9/27/2008

心脳インターフェース

少し前、「リアルタイムfMRIの応用」というタイトルでdeCharmsがNature Review Neuroscienceに総説(正確にはopinion)を書いていた。

自分のようなMRIのプロでない人にとっても、非常に読みやすく書かれていてお薦め。

リアルタイムfMRIは、自分自身の脳活動を覗いてしまうことを目指したfMRI、と言ったら良いのだろうか。wikipediaにもすでにエントリーがたっていた。
(ただ、この総説を読むと、自分が思っていたよりもその定義の範囲は広い印象を受けた。もしこの総説にあることをすべて含めるなら「リアルタイム」という言葉はやや誤解を生む言葉だな、という気もした。fMRI2.0くらいか?)

この総説では、fMRIの原理といった技術的な基本から限界がまず解説されている。続いて、ここ数年注目を浴びてきたパターン認識の手法を応用した脳活動の解読、ウソ発見器開発状況の未成熟さ、そして、いわゆるブレーン・コンピューター・インターフェースへの応用例などが豊富な引用文献とともにまとめられている。

後半からがリアルタイムfMRIの真髄ではないかと自分が思っている話、つまり、自分の客観的な脳活動を主観的に体験して、自分の脳活動あるいは感覚を変えよう、という試みが紹介されている。

この主観と客観のインターフェースとしての役割をリアルタイムfMRIが果たすかもしれないから、deCharmsはmind-brain interface(心脳インターフェース)という言葉を使っているのだろう。

終盤は、それを医療目的に応用する試みについてもいくつか紹介され、倫理的な問題も考慮に入れながら、現在抱えている問題を克服していけば、自分自身の心と脳の中をこれまで以上に覗くことができるようになるのではないかと締めくくっている。

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感想
「心脳インターフェース」という言葉、自分はこの総説で初めて聞いたけど、魅力的な言葉。主観と客観が相互作用したら、人の脳活動、体験がどう変わっていくのか、非常に面白そう。deCharmsは冒頭でintroneuroimagingという言葉も使っている。内観の21世紀版、ということになる。

けど、この総説でも書かれているように技術的な限界もある。空間解像度、時間解像度。ともに、ニューロン活動ではなく、血流の変化を測るという根本的なところだから、その点はどう頑張ってもムリがでるわけだ。トリッキーなアルゴリズムで血流情報から神経活動を取り出せる気は少なくとも自分にはしない。
(ローカルな部分だけに注目してモデルを立てるといったことはひょっとしたら有効かもしれないけど、グリアも含めた細胞構築、血管配線などの複雑さ+脳状態に依存した神経活動の複雑さを考えると、相当にハードな気が。。。)

deCharmsは、その技術的な限界に対して反論してはいる。けど、もとの信号がなまっていると、それ以上細かい情報を見たくなっても見れないわけで、楽観的にとらえると、痛い目にあうような気もする。根本的な部分を見直すホントのfMRI2.0ができるのがベストなのだろうけど、そのあたりはやはりまだ難しいのだろうか。

それはともかく、これまでのfMRIの貢献度はとんでもなく大きいから、この新しいfMRIでどんな不可能だったことが可能になるのか、注目だ。

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文献と関連情報
Nat Rev Neurosci. 2008 Sep;9(9):720-9.
Applications of real-time fMRI.
Christopher Decharms R.
vikingさんのブログでも今回の総説がheadlineとして紹介されていました。

Omneuron
deCharmsがいる研究所?
このサイトのこちらで彼が一般の人たちに熱く語ってたりします。


関連エントリー
自分の脳活動を覗いてコントロールする:リアルタイムfMRI

9/20/2008

frantic week

この一週間にチェックしておけば飲込みが良くなっていたかもしれない情報たち。

パニック
パニック時の集団行動をシミュレーションするという研究(PDF)が、ちょうど8年前ネイチャーに発表されている。その研究者たちのウェブページには、いろんなパニック関連情報がある。


恐怖(fear)と消去(extinction
水曜日Quirkさんプエルトリコから来て、この週しかないと思えるようなタイミングで、恐怖と消去についてトークしてくれた。包括的な内容で、非常にわかりやすく、すばらしいトークだった。えらく勉強になった。

