10/25/2008

神経回路のサブネットワーク

最近、コネクトームやコネクトミクスと呼ばれる研究プロジェクトが何かと話題になる。これは神経系の詳しい回路図を明らかにしようとする究極的なプロジェクト、とでも言ったら良いだろうか。

一方で、従来から行われている電気生理学の方法論で、回路図、あるいは神経回路の「サブネットワーク」を探そうという試みももちろん有効で、こちらは機能的な側面を調べながら研究できるから、神経回路研究に大きく貢献してきた。

その後者について、新着のCurrent Opinion in NeurobiologyにSilberberg総説を書いていた。

彼は、Markram(こちらでも紹介したBlue Brain Projectでも有名)としばらく一緒に仕事をしてきて、昨年のNeuronに良い論文を出している。その論文では、大脳新皮質5層のサブネットワークの機能特性を明らかにしている。(最近、スウェーデンで独立した模様。)

この総説の主旨は、その論文を中心に、周辺情報をまとめようということだと思われる。

今回のエントリーでは、その総説をまとめて、過去に立てた関連エントリーをリンク集としてまとめてみます。

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この総説の構成は以下の通り。

Diversity of GABAergic interneurons
Differential excitation of interneurons
Polysynaptic subcircuits in the neocortex
Functional role
Summary

はじめの2つのパートで予備知識を提供している。続く項目で、彼自身の研究や同時期に発表された重要論文をまとめつつ議論を展開、そして今後の課題・展望を述べている。

この総説は、一言で言えば、
興奮性細胞#1→抑制性細胞→興奮性細胞#2
というサブネットワークのこれまでの理解をまとめている、と言ったら良い。

特に図2に重要な情報がまとめられている。

以下、もう少し詳しく。
(マニアックな内容なので長いです。すみません。。。)
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Diversity of GABAergic interneurons

まずここでは、文字通り、GABA作動性インターニューロンの多様性を簡潔にまとめている。教科書的な内容となっている。

(*以下、「インターニューロン」をGABA作動性ニューロンと等価なものとして呼ぶことにします。GABAを伝達物質として持つニューロンで、基本的には、抑制性の情報を近くのニューロンへ伝えるニューロンのことです。)

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Differential excitation of interneurons

インターニューロンを駆動するには、興奮性入力が必要なわけだけども、その入力がくるシナプス性質が、細胞の種類によって違うことをまとめている。

文献としては、ReyesSakmannのラボから発表したNature Neuroscienceの論文が重要だと思われる。

基本コンセプトとしては、特定のインターニューロンAでは抑圧的なシナプスを持ち、他の特定のインターニューロンBでは増強的なシナプスを持つ、ということ。

前者は入力が立て続けに入ってもその効果は減衰していき、後者は入力が立て続けに入るとどんどん興奮しやすくなる。

その結果として、異なるタイプのインターニューロンは、異なる「time slots」を持つのではないか?ということを議論している。

ちなみに、そのインターニューロンAとは、parvarbuminというタンパク質陽性のインターニューロンで、機能的にはfast-spiking細胞、形態的にはバスケット細胞とも呼ばれる。

インターニューロンBは、somatostatin陽性で、形態的にはマルティノッティ(Martinotti)細胞と呼ばれる。

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Polysynaptic subcircuits in the neocortex

ここから「サブネットワーク」の話になる。

ここでのサブネットワークというのは、
錐体細胞#1→インターニューロン→錐体細胞#2
という回路。

2つ以上のシナプスを経由するから、「ポリシナプス性」の回路と呼ぶ。
そんなポリシナプス性サブネットワークを明らかにした重要論文が、ここ数年で立て続けに発表されている。

4つのグループが重要な論文を発表している。

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まず名大の小松由紀夫先生たちのグループがサイエンスに発表された研究がその一つ。

その研究では、マウスの視覚野(2/3層)では、興奮性の錐体細胞の出力信号が、インターニューロンを経由するけども直接ドライブせずに、他の錐体細胞へ抑制性信号を速く伝えることがある、という驚くべきことを報告している。

可能性として、錐体細胞#1の出力がインターニューロンの軸索(終末?)だけに作用して、抑制性の出力を錐体細胞#2に伝えているのではないかと考えられている。

つまり、
錐体細胞#1→インターニューロンの軸索→錐体細胞#2
というサブネットワーク。

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2つ目は、先日のエントリーでも少しだけ紹介したTamasたちのグループの

axo-axonic細胞(あるいはシャンデリア細胞)が興奮性の信号を伝えることができる、というこれまた驚くべき話。

錐体細胞#1→シャンデリア細胞→錐体細胞#2
というサブネットワークで、錐体細胞#2のinitial segmentの分極具合によって、シャンデリア細胞からの信号が興奮性になったり、抑制性になったりする。

