6/20/2009

BMI研究から学ぶ神経情報処理の8つの原則!?

Nicolelisが過去10年間のブレーンマシーンインターフェース(BMI)研究から学んだ神経集団による情報処理の原則をまとめている

その原則として以下の8つを挙げている(*日本語訳は私が勝手に考えたものです):
1.分散表現則(distributed coding)・・・一つの情報があちこち分散的に表現されていること。

2.単一細胞不十分則(single-neuron insufficiency)・・・1個のニューロンの活動は不安定過ぎて一つの処理をするには不十分なこと。

3.マルチタスク則(multitasking)・・・1個のニューロンで複数パラメータを同時に表現していること。

4.集団効果則(mass effect principle)・・・ある程度の数がないとそれなりの効果は期待できない一方、その閾値を超えると数が増える効果は低減すること。

5.変性則(degeneracy principle)・・・同じ情報処理をできる集団はいろんなところにいること。冗長な情報表現と等価。

6.可塑性則(plasticity)・・・神経集団の活動が可塑的に変化すること。

7.活動保存則(conservation of firing)・・・活動が可塑的に変化しても、集団全体の活動は一定に保たれる傾向があること。

8.文脈依存性則(context principle)・・・動物の置かれた環境・文脈によって神経活動が変化すること。

各トピックについて、主に自身たちの研究を例に挙げながらまとめている。一部、現在進行中の未発表プロジェクトの話も出ていたりと面白い。

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ボヤキ

非常に冗長な原則たちな気がした。。。
(「冗長さ」を強調する原則が多いから??)

BMIのような大げさなことをやって学べたのはこれか?と批判されると、返答に困るのではないか、という気もする。。。

「シリコンプローブ派」や他の「マルチ派」はこの総説を読むと怒る、たぶん。。。

それはともかく、
個人的な意見として、BMIはともかく、神経集団の活動を同時計測して脳を知ろうとする場合、少なくとも回路のことをしっかり考えないと何十年続けても、技術的な進展はあっても、またセクシーな論文を発表できても、「原則」についての進歩はないのでは?という気がする。

Nicolelisたちの研究のフォローアップとしては良い総説だけれども、情報処理のことを考えていく上では・・・という総説だった。(たぶん、たくさんやっきた自身の研究を総説としてまとめるための策として、8つの原則を打ち立ててやれ、といわゆる「スピン」を考えたのだろう。。。そのスピンがうまく機能したかどうか。。。)

ちと辛口。
Nicolelisは非常にリスペクトしてますが。。。

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参考情報

Nature Reviews Neuroscience 10, 530-540 (July 2009) | doi:10.1038/nrn2653
Principles of neural ensemble physiology underlying the operation of brain–machine interfaces
Miguel A. L. Nicolelis & Mikhail A. Lebede
今回扱った総説。
plasticityのところはしっかりフォローしてなかったので面白かったです。

<関連書籍>
ブレイン‐マシン・インタフェース最前線―脳と機械をむすぶ革新技術
日本語で読める最前線の日本人研究者たちがまとめたBMIの教科書。全部読みましたが、BMI研究の過去と現状を学ぶのに最適で非常に読みやすい一冊です。Nicolelisが如何にしてBMI研究の第一人者になったか、その具体的な研究も紹介されています。

関係ないといえばないですが、ついでに、、
Deep Brain Stimulation – A New Treatment Shows Promise in the Most Difficult Cases
2ヶ月ほど前に読んだ本で、深部脳刺激(DBS)の歴史と現状が非常にわかりやすくまとめられていて、英語でも一気に読めました。超お薦めです。ちなみにどういう内容かというと、パーキンソン病の治療として応用された歴史から、意識障害も含めた他の病気への応用の現状が非常に簡潔にまとめられてます。

自由意志を自由に感じる

2回目となるWorld Science Festivalが先週開催されていて、自由意志関連のイベントがあったので参加してみた。

ノーベル賞受賞者のPaul Nurseがモデレーターとなり、神経科学からはPatrick Haggard、哲学からAlfred Mele、心理学からDaniel Wegnerが招待されていた。

Paul Nurseさんが話題を振って、3人の思いをそれぞれ語っては議論してもらうという進行形式。

自由意志とは何?