ちなみに、消去。
文字通り恐怖の記憶が消え去る、のではなく、むしろ、もう大丈夫なんだと学習すること、と理解した方が良いか。恐怖体験を受け入れる、といったことに近いのだろう。

これが機能するからPTSDに悩まされず済むのだろうけども、その反面、こういうことが脳で起こるから、リスクを再び繰り返すことにもつながる気もする。。。バランスが難しい。

アディクション
金融中毒とか投資中毒といった病気はあるのだろうか?
いわゆるヤク中、アル中といった中毒・依存症(addiction)の神経生物学的研究に関する総説特集が、Philosophical Transactions of The Royal Society B Biological Scienceという長い名前の雑誌で組まれていた。

その目次を見てみると、gambling addictionという言葉が見つかった。。。これは金融中毒に近いのだろうか。。。


数字の感覚
ビリオンとかトリオンとかいう桁になると、もはや(線形的な感覚という意味での)直感が働かなくなって、1Bドルも100Bドルもそう変わらないような錯覚に陥る。じゃんじゃん公的資金を使ってちょーだい、と思う。けど、実際二桁も違う。

同じ二桁の違いとして、1セントと1ドルの違い、100ドルと10000ドルの違い、その両者はえらく違う(ように感じる)。

Aさんには10000ドルも給料払って、自分には100ドルしかくれなかったら怒る。
けど、自分は1セント拾って、Aさんは1ドル拾っても、そんなに悔しくはない。

その差額は、桁(対数的)の問題ではなく、9900ドルか99セントという歴然とした(線形的な)違いとして認識できるから。

そんな数字感覚をアマゾンの原住民と西洋人を比較して、数字の感覚が線形的だったり対数的だったりするのは生得か、教育によって獲得したものか調べた研究が数ヶ月前サイエンスに発表されている。

結論は、何も知らないと対数的、だけど教育によって線形的な感覚が身についたのでは、ということのようだ。

とすると、ビルゲーツなどのビリオネアとポスドクを比較しても、本質的に同じ結論を導き出せる気もする。。。

9/19/2008

第一期 青脳計画

Blue Brain Project

IBMのスパコンを使って、大脳皮質のコラム構造(cortical column)をできるだけ詳細・忠実に再現して、何が起こるか、何を予測できるか調べる壮大な計画、とでも言ったら良いだろうか。

その進捗をMarkramトークした模様。
複数のブログ経由で知った(ブログ)。
トーク映像は編集も悪くなくストレスレスで、ほぼ会場で聴くような感じで見れます。)


あるブログに39分あたりから面白いとあったので、30分あたりから見始めた。

どういうストラテジーでバーチャルコラムを作っているか話し、スライス実験でわかったことが実際に見れるといった検算的なデータを少し紹介。その後に、ムービーを交えたシミュレーション結果を話している。

ガンマオシレーションが出たけど、意識はないやろ?とか、仮説なしで研究してるからNIHグラントはもらえん、といった毒ともとれる発言もあり。

ムービーが重すぎたのか、途中、マックがトラぶったりもする。。。

質疑応答中、Markramの将来ビジョン、理論家と実験家のウケの違いなどのコメントもある。

なかなか面白い。

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個人的感想:

ムービーの第一印象、自分のイメージと少し(かなり)違った。。。
当たり前か。。。(良い意味でも悪い意味でも。。。)

いろんなタイプのウェーブも出ていて、例えウソでも面白い。
いろんな処理ができそう。
けど、これを実験的に示そうと思ったとして、今できるだろうか。。。

ちなみに、今後、グリアと血管も組み込むそうで、究極のボトムアップ的な計算論的アプローチになるようだ。とりあえず、こういうのはどんどん進めて欲しい。

特に神経コードの深い理解に役立つ気がする。
ノイズ」とは何ぞや?
ニューロンAが、X回、あるいはいついつスパイクを出すのは、コラムレベルでどんなことが起こったとき?
何を、どこから、どのように、実験的に測るのが、全体を知るのに良さそう?
外部刺激は自発活動とどう絡み合う
といったことに見通しを立ててくれるとうれしい。

