12/31/2007

リベットと自由意志と2007年と

日本ではすでに年が明けていようが、大多数の方が2008年にこのエントリーを読むとわかっていようが、まだ2007年である。

ということで、今年2007年に亡くなった偉大な研究者を偲びながらエントリーをたててみる。

Benjamin Libet
7月に亡くなった。享年91歳。wikipediaによると、ヴァーチャル・ノーベル賞を2003年に受賞したそうで、こちらで「アットホーム」な雰囲気の受賞講演のムービーを見ることができる。

Libetは実験的な意識研究のパイオニアで、自由意志のディベートに科学的なデータを提供したことでも有名。
その1983年に発表した論文では、主観的報告と時間解像度の高い脳活動計測、さらに筋電活動計測を組み合わせて、自由意志的な気持ちが湧き上がる数百ミリ秒も前に、すでに脳が活動し始めていることを示した。自由意志はイリュージョンである、という考えを強くサポートする研究と位置づけられている。

その後の研究のフォローアップとしては、自分が知る範囲では、Haggardという人の研究が重要か。今年もfMRIを使った研究で、Libetの言う自由意志の存在可能性の余地として唱えた「拒否権」を発動する脳の場所は、ブロードマン9野の一部ではないか、と主張する論文を発表している。

それはそれで良いのだが、個人的に気になるのは、どうやってreadiness potential(準備電位)が生じるのか?というメカニズムの問題。

その前に、readiness potentialとは何か?
RPと略す。どんな脳活動かというと、単純には、実際行動が起こる前に生じる脳活動。それだけでは味もそっけもないから、Libet実験のスパイスを絡めて「セクシーさ」を出してみるとこう:

Libetの実験では、2.5秒くらいで点が時計のようにグルっと一周するモニターを人に見せて、自由なタイミングでボタンを押してもらう。すると、ボタン押しに関連した筋肉の活動より500~700ミリ秒前にそのreadiness potential(RP)が高次運動野あたりに見られることを示した。自由意志というか、インテンションというか、運動を起こそうという気持ちを感じるのは筋活動より300ミリ秒前くらい。実験的には、モニターの点がどこに来た時にその意志が生じたか、あとで教えてもらって、その点から筋電、RPがおこったタイミングを比較すれば、時間順序を知ることができる。Libetの実験データは、RPが始まって数百ミリ秒後にようやく自由意志を感じる、という解釈ができる。

その文脈では、RPは自由意志を感じる前に起こる脳活動、というセクシーな説明もできる。

ちなみに、Haggardの後の再現実験では、RPというよりも、lateralized readiness potentialが「インテンションの気づき」となじむということを提唱した。lateralized readiness potential、偏側性準備電位という難しい訳がウェブで見つかる。lateralizedとは、例えば右手でボタンを押す場合、脳活動が左脳だけで見れるからlateralizedという修飾語がRPについている。LRPと略す。

話がそれた。

LRPなりRPなりなんでも良い。Libetの研究を踏まえて自分が抱く問題は少なくとも2つ。第一に、どうやってRP的な活動が勝手に・自由に生じるのか?そのRPが起こるタイミングを何らかの形で予測・予報できるか?つまり、メカニズムの問題。第二に、RP的な活動が起こった後にどうやってインテンションに気づくのか?気づくことに何の意味があるのか?つまり、脳活動から意識が生まれる仕組みと意識なり気づきの役割の問題。

ここでは、第一の問題を気にしてみる。なぜなら後者よりまだ手に負えそうな気がホンの少しだけするから。(後者の問題を来年の年の瀬くらいに考えるようになることが来年の課題です。。。)

とりあえず次の仮説的なことを考えてみる。

自由な判断でボタン押しをするという課題・文脈が与えられた時点(初期状態)で、押すべきか、押さざるべきかを考えている二つの脳状態・脳活動が同時に生じる。そして、「押すべし集団」の勢いが「押すな集団」を凌駕し、形勢が一気に「押せ」に傾いてRP的活動が生じ、それ以下のプロセスが連鎖反応的に・なだれ的に進み、ボタンを押す。

もしくはノーシンキングな集団とごく少数の「押すべし集団」がいる、という状況が初期状態と考えても良い。そして、「押すべし集団」の勢力が増していってRP的活動につながる。


では、その仮説(?)を示すにはどうしたら良いか?
実験的には、たくさんのニューロンの活動を同時に計測して、その二つの対抗勢力の勢力分布がどう変化するか調べ、RPというマクロ的な活動が生じていく様子を説明していけば良いか。そして、何がきっかけで形勢が変化するか細かく調べれば良いか。

計算論的には、この仮説をモチベーションにシミュレーションして、少なくともRPの発生を説明するネットワークモデルを考える、ということになるか?

後者はすぐにでもできそうな気がする。(もちろん自分はできないけど)
例えば、発想的にはCouzin2005年ネイチャー論文に近いのはどうだろう。そこでは、情報を握った小集団を仮定して、個々のエレメントは誰がその情報を握っているのか知らなくても、バイオロジカルにもっともらしい単純なルールを想定するだけで、集団的意思決定を説明できることを示していた。このモデルで鳥や魚などの集団行動を説明できる。これをベースにして、アイデアをパクッて、神経ネットワークモデルでネットワーク状態の変遷を調べると良いのではないか。(と勝手な楽観的なことを素人だから書く)


では前者の実験的なアプローチをどう考えるか?

人では無理。なので、マカクなりげっ歯類なりハエなり線虫なりで調べるというオプションがすぐに思い浮かぶ。ハエや線虫だと、せっかく人の研究でCMAやSMA/preSMA周辺が大事という知見が得られているのに、その知見を応用するには距離がある。アブストラクトなレベルではだめ、という立場をとるとするなら、マカクなりげっ歯類ということになる。アブストラクトでOKなら、ハエは有力モデルであるのは確か。だから、ハエの研究にアンテナを張っておくと良いアイデアをもらえる機会がありそう。

それはともかく、今、マカクかげっ歯類で研究するとする。
主観的報告はあきらめても、リベット実験モドキ行動課題はできる気がする。(こう考えると、今の意思決定、行動選択という文脈でやられている研究の範疇に収まる恐れもあるのか。。。)

そして、その課題をやっている最中の神経集団活動をマルチ記録・イメージングなりでごっそり計測するということになる。今はネットワークのことを考えているから、単一細胞記録をやりたおしてバーチャルポピュレーションで考えても良い、という立場はたぶん取れない。(できれば相互作用も扱いたいから)
そして、できればネットワークの状態変遷を実験的に操作して、自由意志を操作されたロボットのような行動を引起せたら、かなりいい線いける。

この研究の場合、前頭前野のここのニューロン活動が中央実行系的役割を果たす、的なオチで終わらせるのではなく、下流のニューロンのことや、一見どうでも良さそうな「弱いリンク」にも注目しながら、ネットワークのことを考えてみたい。というかそれをしないといけない。

一見、意外とできそうな気もする。
というかRomoは文脈付けこそ微妙に違えど近いことをすでに手がけているように、こうして書いているうちに思えてきた。最近報告した論文で彼らの言う「noニューロン」は、入力寄り・出力寄りという点では違うかもしれないけど、上の「押すな集団」とアナロジカルなものと捉えられないだろうか。けど、彼はまだマルチ記録をバリバリはやってないはず。だから、相互作用という点でつっこんだことをやれてないはず。局所電気刺激はどの細胞のどこを刺激しているのかわからないし(電極周辺を通過している神経線維も刺激しているはず)、細かいところで非常に不安。ということは、Svoboda実験の方向で考えた方がやはり良いか?ただし、今の光センサーベースのツールは「レチナールの呪い」がどこかに潜んでいるような気がしないでもない。

それから、ホントにネットワークのことを考えるなら相互作用を扱いたいわけで、コネクトーム的な構造情報がないとかなりきつい気もする。。。なぜなら、ネットワークの重要な特徴は「弱い結合」にこそ潜んでいる可能性が過去の事例(例えばスモールワールドネットワーク)から考えられ、従来のほとんどの神経科学研究はその「弱い結合」を見落とす、除外するというバイアスがかかっている・かかっていたおそれがあるから。コネクトーム的なことまで必要だとすると、やはりマウスでやっていくのがベターなオプションな気もする。

大いに「ブーム」に沿った発想で、新しくない、という批判は自分でもよくわかっている。が、それほど悪い方向ではないように思う。こうしてみると、今世の中にavailableな技術を総動員すれば、こういう問題に超まじめにアプローチしていけそうな可能性がこの1,2年で見えてきたのではないか。

来年2008年の今頃。この考えが自分の中でどれくらい具体化しているか??それとも、この局所解から抜け出せるような次のブレークスルーが起こっているのか?

2007年の年の瀬、納めなければいけない目の前の仕事を納めずに、さらに発散させることを考えてみた。(現実逃避とも言う)

update:
リベット関連の本をいくつか。


12/22/2007

クリスマスの素朴な疑問

クリスマスにちなんだ超アホネタ。

なぜ日本ではクリスマスにKFCが繁盛するか?

これは、アメリカに来た当初、ステファンに指摘されて気づいた問題である。その昔、自分もクリスマスにKFCでチキンを買ったクチだが、確かにおかしい。。。

アメリカでは、KFCなんてしょせん二流ファーストフード。(「一流」があるかは知らんが)

クリスマスなんて特別な日に、KFCのチキンを食べる日本人が理解できん。

というアメリカ人の主張は確かに正しい。実際、その批判?への対抗は困難を極める。例え日本語で対抗できたとしても。。。


クリスマス ケンタッキー

ググッてみると、確かにその盛り上がりようがわかる。
例えば、nikkeiさんの記事

特別な夜にとっておきのケンタッキー!


Superb KFC for special night!
とでも訳したらいいか。

アー・ユー・キディング?
(お前、からかってんのか?)
と言われそうである。。。


では、この日本独自の文化の発祥はいつ・どこか?

こんな記事があった。この現象の起源はmysteriousらしい。。。

さらに、Xmas KFCでググッたら、こんな記事があった。かなりワロタ。。。日本人をネタにされてんのにわらける。。。くやしいけど。。。

この記事にあるように、ひょっとしたら70年代の文化的侵略時代に、このおかしな戦略が広まって、根付いたのかもしれない。確かにその当時は、ファーストフードそのものが新鮮で、アメリカンな感じだったから流行ったのだろう。。。

それにしても、戦略を企画した人が笑っている姿を想像すると、ちょっと腹が立つ。。。

なぜ日本ではクリスマスにKFCが繁盛するか?

昔、日本人はアメリカに憧れていて、それに便乗した企業戦略がはまり根付いてしまったから。ということになるか。

これでステファンともう少しましなデベートができそうだ。

ちなみに、アメリカでは日本食はかなりハイデフィニションな食事。日系企業がアメリカ人をだます?ことはできないだろうか。。。

聴覚機能を支えている遺伝子たち

聴覚機能はどんな遺伝子たちに支えられているか?

そんな問題意識で調べた論文を、独断と偏見で、調べた範囲内でまとめてみる。ちなみに、聴覚機能と言っても、主に蝸牛で働いている遺伝子たちの話(例外もあり)。この分野は、今回取り上げた論文を読んで初めて知ったことばかりなので、情報の精度はいつも以上に低いです。。。(誤り訂正等は大歓迎です。よろしくお願いします。)

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1.総説
まず総説を二つ。

Trends Mol Med. 2006 Feb;12(2):57-64. Epub 2006 Jan 10.
From deafness genes to hearing mechanisms: harmony and counterpoint.
Petit C.

途中から細かい話も登場するが、この分野の概要を理解するには最適な総説か。著者のPetitは、この分野の大御所的存在のようだ。

この総説ではまず、聴覚障害について解説がある。続いて、感覚神経性難聴(sensorineural deafness)と遺伝の関係が解説され、具体的な遺伝子と聴覚障害との関係がまとめられている。最後に、この分野の展望を議論している。

多くの研究は、マウスの分子生物学・分子遺伝学の成果によるところが多いようで、マウスの研究が人の聴覚障害の研究にどれくらい貢献できるか、そのメリットと課題について触れている。最後に、実際の成体を扱ったin vivoの研究の必要性を強調している。

論文中のBoxやTableも良い情報。

ちなみに、以下を読み進める上での参考情報をここで。
感覚神経系難聴のうち非シンドロームタイプ(non-syndromic forms)をさらに細かく区別する時にDFN, DFNA, DFNBという呼び方がされる。
DFNとは、X染色体とリンクした難聴。
DFNAとは、常染色体優勢遺伝の難聴。
DFNBとは、常染色体劣勢遺伝の難聴。
それぞれの遺伝子座が特定される度にDFNB1といった番号が割り当てられていくようだ。

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もう一つ総説。
Nat Genet. 2001 Feb;27(2):143-9.
A genetic approach to understanding auditory function.
Steel KP, Kros CJ.

少し前の総説になるが、こちらも蝸牛、特に内有毛細胞、外有毛細胞の機能と関連した遺伝子群についてまとめられている。


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2.Petitの研究
Petitの研究で面白いと思ったものを二つ。

Cell. 2006 Oct 20;127(2):277-89.
Otoferlin, defective in a human deafness form, is essential for exocytosis at the auditory ribbon synapse.
Roux I, Safieddine S, Nouvian R, Grati M, Simmler MC, Bahloul A, Perfettini I, Le Gall M, Rostaing P, Hamard G, Triller A, Avan P, Moser T, Petit C.

オトファーリン(Otoferlin)という、聴覚障害のうち常染色体劣勢遺伝の候補遺伝子として見つかった遺伝子がある。この論文でその機能を明らかにしている。

このオトファーリンは内有毛細胞(inner hair cells)のシナプス部位にいて、カルシウムと結合して、シナプス小胞のエキソサイトーシスを制御する重要なタンパク質(syntaxin1とSNAP25)と相互作用することがわかった。このオトファーリンを欠損させると、そのエキソサイトーシスが完全に止まる。したがって、オトファーリンは、有毛細胞から聴覚神経への情報伝達に必要不可欠だということがわかった。


Nat Genet. 2006 Jul;38(7):770-8. Epub 2006 Jun 25.
Mutations in the gene encoding pejvakin, a newly identified protein of the afferent auditory pathway, cause DFNB59 auditory neuropathy.
Delmaghani S, del Castillo FJ, Michel V, Leibovici M, Aghaie A, Ron U, Van Laer L, Ben-Tal N, Van Camp G, Weil D, Langa F, Lathrop M, Avan P, Petit C.

常染色体劣勢遺伝で、DFNB59の候補遺伝子を発見したという話。その遺伝子の名はpejakin。面白いのは、この遺伝子は内有毛細胞ではなく、その後の聴覚経路(下丘まで)のニューロンで発現しているという点。機能はわかっていないが、変異を入れたpejakinを「ノックイン」したマウスは聴覚障害を起こす。つまり、内有毛細胞以外の聴覚経路が正常に機能するのにこのpejakinは必要、ということになりそう。

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3.TMC1と聴覚障害
2002年に同定された遺伝子TMC1に関連した論文を3つ。

Nat Genet. 2002 Mar;30(3):277-84. Epub 2002 Feb 19.
Dominant and recessive deafness caused by mutations of a novel gene, TMC1, required for cochlear hair-cell function.
Kurima K, Peters LM, Yang Y, Riazuddin S, Ahmed ZM, Naz S, Arnaud D, Drury S, Mo J, Makishima T, Ghosh M, Menon PS, Deshmukh D, Oddoux C, Ostrer H, Khan S, Riazuddin S, Deininger PL, Hampton LL, Sullivan SL, Battey JF Jr, Keats BJ, Wilcox ER, Friedman TB, Griffith AJ.

DFNA36とDFNB7と11の原因遺伝子としてこのTMC1という遺伝子が発見された。TMCとはtransmembrane cochlear-expressed geneの略。

この論文の興味深い点は2つ。第一に、この遺伝子はdnマウスというすでに知られていた難聴マウスの原因遺伝子でもあったという点。このマウスを対象に、より基礎的な研究が可能ということになる。第二に、そのマウスをモデルにした研究から、この遺伝子はマウスが生まれた後(P5から)に有毛細胞で発現し始めるという点。機能は現時点でもまだわかっていないようだが、先天的な進行性聴覚障害の鍵を握る遺伝子ということになるか。


Nat Genet. 2002 Mar;30(3):257-8. Epub 2002 Feb 19.
Beethoven, a mouse model for dominant, progressive hearing loss DFNA36.
Vreugde S, Erven A, Kros CJ, Marcotti W, Fuchs H, Kurima K, Wilcox ER, Friedman TB, Griffith AJ, Balling R, Hrabé De Angelis M, Avraham KB, Steel KP.

同じ研究グループが、上の論文と同時に発表した論文。ENUという化学物質を使って、マウスのDNAにランダウに変異を起こすプロジェクトで偶然見つかった難聴マウス、ベートーベン(Beethoven)の報告。実はこのマウスもdnマウスと同様、TMC1に変異を持つ。


J Comp Neurol. 2008 Jan 20;506(3):442-51.
Maturation of auditory brainstem projections and calyces in the congenitally deaf (dn/dn) mouse.
Youssoufian M, Couchman K, Shivdasani MN, Paolini AG, Walmsley B.
dnマウスの聴覚経路の解剖。生後発達に注目している。聴覚神経の蝸牛核側の神経終末をエンドバルブと言うが、そのサイズがdnマウスでは減少していることがわかった。


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4.蓋膜の働き
蝸牛は大まかには3つのピースから成る。

蓋膜(tectoial membrane)
コルチ基(organ of Corti)
基底膜(basilar membrane)

コルチ基は、基底膜と蓋膜にサンドイッチされている。ちょうど上で書いた通り。

コルチ基に内有毛細胞がいて、聴覚神経に主な聴覚信号を伝える。基底膜は、いわゆるフーリエ変換的な音の周波数分解をして、内有毛細胞に振動情報を伝える。

では、蓋膜は何をするか?

コルチ基にある外有毛細胞を介して蓋膜は基底膜と物理的につながっている。共鳴を起こして信号増幅、周波数チューニングに関わっているのではないかという説はあったようだけど、よくわかっていなかった。けど、Richardsonたちのグループが立て続けに重要な事実を明らかにしている。

Neuron. 2000 Oct;28(1):273-85.
A targeted deletion in alpha-tectorin reveals that the tectorial membrane is required for the gain and timing of cochlear feedback.
Legan PK, Lukashkina VA, Goodyear RJ, Kössi M, Russell IJ, Richardson GP.

という論文では、α-Tectorinがなくなって、外有毛細胞を介した物理的な連絡がなくなる(減少する)とどうなるか?という疑問を立てて研究している。α-Tectorinは蓋膜を構成するタンパク質の一つ。

研究では、その遺伝子の3番目のエクソンを欠損したマウスを作成して、蝸牛の働きを調べている。その結果、コルチ基と基底膜の形は正常だけども、働きがおかしくなることがわかった。具体的には、基底膜の感度が落ち、通常見られるはずの蝸牛内の共鳴器的な働きが悪くなっていることがわかった。


Nat Neurosci. 2005 Aug;8(8):1035-42. Epub 2005 Jul 3.
A deafness mutation isolates a second role for the tectorial membrane in hearing.
Legan PK, Lukashkina VA, Goodyear RJ, Lukashkin AN, Verhoeven K, Van Camp G, Russell IJ, Richardson GP.

α-Tectorinのアミノ酸置換を起こしたマウスに注目している。このマウスは、先天性聴覚障害を持つオーストラリアのとある家系のモデル動物。

このマウスは、上のマウスと同様、蓋膜の異常はあるけども、コルチ基との接点は残っているらしい。この研究の驚きは、蓋膜とは関連していないと考えられていた内有毛細胞に機能的なリンクが見つかったということ。具体的には、変異マウスで、内有毛細胞のチューニングが大きく変化していることがわかった。基底膜を的確に揺らすのに蓋膜と外有毛細胞との正常な接点が大事、ということになりそう。


Nat Neurosci. 2007 Feb;10(2):215-23. Epub 2007 Jan 14.
Sharpened cochlear tuning in a mouse with a genetically modified tectorial membrane.
Russell IJ, Legan PK, Lukashkina VA, Lukashkin AN, Goodyear RJ, Richardson GP.

今年報告された論文では、蓋膜を構成する別のタンパクβ-Tectorinに注目している。この遺伝子をノックアウトすると、低周波数帯域の感知にだけ異常が生じることがわかった。つまり、基底膜で起こるであろう周波数分解の性能に蓋膜は関わるだろう、ということになりそう。

ということで、基底膜、コルチ基、蓋膜が三位一体となって、複雑な仕組みで音の振動が変換されているようだ。

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5.TRPチャネル
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Dec 4;104(49):19583-8. Epub 2007 Nov 28.
A helix-breaking mutation in TRPML3 leads to constitutive activity underlying deafness in the varitint-waddler mouse.
Grimm C, Cuajungco MP, van Aken AF, Schnee M, Jörs S, Kros CJ, Ricci AJ, Heller S.

ごく最近発表された論文。TRPチャネルが聴覚系でも働いているということを報告した論文。

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何を学ぶ?

