11/29/2008

STED顕微鏡

顕微鏡と言えば、中学生の時にタマネギか何かの細胞を理科の実習で観察して、大学院生に入って共焦点レーザー顕微鏡2光子励起顕微鏡なるものがあることを知った。今の大学院生なら、4PiSTEDPALM/STORMといった顕微鏡を話題にしているのかもしれない。

とにかくここ最近、次から次へと新しい名前の顕微鏡が登場していて、もはやついていけなくなってきた感がある。顕微鏡の英語はmicroscopyだけど、”nanoscopy”という言葉もよく見る。

その中で、STED(stimulated emission depletion)顕微鏡という顕微鏡が神経科学研究に応用されつつあるので、今回は私が重要論文かも?と思った範囲で、STED関連の文献集を作ってみます。

こういう次世代顕微鏡のポイントは、従来の光学顕微鏡では見れなかったものが、見れるようになる、ということか。しかも、組織を生のまま見れたりするので、神経可塑性や神経伝達物質放出などの動的なプロセスをより高解像度で調べられるようになる、ということなのだろう。

つまり、文字通り見落としていたものが見えてくる可能性がある。

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STED顕微鏡

STED顕微鏡について語る時、キーパーソンはStefan W Hell

Optics Letters, Vol. 19, Issue 11, pp. 780-782
Breaking the diffraction resolution limit by stimulated emission: stimulated-emission-depletion fluorescence microscopy
Stefan W. Hell and Jan Wichmann

STED顕微鏡の生みの親、HellたちがSTED顕微鏡のコンセプトを初めて提唱した論文。簡潔にまとめると、励起光をクエンチング・ビームなどと呼ばれるレーザーと一緒に使うことで、空間解像度を従来の数百nmから一気に数十nmと1桁も下げられることがわかった。

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STED顕微鏡の神経科学への応用

Science. 2008 Apr 11;320(5873):246-9. Epub 2008 Feb 21.
Video-rate far-field optical nanoscopy dissects synaptic vesicle movement.
Westphal V, Rizzoli SO, Lauterbach MA, Kamin D, Jahn R, Hell SW.

こちらの論文は、神経科学への応用だけでなく、STED顕微鏡を生きた細胞に初めて応用したという点でも重要な論文か。具体的には、シナプス前終末のシナプス小胞のリアルタイムイメージングに成功して、細胞内の小胞の挙動が明らかになった。この論文の解説記事が非常にわかりやすくてよい。

想像力を豊かにすれば、ニューロン間の情報伝達の効率性を、生きた組織で光学的に詳しく調べられれたりするのかもしれない。


Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Nov 21. [Epub ahead of print]
Live-cell imaging of dendritic spines by STED microscopy.
Nägerl UV, Willig KI, Hein B, Hell SW, Bonhoeffer T.

ごく最近出た論文。STED顕微鏡で樹状突起上のスパインを経時的に観察したという論文。科学的発見という意味では、大したことないのだろうけども、こういう論文はワクワクする。ちなみに論文の最後に、電顕で回路を再構築するより、STEDで良いのでは?ともある。最先端の現場では、どういう議論が繰り広げられているのか興味があるところ。

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STED顕微鏡も扱っている総説(紹介だけ)

Science. 2007 May 25;316(5828):1153-8.
Far-field optical nanoscopy.
Hell SW.

Nat Methods. 2008 Jun;5(6):475-89.
Do-it-yourself guide: how to use the modern single-molecule toolkit.
Walter NG, Huang CY, Manzo AJ, Sobhy MA.

Nat Rev Mol Cell Biol. 2008 Dec;9(12):929-43. Epub 2008 Nov 12.
Fluorescent probes for super-resolution imaging in living cells.
Fernández-Suárez M, Ting AY.

Stefan HellでpubMed検索をすると、他にもたくさん関連文献が見つかる。

追記(12/20)
Nature Methodsによると、「今年の技術」としてSTED顕微鏡を含んだnanoscopyが選ばれている。どういう経緯で最近のブレークスルーが起こったかわかりやすく紹介した記事や、Hell自身による記事などもあって超お勧めです。

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日本語でググッた結果からおススメ情報

Nature Methodsの日本語記事

Ctenophoraの日記より「光学顕微鏡を超える空間分解能のために」(超充実)

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update:
関連書籍
生命現象の動的理解を目指すライブイメージング―癌、シグナル伝達、細胞運動、発生・分化などのメカニズム解明と最新技術の開発、創薬 (実験医学増刊 Vol. 26-17)
STED顕微鏡やナノスコピーのことは扱われていないようですが、イメージング研究の最先端の本として。

Nanoscopy Multidimensional Optical Fluorescence Microscopy
というナノスコピーの教科書が発売されるようです。

11/22/2008

学会会場での人間行動を科学する

前回のエントリーの関連ネタとして、アホエントリーを。

今回、バカでかい学会会場を歩き回っていて、ふと、
Aさんとどれくらいの確率でめぐり合えるのだろうか?
と思った。

今回のエントリーでは、ある意味どうでも良いそんな問題を、ちょっと考えて見ます。(なぜなら、楽しいから。)

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まず直感

直感的には、会場を2次元的にとらえて、AさんとBさんを2つの粒子か何かと考え、その行動モデルを何か仮定して、その2粒子の衝突確率か何か計算すれば良いのだろうか?(散々やられている気もするな。。。)

AさんとBさんのめぐり合う確率ではなく、どういう会場のデザインが効率的な会場か?、とより有益な問題を考えても良い、というかその方が面白い(し、研究費を取ってこれそうでもある?)

なので、問題を、効率的な学会会場デザインとは?とすり替えてみる。

シミュレーションをする時、もし上の直感で良いとするなら、
1.会場のデザイン
2.行動モデル
3.ヒトの密度
が重要な要素になるのか?

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行動モデルとヒトの密度

行動モデルに関しては、移動距離と滞在時間というパラメーターが重要か?

移動距離に関しては、おそらくLevy flight的な仮定は直感的に正しい気がする。
というのは、例えばポスター会場では、一つのテーマの場所で、ポスターを一つ一つ見ていくこともあれば、ポスター会場から大きなホールまで長距離移動することもある。

けど、その長距離移動は1日数えられるくらいしかしない。
一方、ポスターを一つ一つ見るための移動頻度は非常に多い。

少なくとも正規分布ではない気はする。

滞在時間はどうか?

