5/31/2008

BMI:ニューロン活動でロボットアームを操作して食事する

Schwartzグループ論文がネイチャーに出た。マスコミ(こちらこちらこちらなどなど)、ブログ(こちらこちらこちらこちら)でも話題になっている。

サルが自分のニューロン活動を使ってロボットアームを操作して、餌を食べれるようになった、という報告。

研究者からの視点で書くと:
サルの一次運動野のニューロン活動を計測する。そして、その活動をリアルタイムで解読し、そのサルの肩近くに置いた多関節ロボットアームを操作させ、アームの先にある「グリッパー」で餌を取って食べるようにトレーニングできた、がアウトライン。

この論文はいわゆるブレーン・マシーン・インターフェース(BMI)の最先端研究。

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さて、この論文の新しいところは何か、自分の理解した範囲で書くと:
1.ロボットアームと動物がBMIを利用して(接触・摂食するという意味で)物理的に相互作用できた
2.ポピュレーションベクトル法で複数の関節を持つロボットアームを動かせた
か。

BMIでできることを少し広げたという点が評価されてネイチャーに掲載されたのだろう。

ちなみに、ニューロン活動でロボットアームをリアルタイムかつ遠隔操作した例はすでに報告されていて、ロボットアームの指を動かすことは、ヒトの臨床研究ですでに示されている。という感じで、コンセプトレベルでの新規性はないと言ってしまえばないのかもしれない。確かにこの論文の要旨では、新規性のアピールに苦労のあとが伺える。

実用化へ一歩前進、と言えるのは間違いない。
けど、ニューロン活動の計測方法を根本的に考え直さないと、BMIの本当の実用化にはまだまだ遠い。自分が知っている範囲では、数年、数十年というヒトのライフスパンに耐えるだけ、ニューロン活動(スパイクという意味でのニューロン活動)を計測し続けることに、現時点では見通しがしっかり立っていない。センサーを数ヶ月に一回取り替え、では相当の負担とリスクが伴う。

実用化につながるホントのブレークスルーは、脳にやさしいニューロン活動計測法の開発か。

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文献
Nature. 2008 May 28. [Epub ahead of print]
Cortical control of a prosthetic arm for self-feeding.
Velliste M, Perel S, Spalding MC, Whitford AS, Schwartz AB.

関連エントリー(自分のブログの過去ログのみです)
BCI/BMI特集
脳とコンピューターをつなぐ

関連情報
ブレイン・マシン・インターフェース最前線
日本でのパイオニアである櫻井先生たちによる本。

Brain-computer interface (wikipedia)

5/24/2008

夏のプロポーザル

この週末は、メモリアルデーの3連休。これから長い夏に突入である。NJ州は4月頃まで寒いから「春」は1ヶ月くらいしかないことになる。といっても今は、暑過ぎず過ごしやすい季節ではある。春から夏への移行は、気候というより日で決まるようである。

大学は卒業式も終わり、構内が閑散とする日がしばらく続く。この時期は同時に大学院生のプロポーザルの季節でもあるようで、自分のいるCMBNでもいくつか予定されている。日本でいうところの中間報告のようなものである。

ラボの大学院生リアドも1週間後にプロポーザルをする。我がハリス・ラボの記念すべき第一号である。昨日、50ページにも及ぶプロポーザルの論文を提出したということで、打ち上げとしてラボの数名でバーへ行った。

日本の学位のことを聞かれた。

自分の場合、中間報告はなかったし、ディフェンスにあたる学位審査も30分くらいで終わった。

それを話すとえらく驚いていた。。。
日本に行こうかな
と。。。

大変さは大学や人による、と一応フォロー(?)はしておいた。

それはともかく、順調なら1年後くらいに、彼女はディフェンスをクリアして、PhDになる予定である。

ブレインボーでコネクトーム

ジャーゴン丸出しなタイトルではあるが、新着のNature Review Neuroscienceにコネクトーム関連の記事が掲載されていた。そこでは、コネクトームの一つの戦略としてブレインボーを応用している現場の話が記述されている。まだ論文になっていない情報も載っていたりとなかなか面白い。

文献
Nat Rev Neurosci. 2008 Jun;9(6):417-22. Epub 2008 Apr 30.
A technicolour approach to the connectome.
Lichtman JW, Livet J, Sanes JR.

