大脳皮質のニューロンは、興奮性と抑制性ニューロンという2種類に大別される。抑制性ニューロンは、そのうち約20%を占める。最近の研究から、抑制性ニューロンは、とても個性豊かだということがわかってきた。その一方で、わかっていないこと、解決していない問題も多く、抑制性ニューロンの多様性の役割と起源を探る研究が現在進行中だ。これから数回に分けて、抑制性ニューロンの多様性の起源を探る研究について、現状をまとめてみようと思う。
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今回はまず、抑制性ニューロンの多様性が、そもそもなぜ問題か?ということに触れてみる。次回、その多様性の起源の話題へ移る。ちなみに、断りがない限り、脳の中でも「大脳新皮質(neocortex)」の話に絞る。
興奮性と抑制性ニューロン
脳のニューロンは、大きく分けると2種類いる。興奮性ニューロンと抑制性ニューロン。少なくとも、働き方という点で、この2種類の細胞は明確に違う。前者は出力先のニューロンを興奮させ、後者は出力先の活動を抑える。抑制性ニューロンとは、「ギャバ(GABA)」を神経伝達物質として放出するニューロンで、シナプスを作っている出力先へ抑制の信号を送るニューロンのこと。(*「ギャバ作動性ニューロン」と呼ぶのが最も適切かもしれない。)
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抑制性ニューロンの多様性
今回扱っているテーマは、「抑制性ニューロンの多様性」。このテーマは、今の神経科学の分野でホットなテーマの一つ。
なぜそのトピックが注目されているのか?
抑制性ニューロンは、すでに述べたように、脳というネットワークを構成している役者の一つ。脳活動という「ショー」の間、どんな個性豊かな役者たちが登場して、他の役者たちとどんなやり取りをしながら、どんな役柄をこなしているか調べるのは、脳活動を解読・理解する上で不可欠。
実際、特定の抑制性ニューロンとの関係が明らかになっている脳の病気(神経疾患)もある。これを単純に考えれば、脳が正常に動作するには、抑制性ニューロンは必要不可欠な役者ということになる。とすれば、その抑制性ニューロンの理解をより深める、という研究方向は、脳の働きを理解する方向と同じ。
一方、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの比は、大脳新皮質では4:1と言われている。抑制性ニューロンは、全体の約20%と少数派だ。
それなのに、なぜ抑制性ニューロンは重要か?
ニューロンは活動してなんぼ。「活動電位」という出力信号に限って言えば、特定の抑制性ニューロンは興奮性ニューロンより激しく出力信号を出し続けている。細胞の数というハンディを、十分なくらい補える。ショーでは、登場頻度が多く、台詞も多い方が重要な役柄であることが普通。数では興奮性ニューロンに劣っている。けど、脳活動という点では、実は抑制性ニューロンは興奮性ニューロンと同じか、それ以上に重要かもしれない。
だから、抑制性ニューロンを調べる研究、その多様性を調べる研究は、脳を理解する上で非常に重要。なのに、過去の脳活動を調べる研究の多くでは、そのことを直接的に調べてこなかった。そもそも調べることが難しかった。
では、抑制性ニューロンはどれくらい多様か?
