9/29/2007

個性豊かな抑制性ニューロンのルーツを探る:パート3

大脳皮質の大多数の抑制性ニューロンは、内側基底核原基で生まれる。今回紹介する研究では、特定の発生時期に内側基底核原基から由来する細胞を追跡できる方法を開発。そして、構造・機能的に10種類に分類できる抑制ニューロンが、異なる時期に生産されることを明らかにした

大脳皮質の多様な抑制性ニューロンのルーツを探るシリーズ第三弾。

第一弾では、大脳皮質の抑制性ニューロンの多様とその中のルールについて、第二弾では、その抑制性ニューロンは終脳の腹側にある基底核原基、特にその内側と尾側から誕生することを紹介した。

今回は、実際の研究例の紹介。
2ヶ月ほど前に
Journal of Neuroscienceで発表された研究を紹介する。

論文の情報はこちら。
J Neurosci. 2007 Jul 18;27(29):7786-98.
Physiologically distinct temporal cohorts of cortical interneurons arise from telencephalic Olig2-expressing precursors.
Miyoshi G, Butt SJ, Takebayashi H, Fishell G.

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どんな研究か?

まず遺伝子組み換え技術を使って、内側基底核原基で生まれた細胞の運命を追跡できるようにする。そして、生後2~3週間の脳で、内側基底核原基から移動してきた抑制性ニューロンの形、遺伝子発現、電気的な活動特性を調べて、多様な抑制性ニューロンのルーツに迫っている。

この研究から、特定の抑制性ニューロンは継続的に誕生し続ける一方、別の抑制性ニューロンは、胎児期の特定の時期に誕生することが見えてきた。また、電気活動と細胞形態による分類から、内側基底核原基から少なくとも10種類の抑制性ニューロンが誕生していることがわかった。

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研究の詳細 (ここからは手元に論文をご用意ください。PDFこちら

具体的な問題意識は、大脳新皮質にいる多様な抑制性ニューロンは、どの発生時期に由来するか?ということ。どこ?に関しては、内側基底核原基(以下MGE)に焦点を絞っている。

研究戦略はこうだ。

まずolig2という遺伝子に注目している。なぜなら、olig2のプロモーター制御下でCreERが発現するドライバーマウスがすでに存在しているから。そのマウスにEGFPレポーターマウスをかけ合わせる。

このマウスに、タモキシフェンを胎児期に与えると、その時期にolig2(正確にはそのプロモーター)が働く細胞でloxPで挟まれた部分が飛び、EGFPが発現するようになる。そして、EGFPを発現した細胞運命をたどれる(fate-mappingできる)という仕掛け。

この分子遺伝学に、従来の抑制性ニューロンの研究方法を組み合わせている。つまり、どのタイプの抑制性ニューロンがどの発生時気に由来するかを、細胞形態、遺伝子発現、電気生理特性に基づいて解析している。

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次に、個々の図を見ていく。

遺伝学はどう働いたか?

Fig. 1は、いわばキャリブレーション実験。
パネル
Dは、nkx2.1olig2の発現の一致具合。MGEの大部分でnkx2.1olig2の発現が重複していることが最大のポイント。ただ、完全に重複しているわけではない。olig2は外側(LGE)と尾側(CGE)でも若干の発現が観察されている。

なぜnkx2.1との重複を調べたか?

nkx2.1は、MGEを定義している有名なマーカー遺伝子だから。ちなみに、nkx2.1をノックアウトすると皮質の抑制性ニューロンの大多数ができない。つまり、大人の大脳皮質で、MGE由来の抑制性ニューロンが欠落してしまう。

パネルE以降の写真は、トランスジェニックマウスからのデータ。
このマウスにタモキシフェンを与えたのは、
E9.5, 10.5, 12.5, 15.5の4つの時期。それらの時期にolig2陽性だった細胞のfate mappingをすることになる。

パネルEからH
タモキシフェンを与えた翌日、
EGFPが発現していた細胞の分布を調べている。まばらで、基本的にはMGEに限局していたようだ。上のパネルDの説明で、olig2LGECGEにも発現が認められると書いた。一見、これは問題のように思える。なぜなら、MEG由来の抑制性ニューロンを追跡したいから。つまり、「純度」が落ちるから。が、この一日後のEGFPの発現で、その心配は軽減される。

なお、タモキシフェンの投与量によって、EGFPを発現する細胞に差が出るようだ。たくさん投与すると、確かにLGECGEでもEGFPを発現しているニューロンがいたそうだ。ということで、タモキシフェンの投与量は、EGFPの発現がMGEにできるだけ限局するような(”near-exclusive”という表現を使っている)量にしたそうだ。

以降の解析はすべて生後2~3週間の脳で調べている。EGFPを発現するニューロンは、大脳新皮質へ移動して回路に組み込まれる。その組み込まれた時点での特徴をいろんな観点で調べるわけだ。