あまり関係ないが、ChRainbow(チャレインボー)は、今自分のウィッシュリストの上位にあって、誰か開発してくれないかなぁと思っている。ChRainbowとは、ChR2のマルチカラー版。異なる波長の光で好きな細胞種の活動を操作できるようになる時代を待ち望んでいる。たくさんいる細胞種のそれぞれに違うタイプのChRXを発現させ(確率的だとまずいか?けど、今のChR2の問題を回避する目的という意味では確率的戦略はむしろ良いか?)、レインボーカラーのスイープで神経活動をなだれ的にコントロールしたり、synfire chain仮説を試したい人も出てくるやもしれない。12色分作れば、1オクターブ内でかなでる西洋音楽を脳内で再現できる(主観的な意味で音楽を再現するという意味ではなく、単に神経活動を音符としてみたてている。聴覚野には周波数マップがあるから、主観的な意味でもできたりしないかと夢を膨らませてみたり)。何の役に立つかはわからん、といわれるやもしれんが、そんなことができたら、とりあえず楽しそうだからやってみたい。ザ・マトリックスの世界にも少し前進しそうだし(それだと倫理的にまずいか)。VChR1は改良してもらわないとちょっと使いにくそうだけど、2色分はごく近い将来手に届くようになるか。微生物の多様性のおかげで、ChRainbowは10年前後で実現か!?

3年

アメリカでの研究生活が始まってちょうど3年たった。

当初はこれくらいで日本に帰るのかな、と思っていた。けど、日米を含め、昨今の激化した競争という厳しい現実を目の当たりにして、国を問わず細々とでも良いから、とにかくやりたい研究ができる「研究力」をつけんといかんなぁと思う今日この頃。(というか、早く論文を出さんと話にならんけど。。。)

それにしても、この3年間、とにかく多くのことを学んだ。サイエンスのことは、ホント大学院生レベルのことから学んだ、学んでいる。

日本で持っていたアメリカのイメージも、よりリアルなイメージに変わっている。日本とアメリカを、実体験を通して比べられるようになったからか、日米それぞれの良い点、悪い点が、前よりわかるようになった気がする。これはサイエンス云々を抜きにしても、大きな収穫である。

仕事と生活それぞれにおける階層性
多様性に対するキャパ

日米の大きな違いの代表例か。

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ちなみに、自分は英語が全然できない状態で来た。自慢ではないが、ホントにできなかった。(なので今も苦労している)

思うに、英語はできなくても、来れば何とかなるもんである。だから、もしも日本でこのブログを読んでいて、海外を考えている学部、大学院生、ポスドクの人がもしもおられたら、英語のことだけで躊躇する必要は全くない。

とにかく来たら何とかなる(なっている)。

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さて、3年後どうなるか?

そんなことは知らん。
けど、3年前も「どうなるかわからん」と思って来て、なんとかなっているから、これから3年後もきっと何とかなっているであろう。というか、どうせヒトの予測能力なんてたかがしれてるし、悲観的に考えるよりは、楽観的に考えるというオプションを選択した方が良い。

3年後こうありたい、というイメージはあるから、できない理由を考えて時間を浪費するより、できる理由をしっかり考える努力をしたい。ただ、それだけである。

石の上にも三年
三年間努力すれば、何か変わる。
きっと。

5/22/2008

インディー・ジョーンズ サピエンス・マインド??

