ネイチャーのオンライン版に局所回路研究関連のmust-readな論文が4つ出ている。
その4つはすべてLetter形式だけど、もしかしたら、Articleにもすごい論文が出て、局所回路特集号になるのではないか?と勝手に予想したり。。。
ちなみに、その四つはどれも面白い論文ばかりで、
1.大脳新皮質第5層の錐体細胞間の特異的な回路の話
2.チャネルロドブシン2を応用した回路マッピングの話
3.実験と理論を巧みに組み合わせて、5層錐体細胞の樹状突起での情報処理と抑制回路との関係を明らかにしたすごい話
4.コラム形成とその結果できた回路の特異性を、エレガントな方法論で調べたこれまた良い話
さらに、PLoS Biologyに神経筋結合のconnectomeの研究が報告されていたりと、回路研究が新しいフェーズに入って、その成果が出てきたのかも。
一方で、枝や根の詳細を見るだけでなく森同士の関係を見るような、メソスコピックな回路研究もやっぱり大事でしょ、という提案論文が出ていたりと、いろんな角度で盛り上がりを見せている。
in vivoの研究では、まだまだ実験方法論として大小のブレークスルーが起き続けないといけない。けど、ネイチャーの4つ目の論文のように、既存の方法論の組み合わせでも一つのブレークスルーになったりする可能性もあって、いろいろ考えさせられる。
<神経回路の基礎知識を身に付けたい時に役立つ本>
The Synaptic Organization of the Brain
2/14/2009
最近の回路研究
愛の神経生物学
バレンタインデーにちなんだ「愛」あふれる話題、ということで。。。
少し前、Larry Youngがネイチャーにエッセーを書いて、新聞でも話題になった。
著者のLarry Youngは、ハタネズミの一種、プレーリーハタネズミ(prairie vole)の「一夫一妻制」を、遺伝子レベルから研究していることで有名。
そのエッセーでは、「愛」をテーマに、母親と子供、あるいは女性と男性の「愛」に関わる脳内メカニズムを簡単にまとめ、それを応用したドラッグの話へ話題を展開しながら、「愛の神経生物学」の現状と将来を語っている。
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ここでキーワードになるのはオキシトシン(oxytocin)とヴァソプレッシン(vasopressin)。今回の文脈で言えば、「愛ホルモン」としての顔を持つホルモン、とでも言ったら良いかもしれない。
オキシトシンとヴァソプレッシンは、メスとオスの本能的な社会行動との関連がそれぞれわかってきている。エッセーでは、ハタネズミの研究でわかってきたこと、ヒトとの共通点が簡潔にまとめられている。
例えば、オキシトシンは脳内のドーパミン報酬系回路とも関係があることや、ヴァソプレッシンの受容体AVPR1Aという遺伝子の違い(多型)が、男性の父性本能的な行動(結婚生活も含む!)の違いに結びつきそう、とする最近の研究も紹介されている。
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エッセーの後半では、オキシトシン関連商品のEnhanced Liquid Trustといったドラッグ(スプレー)の話題にうつり、研究成果と現実社会とのリンク、その将来について語っている。
例えば、そのスプレーの効果は、ユーザーの自信を高揚する以外何もしないだろう、としながらも、オーストラリアではそのオキシトシンスプレーが心理療法の一種、家族(夫婦)療法に効果があるか実際調査中だとも書かれている。
将来、遺伝子診断でパートナー選び、という可能性にも触れ、最後にこう書いている。
recent advances in the biology of pair bonding mean it won’t be long before an unscrupulous suitor could slip a pharmaceutical ‘love potion’ in our drink. And if they did, would we care? After all, love is insanity.研究成果を利用した悪徳商売が世に出ようが、別にいいではないか。結局、愛は心の病なんだし、とやや挑戦的なコメント(オチ?)で締めくくっている。
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参考・関連文献
Nature. 2009 Jan 8;457(7226):148.
Being human: love: neuroscience reveals all.
Young LJ.
今回紹介したエッセー。
以下の二つは、Youngたちが書いた総説。
Science. 2008 Nov 7;322(5903):900-4.
Oxytocin, vasopressin, and the neurogenetics of sociality.
Donaldson ZR, Young LJ.
Nat Neurosci. 2004 Oct;7(10):1048-54.
The neurobiology of pair bonding.
Young LJ, Wang Z.
