2/24/2008

統合失調症の新薬―LY2140023

ニューヨークタイムズに興味深い記事があった。

この記事では、統合失調症の新しい治療薬LY2140023と製薬業界の動向についてわかりやすくまとめられている。ビジネス欄の記事だから市場規模がどれくらい大きいかといったことも紹介してある。

この記事に登場するSchoeppという人、昨年9月Nature Medicineにその画期的な新薬に関する論文を報告した人でもある。論文の発表にあわせて出たニューヨークタイムズの記事や、同じ号のNews&Viewsにその論文の紹介・解説がある。

一言で言えば、その新薬は代謝型グルタミン酸受容体をターゲットとしている。いくつかある代謝型グルタミン酸受容体のうち、特定のタイプの受容体(mGluR2/3)をターゲットとしている。グルタミン酸の代わりにその受容体を刺激してくれる(アゴニスト)。

何が画期的かというと、これまでの薬はドーパミンの伝達経路をターゲットにしたものばかりだったけど、グルタミン酸受容体をターゲットにした全く新しいタイプの薬だ、ということ。しかも、統合失調症の陰性症状にも効き、これまでのところ副作用も見られないというすごい薬。

今回紹介したニューヨークタイムズの記事では、統合失調症の治療薬開発の歴史とこれからについて、Schoeppを主人公として描いている。

話はそれるが、Schoeppという人は大学で博士号をとって製薬会社Lillyに就職し、今はMerckのsenior vice president(副社長的役職?)で神経科学部門のボスを勤めているらしい(こちら)。博士号取得者のいわゆるキャリアパスを考える上でもいろいろ学ぶ点があるやもしれない。

さて、ここからは自分の独断と偏見。
その新しい薬は「グルタミン酸仮説」をサポートするという点では良い。一方で、最近はDISC1なる遺伝子と統合失調症の関連も注目されているように思う。そのDISC1は発生時期の神経細胞の移動、つまり、神経細胞が正しい位置に配置されるのに関わってたように記憶している。例えば、こちらにそのDISC1研究が今ホットだ、ということが紹介されている。

ところで、発生・発達上の問題とグルタミン酸仮説との接点はどれくらい議論されているのだろう?

一方、グルタミン酸は興奮性だけど、抑制性ニューロン、つまりギャバの働きも一部の研究者が注目している。例えば、こちらに総説がある。

こうしてみると何でもありではないか。。。

個人的には、統合失調症の原因はいろんなルートがあって、いろんなルートからたどり着いたシステムとしての異常が、まるで同じ「統合失調症」のように見えているのかもしれない、なんて思ったりもする。だとすると、どのルートからシステムがおかしくなったのか突き止めた上で治療薬をカスタマイズしないといけないのではないか?だとすると、統合失調症の万能薬を開発するのは困難極まりないようにも思える。

けど、もしその新薬がホントに万能薬だとすると、なぜそんな「単純」なロジックで働く薬が複雑な統合失調症を治療できるのか、そのギャップが非常に気になるところではある。

とにかく、代謝型グルタミン酸受容体をターゲットとした新薬LY2140023が、どれくらい多様な症状に効くのか、今後の結果に注目だ。

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5 comments:

Anonymous said...

Shuzoさんへ
面白いですね!

>発生時期の神経細胞の移動、つまり、神経細胞が正しい位置に配置されるのに関わって

つまりは、「各個人の脳細胞の位置は微妙に違っている」ってことですよね。遺伝情報の若干の違いが、脳細胞の位置・配列を違うものにする。その違いが顕著な場合には、「統合失調症」になったり、「自閉症」になったりする? わたしの友人のお子さんが、「自閉症」なんですが、同時に「脳機能に障害がある」と言われたそうです。
ただ、そのように、発生過程で作られた“脳”が、『グルタミン酸受容体をターゲットにした全く新しいタイプの薬』で正常化するのかと言うのは注目ですね。
細胞は日々“生まれ”“死んで”行くと言われますが、「脳細胞は一度決まったら、後は、死んで行くだけ」ですよね。もちろん新しいニューロンのネットワークは作られて行くのでしょうけど。

Anonymous said...

