2/20/2010

抑制性細胞の活動と脳状態

何かに集中している時とボーっとしている時、脳の活動はどう違うだろう?

最近ニューロンに掲載された研究によると、その答えは、ニューロンの種類によって違う。ニューロンの出力信号である「スパイク」を出すネットワークレベルの仕組みも、ニューロンの種類によって違うことがわかってきた。

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集中時と安静時、脳の活動はどう違うか。それを脳波で測ってみると、「遅い波の成分」が違う。ボーっとしていたり、寝ている(ノンレム睡眠)時、脳波の遅い成分が大きい。大きく・ゆっくりゆらいでいる。

つまりは、行動の状態(集中時、安静時、ノンレム睡眠中、レム睡眠中など)が違えば「脳状態」も違う。

もっと掘り下げて、集中時と安静時、「ニューロン」の活動はどう違うか、という問題を考えてみる。

大脳新皮質にはいろんなタイプのニューロンがいることは100年くらい前にはわかっていたけど、そんな多様なニューロンが、違う脳状態の時にどんな振る舞いをするか?という問題は、最近ようやく詳しく調べられるようになってきた。

今回の論文(スイスのPetersenたちの研究)では、ヒゲの感覚情報を処理する「バレル皮質」で興奮性と抑制性ニューロンの活動をマウスで調べている。そして、わかったことは次の通り:
1.脳状態が変わると抑制性ニューロンの活動も変わる。その変わり方は、抑制性ニューロンの種類によって違う。
2.ニューロンのペアの活動は、安静時、よりシンクロしている。
3.興奮性ニューロンがスパイクを出す時、細胞膜の電位変化は近くの興奮性ニューロンとは協調していない。一方、抑制性ニューロンがスパイクを出す時、膜電位は近くの抑制性ニューロンと協調している。

この論文は、神経回路の振る舞いが違う脳状態の時にどう違うか、という問題を理解していく上で、非常に重要な研究。

以下は、論文の著者自ら語った解説ムービー。


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ここからは、ジャーゴンをもっと入れながら。。

今回の研究では、GAD67-GFPマウスを使って、生きた・起きているマウスのバレル皮質のGABA作動性ニューロンを2光子レーザー顕微鏡で可視化しながら、in vivo dual patchという、離れ業をやっている。そして、膜電位、スパイク、ペアの活動相関、スパイク発生機構を2/3層で調べている。

細胞種は、錐体細胞、GAD67陽性細胞としては、FS細胞とnon-FS細胞の二種類がターゲット。

重要な図は図3、5、6か。

図3では、単一細胞レベルの脳状態依存性を調べていて、whisking時(マウスのムービーを撮ってヒゲを動かしているか否かでwhiskingかquietか分類している)、FS細胞は発火頻度を下げ、non-FS細胞は発火頻度を上げている。つまりは、脳状態がスイッチすると抑制性細胞の活動もスイッチする感じ。錐体細胞に関しては、有意な差はなかったようだ。

図5では、脳状態と膜電位相関の関係を調べていて、どのペアでもquiet時で相関が高いことを確認している。

図6では、ペアの片方がスパイクを出した時、相方の膜電位変化を調べた点がポイントで、錐体細胞同士は協調していない。一方、抑制性細胞ペアは非常に協調した膜電位変動をしている、ことを示している。

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いろいろ思うところはあるのだけれども、一番気になるのは、whisker時の活動は「自発活動」なのか、感覚応答も含めた活動なのか解釈不明な点(これは対象モダリティーの抱えている大きな問題のようにも思える)。少なくとも2008年のNature論文のような対照実験をしないとその問題はクリアできないのではないか。図3の発火頻度の変化は、自発活動と感覚応答と脳状態の3つのパラメーターが混ざったデータになるのではないか?図6はsignal correlation的なものを見てるのか、noise correlation的なものを見ているのか、しっかり解釈するのが難しくないか?(そもそも脳状態を区別していないようだし)

あと、前から気になっているのは、C2バレルに特化した研究をしているという点。別に他のバレルは違うんでは?とかそういうことを言っているのではなく、C2以外のヒゲを全部切ってしまうと、他のバレルからの影響が変わってしまう可能性を排除できないはずで(例えば側方抑制とか)、ヒゲが全部ある時、結果がどうなるかは誰もわからないのではないか。視覚研究のアナロジーで考えると、古典的受容野刺激のパラダイムを採用しているようにも思える。(実際、古典的受容野の外にも刺激を出すと、スパースさが増したりもする。)

一方で、図6は、ここのところイメージングや電気生理でコンセンサスが得られつつある傾向を、膜電位レベルで示唆しているとも解釈できるから、脳の場所、動物種が変わっても、共通している現象なのかもしれない。

とにかく、Petersenのグループはこのテーマの先導者で、技術レベルは世界最高レベルだから、これからどんなデータを見せてくれるか今後も注目。

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今回紹介した論文
Neuron. 2010 Feb 11;65(3):422-435.
Membrane Potential Dynamics of GABAergic Neurons in the Barrel Cortex of Behaving Mice.
Gentet LJ, Avermann M, Matyas F, Staiger JF, Petersen CC.


バックグランドとして必読論文はこちら
Nature. 2008 Aug 14;454(7206):881-5. Epub 2008 Jul 16.
Internal brain state regulates membrane potential synchrony in barrel cortex of behaving mice.
Poulet JF, Petersen CC.