3/14/2009

ニューロン集団活動と復号化と情報理論~Quian QuirogaとPanzeriの総説

脳の情報処理を細胞レベルで知りたい場合、従来から行われている方法はこう:

1個のニューロンの電気活動(スパイク)を計測しては、その活動と刺激入力や行動出力との対応を調べる。そして、例えば1年以上かけて、100個分のニューロン活動のデータを集めたら、そのデータを統計解析しては、脳でこんな情報処理をしている、といったことを議論する。

この方法は大成功をおさめて、脳の理解は深まったし、今でも重要な情報を提供し続けている。

一方で、20年くらい前から、次のような方法論も普及してきた:
たくさんのニューロンたちの活動を「同時」に計測して、その集団の活動から脳の情報処理を議論する。(この場合、1日の実験のデータ解析に1年以上かかることもある。。。)

と違う方法論ではあるけれど、きっと多くの人は、
ニューロンは集団として情報を処理している
と考えているはずである。

とすると、研究現場では、集めたニューロンたちの活動データから何とかして情報を抽出しないといけない。(でないと論文が書けない)

そんな情報を抽出する時の方法論をわかりやすくまとめた総説Nature Review Neuroscienceに掲載されている。

(*と、今回も非常にテクニカルな話題です。。。すみません。。。)

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著者のQuian QuirogaとPanzeriは、この総説の言葉を借りればneurostatistician(にゅーろすたてぃすてぃしゃん)。

神経統計学者。

非常に頭が良さそうな研究者の響きがする。

限られた量のニューロン活動データから情報を抽出する場合、従来の統計学+アルファの知識やノウハウが必要とされる。そのために新しい統計学の方法論を開発する必要も時にはあるから、そのような分野を「神経統計学」という耳慣れない言葉で表現するのだろう。

それはともかく、この総説では、ここ数年よく使われるようになってきた、ベイズ的な方法に代表される復号化(decoding)と、(シャノンの)情報理論について、神経統計学的な観点からまとめられている。

それぞれの基本的な発想とお互いの相補性、さらには実際に応用する時の注意点、限界なども説明されている。そして、著者の研究を主に紹介しながら、復号化と情報理論の応用例をまとめている。そして最後に、次元圧縮法や相関活動の扱いという技術的な問題を強調しながら、今後の課題・方向性を議論している。

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僕は神経統計学者ではないけど、研究分野としては非常に近いし、個人的な感想を書いてみる。

この総説は、神経集団スパイクデータの解析法としての、復号化と情報理論に関する基礎知識と重要文献が非常によくまとめられていて、必読文献だと思う。クロスバリデーションや情報量計算時のバイアスの問題なども言及されていて、実用上気をつけるべき情報も提供されている。

ただ、マルチニューロン活動計測をするかしないかの一つの本質であるノイズ相関のことは比較的軽目に扱われていたのは残念。これに関する重要文献の一部は参考文献として挙げられている。

また、Bialekたちの貢献があまり評価されていなかったように感じたのは気のせいか。ちなみに、Panzeriは情報理論で有名ではあるけど、最近の方法はともかく、一昔前の、しかも多くの人が使ってしまった相互情報量の計算法は、一部のわかっている人には評判は悪い。それがなぜかは、Panzeri自身が書いた総説を見ればよくわかる。

それから、このような総説を読んでいつも思うのは、テクニカルな議論になればなるほど、「脳との乖離」を感じる。

この総説にあるように、
1.計測
2.スパイクソーティング
3.スパイク解析
という3つのステップが研究上のプロセスなわけだけども、3の方法論的なことを深く考え進めると、どうしても1の部分、特に生物学的な視点がおろそかになる気がする。この総説を読みながらもそう感じた。常に、生ものを扱っているという視点を失わないようにしながら研究していかないといけない。(理論ではなく、あくまでデータ解析なんだし)

回路のごくごく一部のエレメントからしかニューロン活動を計測していないわけだから、解析の方法論を開発するのも重要な一方、回路のどのあたりからデータを得ているか、そういうことを考慮にいれながら、データを解釈していく必要もあるように思う。

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文献
Nat Rev Neurosci. 2009 Mar;10(3):173-85.
Extracting information from neuronal populations: information theory and decoding approaches.
Quian Quiroga R, Panzeri S.

