7/05/2008

自発活動の非ランダム性と脳状態

Nature Neuroscienceに面白そうな論文が出ていたので読んでみる。
著者の主張は、麻酔下と覚醒中の神経集団活動は違う、ということ。

結論だけ見ればどうってことないけど、方法論と取り組んでいる問題意識が、ここ最近の研究文脈で考えるとインパクトがありそう。(そういう意味では若干マニア向け?このエントリーは超マニア向け。)

何をしたかというと、覚醒中と麻酔中のラット視覚野2/3層の神経集団活動(カルシウムの濃度変化)をtwo photonイメージングで解析している。全く同じ神経集団から、覚醒中(意識アリ)と麻酔下(意識ナシ)で活動を可視化したところが新しい、と思われる。

解析に関しては、神経集団活動はランダムか、否か?という視点から、単一細胞、細胞ペア、細胞集団という各レベルで定量的に解析している。目のつけどころも良い。

研究の結果、脳状態によらず神経集団は非ランダム的な活動をしていて、麻酔中の集団活動は、覚醒中のそれとは全然違う、ということを主張している。

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イメージング独自の細かい解析はフォローできない。だからなのか、??と思う点がたくさんあったので、つぶやきモード炸裂で、各図の説明とツッコミを、久々に(?)コッテリいってみます。(もし同じ論文を読んだ方がいたら、問題意識をシェアしましょう。)

*ひどいジャーゴン(専門用語)をできるだけ避けるようにしましたが、完全には無理でした。(すみません。。。)

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覚醒中と麻酔中のスパイク発生確率

図1 カルシウムシグナルとそこから推定したスパイクの発生確率を、覚醒中と麻酔中で比較している。主張は、麻酔(ケタミン)をかけると発火頻度が下がる、ということ。

パネルa:実験風景。

パネルb:イメージングしている細胞の例。(ツッコミ1、以下参照)

パネルc:覚醒中と麻酔下のカルシウムシグナル。(ツッコミ2

パネルd:イメージング中にcell-attached記録をしている様子。

パネルe:カルシウムシグナルを元に信号を推定して、それ(カルシウムスパイク)と電気的なスパイクとの対応を示している。

パネルf:スパイク推定アルゴリズムのキャリブレーション。ニューロンが10Hz以下で発火してくれるなら、90%以上と高精度で推定可能。(ツッコミ3

パネルg:推定スパイクをもとに、覚醒中(運動中と静止中で区別)と麻酔中の発火頻度を比較している。麻酔中では、発火頻度が有意に低いことが分かった。

パネルh:各細胞の発火頻度の変化。麻酔をかけるとほとんどの細胞で発火頻度が下がっている。(ツッコミ4

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ツッコミ1:上下の写真はおそらく覚醒中と麻酔中という意味だろう。一回の実験あたり、平均で17.6個同時記録できたとある。感覚的には16チャンネルの多点電極の記録、それを比較的高密度でやる感じ?(スパイクオーバーラップの問題を気にせず細胞ペアの解析ができるのはうらやましい)(追記7/7:けど、時間解像度は96msなので、それ以前の問題が山積してはいるか。自己ツッコミ)

ツッコミ2:麻酔下でSN比が悪くなっているのがやや気になる。偽陰性シグナルが麻酔下で増えたら、この図の残りの主張(発火頻度の低下)はかなり弱くなる。

ツッコミ3:アルゴリズムをしっかり理解していないけど、このキャリブレーション結果からすると、図2のバースト解析は過小評価していないか?なぜなら、電気信号を計測している人たちの「バースト」は、定義をゆるくしても、通常10ms以下での連続的発火を扱ってる気がするから。

それから、カルシウムスパイクと電気スパイクのキャリブレーションは麻酔下でやっているようなので、もしケタミンによってカルシウムシグナルの発生方法が何らか変化すると(ケタミンはNMDA受容体に働くから変わる気もする。。。あいたたた。。。)、そのキャリブレーションは覚醒中のデータには適用不可というリスクがある気がする。

覚醒中にスパイク記録することは無理だったのか?大変なのはわかるけど、ここまでやってるならできる気も。。。

ツッコミ4:ホントならかなりインパクトのあるデータだけど、パネルcの脳状態によるSN比の違い、パネルfから予想されるバーストの過小評価のリスク、推定アルゴリズムのエラーなど、いろんなファクターが誤差を生みそう。

