7/26/2008

脳状態、多様性、情報コード:最近の必読論文

個人的に必読と思った最近の論文を三つ。

覚醒中の脳状態と神経集団活動

ネイチャーのオンライン版から。スイスのPetersenグループ論文

ネズミ(マウス)の「覚醒状態」といっても、ヒゲを活発に動かしている時と、大人しくしている時がある。バレル皮質2/3層ニューロンの膜電位の揺らぎを調べたら、その覚醒状態の違いによって、ニューロン同士が同調していたり、してなかったりすることを明らかにしている。

ヒゲを活発に動かしている時は、非同期的で、膜電位の揺らぎ方が小さくSN比が大きくなることがわかった。(ちなみに、その膜電位の揺らぎはヒゲからの感覚情報ではなく、脳の内部で生み出されているものである、という主張)

この論文は技術的にも、コンセプト的にも新しく、ネットワークレベルの活動と脳状態を考える上では必読。in vivo patchもついにマルチの時代へ。。。

文献
Nature. 2008 Jul 16. [Epub ahead of print]
Internal brain state regulates membrane potential synchrony in barrel cortex of behaving mice.
Poulet JF, Petersen CC.

Nature. 2008 Aug 14;454(7206):839-40.
Neuroscience: State-sanctioned synchrony.
Cruikshank SJ, Connors BW.
Connorsたちによる解説記事。
昔から脳波レベルで同期状態と非同期状態は知られていたから、コンセプト的には新しくない、ガンマ波が見れないのはおかしい、といった批判的論調。一方で、自分が理解した範囲では、Petersenたちの論文の図4の重要性には触れていない(このデータこそが重要なのに。。。たぶん)。と、かなりバイアスのかかった解説記事という印象を受けたので、あまりお薦めできません。。。

ちなみに、PetersenがFENS(ヨーロッパの神経科学学会)で受けたインタビューをNeuropod7月号で聴けます。

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なぜニューロンは多様か?

サイエンスに掲載されていたKlausbergerSomogyiによる総説
こちらも、神経ネットワークから情報処理を考える上で必読文献。海馬CA1に焦点をあて、なぜニューロンは多様なのか?という問題について、Klausbergerたちの一連の研究をまとめながら考察を展開している。この総説はニューロンの多様性に興味がない方にも超お薦めです。

文献
Science. 2008 Jul 4;321(5885):53-7.
Neuronal diversity and temporal dynamics: the unity of hippocampal circuit operations.
Klausberger T, Somogyi P.


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海馬の腹側と空間

サイエンスに掲載されていたMoserグループからの論文

表面的には、海馬CA3の腹側のニューロンは、背側より広めに空間をコードしている(逆に言えば、論文のタイトル通り、限られた広さの空間を表現している)、という発見。論文の図だけ見れば、何がポイントかわかってしまうという、さすがMoser、という良い論文。個人的には、海馬のスパースコードの解釈を考え直すきっかけになって刺激的だった。Hasselmoが書いたレビューもお薦め。

文献
Science. 2008 Jul 4;321(5885):140-3.
Finite scale of spatial representation in the hippocampus.
Kjelstrup KB, Solstad T, Brun VH, Hafting T, Leutgeb S, Witter MP, Moser EI, Moser MB.

7/19/2008

テキストーム?:生物学のテキスト・マイニング

日々、膨大な量の論文が発表される。

すべての情報をフォローするのは、限りなく不可能に近い。ヒトの脳のキャパを超えている。今のGoogleや、wikipediaの力を借りてもやはり限界がある。

AIの手を借りて、もっとスマートに情報収集できれば、と多くの人が願っているはず。そんなAIの開発につながるテキスト・マイニングの記事がCellに載っていて面白かった。

テキスト・マイニングとは、テキスト化(自然言語化)された膨大な情報から、隠れたルールを見つけ出すこと、とでも言ったら良いだろうか。データ・マイニングのテキスト版。このテキスト・マイニングの方法を開発する研究分野は、natural language processing自然言語処理、略してNLP)という研究分野の一部で、それはさらにAI研究分野の一部でもあるらしい。

生物学(今回の文脈に限れば、神経科学も含めて良いか)でのテキスト・マイニングは、論文などテキスト化された膨大な情報を効率的に集約して、新しい研究につなげよう、というのがその目的だと思われる。

ようは、テキスト・マイニングしてくれるAIにお知恵拝借、というわけである。

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この記事の構成は以下の通り:

1.テキスト・マイニングの各ステップの解説(以下参照)
2.テキスト・マイニングの評価法(コンペティションの紹介もアリ)
3.科学雑誌とデータベースの目的・性質の違いが生む問題点
4.セマンティック・ウェブの紹介
5.テキスト・マイニングの応用例4つ

