直前のエントリーで扱った研究を少し詳しく見てみる。研究そのものの説明というより、今回の研究の鍵を握っていたマウスについて話をし、そのマウスにどんな学習をさせたか、そして、今回の研究の問題点について考えてみたい。
ドライバーとレポーター
今回の研究の鍵を握っていたマウス、つまり活動したニューロンに「タグ」を付けられるマウスの「仕掛け」を説明してみる。
まず、2種類のマウスを作る必要がある。ドライバーとレポーター役を果たすマウス。
1種類目のマウスは「ドライバー」役。ニューロンが活動したら働くc-fosという遺伝子がある。その遺伝子(実際はその遺伝子のプロモーター)を利用して、ニューロンが活動したらtTAというタンパク質ができるようにする。そのtTAは、遺伝子のスイッチ役で、他の遺伝子が働くのを「ドライブ」する役割があるから、ドライバー。
今回の研究では、tTAができるのを、神経活動によってさらに「ドライブ」してやろう、というのがミソになる。
2種類目のマウスは「レポーター」役を果たす。このマウスでは、tTAが働いたら、tauLacZというタンパク質ができるようにしておく。このtauLacZこそが「タグ」。このタグとなるタンパク質は、遺伝子の働きを見やすくするレポーター役をしてくれるから、このマウスは「レポーター」。
もしその「ドライバー」と「レポーター」二種類のマウスをかけあわせると、
神経の活動→tTA→tauLacZ(タグ)
という仕組みが1個の細胞でできあがり、ニューロンが活動したことをレポートしてくれる。
ただし、これだけだと、学習する時以外に活動したニューロンにもタグが付いてしまう。積極的に勉強していない時に活動したニューロンにタグが付いては困る。
そこで、tTAはもともと大腸菌のタンパク質で、抗生物質ドキシサイクリン(doxycycline、略してDox)があると、その働きがブロックされることに着目する。
それを利用すれば、tTAができても、レポーター役のtauLacZがドライブされない。Doxをマウスの餌に入れておくだけで、tTAの働きをブロックできる。
細かくなるが、実際には、そのレポーターのマウスでは、Doxに反応しない変異型tTAもドライブされるようにしている。(タグができる効率をさらに良くするのだろう)
これで研究の準備が整ったことになる。
今回の研究では、普段は抗生物質Dox入りの餌を食べさせて、タグが勝手にできないようにしておく。そして、学習する数日前にDoxナシの餌に切り替える。つまり、ドライバーが働いてタグをつけられる状態にする。その状態でマウスに学習させ、学習が終わったら、その日のうちにDox入りの餌に戻す。これで、学習中にだけタグを付けられる。
そして、学習した後、思い出す時に活動したニューロンをあぶりだす時は、zifという遺伝子に注目する。この遺伝子も神経活動によって働き出す。できたZifというタンパク質がどのニューロンでできているか調べ、タグがついているニューロンとの一致具合を調べる。そうすれば、学習時と思い出す時、共に活動したニューロンをあぶりだせる。なかなかうまい話だ。
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学習テスト
マウスが行った学習テストは、恐怖条件付け(fear conditioning)と呼ばれるもの。パブロフの犬の「恐怖版」と言っても良い。
まずマウスにテストボックスに入ってもらう。しばらくしたら音が鳴り、その直後に電気ショックが与えられる(かわいそうだが)。ボックスという「環境」と電気ショック、音と電気ショックの関係を学習させるシンプルなテストとして、よく用いられる。音は直接的な「条件刺激」となる。
多くの実験では、まずそのボックスや音と電気ショックの関係を覚えさせ、後日、「想起テスト」を行う。その「想起テスト」では、再びマウスに同じボックスに入ってもらう。ただし、電気ショックは与えない。そして、マウスがボックスに入っている間に示す「震え」を調べる。そうすることで、ボックスや音が恐怖(電気ショック)を引き起こす、ということを学習できていたか調べられる。
「パブロフの犬」のアナロジーなら、本来餌とは全く関係のない鈴の音だけで、よだれがでるかを調べるようなもの。
ちなみに、この連合学習には、扁桃体(amygdala)、特にその基底外側核が重要ということがわかっていた。
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問題・課題
今回の研究は非常にロジカルな良い研究。しかし、いくつか問題・課題もありそうだ。
第一に、最後の実験(論文では図4にあたる)。その実験でやったことはこうだ。