とにかく基礎知識を身につける上でも非常に勉強になった。。。

それはともかく、第一に学んだことは、蝸牛レベルですでに超複雑、ということ。
まだわかっていないことがいろいろありそう。例えば、Richardsonたちの研究を考えると、基底膜・内有毛細胞の活動を蓋膜が支えているわけで、蝸牛というシステムがどう働いているのか、実はよくわかってないということになりそう。彼らの研究は、人工内耳の新しいストラテジーを考える上でも参考になる気もする。入力をよりバイオロジカルな事実に基づいて最適化できれば、もっとスムースに脳の可塑性を引き起こせるのかもしれない。

第二に学んだことは、geneticsの環境が整っている現状。
マウスを中心にこれだけgeneticsの研究が発展しているということは、より中枢レベルの研究にも間違いなく応用されていきそう。個人的には、ここで扱ったPetitの研究の応用に興味が沸く。これまでの聴覚研究はネコ、モルモット、ラット中心で行われてきた気がするけど、これから数年でマウスの聴覚研究は間違いなく注目を浴びると思われる。長期的にはバレルよりも良い気もする。なぜなら、感覚刺激の制御が圧倒的にやりやすいから。それにハイスピードで耳たぶの動きまでモニター、ということは必要なさそうだし運動系との関連は少なそう。マウスがどんな知覚をしているか人でも何となく空想できそうな気もする。。。(バレル系のイリュージョンなんて想像できない。)ただし、聴覚の場合は自分が発する音・振動をどうするか、という問題は残るか。これはかなりやっかいな問題。ハエの聴覚研究は今のところあまり聞かないし、聴覚という点だけで考えれば、ハエよりも良いモデル生物とは言えそうか。

12/15/2007

人工内耳と脳の適応 パート2:実際に起こる脳内変化

人工内耳と脳の可塑性についての第二弾。今回は動物実験ではあるが、人工内耳を取り付けたら、実際脳が適応的に変化したことを報告した論文を2つほど。

動物の人工内耳、というとはじめ意外だったけど、少なくともネコとモルモット用の人工内耳は開発されていて基礎研究に利用されているようだ。今回は、その中で「ネコの脳の可塑性」というテーマを扱った論文を読んでみた。

問題意識は、人工内耳を取り付けることで、脳のどこで、どんな変化が観察されるか?ということ。

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聴覚情報の流れ
まず予備知識として、聴覚情報の流れを簡単に。英語版wikipediaのAuditory systemも参考に。

有毛細胞→聴覚神経→蝸牛核→上オリーブ核(複合体)→下丘→視床(内側膝状体)→一次聴覚野→・・・

ただし、実際の解剖は、途中の神経核をスキップする線維があったり、逆方向の線維があったり、ここに書いていない神経核へ情報が「リーク」したりと超複雑。

ちなみに、前回のエントリーにあったように、人工内耳は蝸牛の聴覚神経を直接電気的に刺激して、聴覚情報の流れを回復させる。

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聴覚野の応答変化
はじめの論文は、1999年サイエンスに掲載された論文

先天的に聴覚障害を持つネコに人工内耳を取り付けたら、音に対して反応・行動できるようになり、一次聴覚野で聴覚応答が観察されるようになったことを報告している。

1973年にMairという人が先天的に聴覚障害を持つネコを報告しているようだ(文献情報)。ここで紹介する1999年の論文では、そのネコに注目し、人工内耳を数ヶ月間取り付けている。

まず、そのネコの行動を観察している。
音が鳴ると「耳たぶ」がピクッと動く反射行動が見れたり、音で目覚めることが観察されるようになったそうだ。さらなる確認のため、パブロフの犬のような条件付けのトレーニングしている。具体的には、特定の周波数の音がなると、餌がもらえることを学習させる。音が鳴ったら、餌のところに移動するかを調べて、学習したか評価する。その結果、1-3週間のトレーニングで、装置を取り付けたネコの条件付けに成功したとしている。つまり、人工内耳を取り付けたネコも行動的に音が聞こえている、ということがわかる。

では、脳の反応はどう変化するか?

次の実験では、聴覚野に音の情報が伝わっているかを調べている。装置を取り付けたネコ、装置を取り付けなかった先天異常を持つネコ、先天異常を持たないネコ、この3グループの聴覚野ニューロンの応答を計測し、比較している。

その結果、装置を取り付けたネコでは、
1.音が鳴った直後(30ms以下)に現れる応答が、取り付けなかったネコより大きくなる。
2.音が鳴ってから100-150ms後くらいの応答が現れる。(取り付けなかったネコでは観察されない)
3.人工内耳を取り付けた期間が長いほど、1の応答が大きくなり、その大きな応答をする聴覚野の領域が広くなる傾向がある。
4.6層構造を持つ聴覚野の中でも、視床から入力を受ける層と上層で大きな電流が流れるようになる。
ということがわかった。

3,4については、先天異常を持たないネコと比べても大きい傾向があるようだ。
以上が研究でわかったこと。

ということで、先天異常を持つネコでも、人工内耳を取り付けることで一次聴覚野が聴覚刺激に反応し、音に対して行動できるようになることがわかった。

では、その脳の変化は一次聴覚野に限ったことなのか?次の論文では、もっともっと早い処理段階でも変化が起こったことを報告している。

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シナプス構造の回復
次の論文は、2年前サイエンスに報告された論文

聴覚神経の神経終末が、人工内耳を取り付けることによって構造的な変化を起こす、正常な構造に戻る、ことを報告した論文。

しつこいけど、解剖のおさらい。
有毛細胞→聴覚神経→蝸牛核

この経路で、聴覚神経の終末をエンドバルブ(endbulb)と呼ぶ。聴覚神経→蝸牛核のシナプスの出力側が、エンドバルブ。そのエンドバルブは、他の脳内のシナプスを見渡しても巨大、という点も大きな特徴。

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さて、この論文でも先天的に聴覚障害を持つネコに注目し、人工内耳を取り付けている。そして、3ヵ月後のエンドバルブの構造を電子顕微鏡で調べている。

なぜ、エンドバルブの構造に注目したか?
聴覚は「処理スピード」が大事な感覚で、エンドバルブは的確な処理スピードを実現するのに適していそう、ということが言われているから。先天異常をもつネコの聴覚神経は異常な構造を持つことがわかっていたから。

ということで、人工内耳を取り付けると、その異常になっていたエンドバルブが変化を起こすのではないか?正常な構造に戻るのではないか?という仮説を立てて、それを検証したわけである。

研究からわかったことは、
1.先天異常を持つネコのエンドバルブは肥大化している。
2.人工内耳を取り付けることでエンドバルブのサイズが小さくなり、もともと正常な聴覚機能をもつネコのそれと同等になる。
ということ。

他にも、そのエンドバルブにあるシナプス小胞(神経伝達物質を含む小胞)の数が増えることがわかった。情報を伝えるという意味で、機能に直接結びつく構造的な変化と解釈しても良さそう。

ということで、人工内耳を取り付けて聴覚の信号が入力されると、異常だったエンドバルブが構造的に正常な状態に回復する、ということになる。

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以上二つの論文から何を学べるか?

少なくとも一次聴覚野と聴覚神経で可塑的な変化が見られる。他にも下丘での変化を報告している論文もある。おそらく聴覚経路のいろんなところでいろんな変化が起こるのだろう。

もちろん、ネコの研究を直接人に当てはめるわけにはいかないけど、人の脳でも何らかの構造・機能的変化が起こって、聴覚機能を回復していくのではないかと想像される。他にもリップリーディングといった、他の感覚を利用したり、トップダウン的なレベルの変化というのも想像できそうか。とすると、聴覚系を超えたいろんなところで柔軟な変化が起こっている可能性もある。

今回のケースでは、先天的に障害を持つネコを対象にしていた。
では、後天的というか、加齢と共に聴覚障害を負った場合はどうか?という疑問は現時点では完全に欠けているように思われる。いわゆる「クリティカルピリオド」の発想をどこまで適応できるかわからないが、もし仮に視覚野のそれをあてはめて考えると、生後数年経った動物を対象に同じ実験を行ったら、果たして同じことが見れるのか?もし違う変化が見られるなら、どう違うのか?といったことに興味がわく。また、その変化を促進できる方法はあるか?

もっともっと基礎研究的な観点から次のような素朴な疑問もわく。早い時期に聴覚を回復したケース、後期に障害を負って機能を回復したケース、そして通常、という3つのケースで「聞こえ」は、どれくらい似ていて、どれくらい違うのか?

とにかく、いろんなことがわからない。

今回いろいろ調べている過程で、このテーマに関連した研究分野のうち、遺伝子レベルの研究がかなり進んでいることがわかった。ひょっとしたら次回、そのトピックを扱うかも?です。

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参考文献
Science. 1999 Sep 10;285(5434):1729-33.
Recruitment of the auditory cortex in congenitally deaf cats by long-term cochlear electrostimulation.
Klinke R, Kral A, Heid S, Tillein J, Hartmann R.
前半で扱った論文。
聴覚野でのみ変化が起こったことを主張するには、若干データが不足している(だからか、聴覚野でのみ変化が起こった、とは主張していない)。行動データのコントロールが若干不安(人工内耳を取り付けていないネコのデータを出していない)。が、とにかく興味深い結果。早い反応は、人工内耳を取り付けないケースでも見れているという点は、「聞こえ」を考えると非常に興味深い。電気生理実験は麻酔下という「聞こえていない」状態で研究をしているので、後期の反応がホントに聞こえに結びつくのかは不明。

Science. 2005 Dec 2;310(5753):1490-2.
Restoration of auditory nerve synapses in cats by cochlear implants.
Ryugo DK, Kretzmer EA, Niparko JK.
後半扱った論文。
先天異常のネコで、もともと巨大なエンドバルブがなぜさらに巨大化していたのか?可塑性研究という点で興味深い。使われないとエンドバルブは肥大化する、という解釈で良いのか?次のレベルのcalyces of Held(これもエンドバルブに並んで大きいシナプス)でも似た構造変化が起こっているのか?

The Central Auditory System
聴覚系の教科書。
第一章で、聴覚経路の解剖と生理の概要が網羅されている。以下の章は各論、という構成。第一章だけでも膨大な情報を得ることができ非常にお薦め。主にネコの研究が集約されている。

さらに文献
J Neurosci. 2007 Dec 5;27(49):13541-51.
Electrical stimulation of the midbrain for hearing restoration: insight into the functional organization of the human central auditory system.

Lim HH, Lenarz T, Joseph G, Battmer RD, Samii A, Samii M, Patrick JF, Lenarz M.
長くなりすぎて今回扱えなかったごく最近の論文。
聴覚神経を腫瘍等のために切除して人工内耳の恩恵を受けられないケースもある。現在、聴覚経路の他の場所を刺激する神経プロスセティックスの研究が進められている。この論文は、神経線維腫症2型という疾患で聴覚障害になった3人の患者さんの臨床研究。下丘をターゲットにした神経プロスセティックスの報告。現時点では、人工内耳のようなメリットは期待できない。が、少なくとも蝸牛核を対象にしたプロスセティックスと同等のパフォーマンスを示し、かつ手術のリスクが低いというメリットはあるようだ。実用レベルに到達させるにはもっと基礎研究も含め研究を進める必要がありそう。個人的に思うのは、下丘でどのように音の情報が処理されているのか細胞レベルでもっともっと深く理解できれば、聴覚機能を回復させるためのより適切な刺激方法のヒントが得られる気がする。聴覚神経と同じロジックで刺激してはまずい気がする。なぜなら、下丘に到達するまでに相当な処理が行われているだろうから。基礎と臨床両方の連携が必要な気がする。


12/08/2007

人工内耳と脳の適応 パート1: 人工内耳とは?

人工内耳と脳の変化・可塑性をテーマに少し調べてみる。
今回はまず人工内耳そのものを中心に説明する。後半少しと次回、人工内耳と脳の可塑性のテーマを扱おうと思う。

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そもそも人工内耳とは何か?