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以下では、テキスト・マイニングの5つのプロセスを、今回の記事に基づいて書いてみる。(*括弧内の日本語は、自分で勝手に訳したので、対応する日本語があるかと思います。調べてません、すみません。。。)

1.IR (information retrieve)(情報収集・検索)
2.NER (named entity recognition) (キーワード・単語の定義)
3.IE (information extraction)(情報抽出)
4.QA (question/answer) (質問・回答形式での情報利用)
5.TS (text summarization) (情報要約)

IRはgoogleやpubmedgoogle scholarがやってくれているのをイメージすれば良い。

NERIEはおそらく同時並行的に行われるステップなのだろう。NERはキーワード、オブジェクトの認識で、IEはそのオブジェクト間の関係を調べマッピングすることだと理解した。

オブジェクトを認識、定義するには、他のオブジェクトとの関係を理解しないといけない。例えば、新しい遺伝子Xが見つかって、それを定義したい場合、その遺伝子Xが組織Aで働いていて、遺伝子Yと相互作用する、あるいは、遺伝子XXと似ている、といったことを調べないといけない。そういうのに近い。

IEというのは、「遺伝子Xは組織Aで働いている」ことをコンピューター・AIに見つけさせることで、NERは遺伝子Xや組織Aを定義する、というのがとりあえずの目的なのだろう。だから、この二つのプロセスは切り離せそうにない。

記事では、このNERとIEをさらに詳しく解説されている。

次のQAというのは、IR、NER、IEの応用例、と考えたら良いか。調べたいことを尋ねて、教えてもらうわけである。その例として、MITの研究者が開発しているSTARTが紹介されていた。

試しに、意識とは何ぞや?と聞いてみた。


Consciousness is regarded to comprise qualities such as subjectivity, self-awareness, sentience, and the ability to perceive the relationship between oneself and one's environment. It is a subject of much research in philosophy of mind, psychology, neuroscience, and cognitive science.

と教えてくれた。簡潔で、下手な科学者より良い回答、とも言えそうか。

ついでに、どうやったらノーベル賞が取れる?とアホな質問を投げかけてみた。

昨年のノーベル賞受賞者の情報を教えてくれた。

俺は知らんが、こいつらに聞け。

ということなのだろう。たらいまわし戦略をとるくらい、このAIは賢いようである。。。

さらに、君はノーベル賞取れる?と聞いた。

同じ回答が来た。。。
こいつはノーベル賞取れんな。。。

脱線。

最後のTSに関しては、それほどスペースはさかれてなかったが、おそらくNERやIRやQAと明確に区別されるものではないのだろう。

新しい研究のモチベーションとなる仮説を教えてくれたりしたら、科学のテキスト・マイニングは大成功、と言って良いのかもしれない。

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ついでに、この記事で表として紹介されていたテキストマイニングのページは以下の通り:

BLIMP
BioNLP Resources(Alexander Morganさんの個人ページ)
Dietrich Rebholz-Schuhmann(リンク集?Text Mining Tools集というのもアリ)
BIONLP.org
Literature mining for the biologist
From information retrieval to biological discovery
(各プロセスのリンク集)
What Is Text Mining? (Marti Hearstさんというプロの方がNYタイムズの記事にインスパイアされて書いたエッセイ。text miningでググるとwikipediaの次に出てくるくらい高ランクのエッセイ)

以上のリンクは、この分野に興味がある場合、良い情報源になる気がする。

ちなみに、Pubmedでtext miningで検索したら、342件ヒットした。面白そうなタイトルの論文も並んでいる。

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最後に、この記事を読みながら思ったことを3点。

まず、この分野のポテンシャル。
この分野、ウェブを中心とした情報管理・活用方法をさらに変える気がする。ライフサイエンスだけでなく、検索サイトからウェブ広告のあり方もガラッと変えるポテンシャルがあるのだろう。きっとGoogleも開発に取り組んでいるのだろうけど、そのGoogleを過去の遺物にしてしまうくらいのポテンシャルが、この分野に眠っている気がした。

確かに、これが実現すると、まさにAIだし、科学の分野で限って言えば、例えば数十年後、論文の著者はAIのAさんみたいになるのだろうか。さらなる就職難のウェーブが来るな。。。

第二に、英語と日本語コンテンツ格差のさらなる拡大。

日本語は単語同士がつながっているから、AIにしたら、名詞や動詞の認識すら難しそう。基本的な部分での壁がたくさんある。

けど一方で、一旦その壁をクリアできれば、メタなレベルは同じアルゴリズムが適用できそうな気もする。

ということは、日本語から英語の翻訳モジュールを作りさえすれば良さそうだから、本質的なテキストマイニングの研究・開発は英語ベースでやれば十分、という気もする。テキストマイニングそのものは、英語ベース。それに、日本語―英語翻訳モジュールをアドオン的に追加する、という戦略が良いか?