ちなみに、Youngの研究室のホームページがなかなか充実していて、一見の価値ありです。
Advances in Vasopressin and Oxytocin - From Genes to Behaviour to Disease (Progress in Brain Research)
という本はこの分野をフォローするのに良さそうです。
2/07/2009
ダーウィン生誕200年
2月12日、ダーウィンの生誕200年。
昨年からネイチャーやサイエンスでも、特集などが組まれ盛り上がっている。
今回は、そのお祭りに便乗ということで、見つかった範囲でリンク集を。
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ネイチャー
Darwin 200
ニュースや関連論文などが集められたリンク集
Darwin 200: A natural selection
Fifteen evolutionary gems: A resource for those wishing to spread awareness of evolution by natural selection
過去に掲載された重要論文が簡潔にまとめられている。
Darwin’s enduring legacy
自然選択説を筆頭に、ダーウィンが打ち立てた10のアイデアの歴史が紹介されている。
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サイエンス
Happy Birthday, Mr. Darwin
新着号の特集。
Darwin’s Originality
ダーウィンが説を打ち立てていった当時の歴史について。
On the Origin of Life on Earth
地球上の生命の起源に関する研究の総説。
Origins
ブログ。
Deciphering the Genetics of Evolution
Modernizing the Modern Synthesis
昨年出ていた関連記事。
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脳関連の総説
Trends Neurosci. 2008 Dec;31(12):637-44. Epub 2008 Oct 8.
Genetic basis of human brain evolution.
Vallender EJ, Mekel-Bobrov N, Lahn BT.
ヒト脳の進化を遺伝子レベルで調べた研究の現状。
Nat Rev Genet. 2008 Oct;9(10):749-63.
Explaining human uniqueness: genome interactions with environment, behaviour and culture.
Varki A, Geschwind DH, Eichler EE.
ヒトらしさについて、非常に広い視点から議論している。
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教科書
Evolution
H. Barton, Derek E. G. Briggs, Jonathan A. Eisen, David B. Goldstein, Nipam H. Patel
Cold Spring Harbor Laboratory Press
google book
リンクを張ったページに、どんな教科書か非常に詳しい情報が掲載されている。
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update(2/14):
ニューヨークタイムズに特集記事が掲載されていて、"On the Origin of Species"の全文PDFがあったりと、超充実してます。
1/31/2009
「ノイズ」の中の脳機能
神経活動を計測する研究の多くでは、実験データとして観察されるのは、基本的には
1.実験者が使った感覚刺激(入力)
2.参加者・動物の行動(出力)
3.脳活動(ニューロン活動)
の3つ。
そのデータを解析して、注意や意思決定や行動プランニングといった、いわゆる「認知機能」を明らかにしていく。
研究上の問題は、その認知機能は直接的には観察されない、こと。
ではどういう研究ストラテジーをとるか?
いろいろ戦略はあるけども、ラット海馬の研究を紹介しながら、その研究ストラテジーをまとめた総説がTrends in Cognitive Sciencesに出ている。Adam JohnsonやDavid Redishたちがまとめている。
以下、この総説で扱われているトピックをまとめる。
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導入
まず従来の戦略が書かれている。
つまり、感覚刺激や行動出力に直接対応しない神経活動は「ノイズ」と扱う戦略。
典型例としては、同じ感覚刺激を何度も呈示しては1個のニューロンの活動を計測。そして、そのデータを平均化して、計測したニューロンがどんな特徴量を表現しているか解釈する。
そこでは、刺激とあまり関係のないタイミングに、ごくたまにニューロンが激しく活動することには目を瞑って、ノイズとして扱う。平均化によってノイズをキャンセルしてデータを解釈しやすくする。