3/07/2009

柔軟な脳の柔軟さ

以下の本のレビューです。

京都大学学術出版会
脳の情報表現を見る
櫻井芳雄
1,890円

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The problem of understanding behavior is the problem of understanding the total action of the nervous system, and vice versa.
-D.O. Hebb (1949)


脳はどのように働いているか?この謎はまだ解けていない。脳が働くのに大事な神経細胞(ニューロン)は、シナプスを介して複雑な回路を作っている。

とすると、一個一個ニューロンを調べていくのではなく、ニューロンが集団・回路としてどのように働くか調べないと、脳がどのように働くか、そして広い意味での行動を、理解できそうにないのは自明のように思える。

このように考えた時、カナダの心理学者ヘッブが、ちょうど60年前に提唱した「セル・アセンブリ」、そして「フェーズ・シーケンス」というコンセプトは、後世の研究者に大きな影響を与え続けている。

今回紹介する本の著者である櫻井教授の言葉を借りれば、そのセル・アセンブリとは、「同時に活動するニューロン間の機能的シナプス結合が強化されることで作られていく機能的なニューロン集団」(p32)であり、そのセル・アセンブリが特定の情報表現のために次々と形成されていくことをフェーズ・シーケンスと呼ぶ。

このヘッブのコンセプトを支持する実験データは、計測技術の発展に伴い、過去10~20年くらいでしだいに増えてきたが、日本で早くからこの本質的な問題に、真正面から取り組んできた研究者が著者の櫻井教授である。

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「協調的かつ柔軟に働く神経集団」に注目した脳研究の現状を知りたい時、この「脳の情報表現を見る」という本は良い本である。櫻井教授自身の過去と現在の研究、そして将来の研究方向、さらには研究フィロソフィーを知るのにも非常に良い。また、脳が如何に柔軟にできているか知る研究例がいくつも紹介されている。

自身も認められているように、一部の章でニューロン活動計測に関する専門的な話が登場する。が、これは裏返せば、実際の研究現場を知れる貴重な本とも言える。また、一貫して簡潔で平易な表現で書かれており、本全体を通して非常に読みやすい。

本ではまず、櫻井教授の研究フィロソフィーが述べられ、導入として上述のセル・アセンブリのことが説明されている。そして、15年以上にも及ぶ自身の研究戦略とその成果が紹介され、この数年間精力的に取り組まれているBMIことブレイン・マシン・インターフェースの研究分野、その過去と未来が簡潔にまとめられている。

そして後半の第6章からは、それまでのトピックからは少し離れ、脳の情報表現とそれを支える神経回路、そしてその柔軟性に関するトピックがわかりやすく紹介されている。

脳は如何に柔軟にできていて、働いているか、それが幅広い観点から議論されている。

特に最終章では、一部の脳機能が一旦損なわれても、年齢を問わずその機能が代償される例が紹介されている。これは、柔軟な脳の基盤とも言える「神経可塑性」の潜在能力を如実に現している例とも言える。

この本の一つのメッセージは、脳は柔軟にできているのだから、その脳を研究する人も頭を柔らかく使え、だと肝に銘じた。

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上述のように、この本は簡潔にまとめられた良い本である。もちろん、世の中に完璧な本はないので、気がついた問題点をフェアに指摘しておく。

まず、紙面の都合もあるだろうが、欲を言えば、文章の根拠となる参考文献がもう少し充実していればなお良かった。一部、まだ研究者間でコンセンサスが得られていないのに、一つの反例だけから、従来の説があたかも完全に否定されてしまったと誤解される表現もあるように思う。そのような誤解は、根拠となる参考文献をバランス良く充実させることで、少しは回避させられるだろう。

また、記憶の分類について、同じコンセプトを示しているのに、前後の章で異なる呼び方がされていた。これは、一般読者に混乱を招くかもしれない。とはいえ、これらの問題点はマイナーであり、この本の価値が損なわれるものではない。

