気楽に。。。
ニューヨークタイムズ紙にテキサス大の心理学者Pennebakerの研究が紹介されていた。
この人は今、ある人が発する言葉とその人の感情との関係を調べているらしい。
言葉の分析方法はシンプルで、カテゴリーに分けた単語をどれくらいの頻度使ったか数えるだけ。
例えば、オサマ・ビン・ラディンとザワヒリの言葉の共通点と相違点を調べて、彼らの心理を分析した最近の研究が記事で紹介されている。
さらにこの人、その分析用プログラムを販売していたり、ブログまでやっている。
例えば、最新のエントリーでは、オバマさんとマケイン(あえて呼び捨て)のディベートの分析結果をネタにしている。そのまま論文のネタになりそうな、かなりハイデフィニションなエントリーである。
が、傾向は、前回、前々回のディベートと同じだったらしい。。。(やっぱり。。。)
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思うに、この人の研究は、
感情→言葉
という流れがあるとしたら、その逆問題を解こう、ディコーディングしようという発想と表面的にはとらえられなくもない。
が、事情はそう単純ではなさそう。
というのはこの人、逆の、書く・話すことで精神面の改善も見られる、ということも謳っている。
愚痴を言うと気が晴れる、と言う人がいる事実が如実に物語っているか。。。
とにかく、彼のホームページのこちらで、そのアドバイスがある。
案外、ブログを続けるのは精神衛生上良いのかもしれない。。。
実験的に成り立つかわからないけど、自由に文章をタイプしてもらっている時の脳活動をMRIなどで測り続け、その文章の統計情報と脳活動との関係、その関係の時間的変化を見ていくのは面白いかも?と思った。
Pennebakerさんのこれまでの研究を脳活動として検証するという意味でも面白そう。
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参考情報
MIND HACKSでもエントリーあり。
ちなみに、Pennebackerさんの他の研究として、昨年サイエンスに発表した「女性はおしゃべり」は正しくない、という研究もある。
10/18/2008
言葉の中の心理
GYさんのクオリア
ブラインドサイトのGYさんのクオリアを調べた(尋ねた)Persaudたちの論文がConsciousness and Cognitionに掲載されていた。
クオリアの定義(以下の参考情報参照)をGYさんに知ってもらって、クオリアを感じるか尋ねたところ、(障害を負っている視野では)感じないとGYさんは答えたそうだ。
研究のポイントは、研究者たちがGYさんのクオリアについてああでもないこうでもないと議論するのではなく、GYさん自身にその定義を知ってもらった上で、クオリア体験の主観的レポートをしてもらったことか。
ちなみに、Resultsの大部分が、PersaudとGYさんの会話から構成されている。実験条件下でのクオリアについて尋ねたやり取りが興味深い。
一旦、あるのかないのか、曖昧な回答をしたにもかかわらず、最終的には否定的な答えをしている。
その最初の回答がなんだったのか、非常に気になる。
参考情報
Conscious Cogn. 2008 Sep;17(3):1046-9. Epub 2007 Dec 11.
Direct assessment of qualia in a blindsight participant.
Persaud N, Lau H.
今回の研究で、クオリアの定義としてGYさんに読んでもらった4つの文献・情報源
1.The Oxford Companion to the Mind
2.The Standord Encyclopedia of Philosophy
3.
Philosophical Quarterly. 1982 32:127–136.
Epiphenomenal qualia.
F. Jackson
PDF、本の章
4.
Consciousness explained. 1991
D. Dennett
wikipediaでの紹介
ついでとしてwikipediaのエントリーも。
*実はこのエントリー、先週原稿だけ用意してボツにしたんですが、pooneilさんこと吉田さんたちの研究が新着のJournal of Neuroscienceに発表されたということで、それにあわせてアップすることにしました。(pooneilさん、おめでとうございます!)
その研究の詳細は生理学研究所のサイトで非常にわかりやすくまとめられています。
10/11/2008
感覚統合と神経コード
EngelやSingerやFriesたちは、ニューロン集団の同期活動によって情報が統合される(結び付けられる)という、integration through coherenceという仮説(あるいはtemporal correlation/binding hypothesis)を唱え、それをサポートする実験的証拠を次々と報告してきた(総説としてはこちらがお薦め)。
最近、EngelのグループがTrends in Neuroscienceに出した総説では、視覚と聴覚といった異なる感覚の統合、つまり異種感覚統合(crossmodal integration)にも、そのintegration through coherenceの説を拡張しようとしている。
その総説ではまず、ヒトや動物での異種感覚統合のこれまでの研究の流れを簡単にまとめている。
そして、彼らの主張を展開した上で、大きく4つのカテゴリーとして研究を分けながら、彼らの主張をサポートしそうな研究を包括的にまとめている。
その総説中のTable1が神経オシレーションと感覚統合の関係を示したこれまでの研究のまとめ。よくまとまっている。
彼らも言っているように、動物での実験証拠が非常に少ない(Lakatos、Schroederのグループ、Ghazanfar、Logothetisたちがパイオニア)。
最後に、outstanding questionsとして、8つの問題を提起している。一部はヒトでしかアプローチできなさそうな問題だったり、感覚統合でなくても良いより広い意味で大きな問題であったりする。
彼らの主張したいことは非常にわかる。
が、読んだ感じ、感覚統合独自の問題は何なのか?もう一つしっかり伝わってこなかったのは正直否めない。別に視覚系の研究だけで十分で、ただでさえ複雑な問題に、わざわざ変数を増やしてきて、より込入った問題にする必要はない、と批判を受けるような気もしないでもない。
感覚統合の問題に取り組むからこそ脳の働きの本質が見えてくるんだ、的なことがわかってこないといけない気がする。それが何なのか、あるかどうかもよくわからないけれども。。。
それから、依然相関現象を追っているだけで、そこを超えないと彼らの主張は飛躍できない気がする。まだまだ課題は山積。
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文献
Trends Neurosci. 2008 Aug;31(8):401-9. Epub 2008 Jul 2.