第三に、カスタマイズ化について。
万人ウケするだけでなく、如何にマニアックなリクエストに応えられるか、というのも大事な気がする。

例えば、QA。かゆいところに手が届くような回答をQAにさせないといけない。質問者の「意図」を理解する必要があるから、質問の表面的な理解だけでは、まずい。質問者ごとにカスタマイズされたQAができないと、いけない気がする。人によっては、回りくどい質問をすることもあるから、その意味・意図をしっかり理解しないといけない。自然言語を超えた部分の処理が要求される。(BMIや脳活動のディコーディングでもしないとだめ?逆に言えば、この分野と脳科学の融合は超魅力的。)

カスタマイズする方法として、すぐに思いつく方法は、例えば、個人個人の検索ワード、その後の参照サイト、滞在時間などの膨大な「行動情報」を集めて、それに基づいて「好み」を設定して回答を考えたり、好みの似ているAさんとBさんを詳しく比較して(pairwise correlation?)、Bさんは知っているけど、Aさんは知らない情報をAさんに教えたり、、、そんなことができれば、IRのレベルでも随分と変わる。いろんな遊びができそうな気もする。

とにもかくにも、非常に面白い研究分野である。

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紹介した文献
Cell. 2008 Jul 11;134(1):9-13.
Seeking a new biology through text mining.
Rzhetsky A, Seringhaus M, Gerstein M.

7/12/2008

車とイリュージョン

車の定期メンテナンスへ。400ドル強なり。

ボリすぎ。。。

日本にいた時、ハンドルやサイドブレーキの重みがメンテナンス前後で変わっていたから、確かに「何か」してくれたな、というのはわかった。けど、アメリカの場合、ただ数時間車を預かってもらったのと区別がつかん。。。財布の重みだけが変わった気分。

彼らはいい加減だから、ホントに何もしていないのでは?と疑念を抱いてしまう。同じトヨタだが何となく違う。

ガソリン代というジャブが家計を叩き続けている最中、このメンテナンス費はかなり効く。

先日、自動車保険の更新もしたところだし、あわせて1000ドル強飛んだことになる。

タックス・リベートの600ドルくらいでは足りん。(筋が違うか)

それはともかく、車ネタに強引に絡めて、フィラデルフィアの面白い道路を紹介する新聞記事を見つけた。

「バンプ」が浮かび上がって見えるイリュージョンを利用して、スピードを抑制しよう、という試みが紹介されていた。

道路に、その「バンプ・イリュージョン」の塗装を施したところ、確かに効果があったらしい。

その塗装、日本の積水樹脂社製らしい。暇だから調べてみたら、確かに販売している。。。

さて、これはホントに効果があるか?

田んぼで、カラスを追い払うための工夫がいろいろされていたのをふと連想した。カカシ、目の形をした風船のようなものなどいろいろ見た覚えがある。

しかし、カラスは道具を使えるくらい頭が良いから、そんなものはすぐに学習して、おそらくほとんど効果がない気がする。。。

今回の道路舗装は、おそらくそれに近い。所詮子供だましである。

なので、ヒトの場合も、1回目はサプライズで減速して、それ以降は効果がないだろう、というのは第一感。

しかし、この新聞記事を読みながら思ったのは、そのサプライズは相当強烈な記憶として残る気がする。

ひょっとすると、2回目通る時は、「そういえば、ここはスピードを抑えるところだな」と、イリュージョンによるサプライズで作られた記憶が、より理性的な(倫理的な?)考えを誘発して、視覚イリュージョンを超えた効果が出ても良いかも?とも思った。

一回目だまされたし、もっとスピード出したれ!