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3つ目は、Silberberg自身の研究

5層で、
錐体細胞#1→fast-spiking細胞→錐体細胞#2
錐体細胞#1→マルチノッティ細胞→錐体細胞#2
というサブネットワークを報告している。(後者が論文でのメインストーリー)

上で述べたように、二つのインターニューロンは違うシナプス特性を持っているから、錐体細胞#1が立て続けに興奮する「バースト(burst)」を起こすと、後者のサブネットワークが駆動されることになる。そのことを電気生理と組織学的なデータから示した。

本文では、後者のサブネットワークを「バースト検出器(burst detectors)」と呼んでいる。

ちなみに、前者のサブネットワークは、可能性として、錐体細胞#1が少し休んでまた活動し始めたその瞬間に駆動されそうだから、同期検出器(coincidence detector)とSilberbergは呼んでいる。

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4つ目は、Scanianiのグループからの研究で、そのバースト検出器的なサブネットワークが2/3層にも存在すると、Silberbergたちとほぼ同時期に報告している。

こちらは、電気生理と理論的なデータから、比較的少ない錐体細胞集団の活動で、大きな抑制性信号を生み出せそうだ、ということを主張している。

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ちなみに、似た回路について、海馬の、それから視床から大脳新皮質への入力部分のも取上げている。

特に後者に関しては、SilberbergやKapferたちの言うサブネットワークは、新皮質内部の回帰性回路だけではなく、いわゆるフィードフォワード回路の中にもそういう要素があるということにつながる。

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Functional role

ここでは、上の節で述べたサブネットワークの機能的側面を包括的に議論している。

ここでは、サブネットワークを2つのカテゴリーに分けている。

slow subcircuitsfast subcircuits

前者は、マルティノッティ細胞(広い意味でsomatostatin陽性細胞という理解が正しいです)が絡むサブネットワーク。

後者は、主にバスケット細胞とaxo-axonic細胞が絡むサブネットワーク。

前者は、錐体細胞#1がバースト起こして、その途中から駆動される「バースト検出器」なので、スロー、ということになる。

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スローな回路で、インターニューロンの軸索は、樹状突起で細胞体周辺ではないところに投射している。

そういう解剖学的な観点から、活動電位発生にともなって錐体細胞内で生じるカルシウムスパイクを効果的に制御する役割もあるのではないか、という可能性も議論している。(これは面白い)

さらに、そのスローな回路はフィードバックなのか、それともフィードフォワードなのか?ということも議論している。

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Summary

まとめということで、ここまでの議論をまず簡潔にまとめている。

そして、インターニューロンは多様だから、明らかになってきたslow subcircuitsとfast subcircuitsは、もしかしたらポリシナプス性回路の両極的な特性をとらえているのかもしれない、と言っている。

そして後半、今後の課題・展望を述べている。

課題として以下の点を挙げている。

・発生中、この回路はどう変化(形成)していくのか?
・違う皮質領野でのサブネットワークの特性は何か?
・生理的条件で、これらのサブネットワークはどう駆動されるか?
・これらのサブネットワークは、異なる視床からの入力とどのように相互作用するのか?(例えば、1層に入力する視床からの入力を言っているのか??)
・異なるサブネットワークでは、どんな可塑性のルールに従っているのか?

これらの問題に、従来の方法論に、光学や遺伝学的、そして計算論的方法を組み合わせながら、答えていく必要がある、と言っている。

最後に、ここで紹介したサブネットワークは、大脳新皮質の局所回路を調べていくための重要な「ツール」になるだろうと謳って締めくくっている。


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個人的なコメント

ここ最近わかってきたサブネットワークのことがまとめられた良い総説だと思った。読みやすい。

Silberbergの挙げた課題を、彼が指摘していない問題点も含めてまとめなおすと、時間軸と空間軸の問題としてとらえると良いか?

まず、時間軸。
・短期(脳状態)
・短~中期(可塑性)
・発生
・老化
・進化(種間の差)

そして空間軸。
・層の差
・領野差
・他領域(視床や前脳基底部など)との相互作用

一応、それぞれの軸は、スケールアップするようにソートしてみた。

具体的な疑問としては、やはり生理的な条件下では?ということ。これは成体での研究と計算論が非常に重要になると思う。例えば、Silberbergたちの報告したサブネットワーク。錐体細胞#1が発火し続けている文脈ではどう駆動されているのか?といった素朴な疑問。

それから、基本的には単一の皮質コラム内の話と思ってそう外れていないだろうから、所詮(!)、Blue Brain Project的な回路でしかない。けど、実際の脳では複数のコラム間の相互作用もある。さらに、視床を含めた皮質下の領域との相互作用もある。(さらに、グリアも?血流も?)

そういう点では、まだまだ理解していかないといけないことはたくさんある(はず)。

一方で、重要なエッセンスはわかってきている期待もあるから、Blue Brain Projectなどから、どういう予想が出てくるのか、というのも面白いだろうし、分子遺伝学を絡めた、生体内で回路をdissectしていく方向はさらに重要なテーマになるのだろう。

こういうことがわかっていかないと、例えば、外界の情報が入った時に単一ニューロンがxxxxという振る舞いをする、というそのメカニズムがわからないだろうし、そのxxxxが他のニューロンにどうやって情報を伝えながら脳が全体として情報を処理(伝播)していって、行動アウトプットをするのか(要は機能)がわかったことにはならない(という立場を私はとってます)。

単一ニューロンの活動から脳機能を知るこれまでの研究がブラックボックスにしてきたことを、こういう方向からの研究が明らかにしてくれるのではないか、という期待がある。(ある意味、行動心理学的な暗黒時代が明けつつあるという認識、それは言い過ぎか??)

だから、こういう局所回路の研究はムチャクチャ大事、と討ち死に覚悟で人生をかけて頑張ってます。。。

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紹介した論文
Curr Opin Neurobiol. 2008 Sep 17. [Epub ahead of print]
Polysynaptic subcircuits in the neocortex: spatial and temporal diversity.
Silberberg G.

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過去エントリーのアーカイブ(いつかやろうと思っていた企画!)

Livedoor版アーカイブ

<皮質コラム関連>
皮質の解剖と機能
皮質コラムレベルの総説
新皮質における回帰性回路
DouglasとMartinのミニ総説
感覚野の層と機能~Gilbert, Ann. Rev. Neurosci. 1983~

<Brechtたちの研究>
感覚野の層と機能~4層 Brecht and Sakmann, JP 2002~
感覚野の層と機能~2/3層 Brecht, Roth, and Sakmann, JP 2003
感覚野の層と機能~5層Manns, Sakmann and Brecht JP 2004~

<Hirschたちの研究>
感覚野の層と機能~Hirsch JA, et al, 1998 JNS~
感覚野の層と機能~Martinez, et al. JP 2002~
感覚野の層と機能~Hirsch et al. JP 2002~
感覚野の層と機能~Hirsch et al. Nat Neurosci 2003~
感覚野の層と機能~Martinez et al. Nat Neurosci 2005~

<2/3層中心>
感覚野の層と機能~2/3層への入力特異性~
2/3層への興奮性入力について調べた研究プラスアルファ
スパースな興奮性活動による大抑制
上で紹介したKapferらの研究の解説

<視床から主に4層>
感覚情報を伝える回路のでき方
感覚情報を伝える回路の時間精度とそのカラクリ

視床から皮質、皮質内のネットワーク

<5層プラスアルファ>
細胞種の分類~McCormick et al. 1985~
5層というわけではないけど、以下の論文の基礎なのでこのカテゴリーに。
5層錐体細胞の分類~Chagnac-Amitai, et al., JCN 1990~

5層錐体細胞の分類~Mason&Larkman JNS 1990~
5層錐体細胞の分類~Larkman&Mason JNS 1990

暴走を抑えるネットワークモチーフ
SilberbergのNeuron論文。
持続活動を生み出すサブネットワーク
ノード特性とサブネットワーク
後半、2/3層と5層の結合について調べた話あり。

5層錐体細胞とオシレーション~Silva et al. Science 1991~

5層錐体細胞の遺伝子発現
多様性ネタ、ランダム変数、ポスター、開幕


<6層>
6層ニューロンの多様性


<抑制性ニューロン関連>
長距離の抑制結合、バカです
長距離の抑制結合 其の弐、by chance
長距離の抑制結合 其の参、ガンマに21世紀社会学
長距離の抑制結合~Apergis-Schoute et al., JNS 2007~
*一部のエントリーで、関係ないことも書いてますが、気にせず。。。

<可塑性関連>
感覚野の層と機能~層で違う学習能力 Diamond et al, Science 1994~
感覚野の層と機能~Ringach et al., Nature 1997~
感覚野の層と機能~Goel and Lee, JNS 2007~

マウス視覚野2/3層での可塑性

<その他>
覚醒中の膜電位と感覚応答
軸策間のギャップ結合
海馬CA2の抑制性細胞
ヒトの脳内ネットワークをグーグル的に調べつくすには?



