9/06/2008

遅いゆらぎ

今週読んだ論文の中で一番面白かったのはNature NeuroscienceのNirたちの研究。ヒトの聴覚野からニューロン活動、あるいは脳表面から脳波(正確にはECoG)を測ったら、右脳、左脳の聴覚野がゆっくりと同調しながらリズムを刻んでいることを報告している。


この論文、構成やロジックなどいろいろ問題を抱えているけど、以下に述べる最近の論文たちとあわせて考えると、今後の方向を占えそうでツボにはまった。ということで、つぶやきモードで(ちょっと毒もはきつつ)この論文を読みながら思ったことを記録してみます。メール等も含め、コメント・フィードバック・補足などしていただけると非常にうれしいです。

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さて、そのNirたちが何をやったか見てみる前に、著者の中に前回も登場したブラックジャックことItzhak Friedが名を連ねているので、彼について(さっそく脱線)。

Friedはてんかん患者さんたちの脳からニューロン活動を測っている。有名な仕事として、海馬周辺に「ジェニファーアニストン細胞」を見つけた、というがある。そのニューロンは、ジェニファーアニストンが写っている写真なら、違う角度で撮った写真でも、さらには名前を見せただけでも活動する。まるでそのニューロンの活動が「ジェニファーアニストン」という固有人物を表現しているかのような面白い現象を報告した。(追記欄参照)

今追試をすれば、オバマ細胞やペイリン細胞が見つかったり、福田細胞なんかもいて「投げ出し」、「無責任」、「辞任」、「あなたとは違うんです」といった言葉でも活動するだろう。ひょっとしたら、「自民党」という言葉でも活動するけどまた1年くらいで消えるであろう「xx細胞」が多くの日本人の脳に乱立しているかもしれない。脳にとっては時間とエネルギーだけを浪費するいたく迷惑な話である。。。

話を戻す。

著者の一人、Friedはヒトの脳から直接ニューロン活動を計測してきた。

今回の実験でやったことは、5人中2人の患者さんの両側の聴覚野から同時にニューロン活動を計測。残り3人中2人からは、脳波(正確にはECoG)を、これも両側から計測している。

あまり想像したくないけど、てんかん患者さんの両側の聴覚野に電極を刺す、あるいは脳表面に電極シートを乗せて神経活動を測っている。こんな感じ。(*R指定、あるいは食事中厳禁画像)

その間、聴覚刺激(純音とランダムコード)を聞いてもらったり、あるいは寝てもらったりしている。もともとはてんかんの治療目的なわけだけど、倫理的に許されるのか、ちょっとおそろしい研究。Nature系はそういう倫理的な限界をプッシュするような論文をたまにだす。

とにかく、この論文ではそのデータを解析している。

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さて、この研究の本来のモチベーション、検証したかったであろう仮説は論文中図1にある。

問題意識は、脳は感覚情報と自発活動をどうやって区別しているか?という超重要な問題。fMRIでは区別できないけど、ニューロン活動なら区別できるかもしれない、というモチベーションで、ニューロン活動を調べている。

彼らの仮説のポイントは二つ。
1.発火頻度の短時間(50~200ミリ秒以内)での上昇。
(長時間で見れば、スパイク数は感覚刺激由来、自発活動で同じ)

2.ニューロン間、あるいは脳領域間の活動相関の違い。
(発想として、感覚刺激によって活動している時、ニューロンが高頻度で一過的に活動すると、高周波成分での相関が自発活動中のそれより高くなるだろう、ということ。けど、もし神経活動の相関が変化すると、エネルギー効率が変化しても良いから、fMRIでとらえられない、と単純に仮定するのはいかがなものか?)

前者のポイントに対する彼らなりの答えは、図5。
後者に対する答えは、実はsupplementary figureの図4にある。

導入部で提示した仮説の答えをsupplementaryにまわすという何とも変わった(悪い)構成。
一見、彼らの仮説は正しいように思えるが、ホントに彼らが正しいかは、この論文から議論するのは、実は難しい。

なぜか?

というのは、彼らの仮説を試したかったら(特に発火頻度の問題)、単一試行単位の現象として扱わないと意味がない。なのに、図5では刺激期間と無刺激期間と分けて、その期間の発火頻度の分布を比べている。

なぜそれがいけないか?

もしも、無刺激期間中の「最大発火頻度」が、刺激期間のそれと同じだったら、何の答えにもならない。彼らの示しているデータからそれが起こっているか判断するのは難しいけど、彼らの示しているスパイク間間隔の分布から大いに起こっていそう。

なぜそれがいけないか?

