10/06/2007

バクテリアと脳の進化

今回は少し気楽なエントリーに。

主なメッセージは、脊椎動物の脳が持っている一部の機能は、バクテリアに由来するかもしれない、ということ。なんとなく怪しい匂いがするが、ひょっとしたら、ひょっとする。

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今回のエントリーのキーワードは、遺伝子水平伝播
まずその話をして、後半、脳科学から「脳内ホルモン」というスパイスを絡めようと思う。

遺伝子水平伝播」、英語では、horizontal gene transferlateral gene transferと呼んで、HGTと訳す。以下、HGTと呼ぶことにする。日本語wikipedia英語版にもエントリーがある。

普通、遺伝子は親から子へ伝わる。その「垂直」方向に対し、HGTは、「水平」方向、つまり似た種、似てない種間でDNAが伝わる。バクテリアや古細菌(archaea)では、頻繁に起こっている。

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このHGTについて面白い記事・論文を探してみる。
例えば、
GoldenfeldWoeseという人が、ネイチャーに寄せたエッセーがある。

このエッセーによると、HGTは、種(species)、生命体(organism)、進化(evolution)のコンセプトを揺るがす、とある。ちょっと極論な気もするが、それくらい重要なコンセプトなようだ。

そのエッセーの中身を見てみる。

まず、「種の危機」について。
確かに、バクテリア間で
HGTが起こりまくると、バクテリアのゲノムはモザイク状になって、種という定義がもはや成り立たなくなる、という主張は一理ある。

「生命体の危機」については、ウィルスの例を取り上げている。確かに、一ウィルスのアイデンティティは?に対する質問、専門家でも答えるのに困りそう。

進化について。HGTはダーウィン的な進化の話とは、文字通り90度違う。

それを受けて、いろんな分野を融合させ、こういう新しいコンセプトを語るための言葉を考えて、科学そのものを進化させよう、というのがこのエッセーの論旨になっている。

最後に、現代化学の父、ラボアジエAntoine Lavoisierの言葉を引用している。

We cannot improve the language of any science without at the same time improving the science itself: neither can we, on the other hand, improve a science without improving the language or nomenclature which belongs to it.

科学自身が発展しない限り科学を記述する言葉の発展もないし、逆にその言葉が発展しない限り科学の発展もない。

科学と言葉の共進化か。

とにかく、HGTが起こる以上、進化を扱う学問と、それを扱う言葉を発展させんといかん、ということを言いたいエッセーのようだ。

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より具体的な例を挙げてみる。

最近サイエンスに掲載された論文によると、Wolbachia pipientisというバクテリアからハエや線虫へ大規模なHGTが起こったらしい。つまり、多細胞生物でHGTが起こった例、ということになるのだろう。

かなりインパクトのある研究のような気がする。この分野の専門家はどう評価しているのだろうか。

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さて、ここまでは、脳科学とは無縁の話のような気もする。バクテリアと脳は、月とすっぽん、という声も聞こえてきそうだ。

けど、重要なリンクが実はある。
おそらく脳科学の七不思議のひとつと言っても良いくらいおもしろい問題がある。(少しトンデモな匂いがしてきたか?)

それは、一部の神経伝達物質の由来。アミノ酸から神経伝達物質への合成経路の進化。

例えば、メラトニン
これは、ハエや線虫では合成できない。

セロトニンからメラトニンを作るのに必要なAANATなる酵素を、ハエや線虫は持っていない。他にもそのような酵素がいくつか知られている。

これだけなら、何も驚きではない。

けど、ハエが持っていないAANATを、バクテリアが持っている。
バクテリアは、ハエより脊椎動物に近いわけはない。

なぜか?

可能性は二つありそう。
第一に、遺伝子のロス。ハエや線虫では、
AANATといった遺伝子を、進化の過程でロスった可能性。

そして第二の可能性が、HGT

線虫やハエで大規模な遺伝子ロスが起こったという話もあるようで、それは前者の可能性をサポートする。けど、上の例のように、バクテリアから多細胞生物への大規模なHGTも起こりうることがわかった以上、どっちもありそうな話。(裏付けるには、少なくとも、脊索動物・脊椎動物へHGTが起こる証拠が必要)

この情報源の2004年に発表された総説では、HGTが起こった可能性を排除するのは難しい、という見解だ。

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そのAANATについて、最近の動向をちょっと調べてみた。

例えば、昨年発表された論文では、AANATの遺伝子配列をいろんな種で調べて、確かにバクテリアから脊索動物(chordates)へHGTが起こった、という説をサポートしている。

HGTによって新しい機能を獲得した例ではないか、としている。

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話を一気に飛躍させて、バクテリアからヒト(正確には、Homoか?)へのHGTはなかったのか?

