5/10/2008

意思決定の総説たち~Journal of Neuroscienceより

「意思決定」のことを勉強したいとき、何から手をつけたら良いか難しい選択に迫られる。

専門家に聞いても、おそらく違う答えが返ってくるか、「どんな意思決定に興味がある?」と逆に質問されそうな気もする。

「意思決定」の研究はどんどん広く・深くなっている。

この1年以内に、複数の雑誌で意思決定に関する特集が組まれている。基本的には「神経科学」という視点で考えているので、他にも特集があるかもしれない。

確認できる範囲では、ScienceNature Neuroscience、そしてJournal of Neuroscienceの特集。今回は、Journal of Neuroscienceの2007年8月1日号の特集をごく簡単にまとめてみる。(ちなみに、掲載から半年以上たっているので、論文はすべてPDFでダウンロード可)

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この特集はいわゆるvalue-based decision(定義は以下)と呼ばれる意思決定に関する特集。

まずは特集の導入記事。

J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8159-60.
The neural basis of choice and decision making.
Balleine BW.
全文

まず意思決定を次のように定義している。

the ability of humans and other animals to choose between competing courses of action based on the relative value of their consequences.

ある行動をしたらどんな結果が返ってくるか、その「価値」に基づいて複数の選択肢を比べて、行動を選択するヒトを含む動物が持つ能力。

といった感じで良いか。

この導入記事では、技術的な進歩によって意思決定の研究分野が大きく広がっていることを紹介し、今回の特集全体を簡潔にまとめている。この特集で扱っている内容は、計算論、神経経済学、前頭前野の機能分化、眼窩前頭皮質の機能、皮質―線条体回路の機能、そしてドーパミン、と非常に包括的な内容となっている。

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以下、各記事について。

J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8161-5.
The role of the dorsal striatum in reward and decision-making.
Balleine BW, Delgado MR, Hikosaka O.
全文

ここでは、線条体の機能分化と意思決定との関係について、ラット・サル・ヒトの研究を包括的にまとめている。論文中の図1が非常にわかりやすい。

1.線条体の背内側(あるいは尾状核)が前頭前野と密に連絡をとって目標指向的行動に関わる。
2.線条体の背外側(あるいは被殻)は感覚・運動系の皮質と連絡をとって習慣化した行動に関わる。

が種を超えたポイントのようだ。この図では腹側線条体も載っている。後で紹介する神経経済学の話にも出てくるように、ここは報酬や報酬期待といった行動のモチベーションと密接に関係する。

ちなみに、本文中でラットに関する記述はBalleineがまとめたと思われるが、前頭前野内側部の機能分化について詳しく議論されていて、非常に勉強になった。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8166-9.
What we know and do not know about the functions of the orbitofrontal cortex after 20 years of cross-species studies.
Murray EA, O'Doherty JP, Schoenbaum G.
全文

ここでは眼窩前頭皮質(OFC)の機能について、歴史的な背景から今後の課題について議論している。
歴史的には、眼窩前頭皮質が破壊されることで、逆転学習に障害がでたり、行動の結果のdevaluation(ポジティブだった価値を減らすもしくはネガティブにすること)に対する感受性が減ったりするから、OFCは注目を浴びてきたようだ。

今後の課題として4つ挙げている。

1.OFCは柔軟な行動とどう(いつ)結びつくか?devaluationと逆転学習を脳機能として区別できるか?
2.OFCは「価値」をどのように表現しているか?
3.OFCは感覚刺激と報酬、行動出力と報酬の連合を区別するところか?
4.OFCをどう定義するか?

