「記憶と分子」というテーマに絡んだ論文で、最近目に留まったトピックを二つ。
メラトニンと夜間学習の非効率性
メラトニンの働きを抑えれば、学習効率が上がるかもしれない。
最近サイエンスに掲載された論文。夜に放出量が高まるメラトニンのせいで学習効率が落ちる、ということを示した論文。メラトニンは脳の松果体(pineal gland)というところで産出される物質で、サーカディアンリズムと同調して放出量が変化する。研究では、昼間に行動するゼブラフィッシュをモデル生物として選び、メラトニンの情報伝達が夜間学習の非効率性を説明するのに、必要かつ十分だということを明らかにした。
人でどれくらい当てはまるかはもちろん不明だし、なぜ・どうやってメラトニンが学習の邪魔をするのかも不明。風が吹けば・・・の「風」の一つにメラトニンあり、という感じか。けど、もし人でも当てはまるとすると、一夜漬けほど効率の悪い勉強法なし、ということになるか。
文献
Science. 2007 Nov 16;318(5853):1144-6.
Melatonin suppresses nighttime memory formation in zebrafish.
Rawashdeh O, de Borsetti NH, Roman G, Cahill GM.
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ZIPで記憶消去
サイエンスに、しかも2年連続で出ているネタ。
PKMzなるタンパク質(PKCというタンパク質の触媒部位)の働きを抑えるZIPというケミカルがある。そのケミカルを脳に投与すると記憶喪失のような状態になることがわかってきた、という話。
昨年の論文では、海馬。最近の論文では、大脳新皮質での研究。ラットの脳にZIPを直接投与して、長期記憶に対する効果を調べたら、大雑把に言うと、記憶が消えることがわかった。
ポイントは、PKMzの働きが阻害されると、記憶ができてから数週間から1ヶ月という長期記憶までもが阻害されるという点。従来のドグマは、短中期:タンパク質合成・修飾など→長期:神経回路の構造的変化、とでも言ったら良かったわけだけど、そう単純ではないかも?という問題を提起したところが超面白い。つまり、長期記憶のフェーズでも特定のタンパク質の活性が大事ですよ、ということになるか。
逆のケミカル、つまり、長期記憶増強剤が見つかると大儲けできそう。(いろんな副作用がありそうだけど。。。)
少なくとも、「過去の記憶をすべて消して真っ白になりたい」と危険な希望を持っている人には朗報かも?
文献
Science. 2006 Aug 25;313(5790):1141-4.
Storage of spatial information by the maintenance mechanism of LTP.
Pastalkova E, Serrano P, Pinkhasova D, Wallace E, Fenton AA, Sacktor TC.
記憶の基礎となる現象の長期増強(LTP)。海馬のLTPをZIPによって抑えたら、海馬が関わる空間学習が阻害されたという話。この時点では、生きた脳でのLTPと学習の関係を示したという点で注目を浴びたのではないかと思われる。
Science. 2007 Aug 17;317(5840):951-3.
Rapid erasure of long-term memory associations in the cortex by an inhibitor of PKM zeta.
Shema R, Sacktor TC, Dudai Y.
こちらの論文がより重要。味覚の条件付け学習の長期記憶には島皮質が関わっていて、そこにZIPを注入したら、1ヶ月前の記憶すら消えてしまう、という恐ろしい話。
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