7/12/2008

アセチルコリンとネットワーク

神経伝達物質アセチルコリン(acetylcholine)は、海馬大脳新皮質のネットワークにどのように働くか、ということに関する最近の文献を三つほど。

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アセチルコリンと、抑制性ニューロン、神経オシレーション

一つ目は、Trends in Neuroscinceに掲載されていたLawrenceという人の総説

この総説では、多様な抑制性ニューロン(GABA作動性ニューロン)の活動を、アセチルコリンはどのようにコントロールするか?という視点から、細胞レベルとネットワークレベルでの知見をまとめてある。

抑制性ニューロン、神経オシレーションに興味がある場合、非常にお薦めの総説である。


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この文献の大まかな構成は以下の通り:

まず、アセチルコリンによるコントロールが、抑制性ニューロンのタイプによって違うことをまとめ、大脳新皮質と海馬を比較している。

続いて、細胞そのものが持っている「共鳴」特性とアセチルコリンとの関係に、少しだけ触れられている。

海馬と大脳新皮質のアセチルコリン(の大部分?)は、前脳基底部(basal forebrain)由来だけども、その前脳基底部からの線維がどのように入力しているか、解剖学的な知見を主にまとめている。

そして、シータ波ガンマ波の発生に、アセチルコリンと抑制性ニューロンがどのように絡むかをまとめ、将来の課題が挙げられて締めくくられている。

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抑制性ニューロンは多様なだけに、この文献そのものも記述的でいろんな情報がつめこまれいる。その分、学ぶことは多いが、一段落でまとめるというのはなかなか難しい。

けど、特定のタイプの抑制性ニューロン(特にsomatostatin陽性とparvalbumin陽性のタイプ)と神経オシレーション(シータとガンマ)には面白い一貫した関係があるような印象を受けた。

文献
Trends Neurosci. 2008 Jul;31(7):317-27. Epub 2008 Jun 13.
Cholinergic control of GABA release: emerging parallels between neocortex and hippocampus.
Lawrence JJ.

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ゆっくりリズムを刻むアセチルコリンニューロン

大脳新皮質のアセチルコリンは、前脳基底部由来と上に書いた。

では、そこの活動をコントロールしている神経核に、脚橋被蓋核pedunculopontine nucleus)という、これまたアセチルコリンを神経伝達として持つニューロンがいる神経核がある。

そこには、GABA作動性とアセチルコリン作動性のニューロンがいるけども、それとオシレーションの関係を調べた論文がJournal of Physiologyに掲載されていて面白かった。

この論文で注目した神経オシレーションは、大脳新皮質で観察されるスローなオシレーション。いわゆる「up&down状態」という、細胞集団がみんな一斉に活動して(up状態)、休んで(down状態)、をゆっくりと繰り返すリズムに注目している。睡眠中(ノンレム睡眠中)や麻酔中に観察される神経オシレーションでもある。

この研究によると、GABA作動性ニューロンはdown状態中に、アセチルコリン作動性ニューロンはup状態中に活動していることがわかった。

実験は麻酔中の動物で行われているけど、おそらく寝ている時も同じパターンで活動しているのかもしれない。脚橋被蓋核のニューロンの細かい解剖がどれくらいわかっているかしっかりフォローしていないけど、現象的には、前脳基底部のニューロンと似ていたのではないかと思われる。とすると、アセチルコリンとup状態、そしてガンマ波、良い感じで結びつきそうな気がするが、どうだろう。

文献
J Physiol. 2008 Jun 15;586(Pt 12):2947-60. Epub 2008 Apr 25.
Cholinergic brainstem neurons modulate cortical gamma activity during slow oscillations.
Mena-Segovia J, Sims HM, Magill PJ, Bolam JP.

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神経修飾物質はゲートを開閉するか?

最後の論文は、最近のNeuronに掲載されていたニューヨーク大のRudy研からの論文

この論文はまだ冒頭部分くらいしか読んでいないけど、大脳新皮質の抑制性ニューロン(FS細胞と呼ばれるタイプ)と、アセチルコリンを含めた神経修飾物質との関係を調べている。

主な発見は、神経修飾物質は、その抑制性ニューロン(FS細胞)の活動を抑える、ということのようだ。

教科書的な回路で考えると、視床からの感覚入力は、大脳新皮質4層の興奮性細胞とFS細胞に入って、2/3層に伝わる。けど、FS細胞は先回り的に抑制をかけると考えられている。(フィードフォワード抑制)

ということは、FS細胞がアセチルコリンなどの神経修飾物質によって抑制されると、FS細胞の抑制が解除されて(脱抑制)、視床からの情報の流れのゲートがオープンする、というストーリーが成り立ちそう、と見ているようだ。

果たしてそのストーリーは、実際に働いている神経回路でも成り立つか?
おそらくそう単純ではない。(はず)

なぜか?

アセチルコリンなどの神経修飾物質が、FS細胞だけに働く状況

は非常に考えにくいから。

神経修飾物質は、2/3層の興奮性細胞にも働くだろうし、他の抑制性ニューロンにも働く。
もしアセチルコリンが、2/3層の興奮性細胞を抑えるとしたらどうするか?もしsomatostatin陽性の抑制性ニューロンの活動を強めたらどうするか?

なので、FS細胞が持っている細胞特性を語るという点では貴重な情報を提供しているけど、ネットワークレベルでの話に膨らますのはもっともっと慎重に考えたほうが良い気がする。

文献
Neuron. 2008 Jun 26;58(6):911-24.
Perisomatic GABA release and thalamocortical integration onto neocortical excitatory cells are regulated by neuromodulators.
Kruglikov I, Rudy B.

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