そのうち、LHCみたいに莫大なお金を投じて、世界(宇宙?)一の巨大研究施設を作って、全脳を完璧に再現してやれ、みたいな話に発展するのだろうか。。。

ブラックホールができる!とか言う人が出てくるくらいだから、ターミネーターが人類を滅ぼす!とか言ってマスコミを騒がす人も現れるだろう。。。

それはそれで(ターミネーター出現ではなく、LHC的施設のこと)エキサイティングだけど、一研究者としては何となく淋しい気もする。。。そうでもしないと脳はやっぱりわからんのか。。。という感じがしそうだし。

とにかく、第一期の集大成論文はまだ出ていないと理解しているから、その論文と、第二期の成果に注目。

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その他の関連情報など

Nat Rev Neurosci. 2006 Feb;7(2):153-60.
The blue brain project.
Markram H.
Blue Brain Projectの概要についてMarkramが神経科学コミュニティーに説明している。

ちなみに、これに似たプロジェクトはいくつか走っているようで、そのうち一つが、以前紹介したプロジェクト

こういう分野をBrainomicsとでも呼んでおこう。

9/07/2008

ニューロクリミノロジー

ニューロクリミノロジー(neurocriminology)。

神経犯罪学と訳したら良いか。googleでneurocriminologyを検索するといくつかサイトがひっかかる。ここでは、犯罪に結びつく行動の神経基盤を研究する学問分野で、神経科学と犯罪学の融合分野、としておく。

以下に登場するサイコパシー(psychopathy)に限らず、暴力に結びつくいわゆる「キレやすい脳」を調べたり、モラルの神経基盤を調べる研究も含め、広い意味で、反社会的な行動の神経基盤を調べる研究なら、神経犯罪学の範疇に入るかもしれない。社会性行動の神経基盤を調べる分野の「ダークサイド」もしくはミラーと考えても良いかもしれない。

神経犯罪学ではなく、ひょっとしたら他にふさわしい名称がすでにあるのかもしれないが、自分はよく知らない。

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新着のサイエンスに、サイコパシーの人たち(サイコパス)の脳をMRIで調べているKent Kiehlという人の記事があって、少し考えさせられた。

サイコパシー、正確に定義するのが難しいけど、暴力といった非倫理的・反社会的な行動を常習的に繰り返す病的状態と考えたら良いだろうか。共感・同情する能力が欠如し、感情の起伏がなく、犯罪行為を悪いとも思わない、そういう病的状態といえば、それほど的外れではないとは思う。

そのサイエンスの記事にポドキャストがあって、それによると、サイコパスは囚人の20-25%、全人口の1%とも考えられているらしい。もしホントに1%なら、統合失調症と同じ割合になる。

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さて、その記事は出だしからR-18な刺激的な内容ではある。Kiehlさんが研究したサイコパスの犯罪例で始まる。

そのKiehlさんは、サイコパシーのことが子供の頃から気になっていたそうで、その脳を知りたい、というモチベーションで研究している。そのために、トレーラーで運べるMRI装置を作って、州政府に許可を得ては実際に刑務所に行って、囚人たちにPCL-Rというサイコパシーの診断テストをしては、脳をスキャンしたりと、すごい行動力。

彼によると、サイコパスの脳は、側頭葉と前頭葉の中の”paralimbic”領域のネットワークに異常があるとにらんでいるらしい。その結果、情動、注意、意思決定といった認知機能に異常があると。(この文献からそのアイデアを詳しく知れそう。)

思うに、脳の構造と機能をマクロレベルで調べる研究に加えて、ゲノムレベルでサイコパシーの原因遺伝子などを調べる研究もこれから出てくるのだろう。記事にも、囚人のDNAサンプルを採取といった記述もあった。

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と、ここまでは純粋な神経科学ととらえても良い。けど、研究成果の応用は慎重な議論が必要だな、と思った。記事の後半にも少し関連した議論があるが、こういった研究の成果は裁判所には持ち込まれるべきではない、というのが自分の意見。

確かにこういう研究が進んでサイコパシーの治療に結びつけば、日本はもちろん、特に犯罪の多いアメリカでは社会的インパクトは大きい。実際に犯罪を未然に防げれば、人命を助けることにもつながる。だから、研究をどんどん推進して欲しい。Kiehlさんの立場も、治療や発症の未然防止に期待しながら研究を進めているとある。どんどん人とお金を投入して欲しい。