人工内耳cochlear implant)は、失われた聴覚機能を取り戻すための装置のこと。現在、世界中で11万人以上の人がその恩恵を受けていて(文献)、小さな子供から大人まで、幅広い年齢層に適用可能。静かな環境なら、健常者とほぼ同等に会話を認識できるまで回復するケースもあるそうだ。

この人工内耳は、内耳の蝸牛cochlea)にある聴覚神経auditory nerve )を電気的に刺激し、音の信号を脳まで伝える手助けをする。最近注目を浴びている神経プロスセティックス(neuroprosthetics)の中で、50年以上の歴史を持つ先駆的かつ最も成功している例でもある。

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では、人工内耳はどう機能するか?

英語版ウィキペディアにかなり詳しい解説がある。この記事によると人工内耳は次のパーツから構成される。

マイクロフォン・・・空気の振動をキャッチして電気信号に変換する。
スピーチプロセッサー・・・電気信号にフィルターをかけて、適切な音信号に整える。
トランスミッター・・・プロセッサーで処理された音の信号を、電磁誘導を利用して内部装置(レシーバー?)へ伝える。

レシーバーとスティミュレーター・・・受け取った信号を、神経を刺激するための電気信号に変換する。
電極・・・最大22本で、直接聴覚神経を電気的に刺激する。


音はどう処理されて聞こえるか?
通常、音の振動情報は、まず内耳の蝸牛で電気信号に変換される。その際、蝸牛の有毛細胞
hair cells)が音の振動情報を電気信号に変換する。そして、その電気信号が聴覚神経を伝わり、脳内のいくつもの神経核での処理を経て、最終的には大脳新皮質、特に聴覚野へ伝えられる。その結果、音が「聞こえる」、と考えられる。

大雑把にまとめるなら、
音による振動→有毛細胞→聴覚神経→神経核→大脳新皮質
と書いて間違っていないか。

その入り口の蝸牛(多くは有毛細胞)に、先天的、あるいは後天的に異常が生じて聴覚障害を負った場合、なおかつ、聴覚神経そのものは機能できる場合、この人工内耳は威力を発揮する。つまり、音の振動信号から神経パルスへ変換する部分に異常が生じただけなら、その変換部分を人工内耳と置き換えよう、というロジックである。

つまり、
音による振動→人工内耳→聴覚神経→神経核→大脳新皮質
という聴覚信号の新しい流れを作ることで、人工内耳は機能する。ちなみに、補聴器は音の振動を単に増幅する(大きくする)だけなので、音の情報の流れを変えるわけではない。発想が全く違う。

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では、人工内耳を取り付けると脳の中でどんな変化が起こるのか?

新しい情報の流れができたら、脳が受け取るべき信号は、本来受け取る信号とは若干違うはず。それでも聴覚機能が回復するということは、その人工内耳からの信号に脳が何らか適応しているはずである。脳が変化しているはずである。脳が潜在的に持っている脳力を発揮しているはずである。

脳がどれくらい・どのように変化するのか詳しくわかれば、より効果的な人工内耳による聴覚機能の回復法を考えることができるかもしれない。

最近オンラインで公開された「人工内耳と脳の可塑性(Cochlear implants and brain plasticity)」というタイトルの総説に多くの情報が集約されている。そこでは、人工内耳と脳の可塑性に関連した実験証拠がいくつも紹介されている。主に大脳新皮質の聴覚野、その中でもはじめに聴覚信号を処理する一次聴覚野での可塑性に注目している。

そこでは次の3つのトピックを扱っている。
1.動物実験に注目した一次聴覚野の変化
2.実際に人工内耳を取り付けた方の臨床報告
3.ピッチ知覚(音の高低の知覚)、会話の知覚を調べた心理物理実験と聴覚野の変化との関係

これらの3つのトピックに関する膨大な研究を集約している。

それらの研究結果から総合すると、直接的な因果関係はわからないにしても、聴覚野の変化と人工内耳による聴覚機能の回復に対応関係があるのはコンセンサスが得られていると思ってよさそうである。

今回はここまで。
次回は動物実験に注目して、具体的な研究を紹介しようと思う。できれば、人工内耳以外の聴覚系神経プロスセティックスの話も扱おうと思う。

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参考情報

Hear Res. 2007 Sep 1 [Epub ahead of print]
Cochlear implants and brain plasticity.
Fallon JB, Irvine DR, Shepherd RK.

上で少し紹介した総説。膨大な研究がまとめられている。決して読みやすいとは言い難い。が、人工内耳と脳の可塑性の情報を知るには良い情報源になる。

やはりウィキペディア。特に英語版の充実ぶりは感動的。
例えば、

cochlear implant
sensorineural hearing loss
cochlea
hair cell
auditory system
neuroprosthetics

各ページ上のリンクからさらに情報を調べられる。

12/07/2007

コネクトーム

pooneilさんのエントリーとスウィングしてみます。

(BloggerはTB機能をサポートしてないようです。
無断で引用する形になってすみません、
pooneilさん。。。)


分子生物学の爆発的発展は、DNAの二重らせん構造と塩基対の法則がわかってから。遺伝コードの解明、セントラルドグマの提唱はそれに続く。

このアナロジーで、

システム神経科学の爆発的発展は、神経回路の構造とその基本法則がわかってから。神経コードの解明、セントラルドグマの提唱はそれに続く。

かも。。。

とにかく、回路を調べつくして情報を多くするだけではなく、構成原理まで踏み込んでいかないとホントのブレークスルーはない、ということで。

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最後に、コネクトーム関連の読み物でお茶を濁します。。。

Nature. 2007 Nov 1;450(7166):130-1.
Brain storm.
Smaglik P.
Full text
学会でのプレジデンシャル・レクチャーの裏を知るのに良さそう。

Nat Methods. 2007 Nov;4(11):975-81.
Following the wires.
Blow N.
Full text

シナプスレベルでのコネクトームの現状と課題など。


11/29/2007

記憶と危険な分子

「記憶と分子」というテーマに絡んだ論文で、最近目に留まったトピックを二つ。

メラトニンと夜間学習の非効率性
メラトニンの働きを抑えれば、学習効率が上がるかもしれない。

最近サイエンスに掲載された論文。夜に放出量が高まるメラトニンのせいで学習効率が落ちる、ということを示した論文。メラトニンは脳の松果体pineal gland)というところで産出される物質で、サーカディアンリズムと同調して放出量が変化する。研究では、昼間に行動するゼブラフィッシュをモデル生物として選び、メラトニンの情報伝達が夜間学習の非効率性を説明するのに、必要かつ十分だということを明らかにした。

人でどれくらい当てはまるかはもちろん不明だし、なぜ・どうやってメラトニンが学習の邪魔をするのかも不明。風が吹けば・・・の「風」の一つにメラトニンあり、という感じか。けど、もし人でも当てはまるとすると、一夜漬けほど効率の悪い勉強法なし、ということになるか。

文献
Science. 2007 Nov 16;318(5853):1144-6.
Melatonin suppresses nighttime memory formation in zebrafish.
Rawashdeh O, de Borsetti NH, Roman G, Cahill GM.


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ZIPで記憶消去

サイエンスに、しかも2年連続で出ているネタ。

PKMzなるタンパク質(PKCというタンパク質の触媒部位)の働きを抑えるZIPというケミカルがある。そのケミカルを脳に投与すると記憶喪失のような状態になることがわかってきた、という話。

昨年の論文では、海馬。最近の論文では、大脳新皮質での研究。ラットの脳にZIPを直接投与して、長期記憶に対する効果を調べたら、大雑把に言うと、記憶が消えることがわかった。

ポイントは、PKMzの働きが阻害されると、記憶ができてから数週間から1ヶ月という長期記憶までもが阻害されるという点。従来のドグマは、短中期:タンパク質合成・修飾など→長期:神経回路の構造的変化、とでも言ったら良かったわけだけど、そう単純ではないかも?という問題を提起したところが超面白い。つまり、長期記憶のフェーズでも特定のタンパク質の活性が大事ですよ、ということになるか。

逆のケミカル、つまり、長期記憶増強剤が見つかると大儲けできそう。(いろんな副作用がありそうだけど。。。)
少なくとも、「過去の記憶をすべて消して真っ白になりたい」と危険な希望を持っている人には朗報かも?

文献
Science. 2006 Aug 25;313(5790):1141-4.
Storage of spatial information by the maintenance mechanism of LTP.
Pastalkova E, Serrano P, Pinkhasova D, Wallace E, Fenton AA, Sacktor TC.

記憶の基礎となる現象の長期増強(
LTP)。海馬のLTPZIPによって抑えたら、海馬が関わる空間学習が阻害されたという話。この時点では、生きた脳でのLTPと学習の関係を示したという点で注目を浴びたのではないかと思われる。

Science. 2007 Aug 17;317(5840):951-3.
Rapid erasure of long-term memory associations in the cortex by an inhibitor of PKM zeta.
Shema R, Sacktor TC, Dudai Y.

こちらの論文がより重要。味覚の条件付け学習の長期記憶には島皮質が関わっていて、そこに
ZIPを注入したら、1ヶ月前の記憶すら消えてしまう、という恐ろしい話。

11/25/2007

自分の脳活動を覗いてコントロールする:リアルタイムfMRI

例えば何かを体験している時、自分の脳のどこがどう活動しているのか?
そんな脳の様子を自分自身で覗くことはできないか?
自分の脳を自力でコントロールできるようにはならないか?

そんな疑問・望みに一歩近づけるかもしれない技術がリアルタイムfMRI

fMRIは、脳活動に伴って起こる血流の変化を検出して、非侵襲的に脳活動を計測できる技術。それを「リアルタイム」でやって、脳のここがこれくらい活動している、という情報をその脳の持ち主に教えてやろう、という技術がリアルタイムfMRI

現時点では、実際の脳活動が起こってからその結果を知るまでには、10秒近くかかる。原理的にどう頑張っても数秒の遅れは必ず出る。だから、ここでの「リアルタイム」というのは、遅れはあるけど、連続的に脳活動を計測・解析し続ける、という意味に近い。「まさに今」、という意味のリアルタイムではない。

それはともかく、そんな面白い技術が今注目を浴びていて、例えば、自分の脳活動を知ることで痛みの感じ方が変わったり、トレーニングによって自分の脳の一部をコントロールできることがわかってきた。

そんなリアルタイムfMRIに関する総説がTrends in Cognitive Neuroscienceに掲載されている(こちら)。そこでは、リアルタイムfMRIの原理と限界、技術的課題の話からその実践例、そして将来の応用性についてまとめられている。

自分の脳活動の一部を自分でコントロールする術を身につけることで、医療に役立てたり(例えば慢性痛、一部の精神疾患の治療)、脳機能の向上に結び付けたり、さらには脳の働き方をより深く理解しようというわけだ。

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参考文献

Trends Cogn Sci. 2007 Nov;11(11):473-81. Epub 2007 Nov 7.
Reading and controlling human brain activation using real-time functional magnetic resonance imaging.
deCharms RC.

今回紹介した総説。
MRIのことに詳しくなくても読めるようにわかりやすく書かれている。関連文献の宝庫でもある。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2005 Dec 20;102(51):18626-31. Epub 2005 Dec 13.
Control over brain activation and pain learned by using real-time functional MRI.

deCharms RC, Maeda F, Glover GH, Ludlow D, Pauly JM, Soneji D, Gabrieli JD, Mackey SC.