アメリカでは今日からインディージョーンズが公開されたようだ。

インディージョーンズと言えば、考古学者。(ホントの考古学は、映画のように派手ではないとは思うが)

考古学といえば、最近、考古学と神経科学に関する特集号がPhilosophical Transactions of The Royal Society B: Biological Scienceなる雑誌で組まれていた。神経科学と考古学の融合である。全く読んでいないけど、面白そうなタイトルの記事が並んでいる。

映画公開にあわせたわけではないとは思うが、良いタイミングなので、ネタにしてみた。

ちなみに、今回の4作目は、第二次世界大戦後の設定らしい。
インディージョーンズは、ヘッブと同時期に活躍?した考古学者ということになるか。

インディージョーンズ5では、神経科学者も出たりして。。。

5/17/2008

トレーニングと知能

最近、ワーキングメモリーをトレーニングすると、流動性知能(fluid intelligence)と呼ばれる知能が向上する、と主張する論文が報告され話題になった。日本語でもwired visionの記事などが見つかった。

結果を一般化するのはまだ早いとは思うが、おそらく今回の研究は、今後の知能・知性研究に大きなインパクトを与えそうな気がする。自分は、心理学の知能研究は全然知らないのだけども、その論文の解説記事(commentary)が最近出て非常に勉強になった。

今回は、この解説記事やウェブで見つかる情報を参考にしながらエントリーを立ててみる。

(*誤り・誤解があるかもしれないので、あればぜひ指摘してください

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二つの知能
知能(intelligence)は、流動性知能(fluid intelligence)と結晶性知能(crystallized intelligence)の二つに分けられるらしい(wikipedia)。

と、いきなり難しい専門用語が登場する。

前者は新しい問題・環境に直面した時にそれを解決する能力、後者はスキル・知識・経験を活かす能力を指すようだ。いわゆるWAISというIQテストでは、動作性検査(performance scale)に流動性知能が反映され、言語性検査(verbal scale)に結晶性知能が反映されているのでは、という説もあるようだ。(wikipedia

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流動性知能は生まれつき?
流動性知能は果たして遺伝的に決まるのか、それとも経験によって変化しうるのか?という論争が40年来続いているらしい。(今回の研究は、経験によって変化することをサポートしたことになる。)

にもかかわらず、ウェブで検索すると、流動性知能は「むしろ生まれながらもっている能力に左右される知能を言います」と言いきっているページ、しかも一見信頼性の高いように見えるページ、すら見つかる。

それはともかく、実際の研究分野ではまだ結論が出たわけではないようだ。

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ワーキングメモリーと流動性知能
新しい研究の流れとして、10年くらい前から流動性知能とワーキングメモリーとの関係が注目を浴びているらしい。ワーキングメモリーとは、情報を一時的に保持したりそれを操作したりする脳内プロセス、とでも言ったら良いだろうか。例えば、電話番号を聞いて、それを覚えて電話をかける、といった時、ワーキングメモリーが働いている。トランプの神経衰弱もワーキングメモリー課題の典型か。

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今回の論文のアウトライン
では、ワーキングメモリーの能力をトレーニングしたら流動性知能が変化するか調べてみよう、というのが今回の論文のモチベーション。そして、流動性知能は確かに適切なトレーニングによって変化しうる、ことを示した。

研究でやったことは、実験参加者にn-back課題と呼ばれるワーキングメモリーを使う課題をトレーニングして、それに伴って流動性知能が向上するか調べた、といういたってシンプルな実験。

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n-back課題と研究結果
研究で使っているn-back課題は、すでにウェブ上で再現している人がいるので説明しやすい。

刺激としては、視覚聴覚の刺激が同時に出る。視覚刺激は、3x3のマスのどこか一つが黒に。聴覚刺激はCやPといったアルファベットの音声。その刺激セットが0.5秒出て、2.5秒のインターバルをはさんでは、次の刺激、、、と次々と出る。

課題としてやることは、n回分前と今の刺激を比べて、視覚と聴覚刺激それぞれが同じかどうか答えること。

例えば、1-back課題は、直前の刺激と比べるだけだから非常に簡単。2-backになると2回分覚え、3-backになると3回分覚えないといけないから、どんどん難しくなる。

研究ではそんな課題のトレーニングを実験参加者に8-19日かけてやってもらい、流動性知能がどれくらい変化するか調べた。すると、トレーニングによってワーキングメモリーの能力が向上し(n-backのnがどれくらい増えるかでワーキングメモリー能力を測る)、しかも流動性知能も向上することがわかった。

