3/01/2008

プランクトン社会の中の混沌

プランクトンたちの生息環境はカオス的であり、その変化の長期予測は不可能である、と主張している論文がネイチャーに掲載されていた。

この研究は面白くて、まず研究室に「人工バルト海」を作っている。そして、そこでのプランクトンやバクテリアの数などの変化を長期間(8年以上!)にわたって計測している。

その長期間の観測結果を元に、例えばプランクトンの数の変動をどれくらい先まで予測できそうか調べたところ、高々1ヶ月くらいしか予報できなかったらしい(天気予報よりは良い、とジョーク的な記述もある)。「長期予報」できない問題の根源は、プランクトンたちの数の変動がカオス的に振舞っていることによる、としている。

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この研究、方法論的に神経科学の研究と近いところがあって勉強になる。

今、「人工バルト海」を脳とみなしてみる。ある時点でのプランクトンAの数は、ある時点でニューロンAが出した「スパイク数」とみなしてみる。

実験としては、複数のニューロンの活動を同時に調べることと等価になる。計測データの解析として、ニューロン活動の相関性(二つのニューロンの活動がどれくらい似ているか)を調べたり、ニューロン活動の変化をどれくらい先まで予測できるか人工ニューラルネットで予測したり、リアプノフ指数なる量を計算して、予報と実測値とのズレを測ったりする。その予想とのズレを計算する方法(論文では2つ考えている)は参考になりそうな気がした。

この論文、エレガントで良い論文ではあるのだけど、個人的に気になったのは、カオス的だという結論は果たしてどうよ?ということ。カオスという初期条件に敏感なシステムっぽくて長期予報は無理、ということを言えたとして、それでどうするのか?

扱っているシステムは、カオスという「ルール」に従って振舞うシステムだ、ということがわかった点ではポジティブではある。が、長期予報は不可能だということがわかった点、あるいは長期予報できなかったという点では、ネガティブデータでは?という気もする。

神経活動の解析で同じことをやって「長期予報は無理でした」という結論をつけたとして、果たしてネイチャーに載るだけの価値があるか?というと疑問である。もっと解析の部分で「セクシー」なことをして、もっと「ポジティブ」な傾向を見出さないと意味がないように思える。

つまり、脳はカオスだ、と言ったところで脳のことはわかったことにならない。(たぶん・・・)

例えば、少しだけ先の予報ができるわけだから、それを有効活用する(例えば、Nicolelisのようにロボットアームを動かしたりロボットを歩かせたり)とか、予測できる・できない仕組み(メカニズム)をもっと掘り下げてみるとか。そのあたりまでやらないと、今の神経科学でネイチャークラスの論文を出すことは無理な気がする。。。実験技術がどんどん発展している分、そのあたりのハードルがどんどん高くなっている。

しがない業界である。。。

今回紹介した論文
Nature. 2008 Feb 14;451(7180):822-5.
Chaos in a long-term experiment with a plankton community.
Benincà E, Huisman J, Heerkloss R, Jöhnk KD, Branco P, Van Nes EH, Scheffer M, Ellner SP.

6 comments:

Anonymous said...

こんにちは。カオスであるとしてどんな種類のカオスであるとか、どんなアトラクタであるとか、そういう絞込みはされているのでしょうか?カオスを解析する方法もいろいろありそうなものですが。

Shuzo said...

こんにちはykenko1さん。鋭いツッコミありがとうございます。

「どんな種類のカオスか?」という質問の意図が知識不足のため私にはわからないですが、論文では、そこまでは踏み込んでいないと思われます。

むしろ、それ以前の、系がカオスかどうか?をquestionとしています。

具体的には、リアプノフ係数の計算に二つの方法を採用して、系がカオスかどうかを調べています。

一つは「直接法」と彼らは言っていて、実際の計測データから直接リアプノフ係数を定義しています。具体的には、とある時点での状態が他の時点での状態と近いところがあるか探して、それ以降の状態変化が時間と共にどれくらい広がっていくか計算しています。

これだと計測上のノイズ(実験誤差)の影響がでるおそれもある、ということで、間接法としてヤコブ法と呼ばれる方法も採用しています。

こちらは、Supplementaryで具体的に何をやったか記述されています。

この方法では、すでにわかっている範囲での「プランクトン社会」のネットワークを元にモデルを立てます。モデルのパラメーターは各時点でフィッティングし、各時点ごとのモデルの変化をヤコブ行列として記述して、それをもとにリアプノフ係数を定義しています。

算出されたリアプノフ係数の正当性についてもブートストラップなどを使って評価しているようです。

(モデルパラメータのオーバーフィッティングを避けるためにもいろいろ工夫しているようです)

これは、系が単にランダムに振舞ってるだけか、それともカオスなのかを区別する意味もあるのではないかと思われます。

もちろん、プランクトン社会の相互作用を全て記載することは現時点では不可能だったり、モデルパラメーターは結局のところ推定せざるをえないので、この方法にも限界があるのかもしれません。