例えば、麻酔中、活動する時は集中的に10Hz以上で激しく活動したりすると、如何に「バースト」イベントの発生確率が覚醒中と比べても低いといっても、バーストあたりのスパイク数までしっかり測れていないことになる。

とすると、実際のスパイク数はガラッと変わる。しかも麻酔中はUp&Down状態だろうし、Up中は、刺激呈示した時のように数十Hzで発火してても全然不思議ではない。

一歩譲って傾向(麻酔中は発火頻度が低い)は良いとしても、厳密な定量性での信憑性は少し疑った方が良いか?

特にsupplementary fig 4を出してきているのは、結構ショッキング。。。偽陽性は低いという記述はあるが、データ解析が非常に大変そうなSN比の低さ。。。視野としてとらえられている細胞サイズなども信号検出に影響しないかと素人的に思った。

最後に、視覚野を対象にしているので、眼球運動の違いでこのデータを説明できてしまうリスクはないか?(とすると純粋な自発活動を見ていると言えるか??)。覚醒中、眼球をたくさん動かして、その眼球運動に対する活動が毎回発生したりすると(ホントにスパイクが発生するのか、自分は知らないけど)、覚醒vs麻酔という比較ではなく、単に眼球運動というパラメーターで説明できてしまう。。。

という感じで、インパクトだけで今後この分野をmisleadしないかやや心配。特に、麻酔実験嫌いな人が、こういう問題点を汲みもせず、彼らの主張だけを多用したりしそう。。。自分の勘違い、誤解なら良いが。。。

ただし、発火頻度1Hz以下の細胞が大多数、という事実は超重要。

一部の論文で、1Hz以下の細胞はデータ解析から切り捨て、もしくはサンプリングすらしない、なんて(ひどい)バイアスをかけたりするから、この事実は知っておいたほうが良い。脳はそんなにエネルギー浪費家ではない(というのが個人的意見。ホントかどうかは実際のところ100%sureではないです。。。。)


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主に単一細胞レベルの非ランダムな活動

図2 スパイク時系列はランダム(ポアソン的)か?、それは脳状態で違うか?という問題に取り組んでいる。

ここでは、二つの指標でランダムかどうか調べている。
まず、細胞ペアの活動相関、そして単一細胞レベルの「バースト」の発生確率。つまりは、スパイクを出すタイミングに偏りがあるかどうか、調べている。

主張は、どちらの脳状態でもランダムではなく、麻酔をかけるとバーストが減る、ということ。

パネルa:細胞ペアの活動相関を一部解析(ツッコミ1)。1個の細胞の発火タイミングを基準にして、他の細胞たちがその前後でどれくらい活動したかを調べている。

もしランダムなら、偏りのない、フラットな分布になるはずだけど、時間差ゼロ付近に他の細胞のスパイクも偏っている。ということで、細胞たちはランダムではなく、同時期(100ミリ秒単位)に活動している傾向がある、という解釈になる。

パネルbに入る前にsupplementary Fig 9:麻酔中でも覚醒中でも、ランダムではなく、スパースな活動をし、覚醒中は麻酔中よりスパースな活動をしていた、ということを示している。

ここでは、いわゆる「ライフタイム・スパースネス」を計算している。これは、計測期間(ライフタイム)にわたって、1細胞のスパイク発生確率の分布が、どれくらい偏りのある分布になるか測る指標。もしランダムな発火をするなら(ポアソン:平均と分散が同じ)なら、図中、緑線になる。けど、それより上(スパース)だったということになる。

このデータは、スパイクが特定の時間帯に集中する「バースト」が起こっていたことを意味していそう。

ということで
パネルb:ここでは、その「バースト」を解析している。覚醒中は麻酔中より「バースト」がたくさん発生していた、ということを言っている。(ツッコミ2

パネルc:覚醒中と麻酔中のバースト発生確率の比較。覚醒中にバーストがたくさん発生していたという主張。

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ツッコミ1:ここでは1個体分、しかも1細胞を基準としたデータだけを示している。図3でしっかり全ペアの相関解析をやっているのに、このパネルは必要だったのか?、もしくは図3に入れたほうが良くないかい?と思ってしまう。このあたりの話の持っていき方、若干わかりづらいか。

