8/15/2009

聴覚野と注意

以前、「脳状態と聴覚野」の中で少し扱ったトピック「注意」について再び。

ニューロンの活動を計測しながら聴覚系の注意を研究している2大グループがいて、2007年にその二つのグループが総説を書いている。今回は、Zadorグループ総説をまとめます。

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まず総説の大まかな構成は以下の通り:
1. Introduction
注意を研究するモチベーションを述べている。

2. A brief and idiosyncratic review of auditory attentional modulation
聴覚系での注意の研究史を簡単にまとめている。

3. Toward the mechanisms of attentional modulation
著者らの研究戦略と進捗状況について記述している。

4. Conclusions
彼らのヴィジョンがまとめられている。

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各パートをもう少しだけ掘り下げて:

1. Introduction
ポイントはこう:単純化したフィードフォワード型の回路として脳を考える昔ながらの研究は、行動状態(本文中ではbehavioral and/or cognitive stateという表現)によって情報処理が変わるという事実を考慮にいれてなくて、そういう神経活動に影響を及ぼすような行動・認知状態を調べるモデルとして聴覚系の注意を研究しますよ、ということ。

2. A brief and idiosyncratic review of auditory attentional modulation
キーとなる歴史的な背景が非常に簡潔にまとめられている(Fritzらの総説が断然に詳しい)。

大まかな歴史としては、1959年のHubelたちの研究がパイオニアで、その後、麻酔研究最盛期になったからか、しばらく停滞。そして、2000年に入って、Fritzたちの研究を中心に、聴覚研究者からまた脚光を浴びてきた。(ここで実際に紹介されている論文たちは後述)

3. Toward the mechanisms of attentional modulation
著者たちは注意を神経回路レベルで理解したいと思っていて、そのためのモデル生物としてげっ歯類を対象としている。そのメリットとして2つ挙げている。

第一に、コスト。
維持コストが安く、平行してたくさんの動物をシステマティックにトレーニングできると。

第二に、技術。
パッチクランプを含めた電気生理はもちろん、分子、イメージングを応用しやすいと。

さらに、著者らが現在どんな行動課題を開発して、どんな神経相関をとらえつつあるか、この時点での進捗状況を報告している。(彼らの最近の関連論文は後述)

4. Conclusions
聴覚野の聴覚応答は、感覚刺激だけでなく、刺激が呈示された時の行動文脈に影響を受ける。それをげっ歯類をモデルに、様々な方法論でアプローチしていくのが戦略。そして長期的ヴィジョンは、注意やモチベーションといった、非感覚的な要因が神経回路の活動をどう変えるのか理解して、最終的にはカクテルパーティー効果といった問題を皮質でどう解かれているか理解したいということ。

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参考・補足情報

Hear Res. 2007 Jul;229(1-2):180-5. Epub 2007 Jan 17.
Toward the mechanisms of auditory attention.
Hromádka T, Zador AM.
今回紹介した総説。
Hearing Researchという専門性の高い雑誌ということで、聴覚研究者をターゲットに書かれている。視覚でバリバリ注意を研究されている方には、聴覚研究はこんなものか、と思われるかもしれません。。。ただ、げっ歯類を対象にした研究という点で、回路・シナプスレベルの注意研究への期待を持てるかもしれません。あと、書き方は参考になります。

Zador研の最近の論文のうち、この総説で書かれていることと関係する論文を(他にも重要論文たくさんアリ)
Nat Neurosci. 2009 May;12(5):646-54. Epub 2009 Apr 12.
Engaging in an auditory task suppresses responses in auditory cortex.
Otazu GH, Tai LH, Yang Y, Zador AM.
新規性に関してはコメントは難しいけど、iPodならぬrPod(rはratのr)を開発して、いろんな観点から注意による活動減少を調べた点は評価して良いと思ってます。ただ、神経集団の計測規模をもっと上げたらどうなるかは注意が必要か。