とにかく、この直接・間接法という二つの方法で調べて長期予報は無理だったから、「人工バルト海」はカオスの可能性大、というのがより正確なデータ解釈ではないかと思います。

ということで、「どんな種類のカオスか?」というよりは、まずは「カオスかどうか?」というところをかなり厳密に検討した論文と理解した方が良いかもしれませんね。

とにかく、この論文の解析には相当の配慮が配られていて、実際の脳活動データを扱う身としては非常に勉強になった、勉強になっている、勉強しなければいけない、というわけで紹介させていただきました。

もちろん、私の説明より論文を読まれると疑問がよりクリアになるかと思われます。

こんな回答で良いでしょうか?外してたらすみません。。。

Anonymous said...

Shuzoさんへ
「人工バルト海」の中のプランクトン&バクテリアの数の変化。
確かに、大ネイチャー誌が掲載する程のものなのでしょうか? 多分、「8年以上の観測」と言う“驚異的タフネス”に対するご褒美のような気がします。

その「人工バルト海」果たして“外部擾乱”が全く入らない“環境”だったのでしょうか? もしも、“光”も“空気量”も遮断した環境だと、“嫌気性菌”の巣になって、腐敗して、メタンガスが発生して、観察どころでは無いような気がします。
多分“光”の量を一定にコントロールしていたのでしょうね(これも難しい)。それでも、“初期状態”が問題ですよね。最初にどう言う“種”を入れていたかと言う事ですけど。
そういう意味では、生物実験で、“外部擾乱”が全く入らない実験は非常に難しいと思います。
(現実の”地球環境”だって、内的、外的擾乱の毎日と言うか、一瞬、一瞬が擾乱状態? ですよね)

発生するプランクトンはエサになるバクテリアの種によって、概ね決まってくる事は“業界”では常識なのですけど、それと数も、当然エサの量に左右されますよね。バクテリアは生息環境の栄養素が少ないと“共食い”して“個体数”は減少します。また“水温”の変化によって活動量が変化します。だから、水温も一定でないと、純粋実験にはなりませんが、そのような“環境”を果たして人工的に作る事が出来たのでしょうか?

カオスである事は、感覚的にも解りますが、上に挙げた、“初期条件”“光”“空気量”“温度”などの要因によって、カオスの種類は変わってくるような気がします。

Shuzo said...

阿瀬王さん、するどいご指摘だと思います。

論文では環境の一貫性を保つために最大限の努力をしたあとは伺えます。が、想像するだけでも大変な実験ですから、「完璧」にすべてをコントロールすることは無理だったような印象を受けます。

この論文のポイントは、1.長期間の人工的な環境での生態観測、2.その実験から理論的な予想を支持できる結果が得られた、という2点が、過去の研究にはなかった新しい点ではないかと思われます。

もちろん、私はエコロジーの研究者ではないので、あくまでも門外漢が受けた印象です。

また、論文そのものの書き方も分野外の人(例えば私)が読めるようなクリアな記述がされています。この点もネイチャーに載るだけの価値はあるのではないかなぁ、と思いました。研究は実験・データだけではなく、如何にアウトプットするか、ということも非常に大事なことだったりしますから、そのアウトプットの仕方は非常に参考になりました。

もちろん、ネイチャーの論文の中には、少々実験などの精度が粗くても、その研究分野の人たちのディベートに大きく貢献しそうなら載ることもあります。

今後、この研究がどのようなディベートを巻き起こすか、今後注目される点ではないかと思います。もちろん、同業者の人にとっては、すでに大した論文ではない、とみなされているのかもしれませんが。。。

Anonymous said...

Shuzo様、丁寧なフィードバックありがとうございました。実はもっと前にコメントをお返ししていたのですが、うまく反映されなかったようです。私がどんなカオスですか、とお聞きしたのはどんなアトラクタを描くのか、あるいは様々なアトラクタを渡り歩くようなカオス的遍歴をたどるのか、というような意味でした。これからも面白そうなネタの紹介、よろしくお願いします!

Shuzo said...

ykenko1さん、こんにちは。
なるほど。「カオス的遍歴」ですね。大学院生の時、背伸びして読んだ複雑系の本で出ていたのを思い出しました(ほとんど覚えてませんが。。。)

繰り返しになりますが、今回の論文は実験データからカオスかどうかを判定しただけですので、そのあたりはわからないですね。アトラクタのタイプについて、無難に答えるなら「ストレンジアトラクタ」ということになるのかもしれませんね。カオスですから。

それから、コメント入力が反映されなかったとのこと。たいていは1日以内に承認していますので、もしトラブルがありましたら、メール(shuzo.sakata at gmail.com)でお知らせ下さい。

これからもよろしくお願いします。