単一細胞→細胞ペア→細胞集団と少しずつステップアップさせる書き方のほうが良い気がした(レフリーのクレームで、単一細胞レベルでスパースネスとバースト解析をしろ、といわれて付け足して、その結果わかりにくくなったのかも。。。もしそうなら同情。)

ツッコミ2:彼らのバーストの定義、どうなんだろう?上のライフタイム・スパースネスの計算法に乗っ取って、Poissonと仮定した時より、どれくらい分布が偏っているか(単純に二つのスパースネス計算の差)をburst indexとしているようである。

こういうバーストの測り方、初めてみた。一見エレガントのようにも見えるけど、なんかだまされてる気分。。もうちょっと具体的なイメージをもてるように考えてみよう。。。

ちなみに、彼らの使っている時間ビンのサイズは192msらしい(2フレーム分)。こんなに広くとって「バースト」を議論して良いのだろうか。。。おそらく、最近のサックマンラボの話が伝わっていて、電気スパイク的にも正しそうだしOK、という勢いなのかもしれない。。。(発火頻度に関しては主張が食い違ってるけど。。。)

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細胞ペアと細胞集団レベルの非ランダムな活動

図3 細胞ペア、細胞集団レベルでの解析。主な主張は、麻酔中、細胞集団の活動は覚醒中より相関している(一緒に活動している)ということ。(ツッコミ1

パネルa:覚醒中の計測イメージに、細胞活動の相関性をマップしている。(ツッコミ2

パネルb:全ペアの相関を、3つの脳状態(運動中、静止中、麻酔中)で比較すると、相関性は麻酔>静止>運動の順で高いことがわかった。(ツッコミ3

パネルc:各ペアの相関が麻酔中と覚醒中でどう変化するか調べている。どちらかの状態で相関性が高かったペアは、必ずしも他の脳状態でもそうとは限らない、ということになる。(ツッコミ4

パネルd:細胞ペアレベルで発火頻度と相関性の関係を調べている。麻酔中は、細胞ペアの発火頻度が高いほど、相関性も高くなるけど、覚醒中、細胞ペアの発火頻度に依存しない。(ツッコミ5

パネルe:細胞集団のスパイクパターンがどれくらい非ランダム的で、それがバーストと相関活動でどれくらい説明できるか調べている。覚醒中の非ランダム性の大半はバーストに由来しているけど、麻酔中のそれは活動相関も大きく寄与している、ということ。(ツッコミ6

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ツッコミ1:麻酔中はUp&Down状態だし、結論そのものは全く新しくない気もする。。。もし同じくUp&Down状態の睡眠中と麻酔中は実は違う、ということがわかると、かなりショッキングな結果になる。。。

ツッコミ2:論文の図をセクシーに見せたいのはわかるけど、この図にあまり意味はない。。。むしろsupplementary fig 8の方を格上げすべき。その図では、相関性は細胞間の距離には依存しないということを示していて(結論付けられないのかもしれないけど)、バレル皮質とは違う結果になっている。Ohkiさんたちの論文とも相性が良い。自発活動レベルでも活動の相関性が細胞距離と独立だとすると、呈示刺激以前の話だから、げっ歯類(少なくともラット)の視覚野は、とんでもない原理で構成されているのかもしれない。。。超面白いネタが眠っている。

ツッコミ3:上述のように、静止中のおそらく一部と麻酔中でUp&Down状態になっているだろうから、あまり驚きはない。

ツッコミ4:おそらく今回の論文で最も意味のありそうなデータの一つ。このデータは超面白い!けど、どう解釈をしたら良いか?セルアセンブリ!と安易には言いたくない。けど、現象的には、セルアセンブリのように文脈依存的に機能的ネットワークを形成しているイメージは悪くない気がする。このデータをもっと掘り下げられたらNatureクラスいけるな。

追記7/7:これに関してはそう楽観的な議論はできないです。すみません。コメント欄のkannさんとのやりとりをどうぞ)

ツッコミ5:このデータも超面白い。ちなみに、細胞ペアの発火頻度の指標として、geometric meanを使っている。これはReyes研の仕事にインスパイアされているから。驚きは、覚醒中、Reyesたちの発見が破れてしまう(追記7/7:「破れる」というのは誤りです。むしろ、その論文の予測とフィットするとも考えられます。完全に私の誤解です。)、ということ。この統計データの中で何が起こっているのか、もう一つ飲み込めない。著者たちは何も解釈していなようだし。。。

追記7/7:これに関してもkannさんとのやり取りを参照下さい。)

ツッコミ6:この解析はSchneidman論文にインスパイアされている。バーストと相関を除いたモデルと比較して、非ランダム性のメカニズムを説明しているところがミソ。図2と図3の総まとめ的なデータと思ったら良いのか?(追記7/7:ちなみに、ここで示しているのは1データセットのみと理解した。もしそうなら、他のデータでも再現がとれているのかは不明)

実際の計算では、相当手の込んだ解析をしっかりやっている感じで、相関を取り除くためにindependent multinomial distribution、バーストを取り除くためにcorelated Poisson、両方を取り除くためにindependent Poissonをモデルとして解析している。

さらに、少ないサンプル数によるオーバーフィッティングを避けるためのregularizationもしっかりやっているようだ(詳細はsupplementaryに)。

という感じで、単純に見えるような解析だが、相当コンピューターに頑張ってもらっている感じ。解析のプロだな。。。

ちなみに、時間窓は2フレーム分192msで解析している。Schneidman論文は確か25msだったと記憶してるから(追記7/7:正しくは20ms)、相当粗い時間解像度ということにはなる。


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最後の結論部分では、麻酔中は、バーストモードから相関モードに切り替わって、活動の伝播様式がガラッとかわる、ということを言っていて、麻酔中の神経集団活動から覚醒中のそれを直接推測するのは無理がある、という主張をしている。

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何を学ぶ?

この論文、図1,2を見た時は結構イタいと思ったけど、図3はなかなか面白い(もう少し踏み込め、という気もするけど)。Nature Neuroscienceに載る価値はあると思った。

麻酔はダメ、という主張のためだけなら、覚醒→麻酔で悪くないけど、サイエンティフックな問題意識(神経集団の情報処理)なら、覚醒→睡眠と無ドラッグ状態で見た方が良い。

今後の方向は、ここで見つけたこと(図3c, dとsupplementary fig 8)を他の方法(特にもう少し時間解像度の良い方法)でも追試しながら、何が起こっているのか、もっともっと掘り下げて行く方向が一つ。

今回は視覚野2/3層の話なので、他の領野ではどうかという水平方向に一般化させる方向も一興。
そして、垂直方向に一般化させる方向は超重要。

さらに、細胞種で解析し分けて回路をdissectしながら、全体の情報処理を考えていく方向も魅力的。

解析方法そのものは、最後の解析はパターン認識・機械学習のセンスが必要そうだけど、自分でも頑張れば理解できそうな閾値付近か(少し時間をかけて勉強してみよう)。一部気に食わない部分はあれど、好きな論文の部類か(ツッコミたおしたけど)。

テキストとしては、イントロ部分と結論部分は良く書けていると思われる。

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紹介した文献
Nat Neurosci. 2008 Jul;11(7):749-751. Epub 2008 Jun 15.
Population imaging of ongoing neuronal activity in the visual cortex of awake rats.
Greenberg DS, Houweling AR, Kerr JN.

9 comments:

Anonymous said...

Shuzoさんへ
ド素人の感想ですが、

>麻酔下と覚醒中の神経集団活動は違う

って言うのは、当り前の事で、マウスの麻酔に使われた、ケタミン(ケタラール)って、
『視床、大脳新皮質は抑制するが、大脳辺縁系を賦活する』のですよね。
そして。
『NMDA受容体拮抗薬であり、グルタミン酸がNMDA受容体に結合した際に開くカルシウムイオンチャネルをブロックする』
というケタミンの性質からして、当然

>麻酔をかけるとほとんどの細胞で発火頻度が下がっている

と言うのは、当り前のような気がするのですけど……。

ところで話は変わります(一部?)が、映画で、アウェイク-AWAKE-ってあるのご存じですか。

『麻酔にまつわる戦慄の体験を描く医療スリラー』と言う事で。ある意味非常に恐ろしい映画です。

実際、Anesthesia Awarenesuuと言って、

“毎年、2100万人以上の人が全身麻酔を受け、大部分は穏やかに眠り何も覚えていない。
しかし、運の悪い3万人の患者は「術中覚醒」に陥る。 犠牲者は完全に無力化され、助けを求めることができない。
彼らは目覚めている・・・・・・”

と言う事です。そして“痛みが麻痺していない”状態で、身体は動かない。そして手術は始まってしまう。まさしく“拷問”です。

で、こういうのって、“脳&神経”科学的にどう言う風に解釈すればいいのでしょうか?
その時の、脳&神経の動きはどうなっているのでしょうか?

麻酔を使って、カルシウムイオンチャネルはブロックされているのだから、“痛み”を含めて、神経細胞は情報伝達出来ないはずですよね。でも、0.14%程度の人は、どういう訳か、「術中覚醒」を起こし、身体は動かない(目さえ開けられないし、もちろん言葉も発せない)のに、“意識は覚醒状態”になって、“痛み”はブロックされていない。

ケタミンは効いてますよね。動けないのし、声も出せないそうですから。なのに“覚醒”して、“痛み”を感じる!?

そんな“マウス”も中には居るのですかね。

ちょっと(可也)本題からずれてしまいましたけど、丁度、アウェイク ―AWAKE-の話を本で読んだ所だったので、疑問に思った次第です。

Shuzo said...

> と言うのは、当り前のような気がするのですけど……。

そういう直感的に「当たり前」で、時間とお金の無駄のように思えるような問題に、人生をかけてマニアックに取り組むのがサイエンスの醍醐味ということで。。。


> ところで話は変わります(一部?)が、映画で、アウェイク-AWAKE-ってあるのご存じですか。

知りませんでした。
麻酔がどのように効くのか、最近分子レベルでいろんなことがわかってきています。
私は医者ではないですが、興味があるトピックですし、時間を見つけて、読みたいと思っていた総説を読んでみようと思います。

Anonymous said...

はじめまして。いつも勉強させていただいております。気になるところがありましたので、質問させてください。


Fig3のcですが、monosynaptic connectionがあるかないかがわかる程度のタイムスケールでみれば結果は変わってくるのではないでしょうか。negativeデータにしか見えませんが、ここからどうやってセルアセンブリの議論になるのかわかりません。


Fig3のdですが、これはReyesの主張の範囲で解釈すれば、覚醒中ではIO関数がlinearに近くなると考えればある程度妥当ではないかと思います。(Reyes論文のFig4c)実際、入力のノイズが大きくなるとゲインが下がってdynamic rangeが大きくなるというdynamic clampのデータとも一致するはずです。Chance,Abbott,Reyes Neuron(2002)。そう考えて無理矢理まとめると、

麻酔→発火頻度の全体的な低下→バックグラウンドノイズの低下→IO関数の閾値の上昇→「発火頻度ー相関」の相関の顕在化

という流れで説明できそうです。これはReyesの主張の範囲(single cell property)で考えた場合です。麻酔をすると相関が上がるのはそもそもなぜかという疑問にはnetworkレベルの考察が必要でしょう。どうでしょうか。

ただ、Reyesのデータは、解析している発火頻度の範囲がいずれも本論文よりも高いですし、common inputを一定と仮定しているし、いろいろ問題がありそうですね。それでも何かの解釈をつけたくなるような明確な差が出ているのは驚きでした。

Shuzo said...

kannさん、プロな質問(ツッコミ)、ありがとうございます!
エントリーを読んでいただいただけでなく、私の勘違いも指摘していただいて感謝しています。

さて、

> Fig3のcですが、monosynaptic connectionがあるかないかがわかる程度のタイムスケールでみれば結果は変わってくるのではないでしょうか。

それはもちろんありそうですね。

> negativeデータにしか見えませんが、ここからどうやってセルアセンブリの議論になるのかわかりません。

時間解像度を上げれば、細胞ペアの相関性は脳状態で変わらない、ということでしょうか?

私には、Fig3cはnegativeデータには見えませんでした。
おそらく、このデータをもう少し詳しいレベルで見てみないと、ポジティブかネガティブか判断できそうにないですね。(ですので、どちらの立場もあり??)

なぜ私がnegativeだと思わなかったかというと、
まずテクニカルな部分としては、発火頻度の相関(Fig.1h)はそれほどひどくないですし(彼らのスパイク推定が正しかったとすればですが)、発火頻度の脳状態依存性だけでこの図を説明できるような印象を持ちませんでした。
一応cross-validationもしてますし、傾向そのものは信用できる気もします。ただ、彼らの解析を深く理解しきれていない気もするので、この点はあまり自信はないです。

それから、実際の脳の中で起こっていそうなこととして、覚醒中と麻酔中はアセチルコリンやら神経修飾物質の作用が全然違うでしょうから、全然違う機能的ネットワークが脳状態によって働き分ける、というのはあっても良い気がします。もしそうなら、こういう予想外の結果が得られるのはアリな気もします。(かなり希望的観測が入っていますが。)

もし著者たちがネガティブだと思ったなら、わざわざメインの図として出す気はしませんから、きっと面白いことがこの中で起こっているのでは?と思ったしだいです。


確かに「セルアセンブリ」の話を持ち出すのはやりすぎでした。すみません。
脳状態を「文脈」と置き換えて、文脈の違いによって機能的なネットワークが変わる、という意味で、セルアセンブリをつい想像してしまいました。。。

ちなみに、monosynaptic connectionが調べられる時間スケールまで解像度を上げる必要があるかというと、それはセルアセンブリの定義にもよると思います。
私は、一旦個々のスパイクをしっかり検出できたなら、20ms程度の解像度まで落としても良い気がしています。(Harris et al., Nature 2003を根拠にしています。)
今回の論文は200ms弱と10倍程度ですから、その意味ではセルアセンブリの議論はまずいですね。


Fig.3dについて
なるほど。
とすると、麻酔中のデータをより詳しくみて、UP状態だけに絞って解析するとまた違った傾向が見えてくるかもしれないと思いました。

UP→発火頻度の全体的な上昇→バックグラウンドノイズの上昇→IO関数の閾値の低下?→「発火頻度ー相関」の相関の消失

どうでしょうか?ただ、麻酔中の大部分のスパイクはUP中に集中しているでしょうから、Fig.3dの解析にDown状態も入れてることがどう影響しているのか、気になってきました。。。

それから、麻酔中でも脳状態は変化しますから、その(比較的連続的に変化する)脳状態の違いによって、相関-発火頻度の相関の変化を追っていくのも面白そうですね。

すごくインスパイアされました。ありがとうございます!
これからもプロな指摘お願いします。

Shuzo said...

kannさん、fig.3cについて、追記です。

彼らの扱っているデータの長さ(supplementの最後に記述があります)と、2/3層細胞の発火頻度の低さは注意する必要があるかもしれないですね。テクニカルですけど、重要な気がしてきました。

cross validationしても、このあたりの根本的な問題は解消されないものなのでしょうか?

だとすると、実験家としてはなかなかタフです。。。

とりあえずは、人工データでどうなるか、試してみる価値ありですね。

Anonymous said...

①temporal resolutionについて

この論文の主張は

"brain activity during wakefulness cannot be inferred using aneasthesia"

ですから、cannotを言うにはunit recordingと同等の分解能が必要ではないでしょうか。正直、この程度の時間分解能でこんな主張をしてしまっているのには驚きです。

shuzoさんの言うとおり、γ帯域の挙動が見えてくるともっと面白いデータが出るのではないかと思います。技術的にはそれほど遠くないのではないでしょうか。たとえば、Duemani Reddy G et al, Nat Neurosci(2008)

高い時間分解能の論文が出てきたら、この論文の主張は簡単にひっくり返る気がします。

②Fig3dについて

確かにUp-Downを分けて解析するというのも面白そうですね。
barin-state dependentに、発火頻度と発火相関の関係を系統的に解析する必要がありそうです。

③ついでにFig3eについて

ご指摘のBialekのペア相関論文との関連を見たいなら、Fig2d(I(2)/I(N)が1に近いか、そうでないか)と同等の解析をしてほしかったです。

④統計の詳細

については追えてません。同時に追う必要もそれほど強く感じません。分解能が上がってきれいなデータが出てくるのを待ちます(^^;

Shuzo said...