PLoS One. 2009 Jul 7;4(7):e6099.
PINP: a new method of tagging neuronal populations for identification during in vivo electrophysiological recording.
Lima SQ, Hromádka T, Znamenskiy P, Zador AM.
オプトジェネティックス。アイデアが非常にすばらしい。論文はまだ読んでないけど、「同期(単シナプス性の遅延も含むくらいの時間)」の問題がやっかいと筆頭著者の人が以前言っていた。

Curr Opin Neurobiol. 2009 Aug 10. [Epub ahead of print]
Representations in auditory cortex.
Hromádka T, Zador AM.
今気づいた総説。

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総説中の2番目のセクションで引用されていた文献を備忘録的にリストアップ:

Science. 1956 Feb 24;123(3191):331-2.
Modification of electric activity in cochlear nucleus during attention in unanesthetized cats.
HERNANDEZ-PEON R, SCHERRER H, JOUVET M.
蝸牛核のレベルですでに神経活動が変化すると報告した模様。

Science. 1959 May 8;129(3358):1279-80.
Attention units in the auditory cortex.
HUBEL DH, HENSON CO, RUPERT A, GALAMBOS R.
Hubelらの研究。ネコが音源に注意を向けた時にだけ聴覚刺激に応答する”attention units”を聴覚野から報告していて、10%くらいこのカテゴリーに入るのではないかと見積もっている。さらに、注意という変量を定量することの困難さも指摘している。「聴覚野と注意」という点では最初の研究か。

J Physiol. 1964 Jun;171:476-93.
CLASSIFICATION OF UNIT RESPONSES IN THE AUDITORY CORTEX OF THE UNANAESTHETIZED AND UNRESTRAINED CAT.
EVANS EF, WHITFIELD IC.
Hubelらの研究やKatsukiらの先駆的な研究などを受けて行われた包括的研究。たぶんmust-readで、聴覚野に特化した神経生理の研究ってこの時代から質的に進展してないのでは?とすら思えるくらいいろんな重要問題に取り組んでいる。

Science. 1971 Jul 23;173(994):351-3.
Human auditory attention: a central or peripheral process?
Picton TW, Hillyard SA, Galambos R, Schiff M.
クロスモーダルな注意(音と光が同時に呈示されて、どちらかの感覚モダリティーに注意を向けること)を調べる実験系をはじめて導入した先駆的な研究の一つ。論文の扱っているトピックとしては、上述の蝸牛核での注意による影響をヒトで調べたけど、再現できなかった、というネガティブデータで論争を巻き起こそうとしている様子。(そもそも計測法、計測対象が違うんだから、ネガティブデータを得たところで論争を巻き起こせるのか?という気もするけど、当時の研究文脈としては重要だったのだろう。)現在、この論争がどうなっているか気になるところ。

Science. 1972 Aug 4;177(47):449-51.
Single cell activity in the auditory cortex of Rhesus monkeys: behavioral dependency.
Miller JM, Sutton D, Pfingst B, Ryan A, Beaton R, Gourevitch G.
要旨を読む限り、学習とも関連が深そう。トレーニングの過程によって聴覚野の聴覚応答が違うことを報告している。

Brain Res. 1976 Nov 19;117(1):51-68.
Evoked unit activity in auditory cortex of monkeys performing a selective attention task.
Hocherman S, Benson DA, Goldstein MH Jr, Heffner HE, Hienz RD.
クロスモーダルな課題を行っている時の神経応答を調べている。聴覚刺激に注意を向けている時でも、活動が減少する聴覚野ニューロンが意外と多いことを報告している点はポイント。

Am J Otolaryngol. 1980 Feb;1(2):119-30.
Electrophysiologic studies of the auditory cortex in the awake monkey.
Miller JM, Dobie RA, Pfingst BE, Hienz RD.
総説。

Nat Neurosci. 2003 Nov;6(11):1216-23. Epub 2003 Oct 28.
Rapid task-related plasticity of spectrotemporal receptive fields in primary auditory cortex.
Fritz J, Shamma S, Elhilali M, Klein D.
注意によって聴覚野ニューロンの受容野特性が変化することをシステマティックに調べた研究。

J Neurosci. 2005 Aug 17;25(33):7623-35.
Differential dynamic plasticity of A1 receptive fields during multiple spectral tasks.
Fritz JB, Elhilali M, Shamma SA.
上の研究の続報。

Hear Res. 2005 Aug;206(1-2):159-76.
Active listening: task-dependent plasticity of spectrotemporal receptive fields in primary auditory cortex.
Fritz J, Elhilali M, Shamma S.
その時点までの彼らの研究をまとめた総説。

J Neurosci. 2005 Jul 20;25(29):6797-806.
Nonauditory events of a behavioral procedure activate auditory cortex of highly trained monkeys.
Brosch M, Selezneva E, Scheich H.
課題をトレーニングしたサルの聴覚野で体性感覚・視覚刺激で応答するニューロンがいることを報告している。注意研究の文脈として解釈すべきかやや不明。クロスモーダルな相互作用という文脈では少なくとも重要。

Cereb Cortex. 2005 Oct;15(10):1609-20. Epub 2005 Feb 16.
Attention to simultaneous unrelated auditory and visual events: behavioral and neural correlates.
Johnson JA, Zatorre RJ.
クロスモーダルな課題で注意に依存してBOLD信号が変化することを示した論文。ヒトのイメージング関連についてはFritzらの総説を。(*ヒトでの注意研究の最新情報はvikingさんのブログで常にアップデートされてますね)

という感じで、このセクションは、イントラモーダル、クロスモーダルな注意、さらには注意と学習どちらの効果かグレーな論文が入り乱れという感はぬぐえず。注意の定量の問題とも関連するか。個人的には脳活動ベースで定義なり定量していく方向に興味あり。

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関連書籍
The Auditory Cortex: A Synthesis Of Human And Animal Research

3年に一度開催される聴覚野のミーティング。この本は第一回2003年のミーティングをまとめた超マニアックな本。ただ、注意はほとんど扱われていないか。。。グーグルさんがかなりのページを公開してくれてます。

今年、3回目のミーティングが今年あって、ケン・ハリスさんも演者として招待されているようだ。有名どころはほとんど呼ばれているのではないかという気がする。(一方で、最近ミーティングの存在を知って、一般演題登録にすら間に合わなかった私。。。)


8/01/2009

音節構造を柔軟に区別するバイリンガル幼児

子供の中にはいわゆるバイリンガルの環境で育って、二言語を同時に獲得していく子もいる。二言語を同時に獲得するというマルチタスクを柔軟にこなしているとも言える。
*このエントリーでの「バイリンガル環境」とは、親もバイリンガルで、子供は誕生直後から親を通して二言語に触れている環境、のことなので、一般的に使われる「バイリンガル環境」より定義は狭いのでご注意を。

では、そういうバイリンガル環境で育った子は、モノリンガル環境で育った子と比べ何がどう違うか?

約12ヶ月齢の幼児を対象にした研究によると、バイリンガル環境で育った子は、モノリンガル環境で育った子よりも、音節の構造をより柔軟に区別できることがわかった。バイリンガル環境で育つ子が二言語を効率良く獲得できることと、今回わかった違いは何か関係があるのかもしれない。

新着のサイエンスで報告されている。

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ここでいう「音節の構造」とは、例えば、「か」と「さ」という二つの音節を使って、それを「か・さ・か(ABA)」や「か・か・さ(AAB)」と組み合わせて作った音声のことをいう。(実際にはlo-lo-vuやlo-vu-loという音声をこの研究では使っている)

研究はイタリアで行われ、バイリンガルの幼児とは、母親もバイリンガルで生後から二言語の環境で育っている幼児のこと。

研究ではまず、幼児をスクリーンの前に座らせる(おそらく母親がスクリーンの前に座って幼児を抱える)。

そして、AABタイプの音声が流れたらスクリーンの左にオモチャの写真を、ABAタイプだったら右にオモチャを見せる。すると、幼児はオモチャにつられて視線がオモチャの方向に動く。AABなら左、ABAなら右、と。