移動距離と何か関係があるような気もしないでもない。
一つのポスターの前に1時間居座ることはまずない。数秒見ては次のポスター、長くても10分くらいか。一方、シンポジウム、レクチャーは1時間単位でいる(楽だし。。。)

ついでに、粒子密度も考えて、粒子同士の衝突など、粒子の行動がスタックすることも考えられるとなおリアリスティックで良い(ここが一番やっかいか)。実際、大ホールでのレクチャー前後ではその粒子同士の衝突が顕著となり、行動が規制される。

人種や男女比なども考えて、粒子サイズを考えても良いけど、それはやりすぎだな。

3万人分のシミュレーションが実際どれくらい大変なのか、よくわからないけど、それくらいでやりたいところ。

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会場デザイン

デザインとして、二つ考えられそう。
第一に、箱はそのままで、演題の配置をいろいろ考える。
第二に、箱そのもののデザインをいろいろ考える。

前者は特にポスター会場内のポスターや企業ブースの配置などをいろいろ考えることがすぐに思いつくか。

後者は、今回のワシントンDCのコンベンションセンターと昨年のサンディエゴのそれを比較すれば良い。(リアルに忠実するのは難しいのかもしれないけど)

これは考えようによっては建築家とコラボすると面白い気がする。というのは、デザインと利便性のトレードオフを、科学的に扱えるかもしれないから。(ホントに扱えるのか、実際の現場ではもっともっと深いことが考えられている気もするが。。。)

例えば、大ホールの出入り口、その周辺のデザインなどをどうすれば、混雑を回避できるか、そういった問題を考えるとか。

それから今回、スタバに長蛇の列ができていたけど、その辺の効率性を上げるのにも役立てられないか。(効率的なお金儲けにもつながるやもしれんし)

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シミュレーションの評価

では、何をもって良い学会会場デザインとするか?

もしも一人だけで会場を自由に動き回れて、聴きたい演題をすべて回れる。(ポスターの順番待ちは一切なし)

これが一つの最適解な気がするから、シミュレーションした全てのヒトの平均なり統計量が、その最適解に近ければ良い、ということになるか。

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実験

やはり、シミュレーションだけでは面白くない。
実際の人の行動をトラックしてデータ収集したい。

どうするか?
GPSの詳しいことはよく知らないけど、GPSでは解像度は足りないか?(人は3次元的に動きまわるし)

参加者でiPhoneなどのスマートフォンを持っている人は多そうだから、何かそういうデバイスを利用できると良さそうだけど、お金がかかりそうな気もする。。。

けど、もしそういう携帯デバイスを使って、1メートル以下、数秒単位で位置を把握できるとすれば(一気に飛躍するけど)、事前に参加者を募って、行動をトラックさせてもらっても良い。そんな実験をするなら、ぜひとも参加してみたい。

そんなハイテクを使わなくても、万歩計に毛が生えたデバイスを用意しても良い。各歩行のタイムスタンプも記録できるデバイスを、参加者の一部にしてもらえば、行動モデルを考えるための最低限のデータは収集できるかも。(けど、空間情報もないと、かゆいところに手が届く実験データにはならない気も。。。)

そうやって、シミュレーション結果と実際の行動との折り合いをつけながら、どんな学会会場のデザインが良いか、科学的な根拠を持って考えていける気もする。

実際には難しい問題がたくさんありそうで、素人過ぎるか?
よくわからん。
けど、楽しそう。

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何の役に立つか?

参加者の役に立つ。
ひいては科学の発展に貢献する。
なぜなら、参加者の情報収集の効率を上げられる提案をできそうだから。
さらには、経済効果、医療の発展も期待できる(かも?)

想像力をもっと豊かにすれば、例えば、こういう研究をさらに発展させ、マンハッタンでのヒトの行動などに拡大して、ボトムアップ的に都市のデザインを考えられないか?

この地区にスタバをx軒作るのは明らかに無駄、とか、そういうことも定量的に示せそう。生態学、社会学、そして経済学が融合したりしそうな気もする。

その意味では発展性もある気がする。

と、そんなアホなことを学会中考えてました。。。

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参考になるかもしれない情報

Nature. 2008 Jun 5;453(7196):714-6.
Ecological modelling: the mathematical mirror to animal nature.
Buchanan M.
内容はしっかり覚えていないけど、Levy flightの研究史的なことが非常にわかりやすくまとめてあった。

Nature. 2008 Jun 5;453(7196):779-82.
Understanding individual human mobility patterns.
González MC, Hidalgo CA, Barabási AL.
携帯電話ユーザーの情報を解析して、ヒトの行動パターンがLevy flight的だということを実証した研究だったように記憶している。

学会を終えて 2008

Society for Neuroscienceのミーティング終了。
しかし、人多すぎ。。。

ポスター会場やメインの入り口付近の混雑ぶりを、エスカレーターを降りながら遠目に見ていると、いろいろ考えさせられた。。。

今回は(も?)3万人以上が参加していたらしい。
神経科学者もバブル。。。(しかも膨らみ続けている)

さて、今回は学会の感想などをつらつらと。

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全体の印象

昨年のエントリーを読み返すと、Brainbowの話が出た直後だったりと、connectomicsが一つのキーワードな感じがあったけども、今年はこれっ!という一大トピックはなかったような。。。(といっても、規模がでかいから、あくまで僕の見聞きした限られた範囲では、、、ということにはなる)

optogeneticsconnectomicsneuroeconomicsbrain-machine interface、、、

もちろん面白い演題はいくつもあったけど、ブレークスルーというよりは、新しい分野がその裾野を徐々に広げているという感じか。

ちなみに、僕は睡眠がらみのシンポジウム、ミニシンポジウムに足が向いた。

学会直前のJournal of Neuroscienceにいくつかミニシンポジウムの総説的な論文がある。参加した睡眠のミニシンポジウムはなかなか面白かった。日本からはオレキシンの研究で世界的に有名な金沢大の櫻井武先生がシンポジストでもあった。

