1/31/2009

「ノイズ」の中の脳機能

神経活動を計測する研究の多くでは、実験データとして観察されるのは、基本的には
1.実験者が使った感覚刺激(入力)
2.参加者・動物の行動(出力)
3.脳活動(ニューロン活動)
の3つ。

そのデータを解析して、注意や意思決定や行動プランニングといった、いわゆる「認知機能」を明らかにしていく。

研究上の問題は、その認知機能は直接的には観察されない、こと。
ではどういう研究ストラテジーをとるか?

いろいろ戦略はあるけども、ラット海馬の研究を紹介しながら、その研究ストラテジーをまとめた総説Trends in Cognitive Sciencesに出ている。Adam JohnsonやDavid Redishたちがまとめている。

以下、この総説で扱われているトピックをまとめる。

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導入

まず従来の戦略が書かれている。

つまり、感覚刺激や行動出力に直接対応しない神経活動は「ノイズ」と扱う戦略。

典型例としては、同じ感覚刺激を何度も呈示しては1個のニューロンの活動を計測。そして、そのデータを平均化して、計測したニューロンがどんな特徴量を表現しているか解釈する。

そこでは、刺激とあまり関係のないタイミングに、ごくたまにニューロンが激しく活動することには目を瞑って、ノイズとして扱う。平均化によってノイズをキャンセルしてデータを解釈しやすくする。

けれども、直接的には感覚刺激と関連しない認知機能を理解するには、そのやり方だけでは難しいケースもあって、最近の海馬研究を紹介しながらその戦略をまとめよう、という導入となっている。

以下は、大きく2つのパートに分かれていて、前半で過去の実験データのまとめ、後半では抽象度を上げて研究戦略について議論している。

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過去の実験データのまとめ

まず、海馬ではなく、Georgopoulosたちの先駆的な研究が紹介されている。メンタルローテーションをまるで表現しているかのようなニューロン集団の活動の話。

続いて、海馬の「場所細胞」を紹介。場所細胞とは、ラットならラットが特定の空間上を動きまわっている時、特定の場所に来た時だけに活動する海馬のニューロン、のこと。

その後、その場所細胞に関連した海馬機能の研究を3つのカテゴリーとしてまとめている。
その3つとは、
長い時間スケールの活動
ミリ秒単位の短い時間スケールの活動
「場所」を越えた活動例

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研究戦略

後半では、研究戦略を次の3つのアプローチとしてまとめている。
エンコーディング
ディコーディング
生成(generative)モデル(日本語訳が正しいか自信なし。。。)

総説中のBox1がわかりやすい。

例えば、
神経活動
行動アウトプット
という2つがデータとしてあったとする。

エンコーディングは、その二つからニューロンがどういう行動アウトプットと対応するか、ニューロンがどういう行動アウトプットをコードしているか調べるやり方。いわゆるチューニングカーブを解析すること。

ディコーディングでは、行動アウトプットを神経活動から解読する。例えば、ニューロンがどんなチューニングカーブを持っているか知った上で、新しく観察したニューロン活動から、今動物がどんなアウトプットをしているか予測・解読する。

生成モデルは、さらにメタな発想で、単純には、ニューロン活動がいつ起こるべきか、神経活動そのものを予測すること。テクニカルには、例えば、10個のニューロンの活動とラットの運動軌跡を観察していたなら、10個中9個のニューロン活動と運動軌跡の情報を使って、残り1個のニューロン活動のタイミングを予測する。

この3つのアプローチでこの総説の著者たちが推すのは最後の生成モデル。

締めくくりとして著者たちは、認知機能を理解するには、文字通りのノイズと認知機能を反映しているけど一見ノイズのように見える神経活動を区別することが重要で、その点では生成モデルのアプローチは利点がある、と。さらに、計測法と解析法両方をさらに改善していけば、神経集団の活動や認知機能の理解が深まっていくだろう、としている。

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感想

非常によくまとめられている。ニューロン活動だけでなく、fMRIに代表されるような、多変量として脳活動を計測している他の研究分野とも考えをシェアできそう。

が、この総説は「データ解析」という、データが取れた後どうするか?という戦略であって、そもそもデータをどう取るか?という視点は欠けているようにも思う。

例えば、ヒトのfMRIやサルの神経生理学の研究では、実験デザインそのものを洗練させる、という点にも重きを置いているから、そのような観点も非常に重要なように思う。

つまりは、両方をうまいこと融合させながらプロジェクト全体を考えていかないといけないのだろう。

また、この総説では生成モデルを推しているけど、それで脳の理解が深まるか?というと、必ずしもそうとは限らないケースもあるようにも思う。例えば、そのモデルの最先端は、おそらくPillowたちの論文だと思うけど、このやり方に疑問を抱く人はまだまだいる。ニューロン活動を予測できたのは良いけど、それで脳で起こっていることを理解したことに直接つながるのか、いま一つピンとこない。

一つのアイデアとして、生成モデルでの推定をもしもオンラインでできるようなフェーズになったら、それをもとに、リアルタイムでニューロン活動を操作して、行動との対応を見る、という閉回路系の発想なんかを導入できる時代がくると、それはそれで非常に面白い気はする。世に存在するツール、知識(あとお金)を総動員すれば、できるような気も。。。

それはともかく、神経科学は、データ解析、広くは統計学という点でも非常にチャレンジングな分野だなぁ、とあらためて痛感するしだい。(もっと勉強せねば。。。)

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文献
Trends Cogn Sci. 2009 Jan 7. [Epub ahead of print]
Looking for cognition in the structure within the noise.
Johnson A, Fenton AA, Kentros C, Redish AD.
今回紹介した文献。

Nat Rev Neurosci. 2005 May;6(5):399-407.
Neural signatures of cell assembly organization.
Harris KD.
ボスが4年ほど前に書いた総説。
今回の総説でも引用されていて、発想的には非常に近い(ほとんど同じ?)。

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