2/09/2008

Rhythms without the Brain

周期的に変化する環境に対して、とある生物がその周期的な変化を読み取って予測的に対応できたとしたら、その生物は「知的だ」と言って良いのではないか?北大の研究チーム最近報告した研究によると、アメーバ(粘菌・変形菌)が、環境の周期的な変化を記憶・期待しているかのように振る舞うことがわかった。

その研究で調べたPhysarum polycephalum変形菌(粘菌)の一種で、多核細胞の「スライム」だ。通常、乾いた環境になると、その粘菌の動きは遅くなる。そこで研究では、粘菌の生息環境の乾き具合(温度と湿度)を実験的に変化させて、粘菌の動く速さを測っている。


粘菌の「期待」
乾いた環境にすることを、例えば1時間周期で三回繰り返す。その時、その1時間周期のリズムにあわせて、粘菌の動きが遅くなる。さらにその後、粘菌がどう動くか調べたところ、まるで1時間周期のリズムを覚えたかのように、同じリズムで動きを変化させる(遅くする)ことがわかった。環境変化は実際には起こっていないのに、周期的な変化をまるで期待しているような動きを粘菌がみせた。


粘菌の「記憶」
続いてその研究では、その周期的な環境変化を起こした7-10時間後に、再び1回だけ乾いた環境にしている。面白いことに、その時は1回しか環境を変化させていないのに、7-10時間前に起きた1時間周期のリズムをまるで記憶して期待しているように動きが周期的に遅くなることがわかった。


粘菌の中のリズム
さらにこの研究では、この現象を説明する力学モデルを提唱している。そこでは、それぞれ異なるペース(周波数)でリズムを刻んでいる複数の振動子を仮定している。実際に粘菌は様々なリズムで動くのに基づいている。そのモデルは、その様々な動きを実現するための化学反応が粘菌内部で起こっている様子をイメージすれば良い。粘菌の中にいろんなリズムでスウィングしている振り子がたくさんいて粘菌本体の動くペースを決めているイメージ。


リズムと「期待」
そのモデルで環境変化を起こすとどうなるか?

環境変化によって、バラバラだった振動子たちの「位相」(振り子の場所)が揃う。その環境変化がリズムを持っていれば、振動子たちはそのリズムにあわせてシンクロする。振動子たちが一旦リズムを刻みだすとしばらくそのリズムが維持される。

これは、1時間周期で3回乾いた環境に変化させた後、しばらく粘菌の動きがリズムを刻んだ現象を再現したことになる。


リズムと「記憶」
では、しばらくした後に1回だけ環境変化を起こした後、どうやって粘菌は予測的な動きができたか?

その振動子のモデルが一つの解決策を教えてくれる。そのモデルでは、もともと異なる周波数で振動する振動子が複数いた。周波数Aで振動する振動子たち、周波数Bで振動する振動子たち、、、。上述のように、周期的な環境変化を繰り返したら、振動子たちの位相が一旦揃う。しかし、振動子たちはもともと異なる周波数でリズムを刻んでいるから、環境変化がないとすぐに位相がずれてしまう。

一方、同じ周波数で振動する振動子グループの場合、一旦揃った位相はなかなかズレない。もともと位相こそ違えど、同じペースで振動していたから。

その振動子グループごとに位相を揃えた状態で再び環境の変化が一回でも起こると、簡単にすべてのグループの位相が揃いやすくなる。こうして、粘菌の記憶的・予測的な動きを説明できるのではないか、とその研究から考えられそうだ。

ここでは、振動子たちのシンクロしたリズムが「予測」を、振動子グループが一旦位相を揃えたことが「記憶」に対応する。


知的な「脳ナシ」
もちろん、実際の粘菌の中でそのような振動子に対応する化学反応が起こって粘菌の動く早さを決めているかはよくわからない。これは今後の研究の課題になるだろう。

さらに、そのような粘菌の記憶・期待のような能力が、自然界で生きていく上でどう役立っているのか、それも今後の課題だろう。いずれにせよ、粘菌が外界に対して適応的に振る舞えるポテンシャルを兼ね備えているのは間違いないようだ。