というヒトがいたら、それは悲しい。。。

なぜなら、カラスが「もうだまされるかい!」といって再び田んぼを荒らすことはあっても、「農家の人がかわいそうやし、他をあたるか」と思うようにはとても思えないからである。ヒトはもう少し理性的だと信じられているからである。

とにかく、その塗装の効果を支える脳活動がやや気になった。

他にも、脳のだまされ方、働き方を利用して、ローコストでドライバーの規制、ヒトの命を救うことを考えられるかもしれない。

その記事によると、アメリカでは2000年に2箇所で導入されていたらしい。今回のフィラデルフィアでも効果があったとのことで、フィラデルフィア内でさらに使用を拡大するそうだ。

アセチルコリンとネットワーク

神経伝達物質アセチルコリン(acetylcholine)は、海馬大脳新皮質のネットワークにどのように働くか、ということに関する最近の文献を三つほど。

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アセチルコリンと、抑制性ニューロン、神経オシレーション

一つ目は、Trends in Neuroscinceに掲載されていたLawrenceという人の総説

この総説では、多様な抑制性ニューロン(GABA作動性ニューロン)の活動を、アセチルコリンはどのようにコントロールするか?という視点から、細胞レベルとネットワークレベルでの知見をまとめてある。

抑制性ニューロン、神経オシレーションに興味がある場合、非常にお薦めの総説である。


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この文献の大まかな構成は以下の通り:

まず、アセチルコリンによるコントロールが、抑制性ニューロンのタイプによって違うことをまとめ、大脳新皮質と海馬を比較している。

続いて、細胞そのものが持っている「共鳴」特性とアセチルコリンとの関係に、少しだけ触れられている。

海馬と大脳新皮質のアセチルコリン(の大部分?)は、前脳基底部(basal forebrain)由来だけども、その前脳基底部からの線維がどのように入力しているか、解剖学的な知見を主にまとめている。

そして、シータ波ガンマ波の発生に、アセチルコリンと抑制性ニューロンがどのように絡むかをまとめ、将来の課題が挙げられて締めくくられている。

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抑制性ニューロンは多様なだけに、この文献そのものも記述的でいろんな情報がつめこまれいる。その分、学ぶことは多いが、一段落でまとめるというのはなかなか難しい。

けど、特定のタイプの抑制性ニューロン(特にsomatostatin陽性とparvalbumin陽性のタイプ)と神経オシレーション(シータとガンマ)には面白い一貫した関係があるような印象を受けた。

文献
Trends Neurosci. 2008 Jul;31(7):317-27. Epub 2008 Jun 13.
Cholinergic control of GABA release: emerging parallels between neocortex and hippocampus.
Lawrence JJ.

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ゆっくりリズムを刻むアセチルコリンニューロン

大脳新皮質のアセチルコリンは、前脳基底部由来と上に書いた。

では、そこの活動をコントロールしている神経核に、脚橋被蓋核pedunculopontine nucleus)という、これまたアセチルコリンを神経伝達として持つニューロンがいる神経核がある。

そこには、GABA作動性とアセチルコリン作動性のニューロンがいるけども、それとオシレーションの関係を調べた論文がJournal of Physiologyに掲載されていて面白かった。

この論文で注目した神経オシレーションは、大脳新皮質で観察されるスローなオシレーション。いわゆる「up&down状態」という、細胞集団がみんな一斉に活動して(up状態)、休んで(down状態)、をゆっくりと繰り返すリズムに注目している。睡眠中(ノンレム睡眠中)や麻酔中に観察される神経オシレーションでもある。

この研究によると、GABA作動性ニューロンはdown状態中に、アセチルコリン作動性ニューロンはup状態中に活動していることがわかった。

実験は麻酔中の動物で行われているけど、おそらく寝ている時も同じパターンで活動しているのかもしれない。脚橋被蓋核のニューロンの細かい解剖がどれくらいわかっているかしっかりフォローしていないけど、現象的には、前脳基底部のニューロンと似ていたのではないかと思われる。とすると、アセチルコリンとup状態、そしてガンマ波、良い感じで結びつきそうな気がするが、どうだろう。

文献
J Physiol. 2008 Jun 15;586(Pt 12):2947-60. Epub 2008 Apr 25.
Cholinergic brainstem neurons modulate cortical gamma activity during slow oscillations.
Mena-Segovia J, Sims HM, Magill PJ, Bolam JP.

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神経修飾物質はゲートを開閉するか?

最後の論文は、最近のNeuronに掲載されていたニューヨーク大のRudy研からの論文

この論文はまだ冒頭部分くらいしか読んでいないけど、大脳新皮質の抑制性ニューロン(FS細胞と呼ばれるタイプ)と、アセチルコリンを含めた神経修飾物質との関係を調べている。

主な発見は、神経修飾物質は、その抑制性ニューロン(FS細胞)の活動を抑える、ということのようだ。

教科書的な回路で考えると、視床からの感覚入力は、大脳新皮質4層の興奮性細胞とFS細胞に入って、2/3層に伝わる。けど、FS細胞は先回り的に抑制をかけると考えられている。(フィードフォワード抑制)

ということは、FS細胞がアセチルコリンなどの神経修飾物質によって抑制されると、FS細胞の抑制が解除されて(脱抑制)、視床からの情報の流れのゲートがオープンする、というストーリーが成り立ちそう、と見ているようだ。

果たしてそのストーリーは、実際に働いている神経回路でも成り立つか?
おそらくそう単純ではない。(はず)

なぜか?

