9/07/2008

ニューロクリミノロジー

ニューロクリミノロジー(neurocriminology)。

神経犯罪学と訳したら良いか。googleでneurocriminologyを検索するといくつかサイトがひっかかる。ここでは、犯罪に結びつく行動の神経基盤を研究する学問分野で、神経科学と犯罪学の融合分野、としておく。

以下に登場するサイコパシー(psychopathy)に限らず、暴力に結びつくいわゆる「キレやすい脳」を調べたり、モラルの神経基盤を調べる研究も含め、広い意味で、反社会的な行動の神経基盤を調べる研究なら、神経犯罪学の範疇に入るかもしれない。社会性行動の神経基盤を調べる分野の「ダークサイド」もしくはミラーと考えても良いかもしれない。

神経犯罪学ではなく、ひょっとしたら他にふさわしい名称がすでにあるのかもしれないが、自分はよく知らない。

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新着のサイエンスに、サイコパシーの人たち(サイコパス)の脳をMRIで調べているKent Kiehlという人の記事があって、少し考えさせられた。

サイコパシー、正確に定義するのが難しいけど、暴力といった非倫理的・反社会的な行動を常習的に繰り返す病的状態と考えたら良いだろうか。共感・同情する能力が欠如し、感情の起伏がなく、犯罪行為を悪いとも思わない、そういう病的状態といえば、それほど的外れではないとは思う。

そのサイエンスの記事にポドキャストがあって、それによると、サイコパスは囚人の20-25%、全人口の1%とも考えられているらしい。もしホントに1%なら、統合失調症と同じ割合になる。

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さて、その記事は出だしからR-18な刺激的な内容ではある。Kiehlさんが研究したサイコパスの犯罪例で始まる。

そのKiehlさんは、サイコパシーのことが子供の頃から気になっていたそうで、その脳を知りたい、というモチベーションで研究している。そのために、トレーラーで運べるMRI装置を作って、州政府に許可を得ては実際に刑務所に行って、囚人たちにPCL-Rというサイコパシーの診断テストをしては、脳をスキャンしたりと、すごい行動力。

彼によると、サイコパスの脳は、側頭葉と前頭葉の中の”paralimbic”領域のネットワークに異常があるとにらんでいるらしい。その結果、情動、注意、意思決定といった認知機能に異常があると。(この文献からそのアイデアを詳しく知れそう。)

思うに、脳の構造と機能をマクロレベルで調べる研究に加えて、ゲノムレベルでサイコパシーの原因遺伝子などを調べる研究もこれから出てくるのだろう。記事にも、囚人のDNAサンプルを採取といった記述もあった。

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と、ここまでは純粋な神経科学ととらえても良い。けど、研究成果の応用は慎重な議論が必要だな、と思った。記事の後半にも少し関連した議論があるが、こういった研究の成果は裁判所には持ち込まれるべきではない、というのが自分の意見。

確かにこういう研究が進んでサイコパシーの治療に結びつけば、日本はもちろん、特に犯罪の多いアメリカでは社会的インパクトは大きい。実際に犯罪を未然に防げれば、人命を助けることにもつながる。だから、研究をどんどん推進して欲しい。Kiehlさんの立場も、治療や発症の未然防止に期待しながら研究を進めているとある。どんどん人とお金を投入して欲しい。

けど、サイコパシーだから脳やゲノムが健常人と違うという理由で、罪を犯した人の刑罰が軽減されることはあってはならない。例えば、一般人である陪審員が、弁護人の「この人はサイコパシーという心の病に犯されているので、健常者と同じ刑罰を下すのはおかしい。刑事責任能力はない。」といった主張を鵜呑みにして、刑罰を軽くすることはあってはならない。

研究成果は、あくまでも犯罪の未然防止、サイコパシーの治療に利用されるべきだろう。サイコパシーに限らず、神経犯罪学の研究成果の一般社会への応用は、より慎重で幅広い議論が必要。

その意味では、神経犯罪学に関わっている専門家は、研究からわかったこと、まだわかっていないブラックボックス、あるいはグレーゾーンをできるだけしっかり社会に伝える義務がある。知りたいから研究する、というモチベーションはもちろん良いのだけども、自分の研究の社会的インパクトもしっかり考慮に入れる必要がある。

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参考情報

Science. 2008 Sep 5;321(5894):1284-6.
Psychology. Investigating the psychopathic mind.
Miller G.
今回の記事。フリーで聞けるポドキャストがあって、記事を書いたGreg Millerさんがアウトラインを紹介してくれている。

Nature. 2007 Dec 13;450(7172):942-4.
Abnormal neuroscience: Scanning psychopaths.
Abbott A.
以前、ネイチャーにもサイコパシーの関連記事あり。

5 comments:

mm3 said...

Shuzoさん

実は最近アメリカで精神障害者による犯罪がどのように扱われているのか、ざっと調べたことがあるのですが、どうやら日本と比較すると精神障害を理由とした減刑や無罪判決というのは、こちらでは非常に稀なことのようです。また、いわゆる触法精神障害者は、通常の医療施設とは別の仕組みで治療(管理?)されているとの事でした。たしかいくつかの州では、そもそもそういった法的な枠組みすら認めていなかったと思います。
言ったもの勝ちのアメリカ社会ですから、Shuzoさんが懸念されているような弁護戦略もありうるのかもしれませんが、そもそも認められにくいような文化的な背景があるのかもしれません。

実はラボの同僚にこれに関して話を聞いたことがあるのですが、「神様に命令されてやった。」などという訴えは、統合失調症では充分にありうる訴えだと思うのですけれども、神様がそんな(悪い)ことを命令するはずが無い、という斜め上の理由で、信じられないといわれたときには、かなり脱力したのを覚えています
逆に悪魔に命令されたと訴えたら、教会で悪魔祓いを行う様に、判決で言い渡されたりして、、、。

Shuzo said...

mm3さん、こんにちは。
アメリカはそうなんですね。全く知りませんでした。。。
もし情報ソースがわかりましたら、ぜひ教えてください。
貴重な情報ありがとうございました。

mm3 said...