最後に、この粘菌の「知性の源」がヒトの知性と進化的にどうつながるのか、今後の研究が注目される。

知的に振る舞うには、必ずしも脳はいらない。


参考文献・参考情報
Phys Rev Lett. 2008 Jan 11;100(1):018101. Epub 2008 Jan 3.
Amoebae anticipate periodic events.
Saigusa T, Tero A, Nakagaki T, Kuramoto Y.
今回紹介した論文情報。このグループは以前、粘菌が迷路の最短経路を解けることも発見している。

Nature. 2008 Jan 24;451(7177):385.
Cellular memory hints at the origins of intelligence.
Ball P.
ネイチャーで紹介された記事(直リンク)。「同期現象」で有名なStrogatzのコメントも紹介されている。

変形菌の世界 : 国立科学博物館 植物研究部

変形菌の見つけ方・飼い方なども紹介されていて超充実。

「振動子」のイメージを得るには、フーコーの振り子(ウィキペディア)

6 comments:

阿頼王 said...

Shuzoさんへ
>知的に振る舞うには、必ずしも脳はいらない。
う~ん。深い考察です。
人間は、「“脳”こそが“知性”の源」と思っていますし、確かに“高度(何が高度なのかは良く解りませんが)な知的作業”は“脳”が担っていますよね。
でも、わたしの理解が間違っているかも知れませんが、“脳”って、元々は“神経細胞”が進化してきたモノ。“神経細胞”は元々“外界”を感じる“細胞機能”が特化したものだと思うのですよね。という事は、単細胞生物と言えども、当然、生きるために“外界”を認識し、どのようなレベルか解らないですが、“(プレ)私”というモノが在ると思います。原始仏教では、外界を認識した所に“私”と言う“意識”が生まれるとされています。そしてそのような“私”と言うのは“実体の無いもの”とも言っていますが……。
それを「振動子モデル」で説明がつくのかは解りませんが、確かに、人間でも“生体リズム”があるのですから、うまく説明がつくかもしれませんね。でも、もしそんな“振動子”があるのなら、粘菌の遺伝子の中にそのような遺伝子情報が含まれているはずですよね。しかし、単細胞生物の“記憶情報”って、どこに蓄積されるのですかね?

mm3 said...

私は、どちらかというと遺伝子、たんぱく質から現象を見ていく傾向があるため、振動子といわれると、転写因子がある一定の周波数をもって発現、減退を繰り返すようなイメージを抱いてしまうのですが、高等生物の脳の場合には、それはケミカルな物質の増減でもいいですし、神経細胞の電気的な活動の周期でもいいですよね。Shuzoさんは、ヒトの知性につて、神経細胞の電気的な活動レベルでのパターンが決定しているとお考えですか、それとも細胞内外のケミカルな物質が決定しているとお考えですか、それとも細胞内のたんぱく質の発現もしくは遺伝子レベルの問題だとお考えでしょうか?
生物の仕組みを分子的に見た場合に、時に非常に精巧な機構を見せてくれることもありますが、一見複雑な現象に見えることが、実は単純な物理法則に従った現象の相互作用で起こってくることが多いような気がします。おそらく粘菌の話などは、菌にとっては単純な物理法則にしたがっているに過ぎず、知性などとはおもっても見ないことではないでしょうか?
もし、我々の意識や思考がこれらの延長であり、個々の神経細胞は単に物理法則にしたがっているに過ぎず、その組み合わせやコネクションが意識や意志を生み出しているとすれば、組み合わせやコネクションが意識や意志を生み出すメカニズムを説明する必要があるような気がします。
なんだかまとまりませんが、そんなことを感じました。

Shuzo said...

阿瀬王さん、早速コメントありがとうございます。

神経細胞の起源、私は詳しくないですが、最近、その問題に実際に取り組んでいる研究がいくつか出てきているように思います。

「外界の認識」についてですが、哲学者ダニエル・デネットの本で面白い話があります。サーモスタットの「表象」です。サーモスタットもセンサーを持っていますから、外界の温度を「感知」できます。それを「外界の認識」「外界の表象」と認めてしまえば、単細胞生物どころかサーモスタットも「私という意識」を持っていることになりますね。。。持ってないでしょうけど。。。


> 単細胞生物の“記憶情報”って、どこに蓄積されるのですかね?