上の線条体の総説に比べ、いろんな種の知見がちりばめられている。全体像を知るには悪くないが、何がコンセンサスが得られているのかを知るには、若干評価が難しい気がした。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8170-3.
Functional specialization of the primate frontal cortex during decision making.
Lee D, Rushworth MF, Walton ME, Watanabe M, Sakagami M.
全文

こちらは直前の眼窩前頭皮質の総説と一部重複する。
前頭葉を、3つのパートに分け、それぞれの機能を次のように考察している。
1.外側前頭前野: 最適な行動のため、環境の状態をモニターする。
2.眼窩前頭皮質: 報酬期待などの価値を表現する。
3.帯状皮質前部: 異なる行動出力に結びつく「効用(utility)」を評価する。

さらに、「ゲーム」と前頭葉との関係にも触れながら、社会的環境化での意思決定と前頭葉の機能分化についても議論している。なお、この記事は基本的にはサルの研究が基本となっている。一部、ラットやヒトの研究も含まれている。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8174-7.
Neural antecedents of financial decisions.
Knutson B, Bossaerts P.
全文

神経経済学の話。ヒトの脳活動イメージングの研究とファイナンシャルな意思決定について。

この記事では、腹側線条体は報酬期待の情報を、島皮質はリスクの情報を表現するのではないか?と議論している。

経済学よりの議論などは勉強になったが、いかんせん、まだ若い分野だからか、どれくらいコンセンサスが得られているのかは、若干不透明な印象を受けた。上の総説に比べると記述的な記事。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8178-80.
Understanding neural coding through the model-based analysis of decision making.
Corrado G, Doya K.
全文

モデルに基づいた意思決定の研究法に対する提案をしている。主観的な価値や確率に対応する「内部変数」を考慮にいたモデルと実験を組み合わせる研究について議論している。実際にそのコンセプトに乗っ取った研究をいくつか紹介している。


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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8181-3.
Dopaminergic mechanisms in actions and habits.
Wickens JR, Horvitz JC, Costa RM, Killcross S.
全文

ドーパミンによる可塑性と学習初期と後期のドーパミンの役割について議論してる。他にも、ドーパミン量の変化によって神経回路の活動がどのように変化するかも議論している。意思決定というよりは学習という側面が強いか。

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後記

ScienceNature Neuroscienceの特集はまだ一部しか読んでいないけど、体系的に勉強するなら、まず今回のJournal of Neuroscienceの特集を読み込んだ方が良い印象を受けた。各記事の長さも短く読みやすい。

その後で、最新あるいは今後のトレンドを知るべく、ScienceとNature Neuroscienceの特集を読むと良い気がする。特にScienceの特集は、さすがに奇をてらったというか、これからホットトピックになるであろう内容を扱っている気がする。

今回紹介したJournal of Neuroscienceの特集はvalue-based decisionに特化しているので、教科書に載っている情報処理の階層性でいうと、行動出力に近い前頭葉や線条体、そして中脳ドーパミン細胞の話が中心ということになる。

では、その階層性の前半は?

つまり、perceptual decisionといわれる意思決定に関しては、先日紹介した総説が良さそう。
Romoの一連の研究(例えばこの総説)は、階層性の重要箇所を網羅している。

一方で、そんな階層性の発想はナンセンスだという研究の芽も報告されてきている気もしないでもない(これは勝手な妄想)。少なくともげっ歯類の研究でそれを感じる。例えば、ShulerとBearのサイエンス論文では、データの解釈に付けこむ余地が若干ある気もするが、ラット一次視覚野で報酬期待に関連する神経活動を報告している。

また、Dommettらのサイエンス論文では、上丘深層の細胞が光に応答するようになると、ドーパミン細胞も活動すると報告している。上丘は、意思決定の最終アウトプットに近いところでもあり、網膜からの入力も受け、ドーパミン細胞にも情報を送っている。つまりは循環型回路を作っている(ように解釈できる)。これを考えると、「階層性」はなくはないのだろうけど、曖昧、もしくは別の見方をしないと現象をしっかり解釈できないのかもしれない。

さらに、意思決定は脳だけがするわけではない、とすると(もちろん定義によるが)、先日扱った研究でも「意思決定」という言葉で現象が扱われている。そういう「意思決定」まで含めるとすると、とにかく膨大な研究が同時多発的に進行中ということになる。

つまりは、

意思決定を勉強したいんですけど、何から手をつけたら良いですか?

と和尚に聞くと、

まず「意思決定」をお調べなさい。


という禅問答的な返答が返ってきそうなのが、この分野の特徴のようだ。

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過去の関連エントリー
GoldとShadlenの総説を読んで
大小の意思決定
カンファレンス・プレビュー

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神経経済学の包括的な教科書
Neuroeconomics: Decision Making and the Brain

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