5/11/2008

Happyな週末

週末、メールをチェックしたら、グラント採択メールが届いていた!
やはりうれしいものである。(というか、超うれしい。)

申請したのはサウンド技術振興財団

日本の財団である。
名前からして、聴覚を研究している自分にはぴったり。最近、フェローシップというチョイスがなくなってきた自分のような「シニア・ポスドク」でも、アメリカからアプライ可、というかなり希少価値の高いグラントでもある。

さらに、毎年一人は海外で採択されている方がいらっしゃる。おそらく海外枠のようなものがあるのだろう。

採択率は20%くらいと、昨今の状況を考えると高いか。

額は最大で10kドル弱(為替相場の影響を受ける)なので、決して大きい額ではない。が、買いたいと思っていたちょっとした機材を、ボスとネゴらずに買える。

申請書はわずか1ページで、予備データなどの図表を載せるページがさらに1ページ。
さすがに、1ページだけでメッセージを伝えるのは難しいから、図にできるだけメッセージを詰め込むような戦略を採用した。

とにかく、しっかり研究したります!

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ちなみに、今年は1勝1敗。

2戦分の申請書を見返してみると、外れた方はいまいちだと思うし、当たった方は悪くないと思う。どちらも申請直後は、「完璧」と自画自賛していても、時が経てば変わる。グラント申請書は、早めに書いて少し寝かせろ、というのはこういうことなのだろう。

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ちなみに、今回の知らせを嫁さんに教えたら、

そのお金でバッグ買ってもらえるの??(推定数百ドル?)

と。。。

私的流用で研究者生命たたれるがな。。。


その替わりというわけではないが、

今晩はタイ料理を作ってみた。

$10弱

日ごろのストレスフルな労働に、ねぎらいと感謝をこめて。。。

priceless

Happy Mother’s Day.

4 comments:

阿頼王 said...

Shuzoさんへ
“グラント採択”おめでとうございます。

グラントって、色んな団体が行っているんですね。でも、日本のグラントを見ていると、公の機関であれ、私企業であれ、結局は、
「お金になりそうな研究に助成金をだしますよ」
って、感じですね。(今、額が多いのは、AIDSなんかの医療関係、ナノテクや次世代エネルギー関係、環境問題関係なんかですかね)まあ、頂けるだけありがたいですが、これって、結局は“産学共同”と言えば聞こえは良いですけど、優秀な研究者の研究をお金に変えようってのが見え見えのような……。

大きいのになると数千万円とか出してますけど、こうなると、特に私企業の場合、タダという訳には行かないですよね。

研究者の成果を取り上げるような助成なら、あまり感心しませんね。

企業も、儲け儲けではなくて、社会還元するようなグラントにしてほしいですね。

ところで、Shuzoさんの頂く事になったサウンド技術振興財団は、良い所取りなんてしないですよね。
知的所有権はあくまで研究者にあるべきだと思いますから。

なんか、良い事が決まったのに、ケチを付けてるみたいで、気を悪くされたら本当に申し訳ありません。ただ、日本では、会社と会社の研究者の間で、研究者(社員)の研究について、色々とゴタゴタがあるようなので(青色ダイオードの件とか、まあ会社側の言い分も解らないではないですが、日本の場合、研究開発した技術者への還元が話にならないくらいの額“金一封とか”なのが問題なのだと思います。日本では、土木屋以外の科学技術者の地位が低すぎると思います。学生時代は、理科系の方が上位の人間しか行けない上に、理科系大学の学費は文科系に比べて高いのにです。しかも、理科系の中で、日本の社会で認知されている土木屋って、理科系の中では最低ランクですよね。もう完全に矛盾していると日頃から思っております。この社会構造は政治的な、或いは役所的なものです。こんなこといつまでもやってると、この国はダメだと思っております。)

グラント制度自体も良く解らないので、どうなのかなと思った次第です。

まあ、あまり理不尽なグラントだったら、奥様にバッグ買ってあげてください。
(ジョークです)

Shuzo said...

阿瀬王さん、いつもコメントありがとうございます。
読んでいて思ったのは、モノの価値を測る指標のことです。

基本的には、モノの価値を「お金」で測るのが、今の世の中の仕組みではあります。が、一方でpricelessな価値の測り方もあると思います。

母の日に、お金やお金で買った物で感謝をあらわしても良いですし、別のあらわし方もあるはずです。それと似ています。

いわゆる基礎研究は、直接的にはpricelessな価値を生み出す性格が強いですし、今まで無かった何かを生み出す、という意味ではpricelessなものを生み出してナンボの世界です。

多くの助成団体は利益追求よりは、そんなpricelessなものをうみだそうとする研究を支えてくれていますよ。(もちろん、それに大きなpriceが付けばハッピー、という下心もあるかもしれませんが、直接的にはそれは狙ってません)