しかも、トレーニング期間が長いほど流動性知能がより向上することがわかった。

流動性知能の評価は、「レーベン漸進的行列テスト」なる知能テストとそれに似たテストを使って測ったようだ。その知能テストの内容は、例えばこちらか。いろんなパターンをもつ幾何学図形がでて、一箇所だけ欠けているパターンを類推して、選択肢から探し出すというテスト。パターンのルールを見つけ出して、何がかけているか類推しないといけない。

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研究の結論
結論としては、ワーキングメモリーを鍛えるトレーニングによってワーキングメモリーそのものだけでなく、流動性知能も向上しうる、ということになる。つまりは、流動性知能は経験によって変化する、ということになる。

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将来の課題
この論文の解説記事で、将来の課題を8つ挙げていて非常に参考になった。やや専門的ではあるが、その8つを箇条書きしてみる。科学のプロセスを学ぶ上でも参考になると思う。

課題1:他のワーキングメモリー課題でも同じ結果が得られるか?

課題2:他の流動性知能にも影響が見られるか?

課題3:リアルワールドでの効果はどの程度か?(生活・仕事上での問題解決能力も向上するか?)

課題4:論文の著者たちは予測能力の向上について言及しているが、実際にトレーニング後に向上するか?

課題5:今回見れた流動性知能の向上はどれくらい維持するか?

課題6:プラセボ効果を調べる課題条件を試したらどうか?(ワーキングメモリー課題の対照課題の必要性)

課題7:追試で結果を再現できるか?

課題8:今回の実験はベルン大学コミュニティーの平均25.6歳の若者が対象だったが、それを一般化できるか?

個人的に重要だと思ったのは、3と5と8。

3のリアルワールドでの効果は、測るのは難しいけど、トレーニングをすると仕事のパフォーマンスが上がって、結果的に仕事の業績に結びつく、といった形で現れるのだろうか?気になる。研究として調べるのは難しい問題ではある。

5について。流動性知能がトレーニングによって向上するとしたら、その逆も当然考えられる。つまり、トレーニングを三日坊主でやめると、せっかく上がった流動性知能はもとに戻るかもしれない。今回の研究で使っている課題を実際にやってみるとわかるけど、このトレーニングを続けるのはなかなかタフである。モチベーションを維持するのは難しそうだ。

もし今回の実験参加者たちの「今の流動性知能」がもとのレベルまで戻っているとすると、何となく虚しい。

逆に言えば、「努力する能力」こそが知能を支えているのでは?とすら思えてしまう。努力する能力を測るテストはあるのだろうか?努力する能力をトレーニングすることこそが脳トレの最重要課題では?とすら思えてしまう(あくまで個人的意見)。

課題8について。今回の参加者は若い。年齢によって効果が違うかどうか、というのは非常に重要な問題。

いわゆる臨界期のようなものがあって、ある一定年齢までにワーキングメモリーのトレーニングをすると、流動性知能が高止まりする、といったことに結びつくのか非常に興味がある。5の問題と絡めて、いつトレーニングすると、どれくらい効果が維持するか?、という問題は面白い気がする。

また、今回の結果をうけて、ボケ防止に効く!として、年配の方が鵜呑みにしたり、それをお金儲けに結びつけるのは少し早い。なぜなら、年配の方で同じ効果が見れる保証はまだないから。

非常にデリケートなトピックだけに、慎重になりたいところである。

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文献
Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 May 13;105(19):6829-33. Epub 2008 Apr 28.
Improving fluid intelligence with training on working memory.
Jaeggi SM, Buschkuehl M, Jonides J, Perrig WJ.
センセーショナルな今回の論文。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 May 13;105(19):6791-2. Epub 2008 May 12.
Increasing fluid intelligence is possible after all.
Sternberg RJ.
上の論文の解説記事。
この研究分野の歴史、研究内容、そして将来課題を簡潔にまとめていてお薦め。

update:関連書籍
ワーキングメモリの脳内表現
日本語の本としてワーキングメモリ研究の現状を学ぶには良さそうです。

Intelligence and How to Get It: Why Schools and Culture Count
ごく最近発売された本で、知能と環境の関係を詳しく扱った洋書です。ニューヨークタイムズでの書評