知覚は、数分かけて起こるのではなく、数十から数百ミリ秒単位の現象。もし無刺激中にニューロンが高い頻度で活動したら、脳はどうやってその一回の「ノイズ」と1回呈示された感覚刺激、「信号」を区別できるのか?なぜ脳は「ノイズ」を「信号」と勘違いしないのか?その本質的な問題をここでは扱うべきなのに、彼らがやっていることは見当ハズレ。

彼らが図5でやっている解析は、単一細胞記録で、自発活動を「ノイズ」とみなして、同一刺激を何度も呈示して、そのデータの試行間平均から、このニューロンは刺激Aに選択性がある、とする従来のやり方と何も変わらない。

さらに、彼らのデータベースにはいわゆるmulti-unit activity(MUAと略。この場合のMUAは、複数のニューロンからのスパイク時系列データ)が大いに混ざっている様子(supplementary figure 10)なので、発火頻度上昇の統計データは単一細胞レベルで起こっていると解釈するのは危険。特定のイベント中で、いくつかのニューロン活動が混ざったりすると、データの見方を変えないといけない。

ということで、論文の導入部分で提示した問題に関して、彼らのデータからは議論できない。

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一方で、ゆっくりとしたオシレーション(以下、超スローオシレーションと呼ぶ)のデータそのものはコンセプチュアルなレベルでの新規性は乏しい、けど面白い。

図として重要なのは図2、3、6、それからsupplementary figure1、5あたりか。

わかってきたことは、患者さんが起きて(覚醒状態)いようが寝ていようが(少なくともレム睡眠と、比較的浅いステージ2の睡眠)、この超スローオシレーションが起こっていて、しかもそれは両側の等価な領野同士(この場合は聴覚野)で強い、つまり、空間的な選択性を持ちながら右脳と左脳が同調してゆっくりリズムを刻んでいる、ということ。

ちなみに、彼らが解析としてやっていることは、スパイクデータ時系列データをスムージングし、そこから低周波帯域の変動をみる、あるいはlocal-field potentials(LFPと略。電極周辺のニューロン集団の電気的な入出力の混合成分)からガンマ帯域(40-100Hz)の成分を取り出して、その成分の低周波帯域の変動を見ている。特にLFPの解析方法を考えると、ガンマ帯域の強さがゆっくりとリズムを刻んでいる、という解釈になる。

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さて、この論文を受けて、これからの方向性、問題点などを勝手に考えてみる。

まず超スローオシレーションの空間的広がりについて。

てんかん患者さんを対象にしているから、Discussion部分では、今回の発見を健常人にも当てはめられるかといった議論もしている。個人的には、彼らのこの現象は一般的に起こる現象だと信じたい。その意味では、やはりfMRIの研究でホットなデフォルトモードネットワークと関連付けたい。が、もし等価なものを観ているなら、聴覚野もデフォルトモードネットワークに入らないといけないのではないか。

自分が知る限り、感覚野は入っていなかった気がする。ひょっとしたら、後部帯状回周辺のニューロン活動を調べると、相当強烈な振動が起こっているのかもしれない。では、前頭皮質腹内側部や島皮質では振動が弱かったりするのか、どうなのか?そういった疑問がわく。

Discussionには、非感覚野での研究は方法論的に難しい、とある。これは手術の難しさとかそういうレベルではなく、脳状態のコントロールの問題を主張している(記述は運動野を意図しているようにも取れるから微妙にデフォルトモードネットワークと論点が違うけど)。が、自分にはそれは言訳にしか聞こえない。なぜなら、今回の研究そのものも脳状態や聴覚刺激をしっかりコントロールしたとは言い難いし、感覚野と非感覚野を区別する根拠は、この論文からは全く見えないから。それにMRIの研究でもそれほど厳密に参加者の状態をコントロールして自発活動を調べている気は、自分が理解している範囲では、しない。それはともかく、この疑問に取り組むにはヒトの研究の場合、大きな壁がありそう。その点、マカクが良いモデルになると思う。

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次に過去このグループが報告した話との関係とプラスアルファ。

今回のデータはNelkenたちのスパースコーディングの論文でも使われたらしい。その論文を確認しなおす必要があるけど、脳状態をしっかりコントロールしていなかったとすると、彼らが報告した刺激条件に依存した反応選択性の変化、実は刺激によって脳状態(覚醒状態)が変化したためという可能性がないか気になるところ。つまり、刺激の種類を変えたとたん脳状態が変化して(目がさえて)、それが選択性の変化に結びついた可能性は排除できない。もしそうだとすると、脳状態の違いによってニューロンの反応選択性が変わることはこれまで報告されているし、スパースコーディングそのものは新しくないから、ネイチャーに載る価値は全くなかった、とも考えられる。そもそも、聴覚実験にも関わらず、外部騒音をコントロールしていない状態で実験しているし。