上の総説と同じ著者による研究。
リアルタイム
fMRIによって痛覚が変化することを示した論文。具体的には、rostral anterior cigulate cortex(rACC)の活動をリアルタイムでコントロールするようにトレーニングすると、痛みの程度とrACCの活動を連動させられるようになることがわかった。さらに、慢性痛の患者さんが同様のトレーニングをすることで、痛みが和らぐことに成功した。

J Neurosci. 2007 Jul 11;27(28):7498-507.
Direct instrumental conditioning of neural activity using functional magnetic resonance imaging-derived reward feedback.
Bray S, Shimojo S, O'Doherty JP.

リアルタイム
fMRIを使って、自分の脳活動を学習によって変化させられることを示した論文。具体的には、体性感覚野の一部の活動があるレベルに達したら報酬を与えるように実験参加者をトレーニングしたら、できました、という内容。有名なFetz実験のリアルタイムfMRI版。

Neuroreport. 2004 Jul 19;15(10):1591-5.
Brain-computer interface using fMRI: spatial navigation by thoughts.

Yoo SS, Fairneny T, Chen NK, Choo SE, Panych LP, Park H, Lee SY, Jolesz FA.

リアルタイム
fMRIをブレーン・コンピューター・インターフェースとして応用した研究例。

Magn Reson Med. 1995 Feb;33(2):230-6.
Real-time functional magnetic resonance imaging.

Cox RW, Jesmanowicz A, Hyde JS.

オリジナルのコンセプトを唱えた論文。

11/24/2007

慈善のない国 日本

「お金持ちは日本では尊敬されない。だから彼らはお金を隠す」

「政府は非営利団体を信用していない」

「患者と研究者との結びつきがない」


最近読んだ記事A Country without Alms「施しのない国」からの引用である。日本の悲しい現実が克明に紹介されている。

この記事では、研究と慈善事業の関係、文化・価値観の日米格差を痛烈に紹介している。単に日本人研究者ではなく、日本人全体から日本のシステムそのものの抱えている問題点を批判している。

この記事に書かれていることはこうだ。

プライベートな非営利団体が研究推進のためにお金を研究者へ提供する、いわゆる研究助成を行うことが、日本では如何に難しいか、アメリカと対比して書かれている。その非営利団体の代表例として、脊髄損傷者のQOL向上を掲げる「日本せきずい基金」のことが紹介されている。ポイントは、日本では脊髄損傷治療に結びつく研究の充実を図る研究助成が難しい、ということである。

その背景としていくつもの問題点を指摘している。
慈善活動・チャリティーに対する考え・価値観がアメリカほど根付いていないこと、政府支援の希薄さ、経済情勢の問題(低金利政策)、お金の使い道の透明度に対する意識・感度の高さ、研究者と患者との連携の少なさ、など。

結果として、多くの非営利財団の資金は、病気等の根絶に結びつく研究助成というより、その運営と病気等の社会的認知度を上げることだけで手一杯という状況にあるのだろう。

慈善活動をしないことの例として、ビルゲイツ氏と孫氏の対比が紹介されている。
両者は、アメリカと日本を代表するお金持ち。前者は巨額の私財を投じて慈善的な財団を設立し、後者は地震などの災害時にチャリティーをする以外何も慈善活動的なことをしていない、と記事にはある。

この記事の写真が象徴的。
その写真で、ビルゲイツの表情は決して良いとは言いがたい。が、きれいな女性の横で満面の笑みを浮かべている日本の金持ちより、ビルゲイツの方が随分良い人間に見えるのは自分だけではないだろう。

この記事の冒頭から大濱眞氏が一貫して登場する。
この方は、32歳の時、ラグビーのプレー中に脊椎を損傷。現在、上述の
NPO法人・日本せきずい基金の理事長を務められている。この方の目標は、第一に、再び自分の手で食事ができるようになること。そして、第二に、脊椎損傷治療に結びつく研究を支援し、自分は例え無理でも、他の脊椎損傷者がいつか第一の目標を達成できるようにすること、とある。

けども、日本では、その控えめとも言える二つ目の目標へ向かうことすら難しい、としてこの記事がスタートする。そして、この記事の締めくくりには、日本ではシンボルとできる有名人がおらず、結果的に、アメリカからスーパーマン・クリストファーリーブをシンボルに立てざるを得なかった現実が紹介されている。

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では、どうすれば大濱氏の目標、特に第二の目標、を達成できるか?

もちろん、この記事で批判されている問題を少しずつ取り除いていくしかない。
ボトムアップ的な宣伝活動、トップダウンとして税制度の大幅な改変など。やはり有名人の中からこういう慈善活動の重要性をブロードキャストするような人が現れることほど効果的なことはない気がする。例えば、テレビに登場する人が大々的に宣伝してブーム的な活動を起こすのは、簡単な気もする。

もちろん、文化的な部分もあるから問題は根強そうで、本当にそういう活動を根付かせるのには時間はかかるのだろう。けど、変えた方が良いと思った人みんなが何でも良いから何かアウトプットするだけでも、随分違う気がした。

なので、自分ができることとして、こんなエントリーを立ててみた。


11/22/2007

ポッドキャスト~英語と科学とお金と

最近、ちょっとした移動の時、iPodにポッドキャストを入れて聞いている。ネイチャーサイエンスネイチャーニューロサイエンスのポッドキャストが中心(各リンクはポッドキャストへのリンク)。そこまでサイエンス馬鹿か、と言われそうだけど、実際いろいろメリットがあるので今回はそれをネタにしてみる。

メリット1:リスニング練習になる
メリット2:論文を読まなくても良い
メリット3:タダ

各メリットについて補足を。

メリット1。
かなり実践的なリスニング練習になる。もちろん、内容がサイエンスだからというのもある。けど、多様な英語を聞けるのがとにかく良い。いろんな言語を母国語として持つサイエンティストが次々と登場する。英国なまり、アメリカなまり?はもちろん、フランスなまり、中国なまり、日本なまりまで。

実際、アメリカで研究していると、いろんな癖のある英語を相手にするわけで、日本にいた時に聞いていた”typical”な英会話教材とは違う本当の英語を聞ける。

ポッドキャストでは、質問&回答という形式が中心だから、質疑応答のイメージトレーニングにもならなくもない。

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メリット2。
神経科学という文脈では、やはりネイチャーニューロサイエンスのポッドキャストはお薦め。最新版は、先日の学会特集で、面白い話題がいくつか紹介されている。ネイチャーに掲載された神経科学の論文がこちらでネタにされることもよくある。論文の著者が直接登場して解説するから、正確さという点ではこの上ない。記憶の残り方も、論文を読んだ時より鮮明な気もする。

ネイチャーとサイエンスのポッドキャストの場合、内容が自分の分野と全く違うトピックが多く、聞いてもよくわからんことが多い。。。(英語以外の問題と信じている)

けど、絶対に読まないであろう論文のアウトラインを知れるのは、ひょっとしたらひょっとして良いことがあるかもしれない。

まだないけど。

ポッドキャストは30分くらいの長さで適量。
聞き終わってもまだしばらく移動し続ける必要がある場合、その内容を自分なりに「反芻」したりするともっと効果的だと思われる。つまり、アクティブリスニングする時間をとれるとさらによし。

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メリット3。
アマゾンにお金を払ってコンテンツをダウンロードする必要はない。タダだから、例えハズレネタでも、聞くのを途中でやめても痛くも痒くもない。ウェブ登録して
iTune経由で簡単にダウンロードできる。

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結論
貧乏科学者にとってこれほど良いものはない。

give thanks ...

11/17/2007

ピアレビュー制度の変革とコンフィデンシャルコメントの賛否

今回のエントリーは完全プロ向け、しかも神経科学者対象。けど脳そのものとは関係なし。

Nature Neuroscienceのエディターがやっているブログのエントリー。(ぜひお読みください)

このエントリーの前半部分では、来年から一部の神経科学関連ジャーナルの査読システムを試験的に変化させることの説明がまずある。

これまでの制度では、次のことが普通だった。

例えば、JNSに投稿したら2ヵ月後くらいにレフリーに散々たたかれてリジェクト。その後、そのレフリーのコメントを参考に論文を手直し。ジャーナルのランクを下げて、例えば、JNPあたりへ投稿。査読結果をまた2ヶ月くらい待つ。。。またリジェクトだったら、また手直しして別のジャーナルへ投稿して、さらに2ヶ月休む。。。という無駄とも思える時間を過ごす。

けど、来年から試験導入されるであろう制度では、1つ目のジャーナルで(良い)レフリーだった人に、別のジャーナル上で明示的に再チャレンジできるようになるらしい。つまり、ジャーナルのランクを落として、リバイス的投稿ができるようになる。「あんたのコメントには応えたし、ジャーナルのランクも落としたし、はよ通して!」という要求ができることになる。これは良い話だと思う。

が、問題はその裏の話で、コンフィデンシャルコメントもジャーナル間で共有することになるそうで、それをどう思うか?コンフィデンシャルコメントそのものをどう思うか?神経科学者全体へ問いかけている。

コンフィデンシャルコメントというのは、論文の著者はアクセスできない、エディターとレフリー間でやり取りされる丸秘情報のこと。その丸秘情報がジャーナル間で共有されても良いか?倫理的な問題も含めてどうか?という問いかけ。

例えば、著者が見れるレフリーコメントにはほめ言葉が書いてあって、「このレフリーは自分の論文に好意的」と思っても、実はコンフィデンシャルコメントではボロクソに叩かれているというリスクもある。

この場合、悲劇は繰り返される。。。
例えジャーナルのランクを下げて、そのレフリーに再チャレンジしてもアクセプトされる可能性は低い。。。
そういうリスクもあるということ。

このエントリーに対して、多くの神経科学者がコメントを寄せている。自分が知ってる超有名人もコメントしている。その中でKochのコメントは簡潔で納得。

この問題、全神経科学者にとって重要な話題だと思われるので、ぜひ原文をどうぞ。

一過的な不均衡化と脳の変化

学習や注意によって、ニューロンの活動の仕方が変化する。その変化を捉え、その仕組みを詳しく調べる研究は、昔から行われている。

最新のネイチャーで発表されたFroemkeたちの論文によると、ニューロンの反応が変化するとき、普段均衡している興奮性と抑制性の入力バランスが、一時的に変化することがわかってきた。

そのバランスが変化する時、まず抑制性入力が下がった後に興奮性入力が大きくなる。その結果、意味のある情報に強く反応できるようになる。そして、興奮性入力は大きくなったまま、一旦下がった抑制性入力は時間と共に大きくなり、興奮と抑制のバランスはまた均衡状態になる。こうして、すでに変化したニューロンの反応の仕方はそのままで、次なる変化(学習)に備えられる。音の情報を処理する一次聴覚野でそのようなことが起こることがわかった。

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では、論文を詳しく見てみる。
まずは今回の研究を理解する上で重要な予備知識として、今回注目した実験系、シナプス入力のバランス、の二つについて説明してみる。

実験系~アセチルコリンと学習
学習、いわゆる可塑性、を調べるための実験方法はたくさんある。その一つに、nucleus basalisNBと略)と呼ばれる脳の底にある神経核と聴覚野との関係を調べる実験系がある。NBという神経核には主にアセチルコリン性のニューロンがいて、脳の底から大脳新皮質全体へ出力を送っている。