Working Memory and Academic Learning: Assessment and Intervention
こちらの本は、教育という観点からワーキングメモリーについてまとめた洋書として良さそうです。



最近の出来事:アブストとリベート

最近の出来事を2つ。

学会要旨
今週、SfN2008の要旨を提出。今年もラボ総出で連番として発表しそう。
どうか最終日にはなりませんように。。。

昨年とは違うネタを発表しないといけない(?)から、今回は別ネタを用意。ハリス・ラボのメイントピックの一つである脳状態がらみのトピックに、自分の持ちネタで参戦する。

ボスに要旨の原稿を見せたら、いつものごとく、スクラッチから書き直されて返ってきた。そんなことにはすっかり慣れたが(それでは困るのだが)、今回に関しては良くなったのかどうかようわからん。。。

誰のデータなのか、わけのわからん仮想データも。。。(そんなデータ、オレ持ってねぇよ)

殿、ご乱心か!?

彼は、締め切り間際に、ラボメンバー全員の要旨を確認する必要がある。

ボスなるものは、マルチタスクの達人でなければいけないようだ。。。(やや同情)

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タックス・リベート
景気対策である税金返金(tax rebate)の案内が来た。

いついつにいくら振り込みます。その額の根拠はこうです。

といったことが丁寧に書いてあった。このカスタマイズされた文書を全米の各家庭に送るだけでもそれなりのコストなはずである。

それは良いけど、期待とは裏腹に、SSNを持っていない娘は、「子供」としてカウントされてなかった。。。

ブッシュのヤツめ。。。

と、ホントは得した話なのに、何となく損した気分。

5/11/2008

Happyな週末

週末、メールをチェックしたら、グラント採択メールが届いていた!
やはりうれしいものである。(というか、超うれしい。)

申請したのはサウンド技術振興財団

日本の財団である。
名前からして、聴覚を研究している自分にはぴったり。最近、フェローシップというチョイスがなくなってきた自分のような「シニア・ポスドク」でも、アメリカからアプライ可、というかなり希少価値の高いグラントでもある。

さらに、毎年一人は海外で採択されている方がいらっしゃる。おそらく海外枠のようなものがあるのだろう。

採択率は20%くらいと、昨今の状況を考えると高いか。

額は最大で10kドル弱(為替相場の影響を受ける)なので、決して大きい額ではない。が、買いたいと思っていたちょっとした機材を、ボスとネゴらずに買える。

申請書はわずか1ページで、予備データなどの図表を載せるページがさらに1ページ。
さすがに、1ページだけでメッセージを伝えるのは難しいから、図にできるだけメッセージを詰め込むような戦略を採用した。

とにかく、しっかり研究したります!

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ちなみに、今年は1勝1敗。

2戦分の申請書を見返してみると、外れた方はいまいちだと思うし、当たった方は悪くないと思う。どちらも申請直後は、「完璧」と自画自賛していても、時が経てば変わる。グラント申請書は、早めに書いて少し寝かせろ、というのはこういうことなのだろう。

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ちなみに、今回の知らせを嫁さんに教えたら、

そのお金でバッグ買ってもらえるの??(推定数百ドル?)

と。。。

私的流用で研究者生命たたれるがな。。。


その替わりというわけではないが、

今晩はタイ料理を作ってみた。

$10弱

日ごろのストレスフルな労働に、ねぎらいと感謝をこめて。。。

priceless

Happy Mother’s Day.

5/10/2008

意思決定の総説たち~Journal of Neuroscienceより

「意思決定」のことを勉強したいとき、何から手をつけたら良いか難しい選択に迫られる。

専門家に聞いても、おそらく違う答えが返ってくるか、「どんな意思決定に興味がある?」と逆に質問されそうな気もする。

「意思決定」の研究はどんどん広く・深くなっている。

この1年以内に、複数の雑誌で意思決定に関する特集が組まれている。基本的には「神経科学」という視点で考えているので、他にも特集があるかもしれない。

確認できる範囲では、ScienceNature Neuroscience、そしてJournal of Neuroscienceの特集。今回は、Journal of Neuroscienceの2007年8月1日号の特集をごく簡単にまとめてみる。(ちなみに、掲載から半年以上たっているので、論文はすべてPDFでダウンロード可)

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この特集はいわゆるvalue-based decision(定義は以下)と呼ばれる意思決定に関する特集。

まずは特集の導入記事。

J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8159-60.
The neural basis of choice and decision making.
Balleine BW.
全文

まず意思決定を次のように定義している。

the ability of humans and other animals to choose between competing courses of action based on the relative value of their consequences.