という質問からスタートし(個々人の回答はこちらに詳しい)、途中、リベット実験や最近のScience論文の話をHaggardさんが非常にわかりやすく説明してくれたり、モラルの問題、病気との関係、そしてオーディエンスからの質問、と幅広い問題を議論してくれた。

最後に、「自由意志」のこれからの課題として、3人が非常に良い具合にまとめて終わった。(おそらく相当に準備されたイベントだったのだろう。)

コンセンサスとして、自由意志があるかないかという議論よりは、自由意志という感覚・フィーリングがあるのは良いとして、その先をどう生物学的な視点から考えていくか、という方向性はしっかり伝わってきて、良いブレーンストーミングになった。

Haggardさんをはじめて見たのだけれども、難しいことをわかりやすく伝えてくれ、非常にすばらしかった。一般向けのイベントだったけど、少なくとも僕には刺激的だったし、この問題を普段から考えているようなプロの方にとっても良いイベントだったのではないかという気はした。

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関連情報
<最近の自由意志関連の論文・記事>
*ほとんど読んでいないので、紹介だけ。。。

Science. 2009 May 8;324(5928):811-3.
Movement intention after parietal cortex stimulation in humans.
Desmurget M, Reilly KT, Richard N, Szathmari A, Mottolese C, Sirigu A.

頭頂連合野(後方)周辺を刺激すると意図(intention)が、運動前野(premotor cortex)周辺を刺激すると運動は生じるけど意図は生まれない、というすごい結果を報告している。

Science. 2009 May 8;324(5928):731-3.
Neuroscience. The sources of human volition.
Haggard P.
Haggardさんによる上の論文の解説。

Nat Rev Neurosci. 2008 Dec;9(12):934-46.
Human volition: towards a neuroscience of will.
Haggard P.
Haggardさんの総説。

Nature. 2009 May 14;459(7244):164-5.
Is free will an illusion?
Heisenberg M.
最近ネイチャーに掲載されたエッセーで、神経活動の決定論的な側面と確率的な側面も議論しながら行動は自発的に生まれるんだと、自由意志はイリュージョンではないと主張していると理解した。ちなみに著者は、不確定性原理で有名なハイゼンブルグの息子さんで、ハエの研究でも有名な人。ちなみにこのエッセーは読んだけど、もう一つ心には響かなかった記憶がある。。。少なくとも、今回参加したイベントでは、もう少し先の議論をしていたように思う。

Curr Biol. 2008 Jul 22;18(14):R584-5.
Free will.
Montague PR.
ついでに。自由意志を現在の神経科学、特に意思決定の分野の言葉を使って解説しているといったら良いか。結局は自由意志の議論は意思決定の研究分野と大いに重複するということなのだろう。(いわずもがな?)

New York TimesのコラムニストTierney氏も今回のイベントについて記事を書いていて、参加者3人の自由意志の定義なども紹介されている。


<過去の関連エントリー>
リベットと自由意志と2007年と
人はホントに自由か?~自由意志の問題~


<関連本>
*こちらも紹介だけ、、、

マインド・タイム 脳と意識の時間
下條先生が翻訳されたリベットの

Alfred Meleの本
Free Will and Luck
Effective Intentions: The Power of Conscious Will

Daniel Wegnerの本
Illusion of Conscious Will

あとはデネットの本も。
自由は進化する


6/06/2009

ニューロンたちが使う「限られたボキャブラリー」

脳では、多様なニューロンたちがネットワークとして働いている。そんなネットワークでは、どんな活動パターン、「ボキャブラリー」、が使われているか?

