12/08/2007

人工内耳と脳の適応 パート1: 人工内耳とは?

人工内耳と脳の変化・可塑性をテーマに少し調べてみる。
今回はまず人工内耳そのものを中心に説明する。後半少しと次回、人工内耳と脳の可塑性のテーマを扱おうと思う。

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そもそも人工内耳とは何か?

人工内耳cochlear implant)は、失われた聴覚機能を取り戻すための装置のこと。現在、世界中で11万人以上の人がその恩恵を受けていて(文献)、小さな子供から大人まで、幅広い年齢層に適用可能。静かな環境なら、健常者とほぼ同等に会話を認識できるまで回復するケースもあるそうだ。

この人工内耳は、内耳の蝸牛cochlea)にある聴覚神経auditory nerve )を電気的に刺激し、音の信号を脳まで伝える手助けをする。最近注目を浴びている神経プロスセティックス(neuroprosthetics)の中で、50年以上の歴史を持つ先駆的かつ最も成功している例でもある。

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では、人工内耳はどう機能するか?

英語版ウィキペディアにかなり詳しい解説がある。この記事によると人工内耳は次のパーツから構成される。

マイクロフォン・・・空気の振動をキャッチして電気信号に変換する。
スピーチプロセッサー・・・電気信号にフィルターをかけて、適切な音信号に整える。
トランスミッター・・・プロセッサーで処理された音の信号を、電磁誘導を利用して内部装置(レシーバー?)へ伝える。

レシーバーとスティミュレーター・・・受け取った信号を、神経を刺激するための電気信号に変換する。
電極・・・最大22本で、直接聴覚神経を電気的に刺激する。


音はどう処理されて聞こえるか?
通常、音の振動情報は、まず内耳の蝸牛で電気信号に変換される。その際、蝸牛の有毛細胞
hair cells)が音の振動情報を電気信号に変換する。そして、その電気信号が聴覚神経を伝わり、脳内のいくつもの神経核での処理を経て、最終的には大脳新皮質、特に聴覚野へ伝えられる。その結果、音が「聞こえる」、と考えられる。

大雑把にまとめるなら、
音による振動→有毛細胞→聴覚神経→神経核→大脳新皮質
と書いて間違っていないか。

その入り口の蝸牛(多くは有毛細胞)に、先天的、あるいは後天的に異常が生じて聴覚障害を負った場合、なおかつ、聴覚神経そのものは機能できる場合、この人工内耳は威力を発揮する。つまり、音の振動信号から神経パルスへ変換する部分に異常が生じただけなら、その変換部分を人工内耳と置き換えよう、というロジックである。

つまり、
音による振動→人工内耳→聴覚神経→神経核→大脳新皮質
という聴覚信号の新しい流れを作ることで、人工内耳は機能する。ちなみに、補聴器は音の振動を単に増幅する(大きくする)だけなので、音の情報の流れを変えるわけではない。発想が全く違う。

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では、人工内耳を取り付けると脳の中でどんな変化が起こるのか?

新しい情報の流れができたら、脳が受け取るべき信号は、本来受け取る信号とは若干違うはず。それでも聴覚機能が回復するということは、その人工内耳からの信号に脳が何らか適応しているはずである。脳が変化しているはずである。脳が潜在的に持っている脳力を発揮しているはずである。

脳がどれくらい・どのように変化するのか詳しくわかれば、より効果的な人工内耳による聴覚機能の回復法を考えることができるかもしれない。

最近オンラインで公開された「人工内耳と脳の可塑性(Cochlear implants and brain plasticity)」というタイトルの総説に多くの情報が集約されている。そこでは、人工内耳と脳の可塑性に関連した実験証拠がいくつも紹介されている。主に大脳新皮質の聴覚野、その中でもはじめに聴覚信号を処理する一次聴覚野での可塑性に注目している。

そこでは次の3つのトピックを扱っている。
1.動物実験に注目した一次聴覚野の変化
2.実際に人工内耳を取り付けた方の臨床報告
3.ピッチ知覚(音の高低の知覚)、会話の知覚を調べた心理物理実験と聴覚野の変化との関係

これらの3つのトピックに関する膨大な研究を集約している。

それらの研究結果から総合すると、直接的な因果関係はわからないにしても、聴覚野の変化と人工内耳による聴覚機能の回復に対応関係があるのはコンセンサスが得られていると思ってよさそうである。

今回はここまで。
次回は動物実験に注目して、具体的な研究を紹介しようと思う。できれば、人工内耳以外の聴覚系神経プロスセティックスの話も扱おうと思う。

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参考情報

Hear Res. 2007 Sep 1 [Epub ahead of print]
Cochlear implants and brain plasticity.
Fallon JB, Irvine DR, Shepherd RK.

上で少し紹介した総説。膨大な研究がまとめられている。決して読みやすいとは言い難い。が、人工内耳と脳の可塑性の情報を知るには良い情報源になる。

やはりウィキペディア。特に英語版の充実ぶりは感動的。
例えば、

cochlear implant
sensorineural hearing loss
cochlea
hair cell
auditory system
neuroprosthetics

各ページ上のリンクからさらに情報を調べられる。

2 comments:

Anonymous said...

初めましてShuzoさん。いつもブログを楽しく読ませていただいております。私は現在博士課程の大学院生で、今後聴覚野の研究をしようと思っております。どうぞ、よろしくお願いします。
現在、私も人工内耳使用者のTonotopicに関する論文を読んでます(Guiraud et al., The Journal of Neuroscience, July 18,2007.) Shuzoさんがご紹介されていたScienceの論文もぜひしっかり読んでみたいと思います!!

Shuzo said...

takezoさん、初めまして。
聴覚野の研究に興味をお持ちとのことで、同業者が増えそうでうれしく思います。Guiraudらの論文ありがとうございました。まだ読んでおりませんでした。