この課題をしばらく繰り返す。

次に、音節構造はAABかABAの二種類で同じだけど、各音節として新しい音節を試す。さらに、音声の後に見せていたオモチャも出さないようにする。けど、幼児は条件反射的に右か左に視線を動かす。その視線の動きと聞かせた音声との関係を調べてみた。

つまりは、幼児がABA、AABという音節構造を区別し、
AAB-左、ABA-右
というルールを学習しているか確認してみたわけである。

すると、バイリンガル環境で育った子は、AABなら左、ABAなら右に視線を動かす傾向があった。一方、モノリンガル環境で育った子は、AABなら左に動かす傾向があったけど、ABAでのパフォーマンスが悪かった。

これだけだと、バイリンガルの子は、音節構造の区別そのものが良くできるのか、それとも、違う音と左右という空間を結びつけるのがうまいのか、少し曖昧。

そこで研究では、音声の高低も変えて、モノリンガルの子が違う音と左右の空間をしっかり結び付けられるか確認した。すると、この場合、モノリンガルの子はしっかり学習できた。

ということで、バイリンガル環境で育った12ヶ月齢の子は、音声構造の区別そのものがうまい、別の表現をすると、規則的な構造を持つ複数の対象物をより柔軟に学習できそう、ということがわかってきた。

この能力が、二言語に触れている環境でも、各言語を効率良く学習していくのに役立ち、結果的には、モノリンガルの子と近いペースで言語を獲得していくことにつながっているのかもしれない。

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参考情報

Science. 2009 Jul 31;325(5940):611-2. Epub 2009 Jul 9.
Flexible learning of multiple speech structures in bilingual infants.
Kovács AM, Mehler J.
今回紹介した論文。著者のMehlerという人はこの分野のキーパーソンか。

このグループは他にも以下の研究を立て続けに報告している:

Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 16;105(37):14222-7. Epub 2008 Sep 3.
The neonate brain detects speech structure.
Gervain J, Macagno F, Cogoi S, Peña M, Mehler J.
この研究では、新生児にAAB、ABC、ABAという音節構造を持つ音声を聞かせ、脳活動を近赤外線分光法NIRS)で計測している(生まれて数日以内に調べていて、バイリンガル、モノリンガルは区別していない)。すると、AABに対する応答はABCやABAより大きく、脳活動のレベルでAABという繰り返しが続く音節構造を新生児の段階ですでに区別できることがわかった。

これはもしかすると、これはモノリンガルの子がABAの学習が良くなかったことと関係しているかもしれない。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Apr 21;106(16):6556-60. Epub 2009 Apr 13.
Cognitive gains in 7-month-old bilingual infants.
Kovács AM, Mehler J.
こちらは7ヶ月齢のバイリンガルとモノリンガルの、いわゆるcognitive controlの能力を調べていて、バイリンガルの子達がモノリンガルの子達よりよくできる、というデータを出してきている。

こういうのを見て思うに、親という社会的にも生物学的に重要な存在から発せられる信号を、かなり早い時期から脳で詳しく分析していて(それは当然か)、バイリンガル環境の場合、その信号が時と場合によって全然違うから、こういう柔軟性なり、音声認識の能力が研ぎ澄まされていくのかもしれない。もちろん、この時点での能力の差を長い人生で如何にのばしていくかは、その後の環境などに大きく依存するのだろうけど。。。

それにしても、こういう研究はヒトを対象にしているだけに、いろんな意味でインパクトがありそう。(誤った方向にも行きやすいとも言えるか。。。)

ついでに、
Trends Cogn Sci. 2008 Apr;12(4):144-51. Epub 2008 Mar 17.
Bilingualism in infancy: first steps in perception and comprehension.
Werker JF, Byers-Heinlein K.
今回紹介した論文でも引用されていた総説。この分野に興味がある場合、必読か?
「バイリンガル幼児(bilingual infants)」は、生後からバイリンガル環境で育った2歳までの子供、とある。