このシンポジウムで何人かのスピーカーが問題にしていた「睡眠のホメオスタシスの仕組み」、確かに不思議な問題である。

実生活とも直結する。

例えば、今回の学会はワシントンDCだったから、僕が住んでいるNJ州とは時差はなし。だからサーカディアンリズムはほとんど影響を受けない。

けれども、1週間に渡って毎晩呑んだくれたり(後述)、最終日のパーティーを終えて、22時の電車でDCからNJに帰って、翌朝3時半に自宅に帰り着いたりすると、そのホメオスタシスが働いていることを、学会後2日間くらい痛感することになる。

つまり、睡眠不足だったり疲れが出て、生産性が著しく低下する。。。
このテーマの研究の経済効果は大きいはずである。

その仕組みについて、分子の話、脳波の話は個別にはあるようだけども、そのリンクがどれくらいわかっているのだろうか?とにかく面白い問題。

Scholarpediaを少し見てもあまり包括的という感じではないから、よくわかっていないのだろう。

このシンポジウムで、今の僕の研究とリンクがありそうなのはオーガナイザーのKilduffさんの話くらいといえばそうだけども、いろいろインスパイアされた。

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学会のメリットとデメリット

話は変わって、冒頭「人が多い」と書いたので、そのメリットとデメリットを。

<メリット>
・知らないことを聞ける適切な人が大抵どこかにいる。
・ビッグネームのトークを聴けるチャンスに恵まれる。
・多くの人と出会う、再開するチャンスがある。(=呑み会のチャンスに恵まれる)

<デメリット>
・同時多発的に重要なイベントが起こっていて、一人で情報収集するには限界がある。(超並列処理的な学会?)
・なかなか知り合いとめぐり合えない。
・面白いポスターの前には「群」ができ、話を聞く気力がうせる。話を聞けたとしても、他の人の質問によって説明が中断され先に進めずフラストレーションがたまる。(聴衆が多様なだけに、それは不可避でもある)

では、そのデメリットを改善するにはどうしたら良いか?

少なくとも、オンラインにある要旨集と、オーラルとポスターの決定方法を変えて欲しい。

まずオンライン要旨集。これホントに使えない。。。

次のような機能があると良いのになぁ、と思う。
1.ページランク的な検索結果のソート機能を追加する。
2.ソーシャルブックマーク的な要素も取入れ、群ができそうな演題を知りやすくしたり、ラボメンバーや知り合いと興味のある演題をシェアできるようにする。
3.アマゾンのように、この本を買った人はこの本も買ってます的に、「この演題をチェックした人はこの演題もチェックしてます」という、関連演題へのリンクが自動生成されるようにする。

とWeb2.0的な要素なども取り入れて、重要な演題を探しやすい、シェアしやすいようにして欲しい。参加費として$230も払っているわけだけど、もう少し良いお金の使い方があるような気もする。(お願いだから何とかして欲しい)

それから、オーラルとポスターの配置。
例えば1ヶ月前までのアクセス数、あるいはブックマーク数をもとにオーラルかポスターの意思決定を。そして、ポスターでもいくつか階層性を作って、人の多そうなポスターのスペースは2倍割り振るなどする。

そして、クラスA、クラスBのポスターのエリアといった具合に、空間的に差別化してもらえると、非常に情報収集の効率は上がる気がする。

特に、大きい学会は分野外のことを知る良い機会でもあるから、あらかじめそういう差別化をしてもらうと、素人も聞くべき演題の選択がしやすくなる。

ただし問題は、要旨登録は半年前で、その後、内容が大きく変わったりすることがよくあることか。良い演題かもと思ったら、実は大したことなかったりもする。。。

さらに、要旨集を1ヶ月前からチェックする人はほとんどいないか。。。結果的に、Web2.0的機能があまり役に立たないかもしれない。とすると、お金の無駄になるというリスクも。。。

なかなか問題山積。

導入1年目は目を瞑って、2年目以降は、過去の情報を持ち越す、とかそういうことをすると、少しずつ良くなっていくかもしれない。

それから、有名ラボのポスターには大抵「群」ができるから、そういうエゲツナイ差別化も、実は現実的な選択肢のような気もする。(例えば今回、ブザキ研は一テーマを独占していたので、明示的でないにしろ、そういう差別化は聞くほうとしてもありがたい。)

それから、学会会場のデザインなども工夫次第で参加者の効率性が上がる気がする。これについては、別エントリーとして立てみるかも?です。

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発表

ということで僕の発表について。
今回、APANのポスターは相変わらずお寒くて、2,3回しか発表するチャンスに恵まれなかった。。。

SfNの方は、さすがに朝一はほとんど人が来なかったけども、9時前くらいから継続的に人に来てもらえて、良いフィードバックをもらえた。

今回は日本人にたくさん来ていただいて、「ブログ見てます」と何度も言ってもらいました。わざわざ足を運んでいただきありがとうございました。

と発表はまずまず。

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ナイト・サイエンス

今回、毎晩食事やパーティーに恵まれ、日本人、外人、いろんな人たちと交流をもてて、超充実の学会。外人さんとしてはパーティーでNYUのReyesさんと知り合えた。彼はRIKENにも少しいたそうな。知らなんだ。

日本人のパーティーの場では、このブログをネタに話しかけられたりと、意外とブログは役に立つかも?、と思ったしだい。。。

お話をしていただいた方ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

と、なかなかインテンスな学会だった。(今回は、敬語の使い分けがやけに難しかった。。。)

11/08/2008

多様性が生む効率性

個々のニューロンの活動は非常に多様。例えば、1個のニューロンの活動に注目すると、同じ刺激(例えば光刺激)を繰り返しても、それに対する応答が毎回違う。同じニューロン、同じ刺激なのに。

では次に、1から10の刺激に対する応答を調べたとする。Aというニューロンは2~3という狭い範囲の刺激にしか応答しないのに、Bというニューロンは1~8という広い範囲で刺激に応答したりもする。つまり、個々のニューロンの「守備範囲」も多様。

では、そんな多様な応答をするニューロンたちの情報処理パフォーマンスは、全体としてみてどうか?

多様な方が良いのか、それとも、守備範囲の広さは均一な方が、実はパフォーマンスは良いのか?