けど、サイコパシーだから脳やゲノムが健常人と違うという理由で、罪を犯した人の刑罰が軽減されることはあってはならない。例えば、一般人である陪審員が、弁護人の「この人はサイコパシーという心の病に犯されているので、健常者と同じ刑罰を下すのはおかしい。刑事責任能力はない。」といった主張を鵜呑みにして、刑罰を軽くすることはあってはならない。

研究成果は、あくまでも犯罪の未然防止、サイコパシーの治療に利用されるべきだろう。サイコパシーに限らず、神経犯罪学の研究成果の一般社会への応用は、より慎重で幅広い議論が必要。

その意味では、神経犯罪学に関わっている専門家は、研究からわかったこと、まだわかっていないブラックボックス、あるいはグレーゾーンをできるだけしっかり社会に伝える義務がある。知りたいから研究する、というモチベーションはもちろん良いのだけども、自分の研究の社会的インパクトもしっかり考慮に入れる必要がある。

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参考情報

Science. 2008 Sep 5;321(5894):1284-6.
Psychology. Investigating the psychopathic mind.
Miller G.
今回の記事。フリーで聞けるポドキャストがあって、記事を書いたGreg Millerさんがアウトラインを紹介してくれている。

Nature. 2007 Dec 13;450(7172):942-4.
Abnormal neuroscience: Scanning psychopaths.
Abbott A.
以前、ネイチャーにもサイコパシーの関連記事あり。

9/06/2008

SAW

SAWとは、Science, Art and Writingの略だそうで、設立から4年のイギリスの教育組織だそうだ。その紹介記事がPLoS Biologyに掲載されていて面白かった。

そのSAWの目標は、
1.科学を日々の生活や会話に浸透させ、
2.創造性、探求精神、学習を刺激する新しい方法を生み出す
ことらしい。

科学と芸術といった分野間の垣根を取り除く、あるいは作らないような教育を子供たちにしよう、ということが背景にあるのだと、紹介記事を読みながら思った。

その記事の中盤から授業風景の様子が紹介してある。

まず最初に、子供たちの興味をそそるような科学に関連するイメージを見せては、いろんな疑問を投げかけ、ディスカッションをするそうだ。

そして次に自然科学の体験授業をしてもらう。理科の実習だ。

ここからがポイントで、次はその体験授業で学んだことを基に子供たちに詩を作ってもらうそうだ。子供たちが作った詩がいくつか掲載されているけど、大人顔負け。

そして最後の授業は芸術。例えば、分子模型を自分なりのセンスで表現するらしい。作品例がその記事にある。新しい現代アートが生まれるかもしれない。

こういう教育、大人にも新鮮でいろんなクリエイティブなものを生み出すのに役に立つ気がする。ポイントは、科学なり一つの分野で身に付けた知識を、遊びとして他の分野と融合させること。ちょっとした工夫でいろんな試みができそう。

イギリス発祥のこの組織、アメリカや欧州の各国に広がりつつあるそうだ。日本にも科学・芸術の専門家たちが協力して、この組織のやり方を導入する組織が現れるとすごくうれしい。そう思った。

遅いゆらぎ

今週読んだ論文の中で一番面白かったのはNature NeuroscienceのNirたちの研究。ヒトの聴覚野からニューロン活動、あるいは脳表面から脳波(正確にはECoG)を測ったら、右脳、左脳の聴覚野がゆっくりと同調しながらリズムを刻んでいることを報告している。


この論文、構成やロジックなどいろいろ問題を抱えているけど、以下に述べる最近の論文たちとあわせて考えると、今後の方向を占えそうでツボにはまった。ということで、つぶやきモードで(ちょっと毒もはきつつ)この論文を読みながら思ったことを記録してみます。メール等も含め、コメント・フィードバック・補足などしていただけると非常にうれしいです。

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さて、そのNirたちが何をやったか見てみる前に、著者の中に前回も登場したブラックジャックことItzhak Friedが名を連ねているので、彼について(さっそく脱線)。