アセチルコリンなどの神経修飾物質が、FS細胞だけに働く状況

は非常に考えにくいから。

神経修飾物質は、2/3層の興奮性細胞にも働くだろうし、他の抑制性ニューロンにも働く。
もしアセチルコリンが、2/3層の興奮性細胞を抑えるとしたらどうするか?もしsomatostatin陽性の抑制性ニューロンの活動を強めたらどうするか?

なので、FS細胞が持っている細胞特性を語るという点では貴重な情報を提供しているけど、ネットワークレベルでの話に膨らますのはもっともっと慎重に考えたほうが良い気がする。

文献
Neuron. 2008 Jun 26;58(6):911-24.
Perisomatic GABA release and thalamocortical integration onto neocortical excitatory cells are regulated by neuromodulators.
Kruglikov I, Rudy B.

7/05/2008

自発活動の非ランダム性と脳状態

Nature Neuroscienceに面白そうな論文が出ていたので読んでみる。
著者の主張は、麻酔下と覚醒中の神経集団活動は違う、ということ。

結論だけ見ればどうってことないけど、方法論と取り組んでいる問題意識が、ここ最近の研究文脈で考えるとインパクトがありそう。(そういう意味では若干マニア向け?このエントリーは超マニア向け。)

何をしたかというと、覚醒中と麻酔中のラット視覚野2/3層の神経集団活動(カルシウムの濃度変化)をtwo photonイメージングで解析している。全く同じ神経集団から、覚醒中(意識アリ)と麻酔下(意識ナシ)で活動を可視化したところが新しい、と思われる。

解析に関しては、神経集団活動はランダムか、否か?という視点から、単一細胞、細胞ペア、細胞集団という各レベルで定量的に解析している。目のつけどころも良い。

研究の結果、脳状態によらず神経集団は非ランダム的な活動をしていて、麻酔中の集団活動は、覚醒中のそれとは全然違う、ということを主張している。

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イメージング独自の細かい解析はフォローできない。だからなのか、??と思う点がたくさんあったので、つぶやきモード炸裂で、各図の説明とツッコミを、久々に(?)コッテリいってみます。(もし同じ論文を読んだ方がいたら、問題意識をシェアしましょう。)

*ひどいジャーゴン(専門用語)をできるだけ避けるようにしましたが、完全には無理でした。(すみません。。。)

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覚醒中と麻酔中のスパイク発生確率

図1 カルシウムシグナルとそこから推定したスパイクの発生確率を、覚醒中と麻酔中で比較している。主張は、麻酔(ケタミン)をかけると発火頻度が下がる、ということ。

パネルa:実験風景。

パネルb:イメージングしている細胞の例。(ツッコミ1、以下参照)

パネルc:覚醒中と麻酔下のカルシウムシグナル。(ツッコミ2

パネルd:イメージング中にcell-attached記録をしている様子。

パネルe:カルシウムシグナルを元に信号を推定して、それ(カルシウムスパイク)と電気的なスパイクとの対応を示している。

パネルf:スパイク推定アルゴリズムのキャリブレーション。ニューロンが10Hz以下で発火してくれるなら、90%以上と高精度で推定可能。(ツッコミ3

パネルg:推定スパイクをもとに、覚醒中(運動中と静止中で区別)と麻酔中の発火頻度を比較している。麻酔中では、発火頻度が有意に低いことが分かった。

パネルh:各細胞の発火頻度の変化。麻酔をかけるとほとんどの細胞で発火頻度が下がっている。(ツッコミ4

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ツッコミ1:上下の写真はおそらく覚醒中と麻酔中という意味だろう。一回の実験あたり、平均で17.6個同時記録できたとある。感覚的には16チャンネルの多点電極の記録、それを比較的高密度でやる感じ?(スパイクオーバーラップの問題を気にせず細胞ペアの解析ができるのはうらやましい)(追記7/7:けど、時間解像度は96msなので、それ以前の問題が山積してはいるか。自己ツッコミ)

ツッコミ2:麻酔下でSN比が悪くなっているのがやや気になる。偽陰性シグナルが麻酔下で増えたら、この図の残りの主張(発火頻度の低下)はかなり弱くなる。

ツッコミ3:アルゴリズムをしっかり理解していないけど、このキャリブレーション結果からすると、図2のバースト解析は過小評価していないか?なぜなら、電気信号を計測している人たちの「バースト」は、定義をゆるくしても、通常10ms以下での連続的発火を扱ってる気がするから。