とすると、Mehlerさんたちは同じ家族を追跡調査しているのだろうから、これから報告されるであろう研究も、この分野に大きく貢献しそう。

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最後に関連(するかもしれない)図書も調べてみた。

The Bilingual Child: Early Development and Language Contactという本は上の総説でも引用されていて、アカデミックなテイストで、ホントに関連しそうな図書。

以下の本は、二言語環境で育っている子を持つ親としてちょっと惹かれた二冊。
(科学者の端くれだという立場は忘れてますのでご注意を。。。)

バイリンガル教育の方法―12歳までに親と教師ができることという本はレビューも良い感じで、サンプルを見た限り、「バイリンガル」の定義からはじめられていたりと、非常にアカデミックなテイスト。

Raising a Bilingual Childという本はサンプルだけ読みました。どれくらい認められた学者さんが書いているのか評価できないけど、バイリンガル大賛成派のハウツー本、という感じで一般向けに非常にわかりやすく書かれている。

一方で、実体験として、間接的に聞く話として、バイリンガル環境で育つ子供の難しさもなくはないので、後者の本は、超楽観過ぎ、バイアスがかかっている、と思っても方が良いかも。。。(あくまで冒頭部分を読んだ限り、バイアスをやや感じた。サンプルの以下でメリット・デメリットがバランス良く書かれているなら、問題ナシ)


7/25/2009

スケール・フリー・ネットワーク報告から10年

ネットワークの中で、各ノードの持つエッジ数の確率分布がべき乗則に従うスケールフリーネットワーク(scale-free network)。

スケールフリーネットワークに関するBarabasiたちの論文が報告されて10年。
その論文では、異なると思われていたネットワークたちは、実はこのスケールフリーという共通性を持つことがわかり、このスケールフリーネットワークがどのように出来上がるかそのモデルも示された。

そんな論文の発表10年を記念(?)して、サイエンスでは特集が組まれている。

特集の概略に続いて、Barabasi自身が記事を寄せている。
非常に読みやすい記事で、スケールフリーネットワークの論文がどのような文脈で発表されたか、その後の発展、そして将来展望がまとめられている。

トポロジーだけでなく、やはりシステムとしての振る舞いが重要問題ということで、後半はそれについて触れられている。彼自身は、分野を超えた法則性があるのではないか、と信じているようだ。

そして、そのようなブレークスルーが次の10年くらいで訪れるか?ということに関しては、「おそらく(perhaps)」と見ていて、彼自身が最近取り組んでいる分野でそのブレークスルーが起こると思っているようだ。

いろんな流行的なことが起こったけども、ますますはっきりしてきたことは:

Interconnectivity is so fundamental to the behavior of complex systems that networks are here to stay.
と最後に結んでいる。

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つぶやき

途中、コネクトームという言葉が出てきたりはしているが、神経科学は何となく蚊帳の外という印象を受けた。。。(Bullmore とSpornsの総説の紹介はあるが)

そもそもデータを集めるという部分が他の分野に比べて大きな(狭い?)ボトルネックになってるのではないか。

将来、「脳も他の分野で10年前にわかったことと同じでした」というのはなんか癪に障るから別の問題で勝負(?)しないといけないのかも。。。といって、interconnectivityを調べないと先に進める気はしないわけで。。。研究ツールもあって、多くの優秀な人たちが取り組んできたのに、ネットワーク、という点では現状がこれということは、それだけ脳はひどく複雑ということなのか。。。

それだけ、やりがいのある分野でもある、ということで。

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参考情報

Science. 2009 Jul 24;325(5939):412-413.
Scale-Free Networks: A Decade and Beyond.
Barabási AL.
今回紹介した記事。

<関連書籍>
Barabasiが書いた啓蒙書
新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く
最新の研究をフォローするにはもはや古典になっているかもしれませんが、すばらしく良い本です。彼らがどういう経緯で10年前のサイエンス論文の発表に至ったかなども物語風に書かれていて、自然科学の読み物としても逸品。

