚刺激を処理中の聴覚野ニューロン集団が、どう挙動を変えるか?という話。

2はカリーナ。
彼女は生後3ヶ月くらいの赤ちゃん連れでプレゼンを敢行するはず。隣で発表する自分にとって、今回最大の脅威である。なぜなら、聴衆は間違いなくポスターより赤ちゃんに注意が向くはずだから。。。発表中、おむつ交換の手伝いをさせられるリスクもあったり、なかったり。。。旦那ヴラディミアがベビーシッターをするのだろうか。。。

それはともかく、彼女の発表内容は、ステファンの研究に近い。脳の状態が違うと感覚野の挙動はどう違うか、という問題に、実験データとモデルの両方から迫っている。


3は自分。
聴覚野で、層が違うと情報コーディングという点で何が違うか、という話。昨年の発表よりはグレードアップしていると思われる。そうでないと困るか。。。一方、英語はマイナーチェンジ程度で停滞中。それに困っている。。。

4はラボのエース、アーター。
彼の話は、今年
PNASに発表した話の続報。なので、最もハイ・デフィニションな内容である。HD-posterとでも呼んだら良いか。彼の話を聞きに来たついでに、ぜひ私のところにも寄ってください。

5は大学院生のリアド。
彼女は今回初参戦。彼女の内容、実は、よく知らない。。。たぶん、アルフォンソとケン以外は知らないと思われる。。。(良いのか?)タイトルからして、急性実験のデータを話すのだろう。というか今、遅めの夏休み(秋休み)を取っている。こんな時期に。。。(良いのか?)

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ポスター発表は、聴覚系のセッションではあるが、聴覚に興味がない方にも面白い内容盛りだくさん。特に、ニューロン集団がどんなことをやっているか、という問題に興味がある人にはぜひ来て欲しい内容。と大風呂敷を広げてみたり。。。(あくまでも宣伝ということで)

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APAN2007

長くなったが、「聴覚な人」には、毎年プレイベントとしてAPANというシンポジウムが開催されている。そこでは、ケン以外全員ポスター発表する。自分はなんとオーラルにも選ばれてしまった。。。ポスターとオーラルのダブルヘッダー。。。

日本語ですら、学会等の公の場でプレゼンしたのは一回しかない。。。選ばれたのはとても光栄だが、自分が英語できないことを知って、いじめてやろう、という意図で選ばれたのか、とさえ思ってしまう。確かに、演題をチェックすると、ビッグネームのラボと内容が競合していて、その人からオーラル発表のお誘いが来た。。。

聴覚系研究者は人口がまだ少ない分、一部の有名人でカルテル的な組織を作っている雰囲気を感じる(どこもそうかもしれんが)。今回も、そのシンジケートのトップが各セッションのチェアだったりする。そのカルテルの一員に嫌われると、おそらく今後論文を通す時の大きな障害になる気もする(あくまでも想像)。

ということで、ポスターとスライドの両方を用意することになってしまって、今、結構テンパっている。。。

とにかく、聴覚系の人に顔を覚えてもらう非常に良いチャンスではあるか。

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最後に、このブログを見て来られた方は、「ブログ見ました」「ブログ見てます」と一言いっていただけると、かなりうれしいです。ぜひ気軽に声をかけてください。

10/06/2007

バクテリアと脳の進化

今回は少し気楽なエントリーに。

主なメッセージは、脊椎動物の脳が持っている一部の機能は、バクテリアに由来するかもしれない、ということ。なんとなく怪しい匂いがするが、ひょっとしたら、ひょっとする。

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今回のエントリーのキーワードは、遺伝子水平伝播
まずその話をして、後半、脳科学から「脳内ホルモン」というスパイスを絡めようと思う。

遺伝子水平伝播」、英語では、horizontal gene transferlateral gene transferと呼んで、HGTと訳す。以下、HGTと呼ぶことにする。日本語wikipedia英語版にもエントリーがある。

普通、遺伝子は親から子へ伝わる。その「垂直」方向に対し、HGTは、「水平」方向、つまり似た種、似てない種間でDNAが伝わる。バクテリアや古細菌(archaea)では、頻繁に起こっている。

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このHGTについて面白い記事・論文を探してみる。
例えば、
GoldenfeldWoeseという人が、ネイチャーに寄せたエッセーがある。

このエッセーによると、HGTは、種(species)、生命体(organism)、進化(evolution)のコンセプトを揺るがす、とある。ちょっと極論な気もするが、それくらい重要なコンセプトなようだ。

そのエッセーの中身を見てみる。

まず、「種の危機」について。
確かに、バクテリア間で
HGTが起こりまくると、バクテリアのゲノムはモザイク状になって、種という定義がもはや成り立たなくなる、という主張は一理ある。

「生命体の危機」については、ウィルスの例を取り上げている。確かに、一ウィルスのアイデンティティは?に対する質問、専門家でも答えるのに困りそう。

進化について。HGTはダーウィン的な進化の話とは、文字通り90度違う。

それを受けて、いろんな分野を融合させ、こういう新しいコンセプトを語るための言葉を考えて、科学そのものを進化させよう、というのがこのエッセーの論旨になっている。

最後に、現代化学の父、ラボアジエAntoine Lavoisierの言葉を引用している。

We cannot improve the language of any science without at the same time improving the science itself: neither can we, on the other hand, improve a science without improving the language or nomenclature which belongs to it.