Shuzoさん

英語では、"insanity defense"とか"plea of insanity"というらしく、wikipediaにも記事があるようです。(ソースとしては弱いかもしれませんが、、、)

かなり古い話ですが、American Medical AssociationがJAMAという雑誌に、insanity defenseに反対をする声明を発表し、それに対してAmerican Psychiatric Associationがコメントを出していたと思います。
JAMAの記事そのものはちょっとどれだったか忘れましたが、The New York Timesの記事が検索で引っかかってきました。APAのコメントは、こちらの記事だと思います。申し訳ありませんが、その後の動きについては、把握していません。
あとは、ラボにいる精神科医に聞いた話ですので、私のヒアリングの問題もありますし、疑わしいところも多々あるかと思いますが、ご容赦ください。(ちなみに、神様の話はその精神科医から聞いた話ではありませんので、念のため)

Shuzo said...

mm3さん、ありがとうございます!
教えていただいた情報を見た後、自分でもちょっとだけ調べてみました。

ごく最近では、Peter Braunsteinのケースが有名なようです(全然知りませんでした。。。)。実際、脳をスキャンしてそのデータを弁護側が使っているようです。
wikipedia
NYT

関連記事に"neurolaw"という言葉があって思い出しました。NYTでneurolawの特集記事が組まれてました(レビュー並みに超長いです)。読んでいないので的外れかもしれませんが、ひょっとしたら最近のディベートのフォローアップに良いかもしれません。

阿頼王 said...

Shuzoさんへ
なんかわたし的には、
ニューロクリミノロジーって言うよりはブレインクリミノロジー(脳犯罪学)って言った方が良い様な気がします。

最近、『心の病の現在』シリーズ全5巻を少しずつ読んでるんですけど、医学としての“精神医学”って、なんか凄く遅れているような気がしています。

日本の精神科医が診断に当たって使っている『基準』は2つあって、一つは世界保健機関(WHO)のICD(国際疾病分類)のICD-10と、アメリカ精神医学会(APA)のDSM(精神障害の診断・統計マニュアル)のDSM-Ⅳですね。それぞれに付随している番号は改訂番号です。そして、どうやら、日本ではDSM-Ⅳが良く使われているようです。

これ、原書は見ていないんですけど(なにせ個人的には高価なんで……)、アメリカ社会における精神診断基準なんですよね。

で、昔から、「医学は科学ではなく、経験である」とか誰かが(確か日本の分子生物学者さんだったように記憶しています)言ってましたけど、精神医療は特にそんな感じがします。勿論、Sienceで解った事は取り入れようとしている医師や医療関係者の方もいらっしゃるのでしょうけど、なんか、科学というよりも文科系的な“解釈学”のような気がします。少なくとも、「解釈学」がかなり入り込んでしまっているように思います。

確かに、現時点では、“脳科学者”さん達でさえ解っていることの方が少ないでしょうから(ですよね?)、それを、幾ら専門とは言っても、精神科医さんたちに求めるのは酷なのかもしれませんけど、なんか現時点の医療現場を見てみると、『中世の魔女狩り』を連想してしまいます。

でも、彼らは“診断”をし、それは時として“法的強制力”さえ持っています(代表的なのが刑法39条)。

これ程、あいまいな基準で診断されたものが“法的強制力”を持つのは非常に“いい加減さ”と“不安感”を抱かせます。

精神科医師は個別のケースについて、DSM-Ⅳの複数の診断軸を使って“診断”を行っています。

精神的に問題を抱えた様々な症状を示す人たち、確かに、遺伝的な要素もあるでしょうけど、生育環境も影響が大きいですね。例えば、「幼少時(場合によっては成人でも)、虐待をされた人は、多く“人格障害”を発症しています。かれらは、所謂“発達心理学”的に正常な発育過程を通ってくる事が出来なかった人たちです(もちろんそういう過程を経た人が全て同じように発症する訳ではありませんけど)。正常な(何が正常なのかも難しいですけど)イドやエゴを形成する事が出来なかったと見ることが出来ると思います。普通に“エディプスコンプレックス”を通過してこなかった。これも解釈論的ですけど、同性の親の暴力性(虐待等)によって、自我のエゴが呑み込まれてしまった状態なのかも知れません。

ところで、このような普通の精神の生育過程を経てくる事が出来なかった人たち、人格障害を発症してしまった人たちは、その異常なストレスによって『脳構造』に変異(脳の一部が縮退するとか)が起きているのでしょうか? それとも、脳自体の変異は起きていなくて、その機能上に問題が生じているのでしょうか(脳内物質や神経伝達物質の異常減少或いは異常過多)? それとも、その両方が起こっているのでしょうか?

善悪の判断も、人によって大きく異なりますよね。ある人にとっての“善”が、他のある人にとっては“悪”。ある人にとっての“犯罪行為”が他の人にとっての“正義の鉄槌”。

Scienceとしては、物事を単純化して考えるのは常套的手法ですよね。でも、“脳科学”と“精神医学”は人間社会の色々な複雑性をも包含しなくてはならないような気がします。それとも、ある日、そう言った複雑な事象が、幾つかの“単純なパターン”の組み合わせに過ぎないという結論に達する日がくるのでしょうか?

と、長々と、ピントがズレたことを書き連ねてしまった事を、ご寛容下さい。