Dynamical Processes on Complex Networks
バラバシではないですが、今回の特集から存在を知って、早速アマゾンで注文(なので激しく未読)。いくつかの特集記事で引用されているので、プロが推薦する本だと思われます。

<今回の特集>
ちなみに、今回の特集のButtsという人の記事では、ネットワーク解析での心構えとして、ネットワークとは、ノードとは、エッジとは、時間スケールは、という問題について例を挙げながら導入的なことを説明している。

神経生理学で考えると、解剖学のデータがないとエッジの定義がどうしても難しくなり、ボトルネックとなっている。その意味でもコネクトームは大事なステップだと思われるが、その後、コネクトームとネットワークの振舞いを結びつけるのにも、実際上たくさん壁がありそう。。。

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導入部分しか読んでませんが、Schweitzerという人たちは、いわばネットワーク経済学(そういう分野があるか知りませんが)について書いていて面白そう。

Vespignaiという人の記事は、上述したBarabasiたちが希望を見出している分野に関する記事。読みましたが、わかりやすく書かれていて、この分野の最新論文・トピックの情報源としては良いと思われる。

という感じで、この10年間でこの研究分野だけでない他の発展・発達・危機なども絡まって、とんでもなく広い分野になっている模様。

update:
この記事では、ネットワークというよりもっと広く複雑系研究に関する記事で、経済、渋滞、伝染などよりリアルワールドと直結する研究分野について紹介されていて面白い。この記事のライターへのインタビューがpodcastとしてあり。

7/11/2009

逆引き統計学

「逆」引き統計学―実践統計テスト100
Gopal K. Kanji (原著), 池谷 裕二 (翻訳), 久我 奈穂子 (翻訳), 田栗 正章 (翻訳)

この本は、100 Statistical Testsという100の統計検定法が収められた、とてもとても実践的な本の訳本である。

訳者の一人である池谷さんは訳者序文でこう書かれている:

「一般に、統計の本は難解な専門書か、あるいは逆に、初心者向けの教科書がほとんどで、大多数の人が期待するような実践的で“使える”解説書はほぼ皆無でした。」

「この本は教科書ではありません。専門書でもありません。」

「実践現場で統計学検定が必要になってから、それに相応しいテスト法を探すという、いわゆる「逆引き」としての活用法が、本書の最大の特徴です。」


例えば、
1.統計の基礎知識をある程度身につけてはいる。
2.普段、統計テストを行うことがある。
3.手持ちのデータでどの統計テストを行うべきかわからないことがある。
そういう人にはピッタリの本である。

また、
1.初心者向けの教科書すらまともに読んだことない。
2.いまさら、読んでる暇もない。
3.とにかく今あるデータから統計的な結論を引き出せ、と上司にプレッシャーをかけられている。
そういう人にもお薦めできるかもしれない(危険だが)。
なぜなら、この本の冒頭にある訳者序文と「統計的検定について」という導入部分をしっかり理解した上で、100のテストから適切な統計テストを探しだし、それを行えば良いから。

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この本ではまず、「統計的検定について」で統計テストの心得が説明され、「検定の分類」というすばらしい表が用意されている。

そのテーブルでは、いわば統計テスト早見表である。

手持ちのデータの性質と、テストしたい統計量をもとに、どの統計テストが候補になるか探し当てられる。(「手持ちのデータの性質」とは、正規分布に従うのか、標本はいくつかといったこと、「テストしたい統計量」とは、例えば平均値や分散などのことである。)

それ以降のページは、ひたすら100の統計テストが紹介されている。こんな方法もあるのか、と驚くくらいたくさんある。一生使わんぞ、というテストまで網羅されている。

各統計テストの説明では、テストの目的、制約、方法、そして用例と、非常にわかりやすい構成になっている。

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この本は全て読む必要はない。本棚か手元に置いておくだけで良い。

