8/26/2009

聴覚野応答の非線形システム論的予測

共著論文がJournal of Neuroscienceに出た(PDF)。

この論文では、力学系モデルを応用して、聴覚野での感覚応答を予測している。

ポイントは、脳が「活性化状態」と呼ばれる状態の時、聴覚野の神経細胞たちは線形システムに近い振る舞いを、一方、「不活性化状態」の時は非線形な振る舞いをしていそう、ということ。

*「活性化状態」は英語ではactivated stateもしくはdesynchronized stateと呼ばれる脳の状態で、覚醒中やREM睡眠中に見られる。「不活性化状態」はinactivated stateもしくはsynchronized stateと呼ばれ、麻酔の効きが深い時や徐波睡眠中に見られる。

力学系モデルとして、ニューロンの活動電位発生を記述するのに使われるFitzHugh-Nagumoモデルを応用している。教科書によく出てくるホジキン・ハクスレーモデルに対し、このFitzHugh-Nagumoモデルは2個の変数だけでニューロン活動を記述できるシンプルさがポイント。

今回はそれを応用して、ニューロン集団の活動を記述しようとした。もちろん、予測精度はまだまだまだまだ・・・改善の余地はあるけれど、詳細を無視したシンプルなモデルの割に、神経集団活動の一側面はそれなりにとらえている気はする(しかも単一試行単位で)。

研究文脈としては、Arieliたちの研究から続いている脳状態と感覚応答の関係を調べる研究トピックの延長線上にあり、聴覚野の計測データに非線形物理の手法を応用した点が一つのポイント。もう一つのヴィジョンとしては、ブルー・ブレイン計画こちらも)に代表される超ボトムアップな計算論的方法と実験的なマルチニューロン計測の間を埋めるような研究方向、ということかと思われる。(BMIにも応用もできそうな、神経集団活動を「予測」する一解析法を提案したととらえても、もしかしたら良いかも?)

神経生理学と物理を融合する研究分野の一つとして、こういうのもアリということで、個人的にはこのプロジェクトに関われていろいろ勉強になった。

ちなみに、筆頭著者のカリーナさんは、もともと数学・物理出身で、うちのラボに来て初めて神経科学を一から勉強し、新学期からアメリカの中北部で独立する優秀な女性研究者かつ一児の母(旦那もいれて二児という意見もアリ。。。)。

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参考情報

J Neurosci. 2009 Aug 26;29(34):10600-12.
A simple model of cortical dynamics explains variability and state dependence of sensory responses in urethane-anesthetized auditory cortex.
Curto C, Sakata S, Marguet S, Itskov V, Harris KD.

わかりやすく書かれているので、数式アレルギーがあっても読めると思います。モデルはあくまで現象論的な抽象度の高いモデルですが、一応、生物学的な解釈も本文中で少し議論していて、そういう点でも計算論以外の人にも読みやすくなっていると思われます。

ちなみに、この分野の基礎を学びたい場合、
Dynamical Systems in Neuroscience: The Geometry of Excitability and Bursting
がとにかくお薦めの一冊。

今回の論文で登場するFitzHugh-Nagumoモデルもしっかり解説されています。
本の内容的には、単一ニューロンの挙動を非線形システム論的に説明した教科書ですが(最終章は除く)、今回の論文のように、アイデア次第で神経集団レベルの研究にも応用できたりするので、神経科学での非線形物理学に興味がある人は必読な一冊なのかも。

日本でも合原先生をはじめ、非線形物理の分野で世界的に有名な先生方がいらっしゃるので、そういうプロ中のプロの先生が書かれた本を読むのも良いかもしれません。

個人的に読んだことがある日本語の非線形物理関係の読み物としては、蔵本先生が書かれた非線形科学は一般向けの本で、薄いのに情報が濃縮されていて、非常にインプレッシブな一冊でした(その分、読むのに時間がかかります。。。)


2 comments:

pooneil said...

おめでとうございます。これおもしろいですね。Encoding-Decodingより先に行くためにはdyanamicsの記述だと思いますんで、勉強させていただきます。ではまた。

Shuzo said...

pooneilさん、ありがとうございます!

encoding-decodingのトピックと今回の話がどうリンクしていくか、私の中ではまだしっかり消化しきれていないところがあるのですが、こういう形で新皮質モデルみたいなものを作っていくのは非常に憧れているところではあります。

ただ、今回の論文についてはラボ内でもいろいろ賛否両論ありましたので、もっと多くの人が何かを学べるような研究にならないといけないんだろうなぁ、と一応名前を入れてもらっている立場から観ておりました。