> cannotを言うにはunit recordingと同等の分解能が必要ではないでしょうか。

(時間解像度が低い方法での)in vivo two photon imagingでは、という条件付と理解したら良いわけですね。

> 技術的にはそれほど遠くないのではないでしょうか。

そうなんですよね。
深さ方向に関しても、4層か5層の一部までなら、1,2年でできそうなので怖いです。

ただそうなると、もともとの電気的な自発発火頻度の問題がおそらく壁になる気がします。
2/3層は発火頻度が低いから、カルシウムシグナルがサチらずにスパイクを再構成できてますが、発火頻度が上がると彼らのアルゴリズムはもはや使い物にならないと予想されます(Fig.1より)。
つまりは、カルシウムシグナルそのものの解像度の問題ですね。とすると、膜電位イメージングが出てこないといけないことになりますね(と言いつつ、これもchemical biologyで数年で実用的なものが出てくる気も。。。)

> 高い時間分解能の論文が出てきたら、この論文の主張は簡単にひっくり返る気がします。

私も気に入らない(つっこんだ)部分があるので、気に入らない部分がひっくり返るのは期待したいです。

共に闘いましょう!(^^

Anonymous said...

少しだけFig3cについて考えました。

実験は、

覚醒→麻酔

の順でデータを取っているようですが、

覚醒→麻酔→覚醒→麻酔→・・・

としたときの覚醒のデータ同士、麻酔のデータ同士の相関はどうなんでしょうか。特に、有意な相関を見せる細胞ペアがそれを維持しているのかが気になるところです。

総じて、cross validation等の統計操作をして有意差が出たと言ったところで読者はピンと来ないでしょう。

IkegayaさんのScienceの件なんかの論争を見るにつけ、とても嫌気がさしますね!統計ってやつは!

>共に闘いましょう!(^^

はい、これからもちょくちょく質問させてください。よろしくお願いします。

Shuzo said...

> としたときの覚醒のデータ同士、麻酔のデータ同士の相関はどうなんでしょうか。

理想的な実験は指摘されるとおりですね。

今回の実験では、アイソフルレンで眠らせた直後にケタミンを打っているようです。
とすると、次の問題をクリアする必要があるやもしれません:
1.麻酔からさめるまでの時間(数時間?)
2.ケタミンが完全に代謝される時間の計測(細胞、シナプスレベルで)(少なくともこれを考慮にいれないと、覚醒vs覚醒の比較でネガティブデータが得られても、何が原因か絞り込めない)
3.麻酔からさめかけの頃の過敏な動き(動きは致命的?)

もしくは、アイソフルレンからの回復は数分~数十分ですから、麻酔にガス麻酔だけを使うのは良いかもしれません。(これは、意識レベルの神経相関を調べるという意味で、非常に面白い気が昔からしてます。)

ただ、麻酔が浅いとひょっとしたら覚醒中のように脳波がいわゆるdesynchronized stateになってて、実は覚醒中と同じ、という結果が得られるリスクもありますね。。。(だから、差を出すために、わざわざケタミンを打ったとか。。。)

自然(ドラッグ・フリー)に、覚醒-睡眠-覚醒と見るのがソリューションになるやもしれませんね。
ただ、その場合も「時間」の問題が一つの壁になりそうです。
いかに眠ってもらうか、ですね。

それから、個人的には視覚野を相手にする限り、眼球運動などがどう影響するか気になるので(実際、今回の研究でも瞳孔サイズが変化したとsupplementに書いてあった気がします)、純粋な「脳状態に依存した自発活動」を見るには、彼らは一から実験デザインを考え直したほうが良い気がしています。


> 統計ってやつは!

統計がいらない、あるいは単純な統計処理で済むような、きれいなデータをとるのが一番なんでしょうね。。。

オシロスコープの画面をそのまま論文に載せていた時代の人たちからしたら、
「何をこざかしい」
としかられそうです。。。

かといって、百個のニューロンのラスタープロットを載せても、何のことやらわからないから、統計を使わざるを得ない。。。
なかなか大変ですね。。。


> これからもちょくちょく質問させてください。よろしくお願いします。

こちらこそお願いします。
おそらくいろいろ誤解してエントリーを立てていると思いますので、そういう指摘もお願いします。