Shuzoさんへ

確か統合失調症の薬理学的なモデルは大きく3つあって、いずれも嗜癖性薬物の使用で見られる症状が統合失調症の症状に似ているところから確立されたものであると記憶しています。ドーパミンモデルはアンフェタミン、セロトニンモデルはLSDやMDMA、そしてグルタミン酸モデルがフェンサイクリジン(PCP)だったのではないでしょうか。そして、PCPはNMDAのアンタゴニストだったように思うのですが、、、。狭義のグルタミン酸仮説は、NMDAとの関連で語られる事が多い印象ですが、この薬はmGluRのアゴニストなんですね。mGluRはシグナル伝達系を介して、その他のレセプターを介する神経伝達系を調節している可能性があると思うのですが、いわゆるグルタミン酸仮説のなかで、重要な位置を占めるようになっているとは、不勉強にも知りませんでした。

統合失調症に関連した遺伝子の同定は、全世界を巻き込んだ競争状態にあるようですが、まだ決定的なものは出て来ていないようですね。私は古典的な遺伝解析には、否定的な意見を持っています。もちろん有力な候補遺伝子をピックアップする事はできるでしょうが、それだけで原因遺伝子を同定する事は困難だと思います。統合失調症そのものが症候群であり、病因的には種々雑多のものが含まれていることが強く予想されますし、なんと言っても一卵性双生児での発症一致率が50%という中途半端な値である事がその理由です。
遺伝子は疾患感受性を規定しており、その後の環境要因が発症を規定しているという説明がよくなされますが、環境要因がどのように発症を規定しているかについては、まだ具体的な話はあまり出て来ていないようです。
もちろん、環境要因が影響を与える部分として、脳の構造でもいいですし、ネットワークでもいいですし、あるいはもっと分子的なところでもいいと思います。ただ、少なくとも神経病理学的に同定できるような構造の異常で、決定的なものは見つかっていないようですね。

また、まとまりが無いコメントになってしまいましたが、わたしもこの薬が万能であるかという事に関しては懐疑的ですね。まあ、この規模の創薬の話になると、lilly社の存亡すらかかってきてもおかしくない思いますし、lillyと言えばプロザックで浮かび上がって来た会社ですから、多少センセーショナルな表現はお約束かと。

Shuzo said...

> lilly社の存亡すらかかってきてもおかしくない思いますし、lillyと言えばプロザックで浮かび上がって来た会社ですから、多少センセーショナルな表現はお約束かと。

なるほど。
関連するかどうかわかりませんが、こちらの記事は今後を占う上で参考になりそうです。
http://blogs.nature.com/nn/actionpotential/2008/02/anti_antidepressants.html

近い将来、今回の薬が仮に大したことはないと判明しても、少しでも効果があるのがホンとなら、何もないよりは全然ましなのかもしれません。。。

Anonymous said...

Shuzoさん
オリジナルは、こちらですね。
http://medicine.plosjournals.org/perlserv/?request=get-document&doi=10.1371/journal.pmed.0050045&ct=1
FreeでFullTextにアクセスできるようです。なぜか、本家Slashdotでもエントリーが立っていて、いろいろなところで話題になっているようです。
たしかに、この論文の筆者らが得た結論は事実であると思いますが、実際の臨床現場では、本当にこれらの薬がよく効く人たちがいるのも事実です。たしかに、それらの人たちが、プラセボでも回復したのではないかと言われれば、それは分かりようが無いのですが。ただ、この論文の結論は、うつ病の診断基準が変わって来たら、母集団が変わってくるので、全く違ったものになってします可能性があると思います。うつ病も症候群だと思いますので、問題は今のうつ病の診断基準の方なのかもしれませんね。

>近い将来、今回の薬が仮に大したことはないと判明しても、少しでも効果があるのがホンとなら、何もないよりは全然ましなのかもしれません。。。
まさしく、そうですね。治療の選択肢が増えれば、それにより恩恵を受ける事ができる人たちが少なからずいるはずですので、それだけでも喜ばしい事だと思います。後は、与えられた選択肢をいかに有効に現場で生かすかの、我々の仕事になりそうです。

「万能」というところで反応してしまって、否定的なニュアンスのコメントをしてしまいましたが、私もほんとはこの薬に、密かに(裏切られても傷つかない程度に)期待していたりします。

かなりトピックからずれてしまいましたが、ご容赦ください。

Anonymous said...

はじめまして。陰性主体の統合失調症患者です。
今はエビリファイを飲んでいますが、意欲の改善などの目立った効果がありません。
なので、LY2140023にはかなり期待しています。