「多様」というからには、いろんな種類の抑制性ニューロンがいる。けど、例えばネズミの大脳新皮質に、何種類の抑制性ニューロンがいるか?と聞かれても、誰も本当の数を知らない。研究者によって、その数、答えが違う。その多様性は、連続的か、それとも断続的か、という論争もあるくらいだ。とにかく、たくさんいる。
けど、その多様性の中にルールがありそうだからこそ、この研究分野は面白い。
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多様性の中のルール
多くの研究では、多様性をはかる判断材料、抑制性ニューロンたちを区別する判断材料として、次の3つに注目する。(1)細胞の形、(2)細胞の中で働いている遺伝子たち、(3)電気的な活動の仕方。
これまでわかってきたルールの一例を挙げてみる。
まず、細胞の形に注目してみると(こちらなど)、「シャンデリア細胞」と名づけられた細胞がいる。その名の通り、出力線維である軸策(axon)がシャンデリアのような形をしている。
その形が面白いだけではなく、どこにシナプスを作っているかというルールが面白い。
シャンデリアのガラス飾りにあたるシナプスは、興奮性ニューロンの出力信号の発生源付近に集中している。他の抑制性ニューロンとは明らかに異なる。他にも抑制性ニューロンによって、出力相手のどこにシナプスを作っているかが違っている。
次に、細胞内で働いている遺伝子に注目すると、パーバルブミン(parvalbumin, PV)、カルレティニン(calretinin, CR)、ソマトスタティン(somatostatin, SOM)という遺伝子が有名。名前は覚えにくいが、略号だけでも覚えておいてほしい。PV、CR、SOM。
上で登場したシャンデリア細胞ではPVというタンパク質がたくさんあって、CRはない。別の抑制性ニューロンでCRが見つかる。つまり、遺伝子たちの働き方(遺伝子発現)というものさしで、細胞の種類を区別できそうなことがわかってきた。
おまけに、その遺伝子発現パターンが、細胞の形や電気的な活動と関係があることがわかってきた。例えると、登場キャラクターによって性格(遺伝子発現)が違っていて、その性格からキャラの衣装(形)や振舞い方(電気的活動)を連想できる、とでも言ったら良いかもしれない。
最後に、電気的な働き方に注目してみる。ニューロンに電流を注入した時に起こる反応が、細胞の種類によって違う。早口だったり、間を空けてゆっくり喋るキャラクターがいるような感じで違う。海馬の研究ではあるが、実際の神経回路に組み込まれている時の働き方も、細胞の種類によって違うことも、この3,4年でわかってきた。登場キャラの台詞のタイミングが、ショーの場面、キャラのタイプによって違う、とでも言ったら良いだろうか。
このように、抑制性ニューロンは多様なだけでなく、その中に何らかのルールが潜んでいそうだということがわかってきた。
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多様性の起源の話題へ
このような抑制性ニューロンの多様性の研究は、もともとは、ほぼ出来上がった大人の脳で調べられてきた。一方で、その多様性はどこから、どのように生じたのか?という抑制性ニューロンの多様性の起源を探る研究もここ数年間で盛んになってきた。
次回、そのことに触れようと思う。
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今回の話題に関連する重要文献
1.Cereb Cortex. 1997 Sep;7(6):476-86.
GABAergic cell subtypes and their synaptic connections in rat frontal cortex.
Kawaguchi Y, Kubota Y.
この研究分野のパイオニアである生理学研究所の川口先生、窪田先生による有名な総説。一連の研究は、アメリカはもちろん、世界的にも高く評価されている。
2.Nat Rev Neurosci. 2004 Oct;5(10):793-807.
Interneurons of the neocortical inhibitory system.
Markram H, Toledo-Rodriguez M, Wang Y, Gupta A, Silberberg G, Wu C.
同じくこの分野で有名なMarkramの総説。派手な研究をやる一方で、堅実な研究もやっているスイスで活躍中の研究者。
3.Nature. 2003 Feb 20;421(6925):844-8.
Brain-state- and cell-type-specific firing of hippocampal interneurons in vivo.
Klausberger T, Magill PJ, Márton LF, Roberts JD, Cobden PM, Buzsáki G, Somogyi P.
海馬の研究。脳がリズムを刻みながら活動している時に、どの抑制性ニューロンがどのようなタイミングで活動しているかを調べたエレガントな研究。この論文から続いている彼らの一連の研究は、抑制性ニューロンの多様性の役割を、まるごとの脳の中で調べる研究として非常に重要。Klausbergerはイギリス・オックスフォード大の研究者。
4.Diversity in the Neuronal Machine: Order and Variability in Interneuronal Microcircuits (Oxford University Press, 2005)
Soltesz I
ずばり抑制性ニューロンの多様性を扱った教科書。海馬の話を中心にまとめられている。読みやすく、この分野の研究者は必読。
5.Histology of the Nervous System of Man and Vertebrates
S. Ramon y Cajal (translators: Neely Swanson & Larry Swanson)
6.Hippocampus. 1996;6(4):347-470.