それから、カルシウムスパイクと電気スパイクのキャリブレーションは麻酔下でやっているようなので、もしケタミンによってカルシウムシグナルの発生方法が何らか変化すると(ケタミンはNMDA受容体に働くから変わる気もする。。。あいたたた。。。)、そのキャリブレーションは覚醒中のデータには適用不可というリスクがある気がする。

覚醒中にスパイク記録することは無理だったのか?大変なのはわかるけど、ここまでやってるならできる気も。。。

ツッコミ4:ホントならかなりインパクトのあるデータだけど、パネルcの脳状態によるSN比の違い、パネルfから予想されるバーストの過小評価のリスク、推定アルゴリズムのエラーなど、いろんなファクターが誤差を生みそう。

例えば、麻酔中、活動する時は集中的に10Hz以上で激しく活動したりすると、如何に「バースト」イベントの発生確率が覚醒中と比べても低いといっても、バーストあたりのスパイク数までしっかり測れていないことになる。

とすると、実際のスパイク数はガラッと変わる。しかも麻酔中はUp&Down状態だろうし、Up中は、刺激呈示した時のように数十Hzで発火してても全然不思議ではない。

一歩譲って傾向(麻酔中は発火頻度が低い)は良いとしても、厳密な定量性での信憑性は少し疑った方が良いか?

特にsupplementary fig 4を出してきているのは、結構ショッキング。。。偽陽性は低いという記述はあるが、データ解析が非常に大変そうなSN比の低さ。。。視野としてとらえられている細胞サイズなども信号検出に影響しないかと素人的に思った。

最後に、視覚野を対象にしているので、眼球運動の違いでこのデータを説明できてしまうリスクはないか?(とすると純粋な自発活動を見ていると言えるか??)。覚醒中、眼球をたくさん動かして、その眼球運動に対する活動が毎回発生したりすると(ホントにスパイクが発生するのか、自分は知らないけど)、覚醒vs麻酔という比較ではなく、単に眼球運動というパラメーターで説明できてしまう。。。

という感じで、インパクトだけで今後この分野をmisleadしないかやや心配。特に、麻酔実験嫌いな人が、こういう問題点を汲みもせず、彼らの主張だけを多用したりしそう。。。自分の勘違い、誤解なら良いが。。。

ただし、発火頻度1Hz以下の細胞が大多数、という事実は超重要。

一部の論文で、1Hz以下の細胞はデータ解析から切り捨て、もしくはサンプリングすらしない、なんて(ひどい)バイアスをかけたりするから、この事実は知っておいたほうが良い。脳はそんなにエネルギー浪費家ではない(というのが個人的意見。ホントかどうかは実際のところ100%sureではないです。。。。)


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主に単一細胞レベルの非ランダムな活動

図2 スパイク時系列はランダム(ポアソン的)か?、それは脳状態で違うか?という問題に取り組んでいる。

ここでは、二つの指標でランダムかどうか調べている。
まず、細胞ペアの活動相関、そして単一細胞レベルの「バースト」の発生確率。つまりは、スパイクを出すタイミングに偏りがあるかどうか、調べている。

主張は、どちらの脳状態でもランダムではなく、麻酔をかけるとバーストが減る、ということ。

パネルa:細胞ペアの活動相関を一部解析(ツッコミ1)。1個の細胞の発火タイミングを基準にして、他の細胞たちがその前後でどれくらい活動したかを調べている。

もしランダムなら、偏りのない、フラットな分布になるはずだけど、時間差ゼロ付近に他の細胞のスパイクも偏っている。ということで、細胞たちはランダムではなく、同時期(100ミリ秒単位)に活動している傾向がある、という解釈になる。

パネルbに入る前にsupplementary Fig 9:麻酔中でも覚醒中でも、ランダムではなく、スパースな活動をし、覚醒中は麻酔中よりスパースな活動をしていた、ということを示している。

ここでは、いわゆる「ライフタイム・スパースネス」を計算している。これは、計測期間(ライフタイム)にわたって、1細胞のスパイク発生確率の分布が、どれくらい偏りのある分布になるか測る指標。もしランダムな発火をするなら(ポアソン:平均と分散が同じ)なら、図中、緑線になる。けど、それより上(スパース)だったということになる。