Friedはてんかん患者さんたちの脳からニューロン活動を測っている。有名な仕事として、海馬周辺に「ジェニファーアニストン細胞」を見つけた、というがある。そのニューロンは、ジェニファーアニストンが写っている写真なら、違う角度で撮った写真でも、さらには名前を見せただけでも活動する。まるでそのニューロンの活動が「ジェニファーアニストン」という固有人物を表現しているかのような面白い現象を報告した。(追記欄参照)

今追試をすれば、オバマ細胞やペイリン細胞が見つかったり、福田細胞なんかもいて「投げ出し」、「無責任」、「辞任」、「あなたとは違うんです」といった言葉でも活動するだろう。ひょっとしたら、「自民党」という言葉でも活動するけどまた1年くらいで消えるであろう「xx細胞」が多くの日本人の脳に乱立しているかもしれない。脳にとっては時間とエネルギーだけを浪費するいたく迷惑な話である。。。

話を戻す。

著者の一人、Friedはヒトの脳から直接ニューロン活動を計測してきた。

今回の実験でやったことは、5人中2人の患者さんの両側の聴覚野から同時にニューロン活動を計測。残り3人中2人からは、脳波(正確にはECoG)を、これも両側から計測している。

あまり想像したくないけど、てんかん患者さんの両側の聴覚野に電極を刺す、あるいは脳表面に電極シートを乗せて神経活動を測っている。こんな感じ。(*R指定、あるいは食事中厳禁画像)

その間、聴覚刺激(純音とランダムコード)を聞いてもらったり、あるいは寝てもらったりしている。もともとはてんかんの治療目的なわけだけど、倫理的に許されるのか、ちょっとおそろしい研究。Nature系はそういう倫理的な限界をプッシュするような論文をたまにだす。

とにかく、この論文ではそのデータを解析している。

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さて、この研究の本来のモチベーション、検証したかったであろう仮説は論文中図1にある。

問題意識は、脳は感覚情報と自発活動をどうやって区別しているか?という超重要な問題。fMRIでは区別できないけど、ニューロン活動なら区別できるかもしれない、というモチベーションで、ニューロン活動を調べている。

彼らの仮説のポイントは二つ。
1.発火頻度の短時間(50~200ミリ秒以内)での上昇。
(長時間で見れば、スパイク数は感覚刺激由来、自発活動で同じ)

2.ニューロン間、あるいは脳領域間の活動相関の違い。
(発想として、感覚刺激によって活動している時、ニューロンが高頻度で一過的に活動すると、高周波成分での相関が自発活動中のそれより高くなるだろう、ということ。けど、もし神経活動の相関が変化すると、エネルギー効率が変化しても良いから、fMRIでとらえられない、と単純に仮定するのはいかがなものか?)

前者のポイントに対する彼らなりの答えは、図5。
後者に対する答えは、実はsupplementary figureの図4にある。

導入部で提示した仮説の答えをsupplementaryにまわすという何とも変わった(悪い)構成。
一見、彼らの仮説は正しいように思えるが、ホントに彼らが正しいかは、この論文から議論するのは、実は難しい。

なぜか?

というのは、彼らの仮説を試したかったら(特に発火頻度の問題)、単一試行単位の現象として扱わないと意味がない。なのに、図5では刺激期間と無刺激期間と分けて、その期間の発火頻度の分布を比べている。

なぜそれがいけないか?

もしも、無刺激期間中の「最大発火頻度」が、刺激期間のそれと同じだったら、何の答えにもならない。彼らの示しているデータからそれが起こっているか判断するのは難しいけど、彼らの示しているスパイク間間隔の分布から大いに起こっていそう。

なぜそれがいけないか?