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最後に、僕は「あとがき」に強く共感した(もちろん全体的に共感しているわけではあるけれど)。その前半に、一般社会への「脳」の氾濫に対する警鐘が書かれている。おそらく、まじめに取り組んでいる神経科学者だけでなく、この本を読まれるであろう賢明な一般読者の多くも、このあとがきと同じ意見を持たれているのではないだろうか。

これに関わらず、櫻井教授が書かれる批判的な文章のするどさにはいつも勉強させられる。その意味では、自然を学んでいく上で重要な、批判的姿勢を身に付ける上でもこの本は一読の価値がある。

その批判的な姿勢を磨いていくには、柔軟な脳を柔軟に使え、ということなのだろう。

コサイン

Cosyne 09へ行ってきました。

このミーティングは今回初参加だったので感想などを。

メインミーティングワークショップに分かれていて、今回は前者だけ参加したので、ワークショップ(露骨にスキーリゾートで開催される)のことはわかりません。

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そのメインミーティングはソルト・レーク・シティーのダウンタウンで開催され、そのあと、スキーリゾートへ移動し、2日間、ワークショップが開催される。ワークショップもなかなか良いらしい。(昼間スキー用の時間が、これまた露骨に設けられたりするし。。。)

参加する前は計算論的な話が多いのかと思ったら、意外と実験データを見る機会が多かった。いわゆるシステムズ・ニューロサイエンス、といったら良いのか。システムとして実際の脳を研究している話が多かった。実験の方法論は、電気生理はもちろん、fMRI、それからオプトジェネティクスなどなど。

アメリカからの参加者が大半だった印象は受けたけど、日本、ヨーロッパからの参加者もおられた。規模は全体で500人くらいだろうか。ホテルの「大宴会場」に全員入る規模で、みんなで朝から夕方までトークを聞いて、ポスターを夜から深夜まで見る、というスケジュール。なので、すべての発表演題を、みんなでシェアできる。

トークは2時間くらいのセッションに分けられ、まず招待講演者がトークをし、その後、参加者の中から選ばれた人が15分だけトークする。トークの質はなかなかハイレベルだった。ほとんどの人が未公表データを話した。

ポスターは全部で300演題で、1日100ずつ発表。
今回は採択率が80%くらいしかなかったそうで、ポスターも質の高いものが多かった。それだけ密度が濃い。

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メインミーティングに参加して、SFNのミーティングと強く感じた違いは、同じ人と何度も接触する機会に恵まれること。あらかじめ約束してなくても、知り合いと会えるし、新しい知り合いを増やす機会にも恵まれていた。

SFNはでかすぎて、、、と思っているシステム寄りの研究者にはなかなか良いミーティングだと思った。

ただ、ミーティングの初っ端に、オーガナイザーが、
参加者は年々増加しているけど、採択演題数はこの数年頭打ちにしている
と言っていた。

その結果として、演題採択率は年々減少しているらしい。今後、Cosyneが巨大化していくのか、演題数は保ったまま「質」にこだわるのかは注目。

それから、オーガナイザーが他に言っていたこととして、演題を募集してからミーティングが開催されるまで、数ヶ月の時間差しかない、ということ。SFNの場合、半年くらいの時間差がある。

という感じで、未公表で質の高い情報を効率良く収集するには良いミーティングだと思った。

ちなみに、会場のソルト・レーク・シティは、思ったほど寒くなく(平年より暖かめだったから?)、レストランも会場周辺にいくつかあって、少なくとも数日間の滞在には悪くないところだった。ホテルの値段もSFNのそれに比べたら格安(1泊100ドル強)。

という感じで、できれば(お金と時間があれば)参加し続けたいミーティング。

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以下、気になった演題とつぶやきを。
(アブストはすでに公開されていて、引用可能な論文冊子として出版されているので、ブログで少し書いても良いはず。。。たぶん。。。)

Internal representations of the olfactory world, Richard Axel
梨状皮質の神経集団活動をtwo photonで見ていた。マップがない知覚はいったいどうなっているんだろう?、と素朴な疑問を持った。