けれども、直接的には感覚刺激と関連しない認知機能を理解するには、そのやり方だけでは難しいケースもあって、最近の海馬研究を紹介しながらその戦略をまとめよう、という導入となっている。
以下は、大きく2つのパートに分かれていて、前半で過去の実験データのまとめ、後半では抽象度を上げて研究戦略について議論している。
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過去の実験データのまとめ
まず、海馬ではなく、Georgopoulosたちの先駆的な研究が紹介されている。メンタルローテーションをまるで表現しているかのようなニューロン集団の活動の話。
続いて、海馬の「場所細胞」を紹介。場所細胞とは、ラットならラットが特定の空間上を動きまわっている時、特定の場所に来た時だけに活動する海馬のニューロン、のこと。
その後、その場所細胞に関連した海馬機能の研究を3つのカテゴリーとしてまとめている。
その3つとは、
長い時間スケールの活動
ミリ秒単位の短い時間スケールの活動
「場所」を越えた活動例
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研究戦略
後半では、研究戦略を次の3つのアプローチとしてまとめている。
エンコーディング
ディコーディング
生成(generative)モデル(日本語訳が正しいか自信なし。。。)
総説中のBox1がわかりやすい。
例えば、
神経活動
行動アウトプット
という2つがデータとしてあったとする。
エンコーディングは、その二つからニューロンがどういう行動アウトプットと対応するか、ニューロンがどういう行動アウトプットをコードしているか調べるやり方。いわゆるチューニングカーブを解析すること。
ディコーディングでは、行動アウトプットを神経活動から解読する。例えば、ニューロンがどんなチューニングカーブを持っているか知った上で、新しく観察したニューロン活動から、今動物がどんなアウトプットをしているか予測・解読する。
生成モデルは、さらにメタな発想で、単純には、ニューロン活動がいつ起こるべきか、神経活動そのものを予測すること。テクニカルには、例えば、10個のニューロンの活動とラットの運動軌跡を観察していたなら、10個中9個のニューロン活動と運動軌跡の情報を使って、残り1個のニューロン活動のタイミングを予測する。
この3つのアプローチでこの総説の著者たちが推すのは最後の生成モデル。
締めくくりとして著者たちは、認知機能を理解するには、文字通りのノイズと認知機能を反映しているけど一見ノイズのように見える神経活動を区別することが重要で、その点では生成モデルのアプローチは利点がある、と。さらに、計測法と解析法両方をさらに改善していけば、神経集団の活動や認知機能の理解が深まっていくだろう、としている。
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感想
非常によくまとめられている。ニューロン活動だけでなく、fMRIに代表されるような、多変量として脳活動を計測している他の研究分野とも考えをシェアできそう。
が、この総説は「データ解析」という、データが取れた後どうするか?という戦略であって、そもそもデータをどう取るか?という視点は欠けているようにも思う。
例えば、ヒトのfMRIやサルの神経生理学の研究では、実験デザインそのものを洗練させる、という点にも重きを置いているから、そのような観点も非常に重要なように思う。
つまりは、両方をうまいこと融合させながらプロジェクト全体を考えていかないといけないのだろう。
また、この総説では生成モデルを推しているけど、それで脳の理解が深まるか?というと、必ずしもそうとは限らないケースもあるようにも思う。例えば、そのモデルの最先端は、おそらくPillowたちの論文だと思うけど、このやり方に疑問を抱く人はまだまだいる。ニューロン活動を予測できたのは良いけど、それで脳で起こっていることを理解したことに直接つながるのか、いま一つピンとこない。
一つのアイデアとして、生成モデルでの推定をもしもオンラインでできるようなフェーズになったら、それをもとに、リアルタイムでニューロン活動を操作して、行動との対応を見る、という閉回路系の発想なんかを導入できる時代がくると、それはそれで非常に面白い気はする。世に存在するツール、知識(あとお金)を総動員すれば、できるような気も。。。
それはともかく、神経科学は、データ解析、広くは統計学という点でも非常にチャレンジングな分野だなぁ、とあらためて痛感するしだい。(もっと勉強せねば。。。)
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文献
Trends Cogn Sci. 2009 Jan 7. [Epub ahead of print]
Looking for cognition in the structure within the noise.
Johnson A, Fenton AA, Kentros C, Redish AD.
今回紹介した文献。
Nat Rev Neurosci. 2005 May;6(5):399-407.
Neural signatures of cell assembly organization.
Harris KD.
