ジャズに名曲はなく、名演奏あるのみ
と野川香文が言ったように、ジャズの特徴は、毎回違うアドリブ演奏にある。
では、そんなアドリブ演奏は脳のどこの活動に支えられているのか?
最近PLoS Oneに報告された論文によると、アドリブ演奏をする時、ちょうど額の奥に位置する前頭葉の一部がより強く活動することがわかった。
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研究では、ジャズミュージシャン(ピアニスト)の脳活動をMRIで測っている。そして、次の二つの条件で、脳活動を比較している。
第一に、いわゆる「コントロール」と考えているもので、4分音符をドレミという順番で弾く。あたえられた課題曲を弾いているのと等価と考えて良さそう。第二の条件は、「アドリブ」で、4分音符だけども自由なメロディーを弾く。
この2条件のときの脳活動を比較している。研究ではさらに、リズムの制約のなしで、コントロールとアドリブの脳活動も比較しているが、結果はほぼ同じだった。(なので、省略)
ちなみに、実際の演奏例がこちらにある。(特にAudio S4を。スウィングしてます!)
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では、スウィング中の脳(Swingy Brain?)はどこが活動するか?
論文のFigure3にまとめられている。暖色がアドリブ>コントロール、寒色がその逆。
まず、アドリブを弾いている時に強く活動した脳の場所はどこか?
前頭前野内側部(medial prefrontal cortex)なるところ、特にその先端(吻側)がより強く活動していたらしい。ここは「ブロードマンの10野」といわれるところでもある。
他には、感覚運動処理に関わるいくつかの場所も強く活動している。それから、論文ではそれほど強調していないが、小脳の一部も強く活動していた。
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逆に、アドリブ演奏時、活動が弱かったところはどこか?(あくまでコントロール時との比較)
意外かもしれないが、上の前頭前野内側部を除く前頭葉の広い部分の活動が、弱かった。逆に言うと、単調な課題曲を弾いた方が、前頭葉の広い場所で活動が増えていたことになる。
その前頭葉の広い部分には、前頭葉でよく研究されている背外側部、それから眼窩前頭前野、さらには、内側の後方全般、といったところが含まれる。
さらに、海馬や扁桃体といったいわゆる「辺縁系」といわれるところも、アドリブ演奏時に活動が弱かった。課題曲演奏時に比べて。
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この研究はいわゆるクリエイティビティに関わる脳活動を調べた研究と位置づけられそうだ。非常に面白い。
このデータをそのまま理解すれば、前頭葉の先端部分の活動を高めれば、アドリブ演奏のような創造的な活動ができるのかもしれない。
一方で、前頭葉が活動したからといって、創造性を鍛える方向で頭が良くなる、という考えはNGである、とも解釈できるかもしれない。なぜなら、アドリブ演奏時には広い前頭葉の活動が、単純な作業の時より活動が弱くなっていた、と解釈できるから。
非常に興味深い。
ちなみに、海馬などの辺縁系の活動が低かったことに関しては、解釈が難しいようだ。また、自分が読んだ限り、小脳の活動については何も議論していないようだが、もしかすると、伊藤正男先生が主張されてきたことと大いに関連があるかもしれないなどと思った。どうなのだろう?
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この研究、面白いが問題もありそうだ。
例えば、「創造」と「でたらめ」の区別。
今回の研究ではミュージシャンがやったから、あたかも創造的に弾いたと一意に解釈するのはそう無理はない。
が、より厳密に考えると、アドリブとランダム演奏は区別されるべきだが、それを「客観的」にはできていない。そもそもランダム演奏という条件を設定していない。アドリブとランダムを区別するためには、創造性を「測る」必要があるわけだが、創造性は単純なモノサシで測れる代物ではないから創造なのであって、大きな壁が存在する。
とにかく、今後このような研究はどんどん発表されるだろうが、創造性とは何か?どう評価するか?という問題がつきまとう気がする。脳科学ではこれまで一部の人しか真剣に考えてこなかった「脳の活動」をみんなで深く考えていかないといけないのかもしれない。
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文献
PLoS ONE. 2008 Feb 27;3(2):e1679.
Neural substrates of spontaneous musical performance: an FMRI study of jazz improvisation.
Limb CJ, Braun AR.
今回紹介した論文。
Nat Rev Neurosci. 2008 Apr;9(4):304-13.
Control of mental activities by internal models in the cerebellum.
Ito M.
最近、伊藤正男先生が書かれた総説。
内部モデルのコンセプトを発展し、小脳におけるメンタル活動について、実験事実を踏まえながら仮説を展開、そして精神疾患との関係についても考察されている。自分が読んできた範囲の文献で、小脳は意外な場面でよく顔を出すと思っていたが、その理由を考える上でも非常に参考になる気がした。
wikipediaのCreativityという項目もなかなかお薦め。
さらに、自分が知っている範囲では、Zekiもcreativityに関連するエッセーを書いている。
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