Dragoiの研究グループが、そんな問題に取り組んた結果をPNAS報告している。

神経ネットワークのシミュレーションの結果、多様性を増すほど、情報処理の効率性(パフォーマンス)が改善することがわかった。そして、その効率性の改善には、ニューロン同士の活動の協調性が必要ということもわかった。

つまり、ニューロン活動の多様性が増すと、ニューロン同士の協調性が変わり、ひいては全体としての情報処理の効率性が改善することがわかった。

脳においても、多様な要素から成る集団のパフォーマンスは、均一な集団のそれより優れている。

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補足

この研究では、視床(外側膝状体)から一次視覚野の4層までを想定したフィードフォワードネットワークをシミュレーションしている。

論文では図3が重要ポイントの一つで、多様性が増すほど集団のパフォーマンスが上がることを示している。ここで多様性というのは、方位選択性のチューニングカーブ(の広さ)の多様性のことで、実際には皮質内ニューロン集団のコンダクタンス分布のバラツキとしてこの多様性を操作しているようだ。一方、集団のパフォーマンスというのは、神経集団の活動をもとに刺激をどれくらい予測(ディコード)できるかということで、Fisher informationとして定量しているようだ(細かいところは把握してません。。。)。

もう一つ重要なのが図4で、いわゆるnoise correlation(単一試行レベルで見たネットワークレベルの活動の揺らぎ具合、という解釈でだいたいOKか。テクニカルには、同一刺激に対するニューロンペアの活動相関を単一試行レベルで計算する)が、どれくらい効いているか「シャッフリング法」で調べている。

その結果、noise correlationがなくなると、多様性によるパフォーマンスの改善がなくなる、逆に言えば、多様性によってパフォーマンスが増すには、多様性を導入する時に生じるnoise correlationが重要ということがわかった。

さらに、論文のDiscussionで重要な議論を展開していて、「回帰性」回路とフィードフォワード回路の違いについて議論している。これはもう一つ図を増やせるくらい価値のある議論だと思った。(supplementary informationにその図があって要確認)

彼らの主張は、自分が理解した範囲ではこう:
神経回路の特性として回帰性まずありき。ただし、機能的に考えると、回帰性は活動の相関性を大きくする方向に働いて、全体としてのパフォーマンスが落ちる(なぜなら、機能重複が大きくなって冗長性が増す、すなわち情報量が減るから)。そこで、ニューロン間の多様性を導入することで、それを克服している。それが脳なのではないか?
ということ。

これを受けて個人的に思うこと:
なるほど、確かにこの研究・主張は非常に面白い。だけども、「多様性」に(少なくとも)もう一つレベルを追加する、というのがよりリアリスティックな考え方なのではないか?

いずれにせよ、この手の研究は計算論的な優れた研究がいくつか出ているので、実験的にこの問題にアプローチしながら、コンセプトをより改善していく必要があるのではないかと個人的には思われる。

と、新規性そのものは乏しいといえばそういう気もしますが、さすがDragoiという感じで面白かったので紹介してみました。

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参考文献
Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Oct 21;105(42):16344-9. Epub 2008 Oct 14.
Efficient coding in heterogeneous neuronal populations.
Chelaru MI, Dragoi V.

11/07/2008

今年の学会

北米神経科学学会(SfN)のミーティングが来週末15日から。

10のルールを確認しながらポスターつくりに励んでます。。。

今回はラボの発表演題についてまとめてみます。
(要は宣伝です。。。)

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発表の概要

今年のメインの発表は火曜18日午前
ハリス組」として6人並んでポスター発表。

多くの演題の問題意識は、
ミクロレベルの神経細胞たちの振る舞いは、マクロレベルの脳状態にどう左右されるか?
ということ。

景気の大きなうねりの中で、株トレーダーたちは経済イベントに対する行動・戦略をどう変えるか、調べるのに似ている。(全然違うけど。。。)

残りは、日曜午後に2つと、火曜午後に1つ。
すべてポスター発表。

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以下、各演題についてプレビュー。
(直リンクも張っておりますので、itineraryにぜひともご登録を。。。)

火曜日午前 (11月18日、Auditory Cortex III)

566.25/JJ9
Functional network connectivity within rat auditory cortex in vivo
*P. T. CHADDERTON1,2, K. D. HARRIS2,3;

ポールはシリコンプローブ記録とin vivo patchを組み合わせるというテクニカルにタフな実験をやっている。ストーリーもなかなか面白くて、今回一押し。


566.26/JJ10
Control of single neuron activity by sensory stimuli and global network dynamics in auditory cortex
*C. P. CURTO, S. SAKATA, S. MARGUET, K. D. HARRIS;

脳状態のダイナミクスをモデルで記述して、感覚応答の変動性を説明しよう、という話。実験データとモデルを組み合わせた研究。私の名前が入っているのは、実験担当者だったから(といっても、生データ+アルファを提供しただけ。。。)。


566.27/JJ11
Population responses to extended tone stimuli in auditory cortex of awake rats are dominated by global fluctuations
*A. LUCZAK1, P. BARTHO1, K. D. HARRIS1,2;

ラボのエース、アーターは最近始めた新規プロジェクトを話すようだ。


566.28/JJ12
State dependence of laminar processing in the auditory cortex
*S. SAKATA1, K. D. HARRIS1,2;

皮質コラム内のニューロン活動は脳状態にどう影響を受けるか、という問題に、シリコンプローブ記録とjuxtacellular記録、ついでに脳状態をmanipulateするクラシカルな方法を組み合わせてアプローチしてます。

アブストには書いていないデータも話します。
(あくまで宣伝)

ちょっとしたsurpriseもあり??
(あくまで宣伝)

ここだけの話、意識レベルと神経細胞の活動との関係に興味がある人には、一つ問題提起できると思います。
(あくまで宣伝。。。)


566.29/JJ13
The effect of global and attentional state on forward masking in rat auditory cortex
*L. HOLLENDER1, G. H. OTAZU2, A. RENART1, L.-H. TAI2,3, K. D. HARRIS1,4;

こちらも脳状態がらみで、Zador研とのコラボ(と言いながら、トニーさんの名前がない。。。)。
脳状態が違うと聴覚応答(forward maskingが起こる連続刺激に対する応答)がどう違うか調べている。


566.30/JJ14
Auditory cortical activity across desynchronized and synchronized states
*S. L. MARGUET, S. SAKATA, C. CURTO, K. HARRIS;