科学自身が発展しない限り科学を記述する言葉の発展もないし、逆にその言葉が発展しない限り科学の発展もない。

科学と言葉の共進化か。

とにかく、HGTが起こる以上、進化を扱う学問と、それを扱う言葉を発展させんといかん、ということを言いたいエッセーのようだ。

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より具体的な例を挙げてみる。

最近サイエンスに掲載された論文によると、Wolbachia pipientisというバクテリアからハエや線虫へ大規模なHGTが起こったらしい。つまり、多細胞生物でHGTが起こった例、ということになるのだろう。

かなりインパクトのある研究のような気がする。この分野の専門家はどう評価しているのだろうか。

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さて、ここまでは、脳科学とは無縁の話のような気もする。バクテリアと脳は、月とすっぽん、という声も聞こえてきそうだ。

けど、重要なリンクが実はある。
おそらく脳科学の七不思議のひとつと言っても良いくらいおもしろい問題がある。(少しトンデモな匂いがしてきたか?)

それは、一部の神経伝達物質の由来。アミノ酸から神経伝達物質への合成経路の進化。

例えば、メラトニン
これは、ハエや線虫では合成できない。

セロトニンからメラトニンを作るのに必要なAANATなる酵素を、ハエや線虫は持っていない。他にもそのような酵素がいくつか知られている。

これだけなら、何も驚きではない。

けど、ハエが持っていないAANATを、バクテリアが持っている。
バクテリアは、ハエより脊椎動物に近いわけはない。

なぜか?

可能性は二つありそう。
第一に、遺伝子のロス。ハエや線虫では、
AANATといった遺伝子を、進化の過程でロスった可能性。

そして第二の可能性が、HGT

線虫やハエで大規模な遺伝子ロスが起こったという話もあるようで、それは前者の可能性をサポートする。けど、上の例のように、バクテリアから多細胞生物への大規模なHGTも起こりうることがわかった以上、どっちもありそうな話。(裏付けるには、少なくとも、脊索動物・脊椎動物へHGTが起こる証拠が必要)

この情報源の2004年に発表された総説では、HGTが起こった可能性を排除するのは難しい、という見解だ。

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そのAANATについて、最近の動向をちょっと調べてみた。

例えば、昨年発表された論文では、AANATの遺伝子配列をいろんな種で調べて、確かにバクテリアから脊索動物(chordates)へHGTが起こった、という説をサポートしている。

HGTによって新しい機能を獲得した例ではないか、としている。

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話を一気に飛躍させて、バクテリアからヒト(正確には、Homoか?)へのHGTはなかったのか?

これだけゲノムがわかってきたわけだから、マウス、マカク、チンパンジーは持ってないけど、ヒトとバクテリアだけがシェアしている遺伝子、塩基配列が見つかったら面白い気がする。

そういうことを調べた研究はありそうな気もするが、どうなのだろう。

HGTによって脳の肥大化がトリガーされた説。HGTによるHomo化説。
ウィルス進化論に対抗して、バクテリア脳進化論。(広義には、ウィルスからのHGTもありだから新しくないか?)

これをネタに、トンデモ本とか書けそうな気もする。。。あまり「無菌、無菌」を強調すると、脳の進化が止まるリスクあり、といったクレイジーなことを唱えてみたり。。。

この分野のプロでもないのに、トンデモなエントリーになってきたので、このあたりでやめます。。。

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まじめに、

参考文献

Nature. 2007 Jan 25;445(7126):369.
Biology's next revolution.
Goldenfeld N, Woese C.

ネイチャーに掲載されたエッセー。ただし、これに対するコメントもある。

Science. 2007 Sep 21;317(5845):1753-6. Epub 2007 Aug 30.
Widespread lateral gene transfer from intracellular bacteria to multicellular eukaryotes.
Hotopp JC, Clark ME, Oliveira DC, Foster JM, Fischer P, Torres MC, Giebel JD, Kumar N, Ishmael N, Wang S, Ingram J, Nene RV, Shepard J, Tomkins J, Richards S, Spiro DJ, Ghedin E, Slatko BE, Tettelin H, Werren JH.

バクテリアから多細胞真核生物へHGTが起こったことを示した、ごく最近の研究。

Trends Genet. 2004 Jul;20(7):292-9.
Evolution of cell-cell signaling in animals: did late horizontal gene transfer from bacteria have a role?
Iyer LM, Aravind L, Coon SL, Klein DC, Koonin EV.

お薦め。神経伝達物質の合成経路の進化を考える上では必読。

Mol Cell Endocrinol. 2006 Jun 27;252(1-2):2-10. Epub 2006 May 11.
Evolution of arylalkylamine N-acetyltransferase: emergence and divergence.
Coon SL, Klein DC.

こちらも。

メラトニン合成経路の酵素AANATのシーケンスをいくつかの種で調べて、HGTが起こった可能性に触れている。論文の導入部分など、非常に読みやすい。個人的には、論文中図1がgood

Curr Biol. 2003 Dec 16;13(24):2190-5.
EST analysis of the cnidarian Acropora millepora reveals extensive gene loss and rapid sequence divergence in the model invertebrates.
Kortschak RD, Samuel G, Saint R, Miller DJ.

ハエや線虫という遺伝学のモデル生物では、大規模な遺伝子ロスが起こった可能性を指摘した論文。