今回の研究グループが行った有名な実験がある。
NB
を電気刺激する時に、ラットに特定の周波数の音を聞かせる。その後で聴覚野のニューロンがどの音に応答するか調べた。すると、その周波数によく反応するニューロンがたくさんいることがわかった。ラットがその周波数の音が重要だと学習すると、聴覚野のニューロンがその音によく反応するようになる、という解釈が成り立つ。

今回の研究は、この聴覚野のニューロンがどのように反応の仕方を変化させるのか、その仕組みに迫っている。

興奮と抑制の入力バランス
脳には興奮性と抑制性の出力を送るニューロンたちがいる(こちらのエントリーも参照)。一個のニューロンの入力信号に注目すると、ニューロンは常に興奮性入力と抑制性入力を受け取っていて、その二つの成分は(時間的にひらたくみれば)バランスがとれている。

今回の研究では、その興奮性、抑制性入力が学習(NBの刺激と音の組み合わせ)によってどのように変化するか詳しく調べている。

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さて、論文へ。(できればお手元に論文を用意してください)

興奮・抑制入力の不均衡化
論文としては図1。
ここでは、
NB刺激とペアで聞かせた音に対して、興奮性と抑制性の入力バランスが変化することを明らかにしている。興奮入力は増大、抑制入力は減少する。

実験では、NBを電気刺激する時、ラットに特定の周波数の音を同時に聞かせる。(ラットには麻酔をかけている)そして、NB刺激前後の一次聴覚野ニューロンの反応(入力成分)をwhole-cell記録という方法によって調べている。

一般的に、一次聴覚野のニューロンは特定の周波数にチューニングしている。
1kHzから50kHzの音を聞かせてニューロンの応答を調べると、例えば、4kHzの音に最も反応して、50kHzの音にはほとんど反応しないニューロンがいたりする。ちなみに、ベストな反応を引き起こす周波数をbest frequency(最適周波数?)と呼ぶ。

では今、もともと4kHzの音にチューニングしていたニューロンがいて、それから活動を記録したとする。そして、NB刺激を行う時に、最適ではない2kHzの音をラットに聞かせる。

すると、NB刺激後、興奮性の入力成分はその2kHzで最も大きくなり、最適だった4kHzでの興奮入力は小さくなることがわかった。一方、抑制性入力は、2kHzで小さくなることがわかった。つまり、NB刺激とペアで聞かせた音に対して、興奮性と抑制性の入力バランスが変化することがわかった。

そのバランスが変化した結果として、ニューロンの出力である活動電位(スパイク)も2kHzの音を聞かせた時にたくさん発生することもわかった。

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不均衡化が起こる順序
論文では図2。
ここでは、抑制性入力の減少がまず起こることがわかった。

NB刺激は2-5分間行っている。そのNB刺激中の反応変化を調べたのがこの図2の結果になる。

NB刺激と音刺激を始めた直後から抑制性入力の減少が観察され、興奮性入力の増大は少し遅れて見れることがわかってきた。

つまり、不均衡化が起こる順序は、
抑制性入力の減少→興奮性入力の増大
となる。

さらに、この変化は、NB刺激によって放出されるであろうアセチルコリンの効果であることを確かめている。そのために、アトロピンというアセチルコリン受容体のブロッカーを一次聴覚野に直接投与して同じ実験をしている。すると、興奮・抑制入力は共に変化しないことがわかった。

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どこで変化が起こるか?
論文中で図3。
ここでは、
NB刺激による変化は、視床ではなく一次聴覚野内の現象であることを明らかにしている。

学習がどこで起こるか?というのはいつも問題になる。
今回の研究では一次聴覚野で調べているから、一次聴覚野で変化が見れたのは確か。だからといって、一次聴覚野の中で変化が起こったと結論はまだ付けられない。なぜなら、その一次聴覚野へ入力を送っている別の場所で、実は大きな変化が起こって、その結果が一次聴覚野で見れただけ、という可能性もあるから。

一次聴覚野へ入力を送っている場所は他にもたくさん考えられるが、真っ先に考えられるのは内側膝状体(MGBと略)という視床の聴覚関連核。

そこで図3の実験では、MGBからの入力と一次聴覚野に由来する入力、そのどちらで変化が起こったのかを調べている。実験としては、これまでの実験方法に加え、MGBと一次聴覚野内にさらに刺激電極を追加。それぞれからの電気刺激に対する応答を、NB刺激前後で調べている。もちろん、NB刺激中には特定の音を聞かせている。

すると、一次聴覚野内で電気刺激した時の応答は、これまで通り興奮性・抑制性共に変化していた。一方、MGBを刺激した場合の応答は、変化しないことがわかった。抑制性入力は元から観察されなかったとしている。

つまり、NB刺激による入力成分の変化は、一次聴覚野内の変化を反映したものだとわかった。もちろん、一次聴覚野へ入力を送っている場所はMGB以外にもたくさんあるので、それらの場所で変化が起こっている可能性は完全に排除はできない。けど、少なくとも一次聴覚野内で変化が起こったのは間違いなさそうだ。

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再均衡化
論文中の図4。
ここでは、一旦崩れた興奮性と抑制性のバランスが、1時間以上かけて再び均衡化することがわかった。

ここでの問題意識はこう。
普段、興奮と抑制のバランスは取れているのに、学習(
NB刺激と音刺激の組み合わせ)によって一旦そのバランスが崩れる。では、その崩れたバランスはそのままなのか、それとも再びバランスが取れた状態になるのか?ということ。

それを調べるには、一個のニューロンの反応を長時間調べ続ける必要がある。けど、それは技術的に難しい。一方、一次聴覚野には、同じ音にチューニングしたニューロンが近くに偏っていることがわかっている。もしそのニューロンたちが同じような変化をすると仮定すると、1個目のニューロンを記録中にNB刺激で変化を起こし、近傍の2個目、3個目のニューロンで、長期的な変化を追っていこう、という戦略を立てることができる。

その戦略で実際調べてみると、一旦下がった抑制入力が時間と共に大きくなっていく様子が見えてきた。一方、増大した興奮性入力は増大したままなので、例えば、16kHzから4kHzにチューニングした反応はそのままで、崩れた興奮・抑制バランスが再均衡化する、というなんとも美しい話になる。

なお、NB刺激後に音をならさずに、そのまま放っておくと、不均衡化はより長く続くこともわかった。つまり、この再均衡化は活動依存的、ということになる。

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まとめ
NB刺激によって起こる一次聴覚野で起こる可塑的変化では、まず抑制性入力が減少した後に興奮性入力が増大する。その不均衡化は1~2時間で再び均衡状態になる。その際、興奮性入力の増大は維持されたまま、一旦減少した抑制性入力が増大する。結果として、NB刺激によって起きた変化は維持され、経験の痕跡となる。

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個人的な感想

この論文、新規分野を開拓というわけではないかもしれないが、多くの神経科学者へインパクトを与える超重要な論文だと思う。

他の感覚系で可塑性を研究している人たちはもちろん学ぶことが多そう。アセチルコリンが絡んでいて、一次聴覚野内で可塑的変化が起こっているなら、今後スライスレベルの研究に落として、詳しいメカニズムを調べるという方向もあり。1,2時間で再び均衡化するという現象と、シナプスの構造変化や分子レベルのメカニズムと絡めて考える研究者もいそう。今回の結果を信じると、抑制性入力の変化は非常にダイナミックなわけで(しかも刺激依存的)、それを支える仕組みを調べることは、今後の一つの研究トピックになる気がする。

この論文、実験内容はもちろん、論文としてのアウトプットの仕方という点でもすばらしい。

実験内容
技術的に難しいことをやってる点がすごい。最近は、
in vivo whole-cell記録はいくつものラボでやってるからともかく、それにNB刺激実験を組み合わせて1回1時間近くの記録をやっている。特に、図3の実験、多くの人は手を動かす前に断念しそうなくらい大変そう。それをやってる。こういうことをしっかりやるというのが、良い論文を書くには重要なのだろう。

論文の書き方
実験内容とデータだけでも十分ネイチャー論文のレベルに達してると思うけど、論文の書き方という点からも非常にお手本になる論文だと思った。例えば、要旨。広い聴衆をひきつけておいて、発見内容のエッセンスを書いて、言いたいことを言って締めくくっている。

本文も簡潔な導入で、ストーリー性のあるクリアな記述。さすがネイチャー論文という気がした。

べた褒めするのもなんなので、ちょっと気になったこと、つっこみどころを、専門度を上げてつぶやいてみる。

麻酔、脳状態が変わるとどうか?
もちろん、今回のような実験は麻酔下の動物でないとできないので(この論文が出たから覚醒下でやってみようという人も出てくるか?)、麻酔を使うのは良い。今回使っている麻酔はこの研究グループが一貫して使い続けているペントバルビツール。これは気にした方が良さそう。

この麻酔は抑制作用が他の麻酔よりもかなり強烈なことで有名。例えば、いわゆるUPDOWN状態はほとんど見れず、脳状態はDOWN状態のまま。その意味では、睡眠中の動物の脳でも絶対に見れない脳状態で研究したということは気にしておく必要がありそう。

実際、聴覚系の研究で、麻酔薬の違いで、研究結果が食い違うことも知られている(参考文献を)。ということで、今回の研究結果は、今後、よりナチュラルな条件でどんなことが起こっているかを調べる良い仮説を提唱した、と捉えても良さそう。

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細胞多様性とさらなるメカニズム
多様な細胞種すべてに同じルールを適用できるかは、今後の一つの課題。
記録した深さは400-1100ミクロンとある。細胞種の記述は一切ないがたぶん錐体細胞だったと思われる。ということは、3-5層あたりの錐体細胞を中心にサンプルしたことになるか。ということは、3、4層の細胞で今回の結果が見れたというのは、本当か、特に図3がちょっと気になるところではある。ちなみに、3、4層は聴覚野では、視床からの入力を強く受けているところ。3層の一部や5層細胞の記録で、視床刺激によって抑制性入力が全くみれなくて良いのか、ちょっと疑問。例えば、フィードフォワード抑制の回路は全く働かないくらい小さな電気刺激だったのか?

細胞種という点では、個人的には、もっと浅い層で調べたらどうか、というのは非常に興味あり。それから、抑制性入力が落ちるということは、もし抑制性ニューロンから記録したら、違う傾向を示すニューロンがいる可能性もある。そうでないとまずくないか。このあたり、さらなるメカニズムを知るための大きな課題になりそう。一応、抑制性ニューロンから
in vivoパッチやってる研究もあるけど、技術的に大きな壁が立ちはだかっている。イメージングでアプローチするのも、克服すべき問題がたくさんある。(シナプス入力成分をどう解析するか?)とにかく、細胞多様性とさらなるメカニズムの研究は個人的には最も興味のある問題。

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STDPは起きないか?
今回の論文のsupplementary Fig.4、実は面白い。STDP的な可塑性を観察できていないことを示していると理解した。このあたり、実験デザインがSTDPにフィットしてないだけなのかちょっと自分にはわからないけど、聴覚な人たちを中心に、ちょっとした論争になる気がする。。。

次は、今後の課題などを。。。

NBの役割
NBは覚醒時とREM睡眠中に激しく活動する
今回の結果、
REMと記憶の固定化の関係は希薄ということと、矛盾はしないとは思う。けど、REM睡眠中のアセチルコリン、いったい何をしているのだろう。

それから、NBの細胞はすべてアセチルコリン性というわけではなく、そうでないニューロンもいる。NBを電気刺激すると、その両者が活動するだろうから、NBにいる非アセチルコリン性ニューロンも今回の現象に一役かっている可能性はないだろうか?(アトロピン実験はあるけど)

少なくとも、ニコレリスたちの説(参考文献参照)と矛盾しないか気になるところ。その説では、非アセチルコリン性ニューロンの活動は、皮質での脱抑制、ガンマオシレーションのトリガーに寄与しているのでは?としている。脱抑制という点では、今回の結果と同じなわけで、脱抑制的現象が単にアセチルコリンだけで説明できるのか、そうでないのか?(時間スケールの違い?脳状態の違い?)