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インサイド・アウトの確認

Fig. 2では、抑制性ニューロンが「インサイド・アウト」で回路に組み込まれていったことを確かめている。このインサイド・アウトについては前回のエントリーでも紹介した。

E9.5E10.5の早い時期に由来するニューロンは主に5、6層に、E15.5と遅い時期に由来するニューロンは主に2/3層に組み込まれている。この知見そのものは新しくない。が、より洗練された方法で再確認した点がポイント。

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タンパク質で区別した抑制性ニューロンたちの由来

Fig. 3の説明。今回の論文で重要データの一つ。
「多様性」の話だから、込み入った話になる。

ここでは、PV, CR, SST, VIPという4つのタンパク質に注目して、抑制性ニューロンを区別する。区別されたニューロンが、どの発生時期に由来するかを調べている。(SSTは過去のエントリーではSOMと略した。)

上述のように、4つの発生時期のいずれかからEGFPが発現するように細工してある。生後3週間の時点で、そのEGFPを発現しているニューロンが、4つのタンパク質のうちどれを発現しているか調べれば、特定の抑制性ニューロンの「生産日」を絞り込める。

図のポイントは、PV陽性ニューロンは継続的に、それ以外は特定の時期に生産されること。

まずパネルHが、4つのタンパク質が発現する抑制性ニューロンの「ベン図」。
その中で、最もわかりやすいのは
PV陽性細胞。他のタンパク質との重複はない。パネルIにあるように、今回調べた範囲では、PV細胞は継続的に生まれている。Fig.2とあわせて考えると、1層を除く全層にまんべんなく配置されていく、と解釈できそうだ。

次に、CR, SST, VIPが発現しているグループを考える。パネルJKがデータ。
おそらく、次のようにデータを見ていった方が良い。
まず、
SST陽性細胞VIP陽性細胞の二つに大きく分ける。なぜなら、SSTVIPの両方を発現しているニューロンはいないようだから。

では、その2種類の抑制性ニューロンは、どの発生時期に由来するか?

SST細胞は主にE12.5まで。VIP細胞はE15.5
つまり、
SST細胞生産モードからVIP細胞生産モードへスイッチする印象を受ける。層構造という点では、SST細胞は深め、VIP細胞は浅め、という解釈になりそうだ。

次に、CRという要素も含めて考えてみる。
継続的に生み出され、最も多く生み出されるのは
E15.5。ただし、SST細胞とVIP細胞でCRを発現しているニューロンもいる。

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ここから後半。さらに込み入ってくる。

9種類の活動パターン

Fig. 4
5は電気生理特性による区別。9種類に区別しているので、9通りの特徴が2つの図に渡って並べられている。dNFSは細胞形態によってさらに2種類に分けている。

多いので、まず3種類に分けてみる。
fast spiking (FS)intrinsic bursting (IB)、その他、の3つ。
分ける時は、ニューロンに電流を注入し、反応の仕方によって分ける。

FS細胞は、その名の通り、速く活動し続ける。もう一つ特徴は、スパイクの幅が狭い。電流注入後どれくらい遅れてスパイクが出るかで、さらに2種類に分類。FSdFSの2つ。

IB細胞は、バースト発火する。他のニューロンがバーストしない電流量でバースト発火する。電流注入後にリバウンド活動が起こるか否かで、さらに2種類に分類。iIBrIB

その他の細胞は、FS細胞でもIB細胞でもない。研究では、NFS1, NFS2, dNFS1, dNFS2, LS, iADの6種類に分けている。

そのうち、NFS1が特徴的。FS細胞に似てスパイクの幅が狭い。けど、スパイク後に見られる過分極成分AHPFSと違って小さい。それから、電流を注入し続けた時、活動がなまる。

NFS2は、電流注入後のスパイク潜時が遅くない。AHPはしっかり見れる。電流を流し続けた時、活動がなまる。

dNFS1, dNFS2, LSは、電流注入後のスパイク潜時が遅い。これらの3つを分ける手がかりは主に細胞形態らしい。LSとはlate-spikingLS細胞は、ニューログリアフォーム細胞がこの特性を示すことが知られている。今回もこの形態のニューロンをLS細胞と呼んでいる。

最後のiADは、NFS2と比べて、脱分極の立ち上がりとスパイク潜時が若干早いことが区別する手がかりになる。

まとめると、
FS・・・FS, dFS
IB・・・iIB, rIB

その他・・・NFS1, NFS2, dNFS1, dNFS2, LS, iAD

という分類。

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細胞形態

Fig. 6は、その10種類の細胞の形態を一部示している。
dNFS1dNFS2は細胞形態で区別されるべきだが、その例を示していないのは若干気になる。rADは、iADのタイポだと思われる。