知覚は、数分かけて起こるのではなく、数十から数百ミリ秒単位の現象。もし無刺激中にニューロンが高い頻度で活動したら、脳はどうやってその一回の「ノイズ」と1回呈示された感覚刺激、「信号」を区別できるのか?なぜ脳は「ノイズ」を「信号」と勘違いしないのか?その本質的な問題をここでは扱うべきなのに、彼らがやっていることは見当ハズレ。

彼らが図5でやっている解析は、単一細胞記録で、自発活動を「ノイズ」とみなして、同一刺激を何度も呈示して、そのデータの試行間平均から、このニューロンは刺激Aに選択性がある、とする従来のやり方と何も変わらない。

さらに、彼らのデータベースにはいわゆるmulti-unit activity(MUAと略。この場合のMUAは、複数のニューロンからのスパイク時系列データ)が大いに混ざっている様子(supplementary figure 10)なので、発火頻度上昇の統計データは単一細胞レベルで起こっていると解釈するのは危険。特定のイベント中で、いくつかのニューロン活動が混ざったりすると、データの見方を変えないといけない。

ということで、論文の導入部分で提示した問題に関して、彼らのデータからは議論できない。

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一方で、ゆっくりとしたオシレーション(以下、超スローオシレーションと呼ぶ)のデータそのものはコンセプチュアルなレベルでの新規性は乏しい、けど面白い。

図として重要なのは図2、3、6、それからsupplementary figure1、5あたりか。

わかってきたことは、患者さんが起きて(覚醒状態)いようが寝ていようが(少なくともレム睡眠と、比較的浅いステージ2の睡眠)、この超スローオシレーションが起こっていて、しかもそれは両側の等価な領野同士(この場合は聴覚野)で強い、つまり、空間的な選択性を持ちながら右脳と左脳が同調してゆっくりリズムを刻んでいる、ということ。

ちなみに、彼らが解析としてやっていることは、スパイクデータ時系列データをスムージングし、そこから低周波帯域の変動をみる、あるいはlocal-field potentials(LFPと略。電極周辺のニューロン集団の電気的な入出力の混合成分)からガンマ帯域(40-100Hz)の成分を取り出して、その成分の低周波帯域の変動を見ている。特にLFPの解析方法を考えると、ガンマ帯域の強さがゆっくりとリズムを刻んでいる、という解釈になる。

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さて、この論文を受けて、これからの方向性、問題点などを勝手に考えてみる。

まず超スローオシレーションの空間的広がりについて。

てんかん患者さんを対象にしているから、Discussion部分では、今回の発見を健常人にも当てはめられるかといった議論もしている。個人的には、彼らのこの現象は一般的に起こる現象だと信じたい。その意味では、やはりfMRIの研究でホットなデフォルトモードネットワークと関連付けたい。が、もし等価なものを観ているなら、聴覚野もデフォルトモードネットワークに入らないといけないのではないか。

自分が知る限り、感覚野は入っていなかった気がする。ひょっとしたら、後部帯状回周辺のニューロン活動を調べると、相当強烈な振動が起こっているのかもしれない。では、前頭皮質腹内側部や島皮質では振動が弱かったりするのか、どうなのか?そういった疑問がわく。

Discussionには、非感覚野での研究は方法論的に難しい、とある。これは手術の難しさとかそういうレベルではなく、脳状態のコントロールの問題を主張している(記述は運動野を意図しているようにも取れるから微妙にデフォルトモードネットワークと論点が違うけど)。が、自分にはそれは言訳にしか聞こえない。なぜなら、今回の研究そのものも脳状態や聴覚刺激をしっかりコントロールしたとは言い難いし、感覚野と非感覚野を区別する根拠は、この論文からは全く見えないから。それにMRIの研究でもそれほど厳密に参加者の状態をコントロールして自発活動を調べている気は、自分が理解している範囲では、しない。それはともかく、この疑問に取り組むにはヒトの研究の場合、大きな壁がありそう。その点、マカクが良いモデルになると思う。

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次に過去このグループが報告した話との関係とプラスアルファ。

今回のデータはNelkenたちのスパースコーディングの論文でも使われたらしい。その論文を確認しなおす必要があるけど、脳状態をしっかりコントロールしていなかったとすると、彼らが報告した刺激条件に依存した反応選択性の変化、実は刺激によって脳状態(覚醒状態)が変化したためという可能性がないか気になるところ。つまり、刺激の種類を変えたとたん脳状態が変化して(目がさえて)、それが選択性の変化に結びついた可能性は排除できない。もしそうだとすると、脳状態の違いによってニューロンの反応選択性が変わることはこれまで報告されているし、スパースコーディングそのものは新しくないから、ネイチャーに載る価値は全くなかった、とも考えられる。そもそも、聴覚実験にも関わらず、外部騒音をコントロールしていない状態で実験しているし。