しつこいくらい脳状態がらみ。
脳状態の違いによって、自発活動と聴覚応答(AMノイズに対する応答)がどのように違うか調べている。こちらも私の実験データを使ってもらっているので名前を入れてもらってます(おいしい)。


以上。
過去、似た研究は散々やられているけども、聴覚野で、しかも神経集団活動として調べている研究、という意味では新規性があるのではないかと思われる。

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日曜日午後

42.21/Q4
The dynamics of pair-wise correlations lead to asynchronous states in recurrent densely-connected balanced cortical networks: I Theory
*A. RENART1, J. DE LA ROCHA2, N. PARGA3, A. REYES2, K. D. HARRIS1,4;

42.22/R1
The dynamics of pair-wise correlations lead to asynchronous states in recurrent densely-connected balanced cortical networks: II numerical analysis and experiments
*J. DE LA ROCHA1, A. RENART3, N. PARGA4, K. D. HARRIS3,2, A. D. REYES1;

アルフォンソ先生と最近ラボメンバーに加わったハイメが、こちらの論文の延長線上?としてやっている理論と実験の話をする。計算論の人にはmust-visitな非常に刺激的な内容かも?

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火曜日午後

689.8/TT54
Organizing plasticity across neuronal networks: the retroaxonal hypothesis
*K. D. HARRIS;

こちらで紹介した仮説。
十八番のアナロジー炸裂か?
(最近は論文で書いているのとは違うアナロジーで話している。)

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この他には、学会直前のAPANという聴覚系のサテライトシンポジウムでもポスター発表。
今年は誰もオーラルに選ばれず残念。。。

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このエントリーを見て、ポスターへ足を運ばれた方、そうでない方も、気軽に声をかけてください。
友達になってください。。。

11/01/2008

Tufted Baldness

アホネタ。

今年のノーベル化学賞のテーマは光るタンパク質だった。
研究現場では、頭がピカピカ光っている(seriously。。。)

では逆に、頭を光らせない研究も大事ではないか?
特に男性には。。。

アンチメタボならぬ、アンチボールド、アンチ脱毛、アンチ・・・

新着のNature Geneticsにそんな最前線の研究が二つ報告されていた。こちらこちら

脱毛症男性のゲノムを、ゲノムワイドで調べていったら、X染色体ではなく、20番染色体の20p11という領域にいきついたらしい。面白い。

毛根といったら良いのかhair follicleの細胞生物学と今回の二つの論文を簡潔に説明したNews and Viewsによると、すでにいくつか候補遺伝子が見つかっているようだ。

なかなか有望である。
(が、僕を含め、このブログを見ている男性陣に間に合うだろうか。。。)

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ところで、素朴な疑問として、脳と脱毛症は関係があるか?

ホントかどうか知らないけど、ストレスによってハゲるとは、よく言う。
もしホントなら脳も一役かってないか?

環境要因による脱毛の問題を(万が一まじめに)考えるなら、まずは内と外の環境要因を分けて考える必要があるか。

「外」は、直接頭皮に作用するケミカルという環境要因。

「内」はさらに少なくとも二つに分ける必要があるかも。
第一に、食事などで外部から体内に取り込んだもの。
第二に、脳が環境情報を処理した結果生じるもの。例えば、ホルモン。そういうホルモンが、頭皮の何らかの遺伝子発現などに作用して、脱毛を引き起こす、というアイデア。

wikipediaを見てみると、脱毛という事実そのものが心理(脳活動)に影響を及ぼす逆の流れのことが書いてあるから、ポジティブフィードバックもあるような気もしないでもない。。。

システムレベルの話になるだけに、なかなか奥が深い。
wikipediaのこちらでは、高カロリーな食事とも関係があるとか。
そうなると、ホントにメタボとリンクしたりといろんな可能性も考えられないか。

ちょっとpubMedでも調べてみたら面白そうな総説があった。

脳と皮膚障害との関係についてまとめている雰囲気。
この総説で扱われている候補分子は脳と皮膚をつなぐインターフェースだから、brain-skin interfaces、BSIだな。。。

なんだか収拾がつかなくなってきたので、この辺で。。。

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参考文献

Nat Genet. 2008 Nov;40(11):1270-1.
Combing the genome for the root cause of baldness.
McLean WH.

Nat Genet. 2008 Nov;40(11):1279-81. Epub 2008 Oct 12.
Susceptibility variants for male-pattern baldness on chromosome 20p11.
Hillmer AM, Brockschmidt FF, Hanneken S, Eigelshoven S, Steffens M, Flaquer A, Herms S, Becker T, Kortüm AK, Nyholt DR, Zhao ZZ, Montgomery GW, Martin NG, Mühleisen TW, Alblas MA, Moebus S, Jöckel KH, Bröcker-Preuss M, Erbel R, Reinartz R, Betz RC, Cichon S, Propping P, Baur MP, Wienker TF, Kruse R, Nöthen MM.

Nat Genet. 2008 Nov;40(11):1282-4. Epub 2008 Oct 12.
Male-pattern baldness susceptibility locus at 20p11.
Richards JB, Yuan X, Geller F, Waterworth D, Bataille V, Glass D, Song K, Waeber G, Vollenweider P, Aben KK, Kiemeney LA, Walters B, Soranzo N, Thorsteinsdottir U, Kong A, Rafnar T, Deloukas P, Sulem P, Stefansson H, Stefansson K, Spector TD, Mooser V.