それはともかく、今回の論文を読んで個人的に勉強になったのは、REM睡眠中と覚醒時の相関性が違うということ、それから、Discussionで彼らが指摘しているように、二種類のガンマオシレーションがある、ということ。

特に後者。というのは、最近のPetersenたちの論文やそれに対するConnorsグループの解説読んで、知覚などと関連すると言われていたガンマオシレーションは一体なんだったのか?と気になっていた。その答えの一つが、ブロードバンドとナローバンドという二種類のガンマがある、という考えになるやも知れない。まだ仮説のレベルだろうけど、なるほど、と思った。その提案の元情報はNir et al. (Curr Biol 2007)にあるようだ。要チェック。個人的には、ガンマオシレーションの空間的広がりにも注目すると良いかも?と思ったりする。これは今回の論文を見る限りECoGでアプローチするは厳しい印象を受ける(今回の解析はブロードバンドガンマに基づいているけど)。もっと高時空間解像度で、それなりの空間をカバーできる計測方法が必要になるか。


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さて、メカニズムについて。

今回の論文の解説がNews & Viewsに掲載されている。
そこでは、論文ではほとんど議論されていなかったメカニズムについて、面白い議論が展開されている。

個人的にはやはり脳幹レベルの神経核からintralaminar/midline thalamus(視床の一部の核)、そして新皮質への回路が気になる。けど、今回の振動はとにかく遅い(秒から分オーダー)から、タンパク質といった分子レベルの現象とリンクしたり、あるいは脳以外の組織との相互作用や体温などの影響、といったホントにシステムレベルの現象として説明する必要がある気もする。そいういう意味では、メカニズムの問題は実験的には相当やっかいな気がする。コントロールすべきパラメーターが簡単にいくつも思い浮かぶ。

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最後に機能について。

では機能は?というのが、個人的には一番興味があるところ。ずばり、アウェアネスと関連しそうというのが第一感。というのは、同時期にJournal of NeuroscienceでPalvaたちが報告しているように(vikingさんのこちらでも速報されています)、超スローオシレーションの位相と閾値付近の感覚刺激の検出との間に相関性がある。確率共鳴?

Nirたちが見ているガンマ帯域の信号から引き出せる超スローオシレーションと、DCカップルの特殊な脳波計測をやって初めて見える超スローオシレーションが同じである保証はない。けど、もし同じ現象だとすれば、このPalvaたちの仕事は機能を考える上で大いに役に立つ。

さらに想像力を豊かにすれば、視覚や聴覚での双安定(bistable)な知覚の揺らぎや、知覚学習(perceptual learning)とも絡む気もする。超スローオシレーションとは全然関係ないけどSchnuppによる聴覚ストリームの解説記事、それから、後半に超スローオシレーションを連想させる議論が展開されているWatanabe先生たちのグループが書かれている注意と知覚学習に関する解説記事。その二つを読みながら関連するかも?と思った。Posnerの言う注意のサブシステムとしてのalertingなるものは、超スローオシレーションと同一とは言わないまでも、リンクするのではないかと。

そういうことをクリアにしていく過程で、Nirたちの論文の本来のモチベーション、「脳は外界情報と内部情報をどうやって区別するか?」という問題に取り組んでいくのも面白そう。もちろん、超スローオシレーションとは別の切り口でもこの問題に迫れると自分は思っている。とにかく、この超スローオシレーション、今後のトピックとして注目。

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追記:

脱線ネタのジェニファーアニストン細胞の話について。
ごく最近、この仕事のフォローアップがJournal of Neuroscienceに報告されている。

J Neurosci. 2008 Sep 3;28(36):8865-72.
Latency and selectivity of single neurons indicate hierarchical processing in the human medial temporal lobe.
Mormann F, Kornblith S, Quiroga RQ, Kraskov A, Cerf M, Fried I, Koch C.

この研究では、35人(!)の海馬周辺4領域の3278個(!)のニューロン活動データベースを解析している。

主な発見は、反応潜時が遅いほど選択性が高いということ。

これは確かQuirogaの総説でも書かれていた気がするから、そこで挙げられていたポイントを、膨大なデータベースに基づいて一つの証拠として示した、ということになりそう。これはニューロンを単位とするネットワークレベルの情報処理を考える上で非常に重要な気がする。

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