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10種類の抑制性ニューロンたちの由来と配置

Fig. 7は、Fig. 3と並んで、今回の論文の目玉。

電気生理特性と形態から分けた10種類の抑制性ニューロンが、どの発生時期に由来するか、というデータ。それに加えて、層分布の情報も提供している。

細胞種によって、「生産モード」が切り替わっている様子が伺える。

例えば、FS細胞では、FSdFSは、E15.5でモードが入れ替わっている。dNFS2, LS, iAD細胞は主にE15.5ででき、確かに2/3層に集中している。これは重要な情報。IB細胞は逆にE15.5より前に出来上がっているようで、深い層に多い。

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まとめる。
olig2に注目して、MGE由来の抑制性ニューロンのfate mappingをして、異なる時期に、異なるタイプの多様な抑制性ニューロンが生じていることを明らかにした。

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研究の問題点

良い研究でも完璧な研究はない。
今回の研究でも気になる点がある。四つ挙げてみる。

第一に、olig2の特異性。
もし
MGECGEという区別にこだわりたい人は、今回olig2-CreERマウスを使ったことが気にいらないかもしれない。なぜなら、MGEと言えば、現時点ではnkx2.1が代表的遺伝子で、olig2が登場するのはやや唐突だし、発現の特異性も若干心配だから。

ただ、今回の研究は、olig2を基準として考えた抑制性ニューロンの多様性の起源、として捉えれば問題ない。


第二に、細胞分類の曖昧さ。
特に電気生理特性と形態に基づいて10種類に分けた点が非常に曖昧。例えば、
Table 1に数値データをまとめているが、サンプルした細胞でどれくらいデータがばらついていたのか、区別した細胞は、統計的にも区別できるのか示さないと、分類の根拠は弱い。

この点は、もっと客観的に統計的な方法で、「生データを入れれば、誰でも同じように区別できる」という方法を採用しないと、この点の混乱は解消されないだろう(と言ってPCAをやっても、データセットによって違うリスクあり)。

また、一個のニューロンでも、同じ電流量を注入する実験を繰り返した時、どれくらい反応がばらつくのか、その点も考慮に入れる必要がある気もするが、この点、自分は経験がないのでわからない。

ここで指摘した点に積極的に取り組んでいる研究は、まだないと認識しているが、重要な問題だと思う。


第三に、前半と後半のギャップ。
遺伝子発現を中心に調べた前半部分と、電気生理をやった後半部分を結ぶデータをしっかり提示して欲しかった。例えば、
NFS1細胞ではどの遺伝子が発現していたのか、といったこと。もちろん、一部の細胞は、テキストに記載はある。が、システマティックに調べたデータが図としてないのは、やや残念だ。

マウスとラットは若干違うので、ラットの研究の知見をそのままマウスに当てはめて良いのか、あまり自信はない。少なくともCR細胞とSST細胞に関しては違う。

最後は、マイナーなポイントだが、Creの非特異性の問題をクリアしていないと理解した。タモキシフェンを投与したのは短時間なので、おそらく大丈夫だと信じたい。が、Fig. 1で、olig2はすでに発現しなくなった、解釈しているEGFP陽性細胞が本当にそうなのか、一応コントロール実験で確認しておいた方が安心だろう。

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研究の重要さ

これらの問題はともかく、この研究は、遺伝学的に抑制性ニューロンの多様性の起源に迫った重要な研究。情報量が多い分、重要な情報もたくさん提供している。

論文のDiscussionでは、MGEと言えでも、遺伝子レベルでさらに細分化できる可能性も触れている。また、nkx2.1なりolig2を発現している細胞たちは、もともと1つの細胞種なのか、それとも多数の細胞種がすでに集まった集団なのか?という問題についても触れている。答えがビシッと決まるというより、少しずつ知識のギャップを埋めていく、というのが今後の研究方向になりそう。とにかく、いずれも抑制性ニューロンの多様性のルーツを知る上ではコアな問題になりそうだ。今回の研究はその問題を深く理解していく上で、足がかり的な研究になりそうだ。

話は変わるが、今、大人の大脳皮質で神経回路がどのように(How)働いているか知りたいとする。その場合、ネットワークを構成している要素が何で(What)、どこに(Where)あるか知ることも非常に重要。これまでWhatWhereに関しては、これまでいろいろ調べられてきた。けど、発生時期から成体までの時間軸(When)を追っていく研究分野とは、独立に進められてきた印象を受ける。今回の研究は、その独立に進んできた研究同士のギャップを埋める研究として、画期的な研究だと思う。Molecular Developmental Neurophysiologyとでも言ったら良いだろうか。

今回の研究は、生後2,3週の脳に絞って解析している。が、発生時期からその時期までの間を埋める研究も可能だし、大人の脳の研究へ応用可能かもしれない。その意味では、非常にポテンシャルを感じられる研究だ。

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参考情報

前回のエントリーで紹介した参考文献、特にButtらの研究がお薦め。
Fishell研究室のホームページ。なかなか気合いの入ったホームページとなっている。

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