このデータは、スパイクが特定の時間帯に集中する「バースト」が起こっていたことを意味していそう。

ということで
パネルb:ここでは、その「バースト」を解析している。覚醒中は麻酔中より「バースト」がたくさん発生していた、ということを言っている。(ツッコミ2

パネルc:覚醒中と麻酔中のバースト発生確率の比較。覚醒中にバーストがたくさん発生していたという主張。

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ツッコミ1:ここでは1個体分、しかも1細胞を基準としたデータだけを示している。図3でしっかり全ペアの相関解析をやっているのに、このパネルは必要だったのか?、もしくは図3に入れたほうが良くないかい?と思ってしまう。このあたりの話の持っていき方、若干わかりづらいか。

単一細胞→細胞ペア→細胞集団と少しずつステップアップさせる書き方のほうが良い気がした(レフリーのクレームで、単一細胞レベルでスパースネスとバースト解析をしろ、といわれて付け足して、その結果わかりにくくなったのかも。。。もしそうなら同情。)

ツッコミ2:彼らのバーストの定義、どうなんだろう?上のライフタイム・スパースネスの計算法に乗っ取って、Poissonと仮定した時より、どれくらい分布が偏っているか(単純に二つのスパースネス計算の差)をburst indexとしているようである。

こういうバーストの測り方、初めてみた。一見エレガントのようにも見えるけど、なんかだまされてる気分。。もうちょっと具体的なイメージをもてるように考えてみよう。。。

ちなみに、彼らの使っている時間ビンのサイズは192msらしい(2フレーム分)。こんなに広くとって「バースト」を議論して良いのだろうか。。。おそらく、最近のサックマンラボの話が伝わっていて、電気スパイク的にも正しそうだしOK、という勢いなのかもしれない。。。(発火頻度に関しては主張が食い違ってるけど。。。)

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細胞ペアと細胞集団レベルの非ランダムな活動

図3 細胞ペア、細胞集団レベルでの解析。主な主張は、麻酔中、細胞集団の活動は覚醒中より相関している(一緒に活動している)ということ。(ツッコミ1

パネルa:覚醒中の計測イメージに、細胞活動の相関性をマップしている。(ツッコミ2

パネルb:全ペアの相関を、3つの脳状態(運動中、静止中、麻酔中)で比較すると、相関性は麻酔>静止>運動の順で高いことがわかった。(ツッコミ3

パネルc:各ペアの相関が麻酔中と覚醒中でどう変化するか調べている。どちらかの状態で相関性が高かったペアは、必ずしも他の脳状態でもそうとは限らない、ということになる。(ツッコミ4

パネルd:細胞ペアレベルで発火頻度と相関性の関係を調べている。麻酔中は、細胞ペアの発火頻度が高いほど、相関性も高くなるけど、覚醒中、細胞ペアの発火頻度に依存しない。(ツッコミ5

パネルe:細胞集団のスパイクパターンがどれくらい非ランダム的で、それがバーストと相関活動でどれくらい説明できるか調べている。覚醒中の非ランダム性の大半はバーストに由来しているけど、麻酔中のそれは活動相関も大きく寄与している、ということ。(ツッコミ6

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ツッコミ1:麻酔中はUp&Down状態だし、結論そのものは全く新しくない気もする。。。もし同じくUp&Down状態の睡眠中と麻酔中は実は違う、ということがわかると、かなりショッキングな結果になる。。。

ツッコミ2:論文の図をセクシーに見せたいのはわかるけど、この図にあまり意味はない。。。むしろsupplementary fig 8の方を格上げすべき。その図では、相関性は細胞間の距離には依存しないということを示していて(結論付けられないのかもしれないけど)、バレル皮質とは違う結果になっている。Ohkiさんたちの論文とも相性が良い。自発活動レベルでも活動の相関性が細胞距離と独立だとすると、呈示刺激以前の話だから、げっ歯類(少なくともラット)の視覚野は、とんでもない原理で構成されているのかもしれない。。。超面白いネタが眠っている。

ツッコミ3:上述のように、静止中のおそらく一部と麻酔中でUp&Down状態になっているだろうから、あまり驚きはない。

ツッコミ4:おそらく今回の論文で最も意味のありそうなデータの一つ。このデータは超面白い!けど、どう解釈をしたら良いか?セルアセンブリ!と安易には言いたくない。けど、現象的には、セルアセンブリのように文脈依存的に機能的ネットワークを形成しているイメージは悪くない気がする。このデータをもっと掘り下げられたらNatureクラスいけるな。

追記7/7:これに関してはそう楽観的な議論はできないです。すみません。コメント欄のkannさんとのやりとりをどうぞ)