おそらく世の中には少なくとも2タイプの人がいそうです:pricelessなものにどうしても値札をつけたがる人、そうでもない人。
前者の人の脳では、きっと、お金が文字通り「脳内通貨」になっていて、後者の人の脳では、お金以外のイベントも脳内通貨に「換金」されているのかもしれません。(脱線)

それはさておき、
> 研究者の成果を取り上げるような助成なら、あまり感心しませんね。

といったタイプの助成金は私が知る限り、聞いたことがないです。少なくともアカデミアの研究者は、あってもそういうのに応募しないでしょうから、淘汰される気がします。

成果を論文として発表する時は、論文中に謝辞としてどこから資金提供を受けたか明示的に書くことは普通にやりますし、それは団体からの指示がなくても、すべきだと思っています。

ただ、特許、特許、と言う研究者は、サイエンス、というよりテクノロジー寄りな気がするので、そちらに関して私は全く無知です。

> 日本では、土木屋以外の科学技術者の地位が低すぎると思います。

お金という指標で測った時の生産性は、特に基礎研究者の場合、低い(むしろマイナス?)気がするので、こういう世の中だから仕方ない気もしてます。。。アメリカでも、科学者の地位は日本と変わらないですよ。特にキリスト教信者でGodを信じて進化を未だに信じていない人がたくさんいるようですし。。。

それから、科学者は、仮にノーベル賞をとっても、お金という点では、ビルゲーツの足元にもおよびません。。。(名声という意味では、肩くらいには並ぶ気はしますが)

という感じで、科学の世界にいる人は、pricelessなことが好きな人が多いのではないか、そうでないとやっていけない気がしてます。

まとまりがありませんが、この辺で。。。

追伸:
> まあ、あまり理不尽なグラントだったら、奥様にバッグ買ってあげてください。

私的流用するなら、自分のものをまず買います。(笑)

阿頼王 said...

shuzoさんへ
成程です。

『科学の世界にいる人は、pricelessなことが好きな人が多いのではないか、そうでないとやっていけない気がしてます。』

なんですよね。日本人はわたしも含めて知らず知らず“モノの価値を測る指標”が“お金”になっているのかも知れませんね。もう、それしか“価値観”が殆ど生き残っていない……。
でも、pricelessな価値観、全く無い訳ではなくて、その場合は“名誉”とか、“社会的な認知”になるのではないでしょうか?
うちの研究室の教授、(絶対に無理だと思いますが)ノーベル賞を意識してるのがなんとなく解りましたから……。

でもそういう“社会的認知”も、結局は、日本では“お金”につながって来るのが現実です。
確かに、田中耕一さんのように、ノーベル賞もらっても、
「わたしは、生涯、一研究者でいたい」
という、純粋(日本では“変わり者”)な科学者も居ますが、彼も、会社側がノーベル賞学者を放っておく訳にも行かず、一気に主任研究員に、今はもっと昇格してるかもしれません。もちろん、田中さん本人は「われ関せず」かもですけど。

わたしは、実は「お金派」ではないです。が、「認知派」ではあると思っています。でもぶっちゃけ、「お金」も「認知」も無い、ただの自己満足だけで(確かにその方が“楽しい”とは思いますが)状況で、人間って自分の“興味”だけで、誰に認められる事もなく、研究や仕事を続けられるものなのでしょうか。

わたしの場合は、「認知」されて、「社会的影響力」を持って、それを使える範囲で「社会を良くする(この良いというのも、その人によって“良い”の判断が違っているので難しいところですけど)ために活かして行きたい」と考えていたのですけど、そういう“価値観”自体が、今の日本では馴染まなく“認知”の対象外になってしまいます。そこまで、モラル・精神面を否定し、

「とにかく、自分(或いは上のか?)のお金儲け」

っていう“拝金主義的価値観”が浸透してしまっているのが、悲しいかな、今の日本という国の現状だと感じています。

こんなところで、拘って再コメしてしまいましたが、今の日本は“prise"と“priseless"が一体化していて、“priseless”だけでは社会的認知さえされない状況です。それでも、“priseless"な価値観だけで、生きていけるかと言うと、非常に難しいと思いますが、shuzoさんはどう思われますか?

Shuzo said...

> “priseless"な価値観だけで、生きていけるかと言うと、非常に難しいと思いますが、shuzoさんはどう思われますか?

指摘されている通り、現実問題として、その二つの軸は独立ではないので、難しい問題ですが、多くの研究者がお金・職に困っているのは、「難しい」ことのあわられかもしれないですね。

一方で、先進国から目を離せば、お金とは無縁の生活を送っている人もいますから、お金は生きるために不可欠ではないといえばないかもしれないですね。

それから、お金をたくさん持ったから幸せかというと、今の世の中でさえ、そうではない気がします。「出る杭は打たれる」ではないですが、お金を持っていると別の問題に直面したりと、持ったら持ったで大変なこともある気もします。
(お金を持ってないのにそういうのは、単なる僻みにしかとられないかもしれませんが。。。)

このあたりは人それぞれ考えが違うでしょうから、正解はないかもしれないですね。