Interneurons of the hippocampus.
Freund TF, Buzsáki G.
海馬の抑制性ニューロンの多様性ならこちら。論文はこちらからダウンロード可能。
7 comments:
Shuzoさんへ
大学院レベルの話しではないですが、ニューロンって“遠心性ニューロン”と“求心性ニューロン”にわけられるのですよね。“抑制性ニューロン”や“興奮性ニューロン”の数と活動性はそのどちらのニューロンでも同じなのですか?
外部刺激に対する抑制性と、内部興奮によるニューロンの発火の抑制性の割合はどうなのでしょうか?
>特定の抑制性ニューロンとの関係が明らかになっている脳の病気
があると言う事ですが、それは抑制性が過少なために起こる“興奮性”の病気なのですか? それとも、抑制過大のために起こる“沈静性”の病気なのでしょうか?
と、また素人の疑問の山を築いてしまって、どうもすみません。
阿頼王さん
いつもありがとうございます。長いレスになってすみません。。。
まず、“遠心性ニューロン”と“求心性ニューロン”について。この区別はあくまでも相対的なものです。
例えば、脳のAという領域に注目したとします。
そのAから別のBという場所へ「投射」(出力)している場合、「遠心性」と呼びます。
一方、別のBからAへ入力している場合、「求心性」と呼びます。
逆に、Bという領域に注目したとします。すると、求心性と呼んでいたのが遠心性になってしまいます。ですので、この区別はあくまでも相対的な呼び方、ということになりそうです。
また、大脳皮質では、他の場所へ出力線維を伸ばしているのは興奮性ニューロンだけになります。(一部の例外的な抑制性ニューロンを除く)
ですので、求心性・遠心性線維を送っているニューロンは圧倒的に興奮性ニューロンが多いということになります。
ただ、それは脳の場所によって違ったりします。大脳基底核という場所は、逆に抑制性ニューロンが領域同士をつないでいます。
> 外部刺激に対する抑制性と、内部興奮によるニューロンの発火の抑制性の割合はどうなのでしょうか?
基本的には、興奮性と抑制性の「バランス」が保たれている、という説が有力ではあります。
が、実際のところ、その説がどれくらい一般原理として成り立つかまだよくわかってないです。
また、脳の中で、「外部刺激」と「内部興奮」を区別しようとすると、いろんな壁にぶつかります。
例えば、大脳皮質のとあるニューロンの立場に立ってみます。大脳皮質には、感覚器の入力を直接受けているニューロンはいませんので(そのはず!)、常に「内寄り」「外寄り」ごちゃまぜの入力を受け取りながら、次のニューロンへ出力している、ということになります。
アナロジーです。
とある企業で働いている人の多くが、直接的には、顧客との接点がない、という状況に近いかも?です。
直接的には、企業のとあるプロジェクトを進めるために働いていて、顧客のためか、会社のために働いているのか、区別が難しい、という状況に近いかも?です。(余計混乱させてしまったら、ごめんなさい。)
ちなみに、最近、興奮性と抑制性ニューロンが、どのような回路を作って、どのように相互作用しながら活動しているか、少しずつわかってきています。ですので、ペースは遅くても、脳の中で、どんな状況のとき、興奮・抑制のバランスがどう変わっていくのか、少しずつわかっていくのではないかと思います。
> それは抑制性が過少なために起こる“興奮性”の病気なのですか? それとも、抑制過大のために起こる“沈静性”の病気なのでしょうか?