それはともかく、今回の論文を読んで個人的に勉強になったのは、REM睡眠中と覚醒時の相関性が違うということ、それから、Discussionで彼らが指摘しているように、二種類のガンマオシレーションがある、ということ。

特に後者。というのは、最近のPetersenたちの論文やそれに対するConnorsグループの解説読んで、知覚などと関連すると言われていたガンマオシレーションは一体なんだったのか?と気になっていた。その答えの一つが、ブロードバンドとナローバンドという二種類のガンマがある、という考えになるやも知れない。まだ仮説のレベルだろうけど、なるほど、と思った。その提案の元情報はNir et al. (Curr Biol 2007)にあるようだ。要チェック。個人的には、ガンマオシレーションの空間的広がりにも注目すると良いかも?と思ったりする。これは今回の論文を見る限りECoGでアプローチするは厳しい印象を受ける(今回の解析はブロードバンドガンマに基づいているけど)。もっと高時空間解像度で、それなりの空間をカバーできる計測方法が必要になるか。


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さて、メカニズムについて。

今回の論文の解説がNews & Viewsに掲載されている。
そこでは、論文ではほとんど議論されていなかったメカニズムについて、面白い議論が展開されている。

個人的にはやはり脳幹レベルの神経核からintralaminar/midline thalamus(視床の一部の核)、そして新皮質への回路が気になる。けど、今回の振動はとにかく遅い(秒から分オーダー)から、タンパク質といった分子レベルの現象とリンクしたり、あるいは脳以外の組織との相互作用や体温などの影響、といったホントにシステムレベルの現象として説明する必要がある気もする。そいういう意味では、メカニズムの問題は実験的には相当やっかいな気がする。コントロールすべきパラメーターが簡単にいくつも思い浮かぶ。

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最後に機能について。

では機能は?というのが、個人的には一番興味があるところ。ずばり、アウェアネスと関連しそうというのが第一感。というのは、同時期にJournal of NeuroscienceでPalvaたちが報告しているように(vikingさんのこちらでも速報されています)、超スローオシレーションの位相と閾値付近の感覚刺激の検出との間に相関性がある。確率共鳴?

Nirたちが見ているガンマ帯域の信号から引き出せる超スローオシレーションと、DCカップルの特殊な脳波計測をやって初めて見える超スローオシレーションが同じである保証はない。けど、もし同じ現象だとすれば、このPalvaたちの仕事は機能を考える上で大いに役に立つ。

さらに想像力を豊かにすれば、視覚や聴覚での双安定(bistable)な知覚の揺らぎや、知覚学習(perceptual learning)とも絡む気もする。超スローオシレーションとは全然関係ないけどSchnuppによる聴覚ストリームの解説記事、それから、後半に超スローオシレーションを連想させる議論が展開されているWatanabe先生たちのグループが書かれている注意と知覚学習に関する解説記事。その二つを読みながら関連するかも?と思った。Posnerの言う注意のサブシステムとしてのalertingなるものは、超スローオシレーションと同一とは言わないまでも、リンクするのではないかと。

そういうことをクリアにしていく過程で、Nirたちの論文の本来のモチベーション、「脳は外界情報と内部情報をどうやって区別するか?」という問題に取り組んでいくのも面白そう。もちろん、超スローオシレーションとは別の切り口でもこの問題に迫れると自分は思っている。とにかく、この超スローオシレーション、今後のトピックとして注目。

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追記:

脱線ネタのジェニファーアニストン細胞の話について。
ごく最近、この仕事のフォローアップがJournal of Neuroscienceに報告されている。

J Neurosci. 2008 Sep 3;28(36):8865-72.
Latency and selectivity of single neurons indicate hierarchical processing in the human medial temporal lobe.
Mormann F, Kornblith S, Quiroga RQ, Kraskov A, Cerf M, Fried I, Koch C.