最近Neuronに報告された研究によると、音刺激によって聴覚野で生じる活動パターンは、音入力がなく自発的に活動が生じている時のパターンと似ていて、感覚刺激は「自発活動ボキャブラリー集」の中から表現されていそうだとわかった。

ラトガーズ大Luczakたちが報告している。(って、うちのラボの論文です、、、)

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研究では、ラット聴覚野(または体性感覚野)から50個前後のニューロン活動を同時に計測し、感覚応答と「自発活動」を神経集団レベルで詳しく調べている。神経活動の時間的なパターンと、各ニューロンが何回活動したかという「発火頻度」、その両方の観点から調べている。

ちなみに、自発活動として、麻酔下、睡眠中、そして休憩中に生じる「up状態」といわれるイベントに注目。

何がわかったかというと、感覚応答と自発活動は似ているだけでなく、そもそも自発活動は感覚応答の範囲を既定していること、そして自発活動の活動パターンそのものも可能な範囲のうちごく限られた組み合わせしか生じていない、ということがわかった。

別の言い方をすると、

個々の神経活動だけを見て予想される「活動パターンの可能な組み合わせ」があったとする。けれども、自発活動はその可能な範囲のごく一部のパターンしか生じていない。さらに、感覚入力によって生じた活動パターンは、その自発活動のさらに狭い範囲でしか起こっていない、ということがわかった。

さらに別の言い方をすると、、、(しつこいですが)

今5つの文字から成る文字列を考える。それぞれの文字には27種類のアルファベットを使える。なので、組み合わせは膨大。けど、実際の自然言語では、例えばAAAABといった単語はない。限られた範囲の組み合わせでしか使われていない。

今回の研究から、神経集団の活動パターンという点で見ても、それとアナロジーが成り立ちそうだとわかった。
さらに例えるなら、自発活動はいわば辞書みたいなもので、感覚応答は言ってみれば、その辞書の中のあるカテゴリーの単語で表現されている、そんな感じ。(ちと言い過ぎか?)

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個人的なコメント

はじめて原稿を投稿してから発表に至るまでえらく苦労してましたが、それでもNeuronという一流の雑誌に載せれたのはホントすばらしい。筆頭著者のアーターは現在カナダでMcNaughton率いる研究所で独立中。

アーターは解析に関してすばらしい才能の持ち主なので、それがいかんなく発揮されている良い論文だと思います。

従来の単一細胞記録の発想でいうと、刺激呈示で生じる活動は刺激呈示前のそれとは明らかに違うはず。

しかし、そこでは刺激呈示前にも生じていた活動を「ノイズ」として扱って、同一試行を何回も繰り返して、平均化という処理を経て「ノイズ」をキャンセルアウトしている。もしかしたら、その解析過程の結果からくる印象でしかないかもしれない。

そうではなく、刺激呈示とは関係ないタイミングで生じた活動を単一試行単位で積極的に扱って、さらに神経集団レベルで見てみると、もしかしたら、刺激呈示中の活動と自発的なイベントは区別つかないかも?と思えれば、この論文と近い見方になるのではないかという気がする。

論文で主張していることは、いわゆるprovocativeな感じがするけれど(例えば、今回使っていない感覚刺激を使って自発活動の範疇を超える活動が得られてしまったらたちまち主張が、、、それ以前に、他の観点から今回のデータを解析し直したら主張の変更を迫られる可能性だってあるやもしれない。一応フェアに書いときます)、実際の脳でどんなことが起こっているか?をさらに理解していくための議論として良い問題提起をしているのだと思われる。

Discussionの最後の段落、ケン節ここに極めれり、って感じです。。。

ちなみに、体性感覚野のデータ(図5)は必要か?と思わないでもないけれど、「論文を通すには必要」だったようです。。。(なので、このデータは深く考えないでください)

論文の主張を理解するための肝となる図は、図3、6、7か。
マニアックな人には図7は重要。
主張は、図8Fのマンガ。

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文献

Neuron. 2009 May 14;62(3):413-25.
Spontaneous events outline the realm of possible sensory responses in neocortical populations.
Luczak A, Barthó P, Harris KD.
今回紹介した論文。

これに先立って
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Jan 2;104(1):347-52. Epub 2006 Dec 21.
Sequential structure of neocortical spontaneous activity in vivo.
Luczak A, Barthó P, Marguet SL, Buzsáki G, Harris KD.
という論文も報告しているので、あわせてお読みください。

後者の論文では、自発活動中のシーケンスについて報告していて、今回紹介した論文の前半部分は、そのシーケンスが実は感覚応答でも似ている、という発見をしている。