Multiple-electrodes, brain rhythms, and cognition, Earl K. Miller
「スポットライト」のシフトは面白いと思った。またトップジャーナルでお目にかかれそうなデータか。ただ、テクニカルな点として、Millerさんのトークに限らず、LFPで集団活動をある意味ごまかすのはあまり良くないかもな、と今回フラストレーションを覚えた。

State-dependent cortical processing: Cholinergic modulation of visual responses, M Goard, Y Dan
脳状態と視覚情報処理の話で、ネタ的にうちとかなりかぶっておった。。。やはり解析は、ごちゃごちゃワケのわからんことをして自分の頭を混乱させるより、自分の頭に合ったストレートフォワードな方がわかりやすくて良いよな、と痛感。。。(論文になるまでの「工程」を考慮にいれても。。。)

Selevtive in vivo activation of fast- or regular-spiking barrel cortex neurons with channelrhodopsin, J. Cardin, et al.
論文は最終フェーズとのこと。Mooreさん自ら説明してくれたけど、はじめにラボのヴィジョンを話した後にポスターの内容を説明してくれ、感銘を受けた。Moore研はコンスタントに良い論文を出し、テクニカルにも新しいことを次々に取り入れていて、非常に良いラボ。

Bayesian reconstruction of perceptual experiences from human brain activity, J. Gallant, et al.
現在、「ハイブリッドモデル」で視覚イメージの再構築(reconstruction)を試みている模様。単なる復号化というセクシーなところだけでなく、脳の情報処理について学べるデータも出してくれるところは、さすが、と思った。ただ、質疑応答でもあったけど、「再構築」と言われると、何となく違和感を覚えてしまう。あと、ベイズって、ホントに脳で行われていることなのだろうか。もしそうなら、現象を超えたメカニズム的な部分が気になるところではある。それはともかく、ジョークもうけていて、今回の招待講演者の中で最も印象に残ったトークの一つだった。

Synaptic mechanisms of whisker sensory perception, C Petersen, et al.
暴力的なデータのオンパレードでかなりdepress。。。最後に話した未公表データ、部分的にかぶってたし。。。やはり、良い理論ができるまでは、実験家が目指すべき方向は彼のような方向だな、と再認識。理論にしろ実験にしろ、中途半端が一番ダメ。トークもすばらしく良くまとまっていて、ベストトークの一つだった。

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ちなみに僕はポスター発表

いろんな人に来ていただき、いくつか良いフィードバックをいただきました。
それにしても英語をもう少し何とかせんといかんなぁと、いつものように痛感。勢いで出てくる英語が、後で考えるとワケのわからない文章(文法)だったりしたケースが多々あった。我慢して聞いてもらっている感じなので、いい加減改善させないとこの業界で生きていけない。。。

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ちなみに今回、なぜかフェローシップをもらえた(ラッキー!)。旅費サポートとして500ドル。

アメリカのフェローシップというと、何ページもアプリケーションを書いて、、、と大変なイメージがあるけど、今回のフェローシップは、演題登録時にレターを1ページ、オーガナイザーのCarandiniさんへ送っただけ。CVも推薦書も必要なし。

もしラボから複数の人が参加して、自分が発表するなら、応募資格を満たせる。今回、僕はポスターでもオーラルでもどちらもOK、として演題登録した。結果、オーラルにもスポットライトにも選ばれなかったから、必ずしも演題の質の高さは関係ない気がした(もちろん、自分の研究にはプライドを持ってます!、とは言いますが。。。)。

むしろ、申請したモン勝ち的な印象を受けた。(といっても、来年は知らんから、無責任なことは書けんが。。。)

それから、出したレターも、ボスやネイティブスピーカーに添削してもらわなかったから、日本人でも取りやすいフェローシップな気がした。ちなみに、そのレターでは、資金不足の切実さ、自分の研究をミーティングで発表する重要性を「かなり」強くアピールした。できるだけエモーショナルな部分を重視した。。。

とにもかくにも、Cosyneは、こじんまりとしつつも、システム寄りの質の高い話を聞け、友達を作りやすいミーティングでした。でかすぎるミーティングは、、、と思っている人にはぴったりなミーティングの一つな気がします。