その細胞内のような気がします。
例えば、タンパク質やゲノムに何らかの化学物質で「タグ」がつけば、それは記憶になるやもしれませんし、細胞内の化学物質たちの反応パターンが変化することが記憶になるやもしれません。ただ、「記憶情報」の定義によりそうな気もしますね。

Shuzo said...

mm3さん、こんにちは。

> 高等生物の脳の場合には、それはケミカルな物質の増減でもいいですし、神経細胞の電気的な活動の周期でもいい ですよね。

まさに、そうですね。
おそらく、今回の研究でもシグナル伝達から遺伝子発現・モータータンパク質までの一連の反応を、抽象度を上げて「振動子」としてあえて単純に表現している気がします。モデルの抽象度が高いですから、mm3さんのご指摘どおり、神経細胞の電気活動に置き換えられると思いますよ。

> ヒトの知性につて、神経細胞の電気的な活動レベルでのパターンが決定しているとお考えですか、それとも細胞内外のケミカルな 物質が決定しているとお考えですか、それとも細胞内のたんぱく質の発現もしくは遺伝子レベルの問題だとお考えでしょうか?

タフな質問です。。。
私はどちらかというと、「神経細胞の電気的な活動レベルでのパターン」が重要ではないかと思って実際の研究には取り組んでいます。けど、神経細胞どうしの相互作用も含めて、mm3さんが指摘された3つのレベルの現象が複雑に絡み合っていそうですから、どれが最も重要かは、私の脳ではわかりません。。。あえていうなら、少なくともその3つ、と答えそうです。。。(すみません)

>粘菌の話などは、菌にとっては単純な物理法則にしたがっているに過ぎず、知性などとはおもっても見ないことでは ないでしょうか?

ヒトの脳も極論すれば物理法則にしたがっている可能性が高いですから、もし「スーパーな宇宙人」から見たら、私たちが粘菌に対して抱いている気持ちを持つかもしれません。(人同士でもお互いそう思っている人たちがいそうな気がしないでも。。。)

もちろん、自分に知性があることを知るには、粘菌が持っていないであろう知性(「メタ認知」に近い能力でしょうか?)が必要な気がしますから、mm3さんのご指摘は正しいと思います。

> 組み合わせやコネクションが意識や意志を生み出すメカニズムを説明する必要があるような気がします。

全くそう思います。

ヒトを含め多くのモデル生物はあまりにも複雑すぎます。けど、粘菌のような比較的単純であろう生物の研究から、アナロジーとしてヒトなどの知性、特にその仕組み・メカニズムを考えていく洞察が得られないか、という私の気持ちが今回のエントリーの背景にあります。特に振動子のモデルはKuramoto先生のモデルに基づいておりますので、いろんな振動現象を考える上で非常にすばらしいモデルだと思っています。(実際に神経科学へ応用している研究者もいます)

長くなってしまいました。貴重なコメントありがとうございました。またお願いします!

生物史から、自然の摂理を読み解く said...

Shuzoさん、はじめまして。ブログ記事を書くにあたって参考にさせて頂きました。
多細胞生物となるためには必須の、「体細胞と生殖細胞の分化」が観察される粘菌には前から注目していたのですが、「環境変化のリズムを記憶している」とは驚きです。
すべての生物に備わっている「記憶」の仕組みが、その後の神経細胞や脳を作り上げていったと考えると、この粘菌の持つ記憶の解明が楽しみです。

Shuzo said...

ブログで紹介していただきありがとうございました。光栄です。

今回紹介した論文の「環境変化」は、実験室で人工的に作り出した環境変化ですので、実際の「自然環境」の変化を粘菌が記憶できるのかは今後の課題ですね。

いずれにせよ、今後ともよろしくお願いします。