Crossmodal binding through neural coherence: implications for multisensory processing.
Senkowski D, Schneider TR, Foxe JJ, Engel AK.
生物学者のためのデータ解析入門?:Nature BiotechnologyのPrimer集
Nature BiotechnologyにPrimerという企画コーナーがあって、いろんなデータ解析手法が紹介されている。
バイオインフォマティックスに興味がある読者を対象にした内容ではあるけれど、例えば神経科学でニューロン活動の解析をする人たちも、同じ手法を使っていたりする。
「よう知らんけど名前くらいは聞いたことある」
「周りはみんな知ってそうだけど、いまさら知らんとはよう言わん」
「解析プログラムがあるから使ってるけど、実は原理的なこと知らんぞ」
といった手法の概要を知ることができて、このコーナーでこっそり勉強できる。
とにかく、このコーナーは役に立っているので、今回のエントリーでは、過去のPrimerへのリンク集を順不同で作ってみます。(関係なさそうな記事は省きました。)
principle component analysis (wikipedia)
clustering (wikipedia)
expectation maximization algorithm (wikipedia)
support vector machine (wikipedia)
artificial neural network (wikipedia)
hidden Markov model (wikipedia)
decision tree (wikipedia)
Bayesian statistics (wikipedia)
Bayesian network inference (wikipedia)
dynamic programming (wikipedia)
関連情報
このあたりの情報をもっともっとしっかり勉強したい場合は、BishopさんのPattern Recognition and Machine Learningがベストか?
訳本あり。
matlabのfunctionも、ググれば大抵ひっかかるようです。
こちらやこちらなどなど。
10/04/2008
シャンデリア細胞研究年表
PLoS BiologyにYusteたちがシャンデリア細胞(こんな形)に関するすばらしい解説記事を書いていた。その中で紹介されていた重要論文たちを備忘録としてまとめるついでに、シャンデリア細胞の研究年表を作ってみる。(この解説記事に基づいているので、文献そのもの、他の重要文献には当たっていないです。。。←手抜き)
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1974年
SzentagothaiとArbibが、シャンデリア細胞を発見。
1975年
Jonesもほぼ同時期に報告。
Szentagothaiは、シャンデリア細胞の軸索が錐体細胞の樹状突起(特に尖端樹状突起)にシナプス形成していると推測。
1977年
Szentagothaiの弟子であるSomogyiは、師匠の考えは間違いで、実は錐体細胞の軸索(具体的にはそのinitial segment)にシナプス形成していることを電顕で示す。
師匠に気を使ったのかよく知らないけど、Somogyiはシャンデリア細胞ではなく、axo-axonic細胞(軸索―軸索細胞?)と呼ぶ。
1980年代
Somogyiの発見が他の種でも確認され(Fairen & Valverde, JCN 1980; DeFelipe et al, JCN 1985)、axo-axonic細胞はシャンデリア細胞と同じだと提唱される(現在も、二つの言葉は等価なものとして使われている)。
90代~00年代前半
シャンデリア細胞の電気生理的な特性(つまり機能)を、in vitro(Buhl et al, JNP 1994; Tamas & Szabadies, Cereb Cortex 2004)とin vivo (Klausberger et al, Nature 2003; Zhu et al, JNS 2004)で調べた研究が報告される。
2006年
げっ歯類とヒトの脳のサンプルを使った実験から、Tamasたち(Somogyiの弟子)がネットワーク内での役割を明らかにしサイエンスに報告する。そこで、他のGABA作動性ニューロンと違って、シャンデリア細胞は抑制性だけでなく、興奮性の信号も伝えることができると、提唱。(これに関してはまだ信じていない人もいる)
2008年
Tamasたちの説をさらに裏付ける分子基盤の研究が報告される(Khirug et al JNS 2008)。
ごく最近、Tamasのグループ(Molnar et al PLoS Biol 2008)は、シャンデリア細胞のネットワーク内での役割をヒト脳のスライス実験によって明らかにする(大雑把ですが)。
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後記
Yusteたちの解説は、基本的には同じ号に掲載されたMolnarたちの論文の解説記事。だけども、神経科学という大きな文脈の中での位置づけを見事にしていて、すばらしい記事だと思った。シャンデリア細胞という一つの細胞種を超えて、局所回路の動作原理や進化などに興味がある人のツボを刺激するのではないかと思う。ついでに、Molnarたちの論文の図2をもとに、synfire chain関連の議論も展開している。
それから、そういう書き方をしているのだろうけども(Yusteマジック?)、この記事を読むと、Cajal、Lorente de No、Szentagothai、Somogyi、そしてTamasと、「局所回路研究遺伝子」ともいえるものが脈々と受け継がれているのだなぁ、とわかって面白い。
ところで、来週はノーベル賞が発表される。今年はどんな研究遺伝子の生みの親が受賞するのか?