意識の神経学

最近、The Neurology of Consciousnessという本が届いて、各章の要旨だけ一通り読んでみたので、ここで一度まとめてみます。

neurology(「神経学」という訳が見つかる)、wikipediaによると「神経系の疾患を扱う医学分野」とある。psychiatryなど他の分野との関係もwikipediaで説明(議論)されている。

この本はneurologyというだけあって、医学書的なニュアンスも強い。

昏睡、植物状態をはじめとしたdisorders of consciousness(「意識障害」と訳すことにします)の最新研究がしっかりまとめられている点が特徴的。いわゆるlevel of consciousness(意識レベル)の研究に多くのページが割かれている。

このエントリーでは、まずこの教科書の編集者を紹介した後、全体構成と各章のアウトラインをまとめます。

(またまた超長いです。。。)

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編集者について

この教科書の編集者は、Steven LaureysGiulio Tononi

Laureysは、意識障害患者の脳イメージング研究で多くの業績を残している。この人が関わった最近の有名な研究としては、外からの呼びかけに対して、植物状態の患者さんの脳がしっかり応答した、という。他にも意識障害に関する論文をたくさん出している。

Tononiも一言でまとめるのは難しいけど、実験科学という点では、睡眠の問題を脳活動から遺伝子レベルまで幅広く扱っている第一人者。

理論的な研究に関しては、情報理論にインスパイアされたinformation integration theory of consciousness(integrated information theory of consciousnessとも呼ぶ)という説を展開している。(ちょうどPooneilさんのところでもエントリーが出ています。仮説の概要はわるねこさんのエントリーに詳しい。さらに詳しいことはTononi自身が書いた論文、あるいはこの教科書の最終章でコンセプト的な説明はあります。)

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本の大まかな構成

Preface
Prologue
Section I: Bacis
Section II: Waking, Sleep and Anaesthesia
Section III: Coma and Related Conditions
Section IV: Seizures, Splits, Neglects and Assorted Disorders

この本は4つのセクションから構成されている。

第一節は、意識研究のための現時点での基礎知識、基本概念がトピックとして扱われている。例えば、Singerの神経同期の話、土谷さんとKochによる注意と意識の違いの問題なども扱われている。

第二節は、タイトルの通り、覚醒、睡眠、麻酔という意識レベルの問題、そして夢遊病(sleepwalking)の問題も扱われている。

第三節では、昏睡や植物状態といった様々な意識障害から、BCI(brain-compute interface)による治療の試み、そしてニューロエシックスと意識障害治療との関係についても議論されている。

第四節では、典型的な意識障害ではないけど、neurologyが扱う様々な疾患と意識との関係が中心となっている。その「様々な疾患」とは、例えば、てんかん、分離脳、転換性障害、健忘症、失語症から幽体離脱、臨死体験まで幅広い。

実はこの第四節の最終章に、TononiとLaureysが総括的な章を書いて多くの情報が詰め込まれている(後述)。

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続いて各章について簡単に。

Preface
LaureysとTononiによるこの序文は、事実の重要性を謳ったポアンカレのクオートから始まる。

ニュートンが初めて提唱したとされる客観性と再現性を重んじる科学の方法論の話。ガリレオの計測方法のブレークスルーから、ダーウィンによって明らかにされた進化、それによって生まれた脳の話へ。

そして、ペンフィールドの言った、neurologyとは人類自身の研究だ、というクオートに続いてこの本の主旨が簡単に述べられている。

その主旨とは、意識や壊れた意識に関する神経学的な事実を提供すること。

哲学的な議論とは一線を画し、近年の技術的な進展にともなって可能になった意識研究の科学的な側面を扱う強い意思が述べられている。

最後に、客観性を重んじる方法論では、主観性の問題は永遠に解けないと哲学者は言うかもしれないが、我々は実用主義(pragmatism)的なアプローチをより好み、科学と技術の発展が、究極的には意識の神経的な実体の理解へと導くだろう、と謳っている。

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Prologue

Allan Hobsonがプロローグを寄稿している。堅苦しい教科書というよりは、サイエンスライティング的なプロローグである。

行動心理学の暗黒時代ではブラックボックスであった脳を知ることで、現代の意識研究が花開きつつある、ということを謳っているようだ。

(軽く流します。。。)

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*ここからは基本的にはアブストラクトを読んだだけの情報に基づきます。
(一部の章は部分的にテキストを読みましたが、自分の中での情報は不完全です)

Section I: Basics
この節は6章構成。

1. Consciousness: An Overview of the Phenomenon and of Its Possible Neural Basis
Antonio Damasio and Kasper Meyer
この章では、まず意識の定義について議論している。

三人称と一人称的観点から意識の特徴を説明し、意識の定義を設定している。そして、「今」と「ここ」に関する自身の感覚としてのcore consciousnessと、過去と未来予想に関する自身に関する複雑な感覚としてのextended consciousnessというコンセプトを紹介している。

続いて、その二つの意識を支える神経基盤を、神経解剖学、神経生理学的観点から考察している。さらに、意識障害を含めた神経学的観点からの考察も展開し、cortical midline structures(正中線付近の皮質領域で、特にposteromidial corticesを指している)が、coreとextendedの意識生成に重要ではないかと結論付けているようだ。

2. The Neurological Examination of Consciousness
Hal Blumenfeld
脳死、昏睡、植物状態、最小意識状態といった意識障害について、文字通りneurology的な知識が概説されている。この教科書を読み進めるための予備知識としては必読か。

3. Functional Neuroimaging
Steven Laureys, Melanie Boly and Giulio Tononi
PET、fMRIからいわゆるマルチモーダルイメージングまで、非侵襲的な脳活動計測の方法論についてまとめられている。

4. Consciousness and Neuronal Synchronization
Wolf Singer
脳のいろんな場所で同時多発的に行われている分散的な情報表現を、統合しているのではないかとされる神経同期。そして、その仮説を唱えたSinger。

この章では、意識の神経相関(NCC)を研究するためのモチベーションから、その仮説へ至った経緯、そして、仮説の実験的証拠をまとめているようだ。

5. Neural Correlates of Visual Consciousess
Geraint Rees
視覚刺激が意識にのぼる時とそうでない時の脳活動を比較しながら、視覚的な気づき(visual awareness)の必要十分条件について議論している。ヒトの脳機能イメージングの研究が中心。

6. The Relationship Between Consciousness and Attention
Naotsugu Tsuchiya and Christof Koch
トップダウンの選択的注意と意識は違う。それをサポートする心理物理、脳活動計測の研究がまとめられている。参考情報としてのBoxなども充実していて、今後の課題などもしっかりまとめられている。このテーマの研究戦略、コンセプト、方向性を理解するのに非常に良さそう。

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Section II: Waking, Sleep and Anaesthesia

7. Intrinsic Brain Activity and Consciousness
Marcus E. Raichle and Abraham Z. Snyder
脳機能の見方として2つの視点がある:第一に外因性の脳活動、第二に内因性の脳活動。
エネルギー消費量で見れば、後者の方がはるかに大きいにも関わらず、これまでの研究はあまりまともに取り組んでこなかった。

