3/09/2008

Aクラスな科学の情報

この一週間で知った情報を、強引に関連付けてみます。
キーワードは「Aクラスな科学」。

スピン(一般向け)
ネイチャーのウェブページ上で「スピンspin)」の特集が組まれている。
自分は、ポッドキャストを聞いただけだけど、なかなかわかりやすく解説されていてお薦め。

スピンとは、基本粒子のもつ角運動量。英語では、intrinsic angular momentum of elementary particles。(自分は大学教養物理で挫折しているので、これ以上の詳細は不問ということで。。。)

では、そのスピンは何の役に立ってるか?
例えばハードディスク。昨年のノーベル物理賞とも関係が深い。スピントロニクスなる言葉を初めて知った。ちなみに、そのスピントロニクスの分野ではスピンを応用した半導体が開発されつつあるとか。脳科学でいえば、今やなくてはならないMRIを支えている物理現象もこのスピン。スピンを利用した大発見がこれからも続くのだろうか?


Aクラスな研究者になるためのハウツー(大学院生向け)
そんな大発見をするようなAクラス研究者になるための良い情報がいくつかある。リチャード・ハミングという数学・コンピューターサイエンスで功績を残した偉い人の講演全文がウェブにある。良い研究者の条件について語っている。英語の長い文章は読んでられないという人は、こちらに10のポイントとしてまとめられている。一方、他にも重要な要素があるよ、というツッコミもこちらにある。

これに関連して、個人的に大好きなエッセーは寺田寅彦の「科学者とあたま」。


場所細胞、グリッド細胞、そして(大学院生、プロ向け)
そんなAクラスな研究者のうち、今脳科学の分野で活躍している「カップル」がMoser夫妻。海馬周辺領域のシステム研究をしている人で、今やMoser夫妻を知らない人はいない(たぶん)。

そのMoserたちがAnnual Review Neuroscienceに総説を書いている。この分野は、ラット・マウスの研究を中心に、今コンセプチュアルなレベルで劇的な発展を遂げている。昨年話題になった本Rhythms of the Brainでもそんな最新情報はフォローしきれていない。このホットな分野をフォローするにはうってつけの総説だと思われる。


Freemanの教科書(大学院生、プロ向け)
さらに脳科学のAクラスな研究者を。
Walter J Freemanといえば、嗅覚系でカオス的脳活動について言い出したことで有名ではないかと思う。その人が30年以上前に出版した有名な教科書の全文が公開されている。1ページあたりの文字数はそれほど多くはないが500ページ強に及ぶ。

いわゆる「ポピュレーションコード」など、ニューロンが集団として情報処理していること、を議論する論文の中で、この教科書は頻繁に引用される。自分はこの本を読んだことがなくて、今、第一章を読んでいるけど、非常にお薦めな教科書である。

PDF版も含め、著作権がFreemanに戻ってきたから公開したらしい。すばらしい。。。この原稿公開のためにprefaceを追加していて以下のように述べている。

The word "chaos" has lost its value as a prescriptive label and should be dropped in the dustbin of history, but the phenomenon of organized disorder constantly changing with fluctuations across the edge of stability is not to be discarded.

主張の軌道修正とも解釈できそうである。Freemanがどんなデータをもとにどうカオスという主張をしはじめたのか知らないが、なかなか興味深い言葉である。


ノーベル賞受賞者の汚点(プロ向け)
さらに超Aクラスな研究者で嗅覚系の研究をしている人のニュース。嗅覚系といえば、リンダ・バック。嗅覚受容体の研究でノーベル賞を受賞した女性。

そのノーベル賞受賞前、2001年に発表した超有名なネイチャー論文を、今週取り下げた関連記事も掲載されている。データを再現できず、さらに捏造の可能性がわかり、論文での結論に自信がなくなった、ということが取り下げ理由のようだ。

実際、この論文が出た直後に悪いうわさを聞いた覚えがある。確かに、論文の図を見ると「こんないい加減な図でよく通ったな」と今思う。論文の図はすべて筆頭著者が用意したと発表されたので、捏造がホントなら、筆頭著者が行ったと理解すべきなのだろう。が、常識的な科学者が大きな発見を報告する場合、少なくとも、もっと説得力のある図を用意するのが普通ではないかという気がする。ノーベル賞をとるような人が、論文作成時点でそのことをなんとも思わなかったのだろうか?論文のレフリーが誰だったのかもちょっと気になったりもする。

もちろん、今回の取り下げは、彼女がノーベル賞に値する発見をした事実そのものには全く影響はない。が、なかなかショッキングなニュースである。自分が知る限り、彼女は40代に花開いた苦労人で、そんな大器晩成タイプの研究者として、自分は非常にリスペクトしていた研究者の一人だったのに。。。。でも、こういうことからいろいろ学ばなければいけないこと(「社会勉強」という点で)はたくさんある気がする。

ちなみに、Action Potentialでもエントリーが立てられている。


そしてiPS細胞(大学院生向け、プロ向け)
さらにノーベル賞に関連する(であろう)Aクラスなネタで締めくくり。
日本にいないからiPS細胞がどれくらい騒がれているのか、もう一つその空気を読めていない。けど、うちの母親もネタにしていたくらいだから、国全体の盛り上がりようは相当(だった)なのだろう。。。それはともかく、JSTこと科学技術振興機構が公開している特別シンポジウムの報告書はいろんな意味で面白い。

科学という純粋な意味で面白かったのは、例えば、がん化することは問題ではない、むしろ必要条件である、といった質疑応答の箇所など、この分野に直接関わっていない人たちが持っている「誤った常識」を正す上でもなかなか質の高い情報だと思った。おそらく英語でもこの手のタダの情報を手に入れるのは難しい気がする。

もう一つ面白いことは、その報告書から、その人の人柄、考え方が伝わってくる。研究現場を知っているトップ、研究の方針決定に携わる人たちのいろんな思惑が伝わる。アダルトな世界が少し垣間見れるかも?

ところで、脳に「魔法の因子」を入れて、脳が関わるあらゆる病気を治すことはできないだろうか。。。そんなことできるわけがない、と思えることができたりするかもしれないから、科学は楽しい。

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