これだけゲノムがわかってきたわけだから、マウス、マカク、チンパンジーは持ってないけど、ヒトとバクテリアだけがシェアしている遺伝子、塩基配列が見つかったら面白い気がする。

そういうことを調べた研究はありそうな気もするが、どうなのだろう。

HGTによって脳の肥大化がトリガーされた説。HGTによるHomo化説。
ウィルス進化論に対抗して、バクテリア脳進化論。(広義には、ウィルスからのHGTもありだから新しくないか?)

これをネタに、トンデモ本とか書けそうな気もする。。。あまり「無菌、無菌」を強調すると、脳の進化が止まるリスクあり、といったクレイジーなことを唱えてみたり。。。

この分野のプロでもないのに、トンデモなエントリーになってきたので、このあたりでやめます。。。

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まじめに、

参考文献

Nature. 2007 Jan 25;445(7126):369.
Biology's next revolution.
Goldenfeld N, Woese C.

ネイチャーに掲載されたエッセー。ただし、これに対するコメントもある。

Science. 2007 Sep 21;317(5845):1753-6. Epub 2007 Aug 30.
Widespread lateral gene transfer from intracellular bacteria to multicellular eukaryotes.
Hotopp JC, Clark ME, Oliveira DC, Foster JM, Fischer P, Torres MC, Giebel JD, Kumar N, Ishmael N, Wang S, Ingram J, Nene RV, Shepard J, Tomkins J, Richards S, Spiro DJ, Ghedin E, Slatko BE, Tettelin H, Werren JH.

バクテリアから多細胞真核生物へHGTが起こったことを示した、ごく最近の研究。

Trends Genet. 2004 Jul;20(7):292-9.
Evolution of cell-cell signaling in animals: did late horizontal gene transfer from bacteria have a role?
Iyer LM, Aravind L, Coon SL, Klein DC, Koonin EV.

お薦め。神経伝達物質の合成経路の進化を考える上では必読。

Mol Cell Endocrinol. 2006 Jun 27;252(1-2):2-10. Epub 2006 May 11.
Evolution of arylalkylamine N-acetyltransferase: emergence and divergence.
Coon SL, Klein DC.

こちらも。

メラトニン合成経路の酵素AANATのシーケンスをいくつかの種で調べて、HGTが起こった可能性に触れている。論文の導入部分など、非常に読みやすい。個人的には、論文中図1がgood

Curr Biol. 2003 Dec 16;13(24):2190-5.
EST analysis of the cnidarian Acropora millepora reveals extensive gene loss and rapid sequence divergence in the model invertebrates.
Kortschak RD, Samuel G, Saint R, Miller DJ.

ハエや線虫という遺伝学のモデル生物では、大規模な遺伝子ロスが起こった可能性を指摘した論文。

3 comments:

Anonymous said...

平行進化再びキターって興味持ってレスします。そこからの神経伝達物質の進化的保存の疑問への流れも自然でexcitingでした。ホントに本が書けそうですね。こういった状況は、ペプチド系の伝達物質かと漠然と思っていたのですが、そういうわけでもなく…。とにかく皆がよく読む一流誌でこういう論戦が張られるのは面白いです。日本ならト扱いされて一蹴なので

Shuzo said...

utさん、コメントありがとうございました。
実は私、この手の話は最近まで全然知らなかったのですが、上で紹介した2004年の総説がきっかけで、HGTなる現象の「おそろしさ」に気づいたのでした。

生物は生き残る(遺伝子を残す?)ためなら、何でもやっていそうなので、他にも想像もしてなかったようなことを、過去にいろいろやっていたりするかもしれないですね。

とにかく、興味を持っていただきありがとうございました。

投資の入門 said...
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