その内因性の脳活動をfMRIで理解しようとしているRaichleたちが、この分野のバックグランドから比較的最近の知見、そして将来の課題までを簡潔にまとめている。

ちなみに、このテーマに関しては、FoxとRaichleが去年出した総説も非常に包括的な内容でおススメ。

8. Sleep and Dreaming
Giulio Tononi
睡眠ステージ、睡眠サイクルの説明から、各ステージを制御する神経核、そして各ステージ中の自発的神経活動と代謝、感覚応答性についてまとめられている。

さらに、睡眠と意識の関係の議論に入り、夢についてもページが割かれている。そして、白昼夢の話からナルコレプシーといった睡眠関連の疾患まで扱っており、とにかく睡眠に関して、包括的な内容となっているようだ。

9. Sleepwaking (Somnambulism): Dissociation Between ‘Body Sleep’ and ‘Mind Sleep’
Claudio L. Bassetti
夢遊病に関する医学的知見がまとめられている。

10. General Anaesthesia and Consciousness
Michael T. Alkire
麻酔が意識にどう影響を及ぼすか?現時点での理解を、分子から神経細胞集団、神経回路まで幅広くまとめているようだ。

このテーマに関しては、Nicholas P Franksが書いた総説も包括的でおススメ。

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Section III: Coma and Related Conditions
*ここは内容的にヘヴィーです。。。
*私は医者ではない全くの素人なので、読み流してください

11. Coma
G. Bryan Young
昏睡(coma)は覚醒できない無意識状態で、ascending reticular activating system(視床や大脳皮質を「活性化」させる脳幹の神経核群で、覚醒状態の維持に不可欠な場所)の機能障害によって生じる。

この章では、その昏睡の神経基盤、他の意識障害との違い、医療現場での基礎知識、さらには倫理的な問題について簡潔に触れられている。

12. Brain Death
James L. Bernat
脳死は、臨床的な意味での脳機能が不可逆的に停止した状態で、人の死を決める。そんな脳死と死をテーマに、脳死・死の診断基準・診断現場から、宗教・文化的違い、そして臓器提供までの内容を扱っている。

13. The Assessment of Consicous Awareness in the Vegetative State
Adrian M. Owen, Nicholas D. Schiff and Steven Laureys
最近、脳機能イメージングによって見方が大きく変わりつつある植物状態。その研究の最前線にいる著者たちが、自らの研究を含め、技術的な問題点なども指摘しながら今後の方向性を探っている。

14. The Minimally Conscious State: Clinical Features, Pathophysiology and Therapeutic Implications
Joseph T. Giacino and Nicholas D. Schiff
最小意識状態は、自身あるいは環境に対する気づきを行動的に示す点で植物状態とは区別される。他にも植物状態と異なる特徴が多数報告されているようだ。

この章では、その最小意識状態の特徴を説明し、正確な診断・予後のための方法論について議論している。そして後半は、最小意識状態のメカニズムについて、脳イメージングの研究を中心にまとめている。

15. Consicousness in the Locked-in Syndrome
Olivia Gosseries, Marie-Aurelie Bruno, Audrey Vanhaudenhuye, Steven Laureys and Caroline Schnakers
行動的な出力に選択的な障害を負いつつも、基本的な認知機能は保たれているLocked-inシンドローム。そのシンドロームの特徴、診断、予後から、この意識障害になった患者さんのQOLまで議論している。

16. Consicousness and Dementia: How the Brain Loses Its Self
Pietro Pietrini, Eric Salmon and Paolo Nicheli
アルツハイマー病に代表される痴呆。その痴呆の多様性について記述した後、幻覚や妄想と痴呆との関係、そして痴呆で「心」が失われていくことと脳が失われていくこととの関係について考察している。

17. Brain-Computer Interfaces for Communication in Paralysed Patients and Implications for Disorders of Consicousness
Andrea Kubler
主に脳波計測を利用したBrain-Computer Interfaces(BCI)の医療最前線についてまとめられている。対象の患者さんは、ALSから意識障害であるLocked-inシンドロームまで幅が広い。

18. Neuroethics and Disorders of Consciousness: A Pragmatic Approach to Neuropalliative Care
Joseph J. Fins
意識障害の臨床現場で発生する多くの倫理的問題。John Deweyの功績であるところが強いclinical pragmatismという考え方を適応しながら、その倫理的問題に取り組んでいこうとしているようだ。(この分野は完全にノー知識なので、これくらいでご容赦を。。。ツッコミサポートは大歓迎です)

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Section IV: Seizures, Splits, Neglects and Assorted Disorders

19. Epilepsy and Consciousness
Hal Blumenfeld
意識は神経回路の同期的な活動に依存している。けども、その同期が行き過ぎるとてんかん発作になり、意識を失うことにもつながる。

この章では、意識の喪失をともなうabsence seizures、generalized tonic-clonic seizures、temporal lobe complex partial seizuresという3つのてんかん発作について注目している。そして、脳のどこの活動が異常になることで意識が失われるのか、conscious systemというコンセプトを導入しながら考察している。

20. The Left Hemisphere Does Not Miss the Right Hemisphere
Michael S. Gazzaniga and Michael B. Miller
分離脳患者でより顕著になる右脳と左脳の機能分化。Gazzanigaたちの数十年の研究からわかってきた、脳はシステムとしてどう働いていそうか(機能しなくなるか)ということについて、意識という視点から議論を展開している。

誤解を恐れずに書くと、彼らの主張はこう。右脳や左脳に多くのサブシステム的なものがあって、特定のシステム(特に左脳)はそのサブシステムのinterpreter、つまり、サブシステムの情報を統合する存在だ、ということを言っている。

21. Visual Consciousness: An Updated Neurological Tour
Lionel Naccache
一次視覚野の障害で起こるブラインドサイト、視覚的形状失認(visual form agnosia)、視覚性運動失調(optic ataxia)、幻覚と腹側経路との関連、背側経路と関連する無視(neglect)、さらには、配偶者を詐欺師と疑ってしまうように、人、物、場所を誤認してしまうCapgras妄想や分離脳での認知まで。視覚的な意識に異常をきたす症状に注目しながら、著者自身の理論を紹介している。