ある行動をしたらどんな結果が返ってくるか、その「価値」に基づいて複数の選択肢を比べて、行動を選択するヒトを含む動物が持つ能力。

といった感じで良いか。

この導入記事では、技術的な進歩によって意思決定の研究分野が大きく広がっていることを紹介し、今回の特集全体を簡潔にまとめている。この特集で扱っている内容は、計算論、神経経済学、前頭前野の機能分化、眼窩前頭皮質の機能、皮質―線条体回路の機能、そしてドーパミン、と非常に包括的な内容となっている。

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以下、各記事について。

J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8161-5.
The role of the dorsal striatum in reward and decision-making.
Balleine BW, Delgado MR, Hikosaka O.
全文

ここでは、線条体の機能分化と意思決定との関係について、ラット・サル・ヒトの研究を包括的にまとめている。論文中の図1が非常にわかりやすい。

1.線条体の背内側(あるいは尾状核)が前頭前野と密に連絡をとって目標指向的行動に関わる。
2.線条体の背外側(あるいは被殻)は感覚・運動系の皮質と連絡をとって習慣化した行動に関わる。

が種を超えたポイントのようだ。この図では腹側線条体も載っている。後で紹介する神経経済学の話にも出てくるように、ここは報酬や報酬期待といった行動のモチベーションと密接に関係する。

ちなみに、本文中でラットに関する記述はBalleineがまとめたと思われるが、前頭前野内側部の機能分化について詳しく議論されていて、非常に勉強になった。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8166-9.
What we know and do not know about the functions of the orbitofrontal cortex after 20 years of cross-species studies.
Murray EA, O'Doherty JP, Schoenbaum G.
全文

ここでは眼窩前頭皮質(OFC)の機能について、歴史的な背景から今後の課題について議論している。
歴史的には、眼窩前頭皮質が破壊されることで、逆転学習に障害がでたり、行動の結果のdevaluation(ポジティブだった価値を減らすもしくはネガティブにすること)に対する感受性が減ったりするから、OFCは注目を浴びてきたようだ。

今後の課題として4つ挙げている。

1.OFCは柔軟な行動とどう(いつ)結びつくか?devaluationと逆転学習を脳機能として区別できるか?
2.OFCは「価値」をどのように表現しているか?
3.OFCは感覚刺激と報酬、行動出力と報酬の連合を区別するところか?
4.OFCをどう定義するか?

上の線条体の総説に比べ、いろんな種の知見がちりばめられている。全体像を知るには悪くないが、何がコンセンサスが得られているのかを知るには、若干評価が難しい気がした。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8170-3.
Functional specialization of the primate frontal cortex during decision making.
Lee D, Rushworth MF, Walton ME, Watanabe M, Sakagami M.
全文

こちらは直前の眼窩前頭皮質の総説と一部重複する。
前頭葉を、3つのパートに分け、それぞれの機能を次のように考察している。
1.外側前頭前野: 最適な行動のため、環境の状態をモニターする。
2.眼窩前頭皮質: 報酬期待などの価値を表現する。
3.帯状皮質前部: 異なる行動出力に結びつく「効用(utility)」を評価する。

さらに、「ゲーム」と前頭葉との関係にも触れながら、社会的環境化での意思決定と前頭葉の機能分化についても議論している。なお、この記事は基本的にはサルの研究が基本となっている。一部、ラットやヒトの研究も含まれている。

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J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8174-7.
Neural antecedents of financial decisions.
Knutson B, Bossaerts P.
全文