早見表の使い方さえ理解すれば、必要な時に本棚から取り出し、早見表で必要な統計テストを探し当て、テストの性質・方法を学び、必要によってはgooglebing両方にセカンドオピニオンを聞いて、統計テストを行えば良い。

とにかく、これ以上実践的な参考書はない。

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コンピューターの性能が向上して、新しい統計テストもよく使われるようになってきた。この本ではそのような新しい統計テストまでは網羅されていない。例えば、ブートストラップクロス・ヴァリデーションといったリサンプリングの統計技法を、ここでは意識して言っている。

しかし、この本に網羅されている統計テストで事足りることが実際の現場では多いわけで、この本はこれからも有用であるのは間違いないだろう。

訳は久我奈穂子さんが担当されたそうで、これだけの質と量の仕事をこなされたのはただただ驚きで、さらに修士課程の学生さんというのだから、世の中には池谷さん以外にもすごい人がたくさんいてるわけである。。。

ちなみに、僕はボスに教えてもらって100 statistical testsを数年前に買った。つまりは、物理系出身の人も推薦する本でもある。

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参考情報

池谷さんのホームページにさらに詳しい紹介があります。


7/01/2009

ミュージカル・マインド

火曜日の夜、Musical Mindsというテレビ番組がPBSというチャンネルで放映された。

オリバーサックスが少し前に出版したMusicophiliaをモチーフにした番組。生きていく上で、音楽と脳がとても特別な関係になっている4人のエピソードを紹介する内容。

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一人目は、盲目でサバンの青年。ピアノの演奏に天才的な才能を発揮している。

二人目は、トゥレットシンドローム(Tourette syndrome)に苦しむ青年。不随意的におこる運動のおかげで、コミュニケーションも途切れ途切れになるけど、その人はドラムを演奏しだすとその不随意運動を抑えられる。

三人目は、いわゆるアミュージア(amusia)で音楽の知覚に障害のある女性。

そして四人目は、落雷によって音楽の才能が突然目覚めた中年男性。

各エピソードの途中、オリバーサックス自身のエピソードを交えたインタビューや、彼が音楽を聴いた時の脳活動(fMRI画像)の話なども盛り込まれた1時間の番組だった。
(*オリバーサックスがベートーベンとバッハを聴いている時の脳活動の話もあって、それはちょっと胡散臭かったけど。。。)

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紹介された4人のエピソード、どれも興味深かった。

観た後の感想・疑問を少し:

まず一人目のエピソードでは、視覚野が他の感覚刺激でも強く応答するようになる、という説明はよくある説明としては良いとして、驚異的なワーキングメモリーやジャズ演奏に必要なアドリブ力との関係はもう一つスッキリしない。そもそもどう音楽やピアノの鍵盤を感じているのか、その本人以外誰も知りようがないようにも思えた。

二人目のエピソードは、正常な運動制御を考える上で、非常に重要な洞察を提供しているようにも思えた。途中出たAwakeningsレナードの朝)のエピソードとも少し関連付けるような番組構成だったと記憶しているが、非常に興味深かった。

三人目のエピソードは、やはりメカニズムというか、何が機能しないと音楽の知覚ができないのか(普通の会話は正常なのに)、音楽という入力をどう処理しているのか、素朴な疑問として抱いた。FOXP2みたいな遺伝子がアミュージアの原因の一部を説明したりするのだろうか?

四人目のエピソードは、オリバーサックスも言っていたように、わけがわからん。。。
落雷によって脳がしばらく異常なくらい過活動か何かおこって、新しい回路がたくさんできて(もしくはなくなって)、文字通り眠っていた「脳力」が明示的になったのか。それとも。。。
最近注目を浴びている脳刺激で可塑性を起こすような話ともリンクするような気もした。

とにかく、オリバーサックスのMusicophiliaを買いたいと思わせるには十分すぎるくらい興味深い番組でした。

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関連情報

ニューヨークタイムズでの番組プレビュー
The Frontal Cortexでのプレビュー記事