まず、上の「恐怖条件付け」を行った後、マウスに覚えた関係を「消去」するリハビリのようなことを行わせる。今回の研究では、都合の良いことに、マウスによってその効果が違っていた。つまり、あるマウスではリハビリ効果が見られず、テストボックスに入れられると震え続け、一方、別のマウスはほとんど震えないようになった。
その結果を利用して、タグ(学習の目印)とZif(想起の目印)が共に存在するニューロンの割合とその消去の度合い(震え具合)の関係を調べている。
すると、扁桃体の中の2つの核(基底外側核と外側核)で異なる傾向が見えてきた。一方の神経核は、ボックスという環境・文脈に基づく想起に関わり、他方は音という、より直接的な刺激に基づく想起に関わっていそう、という傾向を見出している。
しかし、実際のデータを見ると、外れ値や実験計測上の問題(例えば、定量方法)をどのように扱うかによって、その傾向は変わりそうな印象を受ける。論文では、さすがに慎重で、その二つの神経核の役割の違いについては、あまり突っ込んだ議論はしていない。
第二の問題は、この実験でタグを付けられたのは興奮性細胞が主だった、という点。
ニューロンは大きく分けて、興奮性細胞と抑制性細胞という二つの集団から成る。それぞれ、興奮と抑制という逆の出力信号を送る。が、今回の実験では、タグが付いたのは興奮性細胞が主だったようだ。つまり、抑制性細胞がどのように働いたのか、一切情報は得られていない。抑制性細胞が活動していなかったとは考えにくい。
おそらく、細胞によって遺伝子の働き方が違う。すると、ニューロンが同じように活動しても、細胞の種類が違うと、同じ遺伝子でも働きやすさが違いそうだ。すると、神経活動と遺伝子発現を結びつけようというこの実験方法は、まだまだ克服すべき壁がありそうだ。
これに関連する第三の問題・課題として、速い神経活動と遅い遺伝子発現のギャップが挙げられる。神経活動はミリ秒単位で起きたり、起きなかったりする。遺伝子発現は、それよりもっともっと遅い。
今回の実験の場合、想起テストを行った1時間後の状態を調べている。つまり、神経活動が起こって1時間後にその活動の結果を調べた、というわけだ。あまりにも大きな時間差が存在する。
第四に、あぶりだされたニューロンの役割。ホントに学習に関わっていたのか?ホントに恐怖体験を思い出すことに関わっていたのか?ということは、この研究だけからはわからない。この問題に取り組むには、研究方法のさらなる改良・開発が不可欠だろう。
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論文の印象
今回の結果、人によっては、期待通りで「大した発見ではない」と思うかもしれない。しかし、その期待・予想を実験的に示すことがこれまで非常に難しかった。
今回の研究は、洗練された遺伝子操作技術とシンプルでエレガントな実験で、実際にその予想を示せた点がすごい。今回の方法は、他の研究にもいろいろ応用できそうなので、今後の応用にも期待できそうだ。
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参考文献
1.今回扱った論文
Science. 2007 Aug 31;317(5842):1230-3.
Localization of a stable neural correlate of associative memory.
Reijmers LG, Perkins BL, Matsuo N, Mayford M.
2.今回応用された遺伝子組み換え技術について
Science. 1996 Dec 6;274(5293):1678-83.
Control of memory formation through regulated expression of a CaMKII transgene.
Mayford M, Bach ME, Huang YY, Wang L, Hawkins RD, Kandel ER.
Proc Natl Acad Sci U S A. 1992 Jun 15;89(12):5547-51.
Tight control of gene expression in mammalian cells by tetracycline-responsive promoters.
Gossen M, Bujard H.
3.扁桃体について
Annu Rev Neurosci. 2000;23:155-84.
Emotion circuits in the brain.
LeDoux JE.
2 comments:
最近読み始めました。
わかりやすい解説を続けてくださると
興味がわきます。
コメントありがとうございます!
このブログでは、できるだけ読者の方を意識しながら、エントリーを立てたいと思っています。私の文章能力でどこまでできるかわかりませんが、頑張っていこうと思います。
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