ツッコミ5:このデータも超面白い。ちなみに、細胞ペアの発火頻度の指標として、geometric meanを使っている。これはReyes研の仕事にインスパイアされているから。驚きは、覚醒中、Reyesたちの発見が破れてしまう(追記7/7:「破れる」というのは誤りです。むしろ、その論文の予測とフィットするとも考えられます。完全に私の誤解です。)、ということ。この統計データの中で何が起こっているのか、もう一つ飲み込めない。著者たちは何も解釈していなようだし。。。

追記7/7:これに関してもkannさんとのやり取りを参照下さい。)

ツッコミ6:この解析はSchneidman論文にインスパイアされている。バーストと相関を除いたモデルと比較して、非ランダム性のメカニズムを説明しているところがミソ。図2と図3の総まとめ的なデータと思ったら良いのか?(追記7/7:ちなみに、ここで示しているのは1データセットのみと理解した。もしそうなら、他のデータでも再現がとれているのかは不明)

実際の計算では、相当手の込んだ解析をしっかりやっている感じで、相関を取り除くためにindependent multinomial distribution、バーストを取り除くためにcorelated Poisson、両方を取り除くためにindependent Poissonをモデルとして解析している。

さらに、少ないサンプル数によるオーバーフィッティングを避けるためのregularizationもしっかりやっているようだ(詳細はsupplementaryに)。

という感じで、単純に見えるような解析だが、相当コンピューターに頑張ってもらっている感じ。解析のプロだな。。。

ちなみに、時間窓は2フレーム分192msで解析している。Schneidman論文は確か25msだったと記憶してるから(追記7/7:正しくは20ms)、相当粗い時間解像度ということにはなる。


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最後の結論部分では、麻酔中は、バーストモードから相関モードに切り替わって、活動の伝播様式がガラッとかわる、ということを言っていて、麻酔中の神経集団活動から覚醒中のそれを直接推測するのは無理がある、という主張をしている。

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何を学ぶ?

この論文、図1,2を見た時は結構イタいと思ったけど、図3はなかなか面白い(もう少し踏み込め、という気もするけど)。Nature Neuroscienceに載る価値はあると思った。

麻酔はダメ、という主張のためだけなら、覚醒→麻酔で悪くないけど、サイエンティフックな問題意識(神経集団の情報処理)なら、覚醒→睡眠と無ドラッグ状態で見た方が良い。

今後の方向は、ここで見つけたこと(図3c, dとsupplementary fig 8)を他の方法(特にもう少し時間解像度の良い方法)でも追試しながら、何が起こっているのか、もっともっと掘り下げて行く方向が一つ。

今回は視覚野2/3層の話なので、他の領野ではどうかという水平方向に一般化させる方向も一興。
そして、垂直方向に一般化させる方向は超重要。

さらに、細胞種で解析し分けて回路をdissectしながら、全体の情報処理を考えていく方向も魅力的。

解析方法そのものは、最後の解析はパターン認識・機械学習のセンスが必要そうだけど、自分でも頑張れば理解できそうな閾値付近か(少し時間をかけて勉強してみよう)。一部気に食わない部分はあれど、好きな論文の部類か(ツッコミたおしたけど)。

テキストとしては、イントロ部分と結論部分は良く書けていると思われる。

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紹介した文献
Nat Neurosci. 2008 Jul;11(7):749-751. Epub 2008 Jun 15.
Population imaging of ongoing neuronal activity in the visual cortex of awake rats.
Greenberg DS, Houweling AR, Kerr JN.

7月に入って

昨日は4th of July

が、自分は通常営業。
自分の「独立記念日」を夢見ながら。。。(←アホ)

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ところで、うちのボスが来日するらしい。

彼によると、1週間で4回もトークするとか。

まずRIKENではあの話をするそうだ。

学会では、2日目のシンポジストとなっているようで、ラボのメインテーマを話しそう。
気を遣って、自分の名前を2番目に入れてくれていた。

たいてい最後だけど。。。

ということは、自分のデータも少しは話してくれるか。

ということは、海に潜ってる写真をまた使うんやろか。。。

それはともかく、もし聴かれた人がいたら、フィードバックをもらえると、とてもとてもうれしいです。(写真ではなく、サイエンティフィックな意味で)

それから、もしケンと話しても、ブログで書いたことはチクらないで下さい。。。

どうかお願いですから。。。

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まだ少し先だけど、11月の学会の発表日がわかった。

Session Type: Poster
Session Number: 566
Session Title: Auditory Cortex III
Date and Time: Tuesday Nov 18, 2008 8:00 AM - 12:00 PM
Location: Washington Convention Center: Hall A-C

一人でも多くの人に来てもらうべく、今年もしつこいくらい宣伝します(まず1回目)。