例えば、てんかん発作の場合は”興奮性”と呼んで良さそうです。
ですが、他の病気の場合、単純にプラス、マイナスで区別できるかは難しいと思います。
脳の活動が「乱れる」病気、というケースもあるようです。
例えば、統合失調症では、「シャンデリア細胞」がおかしくなって、結果として、脳が普段刻んでいるはずの「リズム」がおかしくなっている、という説もあります。
難しいですが、抑制性ニューロンは、脳全体の活動を抑える、というよりも、他のニューロンの活動を「整えている」と考えると良いのかもしれません。
私のターゲットである小脳なんかは、まさに抑制性ニューロンが主役、興奮性ニューロンは脇役といっていいかもしれません(言い過ぎか?)。
小脳に限らず、モデリングの研究でも、抑制がかからないと回路全体が暴走してしまうような話が多いですし、いろいろなところで、抑制性ニューロンが重要な役割を果たしていることについては、Shuzo さんのおっしゃるとおりだと思います。
続きを楽しみにしております。
こんにちは、ポリさん。
大脳基底核と並んで、小脳も抑制性ニューロンが主役ですよね。
じゃぁ、グリアは?
という突っ込みもプロの方からありそうですが、グリアについてはそのうち。。。(ホントにやるかは知りませんが。)
> 続きを楽しみにしております。
ありがとうございます。現在、激しく準備中です。
為になる記事を有難うございます。
最近何人かでRhythms of the Brainsを読んでいるのですが、「5種類のprincipal cell」というのが良く出てくるので常識なのかと思い、論文、教科書をひっくり返して見ましたが、はっきりとした説明がまだ見つかりません。ずばりprincipal cellとは何か、そしてその種類についてお教え願いますでしょうか?
こんにちは、oakさん
principal cellとは、大脳皮質では興奮性ニューロン、と理解してほぼ正解だと思います。錐体細胞とspiny stellate cellがその興奮性ニューロンです。人によっては、投射ニューロンを暗に指して呼ぶ人もいるかもしれません。
種類については、まだ誰も知りません。知ってる人がいたら、その根拠もあわせて教えてほしいくらいです。。。
5種類、と断言する人がいたとしても、「モノサシ」を変えたら答えは違いそうです。
というのは、実は大脳皮質の興奮性ニューロンも、抑制性ニューロンのように多様ではないか、という話が盛り上がりつつあります。特に遺伝子発現レベルでかなり違いそうです。
ブザキの本での分類は、確か、6層構造のうち、興奮性ニューロンがいるのは2~6層なので、層の数と同じ5種類、といっていたと記憶しています。彼の本では、興奮性ニューロンに関しては、最新情報を反映していないように思います。彼は、抑制性ニューロンの種類もできるだけ少なくカウントしようという意図が感じられたので、あえてシンプルに5種類と書いたのかもしれません。
実際には、5層と6層には、どんなに少なく見積もっても2種類ずついます(おそらくもっといる)。それに加えて、2,3層と4層ですから、最小で6種類。マカクサルの一次視覚野は細かく層が分けられていますので、少なくともその数だけいます。
もし、皮質領野によって違ったりしたら、、、
ただ、モデルを考える場合なら、ひょっとしたら1種類で単純化しても、何とかなったりする可能性もあります。
モノサシしだいという感じです。
話がやや暴走しました。
興奮性ニューロン・投射ニューロンの多様性に関しては、
Nat Rev Neurosci. 2007 Jun;8(6):427-37.
Neuronal subtype specification in the cerebral cortex.
Molyneaux BJ, Arlotta P, Menezes JR, Macklis JD.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?Db=pubmed&Cmd=ShowDetailView&TermToSearch=17514196&ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum
あたりが、最新情報を知るのに良さそうです。他にもいくつか総説があります。
日本では、やはり生理研の川口先生たちが興奮性ニューロンについても研究をなさっていたと思います。
とにかく脳は嫌になるくらい超複雑です!
なるほど、各層ごとに1種類で5種類という近似を行っていたわけですね。
研究が進むにつれ、どんどん新たなタイプが見つかっていく中で、「自分が着目したい機能にとって、AタイプとBタイプは同じとみなして構わない」というように割り切らないと進まないことが良く分かりました。そういう意味では「知らぬが仏」なのかなとも思ってしまいます。
どうも有難うございます。
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