わからないこと
アセチルコリンによって、多くの抑制細胞の活動が抑えられ、つまり脱抑制が起こって、興奮性が上がる。それはたぶん良い(上のニコレリスの説はおいといて)。けど、どうやってペアリングされた音に対してのみその変化が起こるのか?ペアリングした音はもともとの最適周波数ではないから、その音を最適周波数とするコラムから来る側方抑制が減る、ということになるのか?とすると、興奮・抑制の不均衡化とうまくなじむか。つまり、側方抑制と馴染が悪い興奮抑制の均衡化、ラット一次聴覚野では一時的にその側方抑制の効果が顔を出す、と理解すれば良いのか。

逆に、もし最適な周波数でペアリングしても同じことが起こるのか?それとも何も起きないのか?ちょっと興味がある。けど、これはマイナーか。

一過的な興奮性の増強を長期的な変化にしつつ(今回のデータでは区別できていないけど)、抑制性入力を再び増やす仕組みはいったい何か?前者は、過去にさんざんやられてきた可塑性研究とリンクさせられそうだけど、後者はどうか?時間スケールの違う現象が少なくとも二種類の細胞集団(興奮性と抑制性ニューロン)でごちゃごちゃ込み入っていてなかなかイメージしにくい。

とにかく、この研究から派生する研究・問題はたくさんありそう。

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参考文献

Nature. 2007 Nov 15;450(7168):425-429.
A synaptic memory trace for cortical receptive field plasticity.
Froemke RC, Merzenich MM, Schreiner CE.

今回紹介した論文。

Science. 1998 Mar 13;279(5357):1714-8.
Cortical map reorganization enabled by nucleus basalis activity.
Kilgard MP, Merzenich MM
NB
刺激によって一次聴覚野ニューロンの反応特性が変化することを示した。

Nature. 2003 Nov 27;426(6965):442-6.
Balanced inhibition underlies tuning and sharpens spike timing in auditory cortex.
Wehr M, Zador AM.

一次聴覚野では、興奮性と抑制性入力のチューニングが均衡していることを示した論文。それに加えて、彼らの言う「バイナリースパイキング」のメカニズムを説明している。(バイナリースパイキングはいろいろ物議をかもしてはいるが。。。)

Neuron. 2005 Aug 4;47(3):437-45.
Synaptic mechanisms of forward suppression in rat auditory cortex.
Wehr M, Zador AM.

メインポイントというわけではないが、麻酔によって見える現象が違うことを示している。今回紹介した話もこうなる可能性は十分ある。

J Neurophysiol. 2006 Dec;96(6):3209-19. Epub 2006 Aug 23.
Fast modulation of prefrontal cortex activity by basal forebrain noncholinergic neuronal ensembles.
Lin SC, Gervasoni D, Nicolelis MA.

ニコレリスの説。ただ、この論文では、非アセチルコリン性ニューロンの分類根拠はあまりにも弱いので、どれくらいの人が信じているかは不明。今回紹介した論文と全く関係ないかもしれない。(こちらで説明済み)

11/10/2007

学会を終えて

サンディエゴでの学会の感想等をつづってみます。

コネクトームブーム到来??

今回参加して、おそらくこれから数年間のうちにconnectomeというフレーズを謳う人がたくさん出てきそうな気がした。ゲノム(genome)プロジェクトが全塩基配列の決定だったら、コネクトームプロジェクトは、connection(結合)、脳の配線を調べつくそうという話。

間違いなくブームになりそう。
presidential special lectureの人選からそれを感じた。connectomeのパイオニアVan Essenらしい人選。

ということで、connectome絡みの比較的最近の論文を思いついた範囲でいくつかピックアップしてみると、

PLoS Comput Biol. 2005 Sep;1(4):e42.
The human connectome: A structural description of the human brain.
Sporns O, Tononi G, Kotter R.

神経束を生きたまま可視化できるというMRIDTI/DWI)を主に使ってhuman connectome、人の脳配線を決めること、をやろうという提案。(以前こちらでも紹介)

Nat Methods. 2007 Apr;4(4):331-6. Epub 2007 Mar 25.
Ultramicroscopy: three-dimensional visualization of neuronal networks in the whole mouse brain.
Dodt HU, Leischner U, Schierloh A, Jahrling N, Mauch CP, Deininger K, Deussing JM, Eder M, Zieglgansberger W, Becker K.

新しいタイプの光学顕微鏡。どれくらい汎用性があるのか、自分にはわからない。小さいサンプルなら使えるか?(以前紹介済

Nat Methods. 2007 Nov;4(11):943-50. Epub 2007 Oct 28.
Two-photon photostimulation and imaging of neural circuits.
Nikolenko V, Poskanzer KE, Yuste R.

ごく最近発表された論文。単一細胞レベルで、ニューロン間の結合(機能的な意味での結合)を調べられる。すべて光学系でできそう、というスゴワザ。まだスライスレベルとはいえ、かなりやばい。

PLoS Biol. 2004 Nov;2(11):e329. Epub 2004 Oct 19.
Serial block-face scanning electron microscopy to reconstruct three-dimensional tissue nanostructure.
Denk W, Horstmann H

Curr Opin Neurobiol. 2006 Oct;16(5):562-70. Epub 2006 Sep 8.
Towards neural circuit reconstruction with volume electron microscopy techniques.
Briggman KL, Denk W.

自動電子顕微鏡(serial block-face imaging)。connectomeのキラーツール?光学計測では見えないところが見えるので、圧倒的に有利で正確。自動化によって生産性が上がって、画像処理技術が大幅に向上すれば、他の方法はいらないかも。原理的には、分子局在の情報も載せられるか?統計的に考えれば良い、という立場を取れば、学習前後の配線・分子局在の変化だって研究対象になる気もする。ニューロンとグリアを同時に調べられる。いろんな夢が膨らむ。

今回のレクチャーでdiffusion MRIの話もあったが、個人的には5~10年以内に、死後検体のサンプルを自動電顕装置で調べ尽くす究極のhuman connectome project version 1.0が始まってもおかしくない気がする(かなり好い加減な見通し)。どれくらい膨大なデータサイズになるか知らないが、Googleの協力でも得てGoogle EarthバリのGoogle Brainが公開される日も遠くない気がする。(こちらを読むとそう楽観できないか?)

それはともかく、
connectomeがブームになろうがなるまいが、システム研究に如何に遺伝学を絡めるかということが、さらに重要になることを痛感した。その意味では、ハエのシステム研究から多くを学べそう。とすると、哺乳類を研究対象にするなら絶対的にマウス優位の時代到来?Brainbowの応用も面白そうだし、少なくとも大脳新皮質に関してはAllen Instituteが良いインフラを整備してくれそうな雰囲気。

いろんな意味で、rich-get-richerが加速気味のサイエンス業界。如何に良いサイエンスをやるか?ということを、手を動かす前に考えないとホントにやばい気がした。そんなこと言われなくてもわかってるけど、実践するのはホントに難しい。。。単に競争が激化している以上に恐ろしい時代に突入している気がした。

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学会で気になったこと

個人的には、学会はまだ論文になっていない「未発表データ」を話す場だと思っている。けど、相変わらず未発表データを持っているはずなのに、すでに論文になってるデータだけ発表して、他の人の未発表データを聞こうとする利己的な人が結構いたように感じた(ホントに未発表データがないのかもしれないけど)。「未発表データなしポスター」「発表データのみを発表する参加者」といったカテゴリーを設けるなどして、何か淘汰圧をかける仕組みが必要な気もする。競争が激しいから、、、という気持ちもわかるけど、自分だけデータを隠すというのはアンフェア。もしみんな同じ行動を取ったら学会は単なる顔合わせの場くらいの意味しか持たなくなる。ちょっと考えさせられた。

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と、まじめなことを書いた後は、ちょっと気楽に。


自分の発表

今回は、聴覚系のサテライトイベントでの口頭発表が最大のタスクだった。

何とか無事?に発表を終えた。それにしても緊張した。。。中には「緊張して手が震えてうまくポインターを指せません」と言ってウケを取っている人もいた。その人に比べたら緊張具合はまだましだったか?

口頭発表の直前にポスター発表の時間があった。
自分の英語はやはり相手に聞き取りにくい、と感じたので、口頭発表中はできるだけゆっくり話すように心がけた。それから、あらかじめアニメーションをしかけまくっていたのも奏功か。

聴衆の注意のコントロールは建前、自分のトークの手助けが本音。

規模は100人くらいだったか?
数千人を前にしたレクチャーで、スライドをほとんど使わず一時間くらい話せる人というのは、経験以上の才能があるのだろう。。。(トーク遺伝子?エンターテイナー遺伝子?)

ちなみに、今回の学会の直前、実は毎年恒例の研究所内ミニシンポジウムでもトークをしていた。その時は、誰からも「良かった」というコメントはかけられなかったけど(悲しいかな。。)、サテライトシンポジウムでは知らない人からもいろいろ声をかけられた。もちろん、外人のほめ言葉は8割引くらいで考えた方がいいだろうけど、ゼロでなかったのは良かった。質疑応答も、比較的イージーな部類の質問だったので、何とかお茶を濁せた気がする。

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ポスター発表は、サテライトイベントと学会中と2回発表。

トークの練習を積んでた分、ポスター発表はかなりリラックスしてできた。学会中のポスター発表では、前日ケンがトークしたおかげか、聴覚研究者以外の人たちにもたくさん来てもらった。ラボ全体的に盛況だったと思われる。やはり中日(なかび)のポスター発表は良い。

このブログをご覧になられて来られた方、ポスターのコピーのリクエストまでいただいた方、ありがとうございました。気軽にメール等でご感想・ご意見等をお聞かせください。ポスターに関係なくても大歓迎です。

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ソーシャルネタ

やっぱり学会は、夜。
今回は、10人以上の食事・パーティーに参加する機会に恵まれた。

学会初日は、基生研時代の知り合いに誘われて、少し遅れて食事会に参加。名前・顔は知っていたけど、話をしたことのなかった人たちとも話ができて有意義な時間を過ごせた。2次会はバーに行ったけど、うるさくて至近距離の人と会話するのにも一苦労。。。(ありがち)

