8/01/2009

音節構造を柔軟に区別するバイリンガル幼児

子供の中にはいわゆるバイリンガルの環境で育って、二言語を同時に獲得していく子もいる。二言語を同時に獲得するというマルチタスクを柔軟にこなしているとも言える。
*このエントリーでの「バイリンガル環境」とは、親もバイリンガルで、子供は誕生直後から親を通して二言語に触れている環境、のことなので、一般的に使われる「バイリンガル環境」より定義は狭いのでご注意を。

では、そういうバイリンガル環境で育った子は、モノリンガル環境で育った子と比べ何がどう違うか?

約12ヶ月齢の幼児を対象にした研究によると、バイリンガル環境で育った子は、モノリンガル環境で育った子よりも、音節の構造をより柔軟に区別できることがわかった。バイリンガル環境で育つ子が二言語を効率良く獲得できることと、今回わかった違いは何か関係があるのかもしれない。

新着のサイエンスで報告されている。

---
ここでいう「音節の構造」とは、例えば、「か」と「さ」という二つの音節を使って、それを「か・さ・か(ABA)」や「か・か・さ(AAB)」と組み合わせて作った音声のことをいう。(実際にはlo-lo-vuやlo-vu-loという音声をこの研究では使っている)

研究はイタリアで行われ、バイリンガルの幼児とは、母親もバイリンガルで生後から二言語の環境で育っている幼児のこと。

研究ではまず、幼児をスクリーンの前に座らせる(おそらく母親がスクリーンの前に座って幼児を抱える)。

そして、AABタイプの音声が流れたらスクリーンの左にオモチャの写真を、ABAタイプだったら右にオモチャを見せる。すると、幼児はオモチャにつられて視線がオモチャの方向に動く。AABなら左、ABAなら右、と。

この課題をしばらく繰り返す。

次に、音節構造はAABかABAの二種類で同じだけど、各音節として新しい音節を試す。さらに、音声の後に見せていたオモチャも出さないようにする。けど、幼児は条件反射的に右か左に視線を動かす。その視線の動きと聞かせた音声との関係を調べてみた。

つまりは、幼児がABA、AABという音節構造を区別し、
AAB-左、ABA-右
というルールを学習しているか確認してみたわけである。

すると、バイリンガル環境で育った子は、AABなら左、ABAなら右に視線を動かす傾向があった。一方、モノリンガル環境で育った子は、AABなら左に動かす傾向があったけど、ABAでのパフォーマンスが悪かった。

これだけだと、バイリンガルの子は、音節構造の区別そのものが良くできるのか、それとも、違う音と左右という空間を結びつけるのがうまいのか、少し曖昧。

そこで研究では、音声の高低も変えて、モノリンガルの子が違う音と左右の空間をしっかり結び付けられるか確認した。すると、この場合、モノリンガルの子はしっかり学習できた。

ということで、バイリンガル環境で育った12ヶ月齢の子は、音声構造の区別そのものがうまい、別の表現をすると、規則的な構造を持つ複数の対象物をより柔軟に学習できそう、ということがわかってきた。

この能力が、二言語に触れている環境でも、各言語を効率良く学習していくのに役立ち、結果的には、モノリンガルの子と近いペースで言語を獲得していくことにつながっているのかもしれない。

---
参考情報

Science. 2009 Jul 31;325(5940):611-2. Epub 2009 Jul 9.
Flexible learning of multiple speech structures in bilingual infants.
Kovács AM, Mehler J.
今回紹介した論文。著者のMehlerという人はこの分野のキーパーソンか。

このグループは他にも以下の研究を立て続けに報告している:

Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 16;105(37):14222-7. Epub 2008 Sep 3.
The neonate brain detects speech structure.
Gervain J, Macagno F, Cogoi S, Peña M, Mehler J.
この研究では、新生児にAAB、ABC、ABAという音節構造を持つ音声を聞かせ、脳活動を近赤外線分光法NIRS)で計測している(生まれて数日以内に調べていて、バイリンガル、モノリンガルは区別していない)。すると、AABに対する応答はABCやABAより大きく、脳活動のレベルでAABという繰り返しが続く音節構造を新生児の段階ですでに区別できることがわかった。

これはもしかすると、これはモノリンガルの子がABAの学習が良くなかったことと関係しているかもしれない。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Apr 21;106(16):6556-60. Epub 2009 Apr 13.
Cognitive gains in 7-month-old bilingual infants.
Kovács AM, Mehler J.
こちらは7ヶ月齢のバイリンガルとモノリンガルの、いわゆるcognitive controlの能力を調べていて、バイリンガルの子達がモノリンガルの子達よりよくできる、というデータを出してきている。

こういうのを見て思うに、親という社会的にも生物学的に重要な存在から発せられる信号を、かなり早い時期から脳で詳しく分析していて(それは当然か)、バイリンガル環境の場合、その信号が時と場合によって全然違うから、こういう柔軟性なり、音声認識の能力が研ぎ澄まされていくのかもしれない。もちろん、この時点での能力の差を長い人生で如何にのばしていくかは、その後の環境などに大きく依存するのだろうけど。。。

それにしても、こういう研究はヒトを対象にしているだけに、いろんな意味でインパクトがありそう。(誤った方向にも行きやすいとも言えるか。。。)

ついでに、
Trends Cogn Sci. 2008 Apr;12(4):144-51. Epub 2008 Mar 17.
Bilingualism in infancy: first steps in perception and comprehension.
Werker JF, Byers-Heinlein K.
今回紹介した論文でも引用されていた総説。この分野に興味がある場合、必読か?
「バイリンガル幼児(bilingual infants)」は、生後からバイリンガル環境で育った2歳までの子供、とある。

とすると、Mehlerさんたちは同じ家族を追跡調査しているのだろうから、これから報告されるであろう研究も、この分野に大きく貢献しそう。

---
最後に関連(するかもしれない)図書も調べてみた。

The Bilingual Child: Early Development and Language Contactという本は上の総説でも引用されていて、アカデミックなテイストで、ホントに関連しそうな図書。

以下の本は、二言語環境で育っている子を持つ親としてちょっと惹かれた二冊。
(科学者の端くれだという立場は忘れてますのでご注意を。。。)

バイリンガル教育の方法―12歳までに親と教師ができることという本はレビューも良い感じで、サンプルを見た限り、「バイリンガル」の定義からはじめられていたりと、非常にアカデミックなテイスト。

Raising a Bilingual Childという本はサンプルだけ読みました。どれくらい認められた学者さんが書いているのか評価できないけど、バイリンガル大賛成派のハウツー本、という感じで一般向けに非常にわかりやすく書かれている。

一方で、実体験として、間接的に聞く話として、バイリンガル環境で育つ子供の難しさもなくはないので、後者の本は、超楽観過ぎ、バイアスがかかっている、と思っても方が良いかも。。。(あくまで冒頭部分を読んだ限り、バイアスをやや感じた。サンプルの以下でメリット・デメリットがバランス良く書かれているなら、問題ナシ)


No comments: