10/27/2007

心トレ:パート2

前回パート1は、長年瞑想に取り組んだ仏教徒の脳活動の話だった。
今回は、瞑想に取り組むとどんな「脳力」に変化が起こるか?という話。

瞑想には、高い集中力が必要だからか、やはり集中力に関連したパフォーマンスが向上するようだ。

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2つ研究を紹介する。どちらの研究も、一流と言える科学雑誌に掲載されている。(念のため)

初めの研究では、チベット仏教の僧を対象にしている。長年の瞑想トレーニングが、知覚の安定化に貢献していることがわかった。

後半の研究では、普通の人が3ヶ月じっくり瞑想トレーニングに取り組むと、注意に関連したパフォーマンスと脳活動に変化が起こることがわかってきた。

どういう内容か、もう少し詳しく見てみる。

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瞑想と知覚の安定度

初めに紹介する研究では、ダライラマのサポートを得て、計76人の僧が研究に参加している。そして、僧の知覚体験の変化を調べたところ、「知覚の安定度」が違うことがわかった。瞑想しているかどうか、どんな瞑想をしているかによってその安定度が違うこと、そして、一般人と比べても安定度が違うことがわかった。

さらに詳しく。

研究では、英語でbinocular rivalrymotion-induced blindnessと呼ばれる二つの現象に注目している。

前者は、日本語で両眼視野闘争と呼ばれる。以下BRと略。
右目、左目に全く違う映像を見せる。すると、その左右の目から入力された情報が脳のどこかでまるでバトル(闘争)を繰り広げているように、左優勢、右優勢、あるいは左右が混ざった映像として視覚体験が起こる。しかも、その「戦況」が変化し続ける。

英語だが、こちらにサンプルがある。
例えば、左の「
Predominance」をクリックするとサンプル画像が並んでいるページへ移る。そのサンプルで、左右の視線を平行か交差させて、「ステレオ視」すると、BRを体験できる。

(もしステレオグラムを知らない場合は、こちらを。)

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後者のmotion-induced blindness(以下MIBと略)も、良い例web上で見つかる。このMIBでは、動かないはっきりした点が、動く背景画像によって消されてしまう。

リンク先では、三角形の3つの頂点、そしてその重心に点がある。合計4つ点がある。やることは、その重心を見つめ続けるだけ。その背景に格子状の模様があって、それが重心を中心にグルグル回り続ける。重心を見つめ続けると、三角形の頂点の点が突然消えたり現れたりする。実際はあるのに、見えなくなってしまう。

どちらの現象も注意と知覚体験に関連性があると言われている。
長い瞑想によって、集中力に変化が起こったら、この現象の知覚体験にも変化があるのではないか?というのが、研究の狙い。


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BRを使ってわかったことは、瞑想と言っても、瞑想の種類によって「戦況」の安定度が違う、ということ。いわゆる慈悲の瞑想(論文ではcompassion)と、呼吸などの何かの対象に集中する瞑想(論文ではone-point)のどちらかをやっている時の知覚変化を調べている。知覚変化は、ボタンを押すか、口頭で伝えるように僧に伝えておく。

すると、一点集中型の瞑想時にBRの知覚がより安定していることがわかった。つまり、僧が一点集中型の瞑想をしている時は、一旦左右の優勢が決まるとなかなか変化しない、ということになる。

さらに、もう一つの現象MIBを使った研究では、動かない点がどれくらいの間消え続けるかを調べている。一般人と僧のパフォーマンスを比べたところ、僧で「消失時間」が長いことがわかった。

この消失は、以前の研究で注意と関連することがうたわれているので、僧はやはり集中力が高く、知覚がなかなか揺らがないことを裏付けているのかもしれない。

ちなみに、ある一人の僧は何と12分も点が消失し続けたそうだ。このイリュージョンを体験してみるとわかるが、まさに超人的な現象と言えそう。その僧がウソをついていないなら。

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瞑想と脳力

次に紹介する研究では、普通の人が対象になる。1日10-12時間という瞑想トレーニングを3ヶ月続けた人は、脳の処理能力、処理の仕方に変化が起こることがわかってきた。

もっと詳しく見てみる。

研究では、そんな激しい瞑想トレーニングを3ヶ月行った人と、1日20分の瞑想トレーニングを1週間だけ行った人を比べている。前者を「激練組」、後者を「素人組」とでも呼ぶことにする。

研究で注目したのはやはり注意に関連した現象。attentional blinkと呼ばれる現象。文字通り、注意が「瞬き」をするような現象。こちらこちらにデモがある。

高速で画像を次々と見せて、その中に2枚「ターゲット画像」を挟んでおく。例えば、アルファベットの画像たちに、ターゲット画像として数字の画像が2枚混ぜておく。それを高速で見せて、ターゲットの数字の画像を見つけてもらう。(トランプを2枚だけ裏返しにして、それを高速でめくっていく感じに近いか?)

すると、その2枚のターゲットが短いインターバルで表示されると、1枚目に気づいても2枚目に気づかないことがある。

まず、1枚目のターゲットに注意が向く。注意が瞬きをしている間に表示された2枚目に注意を向けることができず、表示されたことに気づかない、とでも解釈したら良いか。

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この研究では、そんな注意が瞬きをする
attentional blinkの課題を、「激練組」と「素人組」にやってもらって、そのパフォーマンスと脳活動を調べている。さらにこの研究のしっかりしているところは、瞑想トレーニングの前後のパフォーマンスと脳活動も調べている点。つまり、同一人物の変化も調べている。この点は非常に重要。

ここでのパフォーマンスとは、2枚のターゲット画像を見つけられたかどうか。
attentional blinkの課題のパフォーマンスを調べたら2つのことがわかった。

第一に、瞑想トレーニングそのものの効果。瞑想トレーニング期間の前後で、パフォーマンスを比べてみると、「激練組」も「素人組」も共にパフォーマンスが向上。

もう一つは、瞑想トレーニングの量の違いとパフォーマンスの違い。瞑想トレーニング後のパフォーマンスは、「劇練組」の方が「素人組」より良いことがわかった。

さらに、脳活動を脳波として計ってみると、「劇練組」の脳活動がトレーニング前後で違うことがわかった。どう違うかというと、1枚目のターゲット画像が表示されてから0.5秒前後に起こる脳活動の成分が、瞑想トレーニング後に減っていることがわかった。頭頂連合野近くの活動が違っていた。しかも、その減り方大きいほど、2枚のターゲット画像に気づく傾向が高かった。さらに、その活動が減る成分は、2枚目がいつ表示されようが、1枚目のターゲットが表示された後に見られる成分だということがわかった。

つまり、瞑想トレーニング前は、1枚目のターゲットが表示された0.5秒後くらいに、大きな脳活動が引き起こされ、2枚目を処理するためのリソースが少なくなってしまう。結果として、2枚目に気づかない。けれども、瞑想トレーニングによって、1枚目の処理に使うリソースが減ることで、2枚目に気づく余裕ができる、という解釈が成り立ちそうだ。

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心トレと脳力

瞑想をやると、確かに集中力、注意に関連した脳力がアップするのは確かなようだ。

後半の研究では、脳活動の変化としてその根拠を与えている。一日10時間以上の瞑想を3ヶ月続ける、というのは非現実的だが、「素人組」では、1日20分の瞑想を1週間行っただけでも、注意に関連したパフォーマンスは確かに向上している。

一方、その研究の「劇練組」は、3ヶ月の修行に取り組む前、何らかの瞑想を経験した人ばかりらしい。しかし、なぜかはわからないが、瞑想トレーニング前のパフォーマンスは、「熟練組」と「素人組」で違いはなかった。ということは、中途半端なトレーニングは、何の効果も期待できないということにもなるかもしれない。

今後は、どれくらいトレーニングすれば脳活動として大きな変化が見られるのか、トレーニングをやめてもどれくらいその効果が続くのか、実験室で行われるテストではなく、日常生活・仕事上でどれくらい御利益があるのか、これらの点は今後の研究課題か。

気をつけなければいけないのは、今回の研究で、注意、集中力を調べるために使ったテスト(BR, MIBなど)はあくまでもテストで、それ自体が脳力アップにつながる保証はどこにもないということ。なので、例えば、「両眼視野闘争ゲーム」は心トレとして使える、と思うのは、現時点ではNG

日本の瞑想といえば禅。
禅では、調身・調息・調心を合言葉に、正しい坐り方で薄目を開け、深呼吸しながらそれに集中する(仏教の種類によって違うか?)。我流はまずいかもしれないが、毎日静かな環境で、心のトレーニングを少しずつ行えば、ひょっとしたら脳の効率性、仕事の効率性が上がるのかも??

とにかく、瞑想と科学の接点がホンの少し見えてきた。

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参考文献

今回紹介した論文
Curr Biol. 2005 Jun 7;15(11):R412-3.
Meditation alters perceptual rivalry in Tibetan Buddhist monks.
Carter OL, Presti DE, Callistemon C, Ungerer Y, Liu GB, Pettigrew JD.

前半で紹介した僧を対象にした研究。

PLoS Biol. 2007 Jun;5(6):e138.
Mental training affects distribution of limited brain resources.
Slagter HA, Lutz A, Greischar LL, Francis AD, Nieuwenhuis S, Davis JM, Davidson RJ.

後半紹介した研究。前回も登場したDavidsonたちの研究。

motion-induced blindnessについて
Nature. 2001 Jun 14;411(6839):798-801.
Motion-induced blindness in normal observers.
Bonneh YS, Cooperman A, Sagi D.

この論文で初めて報告された現象。こちらに詳しいデモが用意されている。

ごく最近の関連文献
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Oct 23;104(43):17152-6. Epub 2007 Oct 11.
Short-term meditation training improves attention and self-regulation.
Tang YY, Ma Y, Wang J, Fan Y, Feng S, Lu Q, Yu Q, Sui D, Rothbart MK, Fan M, Posner MI.

中国式心トレとも言えるIBMTを、1日20分5日だけやってもらう。すると、注意や感情を評価する指標が改善、さらにはストレスや免疫に関連した物質の血中濃度も変化することがわかった。ただし、論文中で主張している差がどれくらい意味のある差なのか、微妙な気もする。統計的に意味があると主張すること自体は問題ないけど。ちなみに、このIBMTには指導者の役割が重要らしく、我流で、というわけにはいかないようだ。

1 comment:

Anonymous said...

Shuzoさんへ
瞑想と脳機能の変化なんですが、色々な瞑想がある中で、実は「究極の瞑想」と思われる瞑想にはあまりメスが入っていないような気がしています。
この領域はどうしても“心”を取り扱う事になるので、非常な困難さが伴いますよね。
しかし、大概の「瞑想と脳機能」の研究対象になっている“瞑想”は、“禅”だったり“密教系の瞑想”だったりします。
わたしが「究極の瞑想」と言っているのは、実は釈迦がブッダになられたと言われている瞑想法のことです。一つはこの間も書かせて頂いた「慈悲の瞑想」なのですが、もう一つの瞑想法「ヴィパッサナー瞑想」について、もっと脳機能との関連を研究して欲しいです。「ヴィパッサナー瞑想」はテーラワーダ仏教(長老仏教)の瞑想法です。自分の動きをスローモーションで確認して行く瞑想法です。それを「サティを入れる」(気付きを入れる)と言います。ただ、自己を観察する瞑想です。その時のポイントは色んな刺激に対して反応しない事、あるいはその反応自体を「妄想」「痛み」「かゆみ」などとレッテルを貼って、それ以上の“反応”を消してしまう事です。科学的には信じられませんが、この瞑想で、いわゆる神通力と呼ばれるものも身についたりするそうです。ただ、この瞑想の目的はそんな能力を付ける事ではなく“涅槃(ニルヴァーナ)”に入って、“自我”を無くす事。或いは言い換えると、わたしたちが“自我”だと考えているものなど本当は存在しない事を認識する事のようです。あらゆる“瞑想”の究極の目的は“涅槃”ですが、このお釈迦様の瞑想法が最もその目的を達するのに近い瞑想法だと思われます。