2日目は、pooneilさんのところにもあるように、しげさんを誘って神経科学者SNSのオフ会に参加した。昔からpooneilさんは一方的には知っていたけど、こういう形でお話ができたのは今回初(ASSCの時はポスター発表を聞いただけだったし)。ブログをやってるおかげか、自己紹介なしでそれ以上の文脈で会話をスタートできるというのは結構良いかも?参加者全員と挨拶はできなかったけど、他にも大学院生やポスドクの方たちと話す機会があって充実のパーティーだった。

火曜日は、ラボのパーティーとバッティングしてしまったけど、もとから参加予定だったNY/NJ地区日本人研究者呑み会に参加。これまた初めてお会いする人がたくさんいて、いろんな話ができた。二次会は、いつもこってり絡んでる面子を中心にバーへ。

やはりナイトサイエンス?は重要。

それにしても今回、このブログを読んでいただいている方にたくさんお会いできた。自分のネームプレートを見て「読んでます」、お世辞でも「勉強になってます」などと言ってもらってうれしかったです。ありがとうございました。これからはこちらでも声(コメント)を気軽にかけてください。

10/27/2007

心トレ:パート2

前回パート1は、長年瞑想に取り組んだ仏教徒の脳活動の話だった。
今回は、瞑想に取り組むとどんな「脳力」に変化が起こるか?という話。

瞑想には、高い集中力が必要だからか、やはり集中力に関連したパフォーマンスが向上するようだ。

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2つ研究を紹介する。どちらの研究も、一流と言える科学雑誌に掲載されている。(念のため)

初めの研究では、チベット仏教の僧を対象にしている。長年の瞑想トレーニングが、知覚の安定化に貢献していることがわかった。

後半の研究では、普通の人が3ヶ月じっくり瞑想トレーニングに取り組むと、注意に関連したパフォーマンスと脳活動に変化が起こることがわかってきた。

どういう内容か、もう少し詳しく見てみる。

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瞑想と知覚の安定度

初めに紹介する研究では、ダライラマのサポートを得て、計76人の僧が研究に参加している。そして、僧の知覚体験の変化を調べたところ、「知覚の安定度」が違うことがわかった。瞑想しているかどうか、どんな瞑想をしているかによってその安定度が違うこと、そして、一般人と比べても安定度が違うことがわかった。

さらに詳しく。

研究では、英語でbinocular rivalrymotion-induced blindnessと呼ばれる二つの現象に注目している。

前者は、日本語で両眼視野闘争と呼ばれる。以下BRと略。
右目、左目に全く違う映像を見せる。すると、その左右の目から入力された情報が脳のどこかでまるでバトル(闘争)を繰り広げているように、左優勢、右優勢、あるいは左右が混ざった映像として視覚体験が起こる。しかも、その「戦況」が変化し続ける。

英語だが、こちらにサンプルがある。
例えば、左の「
Predominance」をクリックするとサンプル画像が並んでいるページへ移る。そのサンプルで、左右の視線を平行か交差させて、「ステレオ視」すると、BRを体験できる。

(もしステレオグラムを知らない場合は、こちらを。)

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後者のmotion-induced blindness(以下MIBと略)も、良い例web上で見つかる。このMIBでは、動かないはっきりした点が、動く背景画像によって消されてしまう。

リンク先では、三角形の3つの頂点、そしてその重心に点がある。合計4つ点がある。やることは、その重心を見つめ続けるだけ。その背景に格子状の模様があって、それが重心を中心にグルグル回り続ける。重心を見つめ続けると、三角形の頂点の点が突然消えたり現れたりする。実際はあるのに、見えなくなってしまう。

どちらの現象も注意と知覚体験に関連性があると言われている。
長い瞑想によって、集中力に変化が起こったら、この現象の知覚体験にも変化があるのではないか?というのが、研究の狙い。


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BRを使ってわかったことは、瞑想と言っても、瞑想の種類によって「戦況」の安定度が違う、ということ。いわゆる慈悲の瞑想(論文ではcompassion)と、呼吸などの何かの対象に集中する瞑想(論文ではone-point)のどちらかをやっている時の知覚変化を調べている。知覚変化は、ボタンを押すか、口頭で伝えるように僧に伝えておく。

すると、一点集中型の瞑想時にBRの知覚がより安定していることがわかった。つまり、僧が一点集中型の瞑想をしている時は、一旦左右の優勢が決まるとなかなか変化しない、ということになる。

さらに、もう一つの現象MIBを使った研究では、動かない点がどれくらいの間消え続けるかを調べている。一般人と僧のパフォーマンスを比べたところ、僧で「消失時間」が長いことがわかった。

この消失は、以前の研究で注意と関連することがうたわれているので、僧はやはり集中力が高く、知覚がなかなか揺らがないことを裏付けているのかもしれない。

ちなみに、ある一人の僧は何と12分も点が消失し続けたそうだ。このイリュージョンを体験してみるとわかるが、まさに超人的な現象と言えそう。その僧がウソをついていないなら。

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瞑想と脳力

次に紹介する研究では、普通の人が対象になる。1日10-12時間という瞑想トレーニングを3ヶ月続けた人は、脳の処理能力、処理の仕方に変化が起こることがわかってきた。

もっと詳しく見てみる。

研究では、そんな激しい瞑想トレーニングを3ヶ月行った人と、1日20分の瞑想トレーニングを1週間だけ行った人を比べている。前者を「激練組」、後者を「素人組」とでも呼ぶことにする。

研究で注目したのはやはり注意に関連した現象。attentional blinkと呼ばれる現象。文字通り、注意が「瞬き」をするような現象。こちらこちらにデモがある。

高速で画像を次々と見せて、その中に2枚「ターゲット画像」を挟んでおく。例えば、アルファベットの画像たちに、ターゲット画像として数字の画像が2枚混ぜておく。それを高速で見せて、ターゲットの数字の画像を見つけてもらう。(トランプを2枚だけ裏返しにして、それを高速でめくっていく感じに近いか?)

すると、その2枚のターゲットが短いインターバルで表示されると、1枚目に気づいても2枚目に気づかないことがある。

まず、1枚目のターゲットに注意が向く。注意が瞬きをしている間に表示された2枚目に注意を向けることができず、表示されたことに気づかない、とでも解釈したら良いか。

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この研究では、そんな注意が瞬きをする
attentional blinkの課題を、「激練組」と「素人組」にやってもらって、そのパフォーマンスと脳活動を調べている。さらにこの研究のしっかりしているところは、瞑想トレーニングの前後のパフォーマンスと脳活動も調べている点。つまり、同一人物の変化も調べている。この点は非常に重要。

ここでのパフォーマンスとは、2枚のターゲット画像を見つけられたかどうか。
attentional blinkの課題のパフォーマンスを調べたら2つのことがわかった。

第一に、瞑想トレーニングそのものの効果。瞑想トレーニング期間の前後で、パフォーマンスを比べてみると、「激練組」も「素人組」も共にパフォーマンスが向上。

もう一つは、瞑想トレーニングの量の違いとパフォーマンスの違い。瞑想トレーニング後のパフォーマンスは、「劇練組」の方が「素人組」より良いことがわかった。

さらに、脳活動を脳波として計ってみると、「劇練組」の脳活動がトレーニング前後で違うことがわかった。どう違うかというと、1枚目のターゲット画像が表示されてから0.5秒前後に起こる脳活動の成分が、瞑想トレーニング後に減っていることがわかった。頭頂連合野近くの活動が違っていた。しかも、その減り方大きいほど、2枚のターゲット画像に気づく傾向が高かった。さらに、その活動が減る成分は、2枚目がいつ表示されようが、1枚目のターゲットが表示された後に見られる成分だということがわかった。

つまり、瞑想トレーニング前は、1枚目のターゲットが表示された0.5秒後くらいに、大きな脳活動が引き起こされ、2枚目を処理するためのリソースが少なくなってしまう。結果として、2枚目に気づかない。けれども、瞑想トレーニングによって、1枚目の処理に使うリソースが減ることで、2枚目に気づく余裕ができる、という解釈が成り立ちそうだ。

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心トレと脳力

瞑想をやると、確かに集中力、注意に関連した脳力がアップするのは確かなようだ。

後半の研究では、脳活動の変化としてその根拠を与えている。一日10時間以上の瞑想を3ヶ月続ける、というのは非現実的だが、「素人組」では、1日20分の瞑想を1週間行っただけでも、注意に関連したパフォーマンスは確かに向上している。

一方、その研究の「劇練組」は、3ヶ月の修行に取り組む前、何らかの瞑想を経験した人ばかりらしい。しかし、なぜかはわからないが、瞑想トレーニング前のパフォーマンスは、「熟練組」と「素人組」で違いはなかった。ということは、中途半端なトレーニングは、何の効果も期待できないということにもなるかもしれない。

今後は、どれくらいトレーニングすれば脳活動として大きな変化が見られるのか、トレーニングをやめてもどれくらいその効果が続くのか、実験室で行われるテストではなく、日常生活・仕事上でどれくらい御利益があるのか、これらの点は今後の研究課題か。

気をつけなければいけないのは、今回の研究で、注意、集中力を調べるために使ったテスト(BR, MIBなど)はあくまでもテストで、それ自体が脳力アップにつながる保証はどこにもないということ。なので、例えば、「両眼視野闘争ゲーム」は心トレとして使える、と思うのは、現時点ではNG

日本の瞑想といえば禅。
禅では、調身・調息・調心を合言葉に、正しい坐り方で薄目を開け、深呼吸しながらそれに集中する(仏教の種類によって違うか?)。我流はまずいかもしれないが、毎日静かな環境で、心のトレーニングを少しずつ行えば、ひょっとしたら脳の効率性、仕事の効率性が上がるのかも??

とにかく、瞑想と科学の接点がホンの少し見えてきた。

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参考文献

今回紹介した論文
Curr Biol. 2005 Jun 7;15(11):R412-3.
Meditation alters perceptual rivalry in Tibetan Buddhist monks.
Carter OL, Presti DE, Callistemon C, Ungerer Y, Liu GB, Pettigrew JD.

前半で紹介した僧を対象にした研究。

PLoS Biol. 2007 Jun;5(6):e138.
Mental training affects distribution of limited brain resources.
Slagter HA, Lutz A, Greischar LL, Francis AD, Nieuwenhuis S, Davis JM, Davidson RJ.

後半紹介した研究。前回も登場したDavidsonたちの研究。

motion-induced blindnessについて
Nature. 2001 Jun 14;411(6839):798-801.
Motion-induced blindness in normal observers.
Bonneh YS, Cooperman A, Sagi D.

この論文で初めて報告された現象。こちらに詳しいデモが用意されている。

ごく最近の関連文献
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Oct 23;104(43):17152-6. Epub 2007 Oct 11.
Short-term meditation training improves attention and self-regulation.
Tang YY, Ma Y, Wang J, Fan Y, Feng S, Lu Q, Yu Q, Sui D, Rothbart MK, Fan M, Posner MI.

中国式心トレとも言えるIBMTを、1日20分5日だけやってもらう。すると、注意や感情を評価する指標が改善、さらにはストレスや免疫に関連した物質の血中濃度も変化することがわかった。ただし、論文中で主張している差がどれくらい意味のある差なのか、微妙な気もする。統計的に意味があると主張すること自体は問題ないけど。ちなみに、このIBMTには指導者の役割が重要らしく、我流で、というわけにはいかないようだ。