Blogger版アーカイブ

<抑制性細胞>
個性豊かな抑制性ニューロンのルーツを探る:パート1パート2パート3
皮質GABA作動性ニューロンの多様性を語るために
シャンデリア細胞研究年表

<局所回路一般>
コネクトーム
ブレインボーでコネクトーム
第一期 青脳計画

<その他>
アセチルコリンとネットワーク

チリも積もれば山となる。。。
ここまで読まれた方、ありがとうございました。

update(3/10):
この分野を学ぶ場合、以下の本はよくまとまっていると思います。

3 comments:

tkf said...

こんにちは。いつも興味深く読ませてもらっています。私は機械工学科の学生(学部四年)で、今はRIKEN BSIで認知ロボティクスの勉強・研究をしています。

今回のブログの記事を読んで、脳の神経系の理解においてボトムアップ的な研究が進んでることを感じました。しかし、恥ずかしながら脳科学の分野についてはまったくの素人なのでほとんど理解出来ませんでした。

この記事であげられているようなキーワードを理解するには、どんな本をどんな順番で勉強するのが良いでしょうか?

突然の質問ですが、それにコメントに書くのが適切か分かりませんが、よろしくお願いします。

Shuzo said...

tkfさん、はじめまして。
コメントありがとうございました。

BSIで学部学生として研究に取り組まれているとのこと。BSIは世界的にも有名な脳科学の研究所ですから将来が楽しみですね。

さて、教科書ですが、神経科学の初学者として話をしますね。

まずは、Kandelたちの
Principles of Neural Science
もしくはそれに相当する神経科学の有名な教科書を一冊読まれて、基礎知識を身に付けられると良いです。

一人で読むにはタフなので、知り合いを巻き込んで輪読会のような形で読めば、1年くらいで全部読めると思います。

次のステップの教科書は、ピックアップするのが難しいですが、神経回路、というキーワードで考えるなら、
Gordon M. Shepherd
The Synaptic Organization of the Brain
はお薦めできる気がします。

よく話題に挙がる
Buzsaki
Rhythms of the Brain
も回路という点で悪くないですが、抽象度が高く、多くの人が理解に苦しむ表現が多いので、教科書としては良くない気もします。
(読み物としてはお薦めはできますが)

基礎的な教科書を読んだ後、他の選択肢としては、文献、特に総説を中心に読み込んで、興味があれば、個々の文献に当たれば、多くの知識を身に付けられると思います。

実際、私は神経回路に関してはそういう勉強をしてきましたし、大学やBSIならただで多くの文献にアクセスできるでしょうから、安上がりです。

その文献の具体例としては、今回のエントリー内でリンクを張っている文献を片っ端から当たってtkfさんなりに噛み砕かれれるのも良いと思いますよ。
この分野の重要文献も多いです。

それから、個人的に最も大事だと思うのは、実際の脳を覗いてみて脳がどれくらい複雑なのか、その絶望感に近い感覚を体験することだと思います。(特に研究を続けられるなら)

回路の構造と働き、両方の点から何か生のデータをご自身で見るのが何よりも良い教科書です。

BSIには、局所回路の研究に取り組まれている方もいらっしゃいますので、連絡をとって実験の様子を見せてもらうと良いですよ。

今回のエントリーは、私自身の備忘録的な側面が多くて、わかりにくくなって申し訳ありませんでした。
もっと「局所回路教」を増やせるように、わかりやすいエントリーも立ててみようかと思います。

長くなりました。
また気軽にコメント、メールなどをいただけるとうれしいです。

tkf said...

tkfです.
Shuzoさん,早速のお返事ありがとうございます.

お勧めの教科書から学び方まで教えて頂きありがとうございます.脳科学に興味があって(一年間も)付き合ってくれるような知り合いは今の所いませんが(笑),なるべく早く教科書は手に入れて読みたいと思います.

> それから、個人的に最も大事だと思うのは、実際の脳を覗いてみて脳がどれくらい複雑なのか、その絶望感に近い感覚を体験することだと思います。

そうですね.これは覚えておきます.ある程度知識が付いたら,神経回路について研究されてる方を見つけて生のデータを見せてもらおうと思います.

早くShuzoさんの取り上げられている文献を読めるようになりたいものです.

丁寧なアドバイスありがとうございました.