この研究では、35人(!)の海馬周辺4領域の3278個(!)のニューロン活動データベースを解析している。

主な発見は、反応潜時が遅いほど選択性が高いということ。

これは確かQuirogaの総説でも書かれていた気がするから、そこで挙げられていたポイントを、膨大なデータベースに基づいて一つの証拠として示した、ということになりそう。これはニューロンを単位とするネットワークレベルの情報処理を考える上で非常に重要な気がする。

9/05/2008

脳の中の時空間ナビゲーションシステム

ブザキ研からエヴァさんの論文が新着サイエンスに出た。

海馬(CA1)のニューロン集団がどういう順番で活動するか、そのシーケンスを見ると、これからラットが右か左どっちに行くか予測できる、という話。海馬は、時空間という意味で過去と未来を「ナビゲーション」する役割がある、という説をさらにサポートする研究と理解したら良いか。

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ちなみに、筆頭著者のエヴァさんは、前のラボの仕事もサイエンスで、そちらもかなりインパクトのある仕事(こちらのエントリー参照)。

良い論文を出す人を間近で見て思うのは、そういう人は、良いラボにいるだけではなく、本人も優秀でかつ勤勉、ということ(優秀、勤勉は、orではなくandでないと多分ダメ。けど、たまに優秀なだけですごい仕事をしているように見える人もいるから、勤勉さは文字通りの勤勉さというよりその質・効率性が重要か)。

ネイチャー、サイエンスに載る研究は、プロジェクト開始時には結果を予測できないことが多いだろうから(そういう意味では、はじめは海馬のシーケンスは発生していない、もしくは間違ったシーケンスが発生している?)、プロジェクトが始まって出てきた結果を、如何に柔軟に解釈し、文脈と照らし合わせながら、これからの研究分野をナビゲートするような仕事としてまとめるか、そういう研究力が求められるのだな、というのを痛感する(もしそうなら、「海馬力」と研究力は相関してたりして??)。

それにしても、ブザキ研は、しげさんのNature Neuroscienceに引き続き、今回のサイエンスのアーティクルと、相変わらずすごい生産性。

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関連情報

Science. 2008 Sep 5;321(5894):1322-7.
Internally generated cell assembly sequences in the rat hippocampus.
Pastalkova E, Itskov V, Amarasingham A, Buzsáki G.

ポドキャストブザキ先生のインタビューあり(Rhythms of the Brainを読んでいる時のような難解さを感じるのは自分だけか?)。

さらにオンライン版として、神経科学のブラックジャック(と自分が勝手に呼んでるだけ)ことItzhak Friedたちの仕事も同時に出ている。

Science. 2008 Sep 4. [Epub ahead of print]
Internally Generated Reactivation of Single Neurons in Human Hippocampus During Free Recall.
Gelbard-Sagiv H, Mukamel R, Harel M, Malach R, Fried I.

てんかん患者さんに、短いムービークリップをいくつか見せて、後で自由に思い出して(自由想起、free recall)もらう。その時、てんかん治療目的で刺していた電極から海馬周辺のニューロン活動を計測してみたら、特定のムービークリップを見ている時だけ反応するニューロンがいて、しかもその特定のムービーの内容を自由に思い出して報告する1,2秒前にも活動した、という話。

つまり、想起の主観的報告と神経活動との相関を報告している。非常にインパクトあり。ニューヨークタイムズにも記事が出ていてFriedが電話インタビューを受けている。

自由想起の準備電位(readiness potentials)をニューロン活動としてとらえた、と言っても良いかもしれない。この話、もう一つ面白いと思うのは、活動の仕方がミラーニューロン的、ということ。ミラーニューロンが、入出力という外界と相互作用する時のミラーと考えるなら、今回の活動は内外のミラー、そうとらえるのはどうだろう?(すでに脳の中で「カテゴリー」として確立していた活動が、外因性、内因性の活動によってトリガーされた、と解釈しても、一応は「ミラー」か。とにかくもっとまじめに、システム、ネットワークとして現象をとらえると非常に面白そう)

これら二つの論文のポイントを紹介しているサイエンスの記事。海馬関連のスーパースターたちの見解が紹介されている。最後のNadelのコメント(以下)が、海馬機能の現時点での理解になるのか。

“the hippocampus is critical for 'navigating' through space not only in the present but also in the past, to retrieve memories, and in the future, to predict the results of actions”
海馬は、脳の中の時空間ナビゲーションシステムとしての役割を果たしている。