この章は、こちらの総説のアップデート版とのこと。

22. The Neurophysiology of Self-awareness Disorders in Conversion Hysteria
Patrik Vuilleumier
転換性障害という訳が見つかるConversion hysteria。この疾患は、身体や認知機能に対する気づきに障害が起こることで特徴付けられ、神経系の目だった物理的な障害が認められない、neurologyとpsychiatryの境界に位置づけられる疾患。 心的なトラウマやストレスから引き起こされることもあるらしいが、その詳しいメカニズムは不明らしい。

この章では、その疾患に関わる現時点での仮説を紹介し、脳機能イメージングによってわかってきた知見をまとめているようだ。

23. Leaving Body and Life Behind: Out-of-Body and Near-Death Experience
Olaf Blanke and Sebastian Dieguez
幽体離脱(out-of-body experiences、OBEs)と臨死体験(near-death experiences、NDEs)の現時点での理解がまとめられている。

それらの定義と現象論から、研究でわかってきたメカニズムの候補や現象そのものの多様性まで、200近くに及ぶ文献を参考にしながらまとめ、今後の方向性を議論している。

24. The Hippocampus, Memory, and Consciousness
Brandley R. Postle
HMさんに代表される海馬周辺の内側側頭葉障害・切除による健忘症(medial temporal-lobe (MTL) amnesia)。その健忘症や内側側頭葉と意識的気づきとの関係について議論されている。

25. Syndromes of Transient Amnesia
Chris Butler and Adam Zeman
前章に対して、この章では、transient global amnesia、transient epileptic amnesia、psychogenic amnesiaという一過的な健忘症について、最近の知見がまとめられた後、意識との関係が議論されている。

26. Consciousness and Aphasia
Paolo Nichelli
言語障害の失語症を中心に、心理的なプロセスとの関係が議論されている。キーワードは、anarthria、dynamic aphasia、agrammatism

27. Blindness and Consciousness: New Light from the Dark
Pietro Pietrini, Maurice Ptito and Ron Kupers
この章では、盲目の人から意識や脳の働きという点で学ぶべきことを、動物の研究にも触れながらまとめられている。

28. The Neurology of Consciousness: An Overview
Giulio Tononi and Steven Laureys
この章は一通り読んだので、少し長めに。

この章は、教科書の包括的な内容+アルファとなっている。300近い引用文献をもとにした、重要な情報が詰め込まれていてmust readな章。

この章は、5つのパートから構成されている。
意識と他の脳機能との違い、意識レベルの話、意識の解剖学に、意識の神経生理学、そして、Tononi自身のintegrated information theory of consciousnessを意識理論として解説している。

例えば、意識と他の脳機能との議論は、意識の定義を考えていく上で非常に重要な思考プロセスだと個人的に思ったし、意識の解剖学の部分では、どこを対象にすればどういう問題にアプローチできそうか、なかなかクリアカットにまとめられている。(もちろん、問題山積なテーマもある、という意味では全くクリアではないのだけども。。。)

ただし、TononiとLaureysが分担して書いたと思われるけども、Tononiが書いたと思われる部分に若干のバイアスを感じた。例えば、最後の理論の部分は、他の理論との比較がなく、アンフェアな内容で'overview'とは言えない気がした。

「理論」に関しては、scholarpediaのSethのエントリーがフェアな気がする。


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後記

お疲れ様でした。
(このエントリーを全部読まれた方がいらっしゃったら、お礼として、もれなくSfNでビールおごります。ウソです。。。)

この本には、一般?の神経科学の分野でもホットな話題がふんだんに取り入れられていて、非常に読み応えのある良い教科書の雰囲気である。

一人の著者が多くのトピックについて語るのではなく、各章はその道のプロが書いているから、全体としてバランスがとれている。ただ、章によって、「温度差」が若干ありそうな雰囲気を感じた。バランスはトータルでは取れていそうだけども、各章間の分散が大きい感じである。少なくとも形式・スタイルがまちまち。

このあたりの改善は、第二版以降に期待したい。

以下が私のmust-read portfolio。
レベル1: 1,2,8,19,28
レベル2: 4,5,6,10,16,20,21
レベル3: 7,11,13,14,17,23,25,27
レベル4: 3,9,12,15,18,22,24,26

レベル1がmust-read度が最高。以下に続いている番号は章番号。レベル4は、かなりの確率で読まないであろう章たち。。。

もちろん、これは人に依存する。人によっては、幽体離脱と臨死体験を扱った23章というスーパーセクシーな章がレベル1になるだろうし、睡眠に興味がない人はまたガラッとかわったリストになると思われる。

ちなみに、僕がなぜこの本を買ったかというと、もちろん、「脳状態」がらみ。

多くの神経科学者が脳状態として議論しているのは、この教科書でlevel of consciousnessと言っているのとおそらく等価なはず。例えば、brain-state-dependent xxxと論文で書くのは無難で良いけど、conscious level-dependent xxxと書くととたんに反発しだす人が出てきそう。同じことを議論していそうだからどっちでも良いにもかかわらず。。。個人的には、そういう人の反発を買いそうな言葉を避けつつ、consciousnessのことに真っ向からチャレンジしている研究者コミュニティーにどうアピーリングな研究をするか、という戦略を練りたいと思っていて、その助けになるだろうという期待でこの教科書を買った。とにかく、僕自身の中で、「脳状態」と「意識レベル」の研究文脈とをできるだけ近づけたいという希望がある。

この本をざっと見て抱いた不満と期待。神経細胞、神経ネットワークのレベルが本質的な問題なのに、そのことがほとんど扱われていないということ。神経回路という点では、この教科書、Singerの章こそあれど、片手落ち、あるいは重大な穴が存在している感じが強くした。この教科書は「意識の神経学」としては良いのかもしれないけど、「意識の神経科学(The Neuroscience of Consciousness)」としては、個人的には非常にフラストレーションがたまるし、だから良いとも言える。未開なテーマがたくさん眠っているのではないか、という期待が膨らむから。

そんなやすっぽい考えをうだうだ書くより、とにかく、次のエントリーに向けて読み進めます。。。
改めて、お疲れ様でした。