ボスが4年ほど前に書いた総説。
今回の総説でも引用されていて、発想的には非常に近い(ほとんど同じ?)。
1/25/2009
アクティブ・ミーティング
ミーティングというと、あらかじめ発表者が決まっていて、それ以外の参加者は基本的には「受身」的なことが多い。ミーティングの企画者がトップダウン的にミーティングを形作っていく感じ。
けど、ボトムアップ的な要素を強くしたミーティングは、非常にアクティブな議論が繰り広げられて、最先端の意見交換ができる非常に有意義な場となる・・・・
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昨日、ジョンズ・ホプキンス大で開催された一日ミーティングに参加した。
このミーティングは、Auditory Cortex Splash2009という名のミーティングで、文字通り聴覚野の研究者が集まる超マニアックなミーティング。今回が初の試み。
このミーティング、僕がこれまで参加したミーティングの中で最もインタラクティブで、内容も「ボトムアップ的」に決まって、非常に刺激的だった。
どういう意味で「ボトムアップ」だったか、どんな運営方法だったか、備忘録として詳細を。
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企画アナウンスと参加者募集
企画のアナンスが流れたのは、年末クリスマス頃。(開催1ヶ月前)
まず、聴覚系の主要PIへ向け、オーガナイザーがアナウンスメールを送った。
うちのボスがそのメールをラボメーリングリストに転送し、部下はその存在を知る。
面白そうなので、僕も参加メールをオーガナイザーへ出す。
(以降、連絡用メーリングリストに追加される)
ちなみに、そのアナウンスメールには、
「誰が来て、何を話すか決めてない」
とあった。(ここがこのミーティングのミソ)
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企画募集
年明け(2~3週間前)、オーガナイザーからメールで、2つのことを聞かれる。
1.興味のある質問を2,3挙げて。
2.もし未発表データを話したかったら、その内容をごく簡単に教えて。
(ただし、一人に割り当てられるまとまった時間はないけど、とも)
締め切りまでに、気になっている事二項目と、発表したい未発表データの内容をオーガナイザーに伝える。
ここで参加者から募った質問が、ミーティングの内容となる。
これが「ボトムアップ」という意味。
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企画途中経過
締め切り後、再びオーガナイザーからメールで、集まったすべての質問(54!)が網羅された添付ファイルが送られる。
ついでに、事務的な質問も3つ。
(懇親会に参加するか、駐車券はいるか、学生やポスドク用の宿泊施設がいるか)
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プログラム発表
ミーティングの数日前、オーガナイザーが質問集をカテゴリーごとにまとめて、プログラムとして参加者にメールした。
最終的には、4つのカテゴリーに分けられ、各カテゴリーにそれぞれ6,7の質問が書かれていた。当日は、この質問について議論した。
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当日
朝9時スタート。
参加者は40~50人くらいだったか。
この分野の有名PIたちからポスドクや大学院生までが参加。
ミーティング会場は、50人入ると少し狭いか、というくらいの小~中会議室くらいの広さ。
まず、本編に入る前に、昨年末亡くなった偉大な解剖学者Winerさんの功績がごく簡単に紹介された。
そして本編。
1セッションあたり2時間くらいの時間が割り当てられ、各セッションごとに割り当てられた座長的な人がモデレーターとして一応仕切って議論が進行。
まずモデレーターがとっかかりを作って、各セッションで割り当てられた問題について、みんなで自由に議論をしあうという形式。
プロジェクターは、結局、その問題が書かれたスライドを表示するのに使ったくらい。データや考えを視覚的に伝えたかったら、プロジェクターではなく、ホワイトボードに手書きして議論してね、という感じ。
とにかく学生さんも含め、いろんな質問・回答がとびかった。もちろん、PIたちが議論の中心にはなったけど、一部のポスドクや学生は、アクティブにどんどん発言していた。
4つのカテゴリーに分けて進行はしたけど、一部は当然オーバーラップする部分もあって、議論がいろいろ発散したりもしたし、コンセンサスを形成させようとしたりと、まるでラボミーティングの拡張版のような感じで進んでいった。
最後に、今後の大問題を10くらいリストアップして終了。
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何を学んだ?
聴覚野の研究者たちの今の考え・哲学をぶつけ合ったという点で、非常に刺激的だった。今回集まった聴覚野研究者がどういう方向へ進もうとしているか、伝わってきた。
今回の形式、アクティブ・ラーニングに対抗して、「アクティブ・ミーティング」とでも言ったら良いかもしれない。大成功と言って良いだろう。
成功の鍵は、やはり多くの人が積極的に議論に参加した、ことに尽きるわけだけども、そのための要素として、参加者の規模、そして、問題意識というか研究分野がみんな共通していた、という点もクリティカルだったように思う。
テーマ(聴覚野)に興味を持っていなかったら、そもそも成り立たない企画だったから、参加者が人生をかけて(?)研究しているから、熱い議論が繰り広げられたのだろう。
それから、その場で問題を提起して考えるだけでなく、あらかじめ問題を参加者全員から募って(半ば義務のようにも感じた点が良かったかも)、オープンにした、という点も良かったかもしれない。
今回のミーティングは、いわゆるラボミーティングのプログレスレポートに毛がはえたようなものといえば、そうだけども、普通のラボミーティングと違って、プロ中のプロが大勢集まっているから、誰かがフォローアップしたりして、中途半端なものではなく、非常に質の高い議論が繰り広げられた。(なので、傍観者状態になったこともしばしば。。。)
その意味では、PIクラスの人が全体の1割近くを占めてコアを形成していた、という点も重要だったように思う。議論のハブ役。
ちなみに、このミーティングは今後も開催していくらしい。ぜひ続けて欲しい。
次回は、ホントにラボミーティングの延長として、解釈に困っている未発表データをネタに議論していこう、とのこと。