神経経済学の話。ヒトの脳活動イメージングの研究とファイナンシャルな意思決定について。

この記事では、腹側線条体は報酬期待の情報を、島皮質はリスクの情報を表現するのではないか?と議論している。

経済学よりの議論などは勉強になったが、いかんせん、まだ若い分野だからか、どれくらいコンセンサスが得られているのかは、若干不透明な印象を受けた。上の総説に比べると記述的な記事。

―――
J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8178-80.
Understanding neural coding through the model-based analysis of decision making.
Corrado G, Doya K.
全文

モデルに基づいた意思決定の研究法に対する提案をしている。主観的な価値や確率に対応する「内部変数」を考慮にいたモデルと実験を組み合わせる研究について議論している。実際にそのコンセプトに乗っ取った研究をいくつか紹介している。


―――
J Neurosci. 2007 Aug 1;27(31):8181-3.
Dopaminergic mechanisms in actions and habits.
Wickens JR, Horvitz JC, Costa RM, Killcross S.
全文

ドーパミンによる可塑性と学習初期と後期のドーパミンの役割について議論してる。他にも、ドーパミン量の変化によって神経回路の活動がどのように変化するかも議論している。意思決定というよりは学習という側面が強いか。

―――
後記

ScienceNature Neuroscienceの特集はまだ一部しか読んでいないけど、体系的に勉強するなら、まず今回のJournal of Neuroscienceの特集を読み込んだ方が良い印象を受けた。各記事の長さも短く読みやすい。

その後で、最新あるいは今後のトレンドを知るべく、ScienceとNature Neuroscienceの特集を読むと良い気がする。特にScienceの特集は、さすがに奇をてらったというか、これからホットトピックになるであろう内容を扱っている気がする。

今回紹介したJournal of Neuroscienceの特集はvalue-based decisionに特化しているので、教科書に載っている情報処理の階層性でいうと、行動出力に近い前頭葉や線条体、そして中脳ドーパミン細胞の話が中心ということになる。

では、その階層性の前半は?

つまり、perceptual decisionといわれる意思決定に関しては、先日紹介した総説が良さそう。
Romoの一連の研究(例えばこの総説)は、階層性の重要箇所を網羅している。

一方で、そんな階層性の発想はナンセンスだという研究の芽も報告されてきている気もしないでもない(これは勝手な妄想)。少なくともげっ歯類の研究でそれを感じる。例えば、ShulerとBearのサイエンス論文では、データの解釈に付けこむ余地が若干ある気もするが、ラット一次視覚野で報酬期待に関連する神経活動を報告している。

また、Dommettらのサイエンス論文では、上丘深層の細胞が光に応答するようになると、ドーパミン細胞も活動すると報告している。上丘は、意思決定の最終アウトプットに近いところでもあり、網膜からの入力も受け、ドーパミン細胞にも情報を送っている。つまりは循環型回路を作っている(ように解釈できる)。これを考えると、「階層性」はなくはないのだろうけど、曖昧、もしくは別の見方をしないと現象をしっかり解釈できないのかもしれない。

さらに、意思決定は脳だけがするわけではない、とすると(もちろん定義によるが)、先日扱った研究でも「意思決定」という言葉で現象が扱われている。そういう「意思決定」まで含めるとすると、とにかく膨大な研究が同時多発的に進行中ということになる。

つまりは、

意思決定を勉強したいんですけど、何から手をつけたら良いですか?

と和尚に聞くと、

まず「意思決定」をお調べなさい。


という禅問答的な返答が返ってきそうなのが、この分野の特徴のようだ。

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過去の関連エントリー
GoldとShadlenの総説を読んで
大小の意思決定
カンファレンス・プレビュー

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神経経済学の包括的な教科書
Neuroeconomics: Decision Making and the Brain

5/04/2008

EU圏の巻き返し?

最近、EU圏の新型グラント関連の記事が目に付く。
Nature GeneticsのEditorialNature Review Molecular Cell BiologyのPerspectiveや、少し古くなるがScienceのEditorial

詳しいことはよくわからないけど、ERCwikipedia)なるEU版NIHとでも言ったら良いか。それがなかなか良いスタートを切ったらしい、とのこと。

アメリカが戦争にお金を使ってサイエンスをおろそかにしているうちに、勢力分布が少しずつ変化するのだろうか?